X線自由電子レーザーの可干渉性を可視化 ―X線自由電子レーザーが光の位相が揃った理想的なレーザー光源であることを証明―(プレスリリース)
- 公開日
- 2015年09月23日
- SACLA
2015年9月23日
国立大学法人東京大学
国立研究開発法人理化学研究所
公益財団法人高輝度光科学研究センター
ポイント
• ヤングの干渉実験※1を拡張した新しい実験手法によってX線自由電子レーザー※2の可干渉性を可視化。
• X線自由電子レーザーが光の位相が揃った理想的なレーザー光源であることを実証。
• 可干渉性の情報をX線光学技術と組み合わせることで、より明るいX線レーザー光の生成や利用が期待できる。
東京大学大学院新領域創成科学研究科の井上伊知郎(大学院生)、雨宮慶幸教授、理研放射光科学総合研究センターの矢橋牧名グループディレクター、高輝度光科学研究センターの登野健介チームリーダーらの研究チームは、X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free Electron Laser)から出射されたレーザー光がどの程度干渉することが出来るかを評価する手法を考案し、理研のXFEL施設SACLA※3(さくら)において実証実験に成功しました。 【発表雑誌】 |
背景
20世紀後半に誕生したレーザーは、半世紀を経た今なお、科学技術に大きな変革をもたらし続けています。通常のレーザーが発振する波長範囲は赤外線から可視光に限られますが、より短波長であるX線領域のレーザーを発振する手法としてSASE方式(自己増幅自発放射方式)※5が考案され、近年になって、米国のLinac Coherent Light Source(LCLS)や日本のSPring-8 Angstrom Compact free electron Laser(SACLA)といったX線自由電子レーザー(XFEL)施設が完成しました。このXFELは、波長がオングストローム(100億分の1メートル)程度の電磁波であるX線の領域で初めて実現したレーザー光源です。このXFELは従来のX線光源とは異なって、光の位相がきれいに揃った光、すなわち高い可干渉性を持つ光を発振させることができると理論的に予測されていましたが、その明確な証拠は得られてきませんでした。
XFEL光源から出射されたレーザー光の可干渉性を定量的に評価することは、XFELを使った計測技術を発展させるために非常に重要です。例えば、小さな試料を効率良くX線で見ようとすると、X線を試料の位置に集光する必要があります。XFEL光の可干渉性は、理想的な条件のもとでX線がどこまで小さく集光できるか、という指標となっています。そのため、その可干渉性を精確に知ることは、X線を集光する光学素子を設計して、より明るいX線のレーザー光を実現するためにも非常に重要です。
しかし、XFELからの光の可干渉性を評価するのは簡単ではありません。SASE方式で発振されたXFELの光は、フェムト秒(1000兆分の1秒)の時間幅を持つパルス光なのですが、1つ1つのパルス光の性質がそれぞれ異なるという特徴を持っています。そのため、XFEL光の可干渉性を評価するためには、1つだけのXFELパルスを使って上手く情報を引き出さなければいけません。XFELの可干渉性の測定は、その計測の難しさのためにこれまでほとんど行われていませんでした。
研究手法と成果
本研究チームは、XFEL光の可干渉性を評価するために、ヤングの実験を拡張した新しい計測法を開発しました。この方法では、ヤングの実験で用いられている二重スリットの代わりに大小2つの大きさの球状粒子を利用します。そして、X線が照射された粒子からの散乱波の干渉パターン画像を測定・解析することで、粒子位置におけるXFEL光の位相がどの程度揃っているのかを評価します。今回開発した計測法では1つのXFELパルスを用いて得られた1枚の画像から直ちに可干渉性を決定することができます。
このアイデアに基づいて、本研究チームはSACLAから出射されたレーザー光の可干渉性を評価しました(図1)。SACLAから出射されたXFELの光をX線ミラーによって集光し(集光サイズ: 1.8 µm(水平方向)×1.3 µm(垂直方向))、その集光点に大小2種類のサイズの金コロイド粒子を含んだ溶液を液体ジェットによって導入しました。そして、試料からのX線散乱の様子を高感度のX線CCDカメラによってXFELパルスごとに測定し、画像解析によって得られた多数の画像の中から大小2つの大きさの球状粒子による散乱像を抽出しました。
