超高速光化学反応を可視化する「分子ムービー」の原理を実証 ― 気体分子1つから得る光電子回折像の観測に成功 ―(プレスリリース)
- 公開日
- 2015年09月24日
- SACLA BL3
2015年9月24日
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
国立研究開発法人 理化学研究所
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
本研究成果のポイント
• 向きを揃えた気体分子1つから光電子回折像*1を測定することに初めて成功
• 超高速気相光化学反応を可視化する「分子ムービー」の原理実証に成功
高エネルギー加速器研究機構(KEK)、東京大学、立命館大学、千葉大学、京都大学、日本原子力研究開発機構(JAEA)、理化学研究所(理研)、高輝度光科学研究センター(JASRI)は、X線自由電子レーザー(XFEL)*2施設「SACLA*3」を用いて、向きを揃えたヨウ素分子(I2)からのX線光電子回折像を観測することに成功しました。 【論文情報】 |
【背景】
光を照射することで物質に化学変化を起こす、ピコ秒~フェムト秒という超高速で進行する分子の光化学反応の直接的観測は、フェムト秒の化学の創設でノーベル化学賞(1999年)を受賞したアハメッド・ズウェイル教授の先駆的な仕事以来、分子光化学の新たなパラダイム(見ることは知ること成り)を展開しています。
光化学反応は、その分子構造変化を利用して光スイッチ・光メモリーなどで既に応用されていますが、分子構造変化の原理については解明されているとは言えません。また光合成といった、光照射を発端とする化学反応の全容解明は、世界中で研究が進められています。すなわち、「分子ムービー」の実現は、時間的、空間的に究極の反応を可視化することであり、世界の分子科学者がその実現に鎬を削っているホットな研究課題のひとつです。
そこで、本研究では光電子回折法(図1)を用いて、超高速で進行する光化学反応の分子イメージング法(分子ムービー)の開発に取り組んでいます。光電子回折法は、試料分子の特定の原子から放出される光電子の波と、その分子内の隣の原子による散乱波の干渉を利用して分子構造を決める手法です。柳下シニアフェローらは、これまでKEKのフォトンファクトリーの放射光を利用して光電子回折法を開発、確立してきました。今回、超高速光化学反応の解明を目指して、大強度・超短パルスのXFELを用いて光電子回折実験を行いました。
XFEL照射によって、ヨウ素分子の中の左のヨウ素原子から光電子が放出される(左図)。その光電子は右隣のヨウ素原子に散乱される(中図)。その結果、左から出た光電子波と右のヨウ素原子による散乱波によって干渉パターンを生じる(右図)。干渉パターンの形状は原子間距離に依存するので、干渉パターンの測定により原子間距離を決定することができる。
【研究の内容と成