大小2粒子からなる散乱像は、図2aのような明暗の縞模様を示します。この明暗のコントラストは、画像の中心からの距離によって大きく変化します(図2b)。このコントラストの最大値は、2つの粒子位置に対応した可干渉性の度合いと一致するという特徴があります。さらに、縞模様の間隔は粒子間の距離に対応しています。これらの特徴を利用して大小2粒子からなる散乱像を解析することで、可干渉性の度合いを粒子間の距離の関数として可視化することが出来ました(図3)。可干渉性の度合いは、集光ビームサイズと同程度離れた2点間でも非常に高い値であり、SACLAから出射されたXFEL光はビームのほぼ全体に渡って位相が揃っていることが分かりました。このことは、SACLAからの光が非常に高い可干渉性を有する理想的なレーザー光であることを意味しています。
今後の期待
今回開発した実験手法は、XFELの光の可干渉性を評価する新しい“ものさし”です。可干渉性は、X線がどこまで小さく集光できるかを決める基本的な物理パラメータです。今回、定量的に測定した可干渉性をX線光学素子の開発にフィードバックすることによって、X線を小さなスポットに集光する光学素子の開発に発展が期待できます。X線光学素子の開発によって、より明るいX線のレーザー光が利用できるようになると、小さな試料であっても原子レベルで構造を決定することに貢献できます。
【参考図】
X線のビームサイズは1.8 µm(水平方向)×1.3 µm(垂直方向)である。丸記号が実験によって決定された可干渉性の程度を表す。可干渉性は、粒子間距離を変数としたガウシアン関数でよくフィッティングすることができることが分かった(図中の曲面、曲面と丸記号を結ぶ線分はフィッティング結果と実験データの残差を表している)。
【用語解説】
注1) ヤングの実験
18世紀初頭にイギリスの科学者トーマス・ヤングによって行われた、光の干渉性を示す実験。近接する2つの細いスリットに光を入射すると、スリットから回折した光が干渉して遠くはなれたスクリーンで明暗の干渉縞が映し出される。
注2) X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray free-electron laser)
近年の加速器技術の発展によって実現したX線領域のパルスレーザー。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。SPring-8などの従来の放射光源と比較して、10億倍もの高輝度のX線がフェムト秒(1000兆分の1秒)の時間幅を持つパルス光として出射される。この高い輝度を活かしてナノメートルサイズの小さな結晶を用いた蛋白質の原子分解能の構造解析やX線領域の非線形光学現象の解明などの用途に用いられている。
注3) SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つで、2006年度から5年間の計画で建設・整備された。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用を開始した。0.1ナノメートル以下という世界最短波長のX線レーザーを発振する能力を有する。
詳細はhttp://xfel.riken.jp/
注4) SACLA大学院生研究支援プログラム
大学院生を実習生としてSACLAに一定期間受入れ、SACLAの先端利用を切り拓く研究実習活動を行いながら、研究者としての基礎力を養成するプログラム。詳細は(http://xfel.riken.jp/recruit/20131113.html)。
注5) SASE方式(自己増幅自発放射方式)
Self Amplified Spontaneous Emissionの略。加速した電子を非常に長いアンジュレータ(磁石列を上下に配置して、その間を通り抜ける電子から明るい光を放射させる装置)に通して、電子から出るX線と周りの電子との相互作用によって電子を波長間隔に並べることでX線レーザーを発生させる方式。
【問い合わせ先】 国立研究開発法人理化学研究所 (SPring-8に関すること) |
- 現在の記事
- X線自由電子レーザーの可干渉性を可視化 ―X線自由電子レーザーが光の位相が揃った理想的なレーザー光源であることを証明―(プレスリリース)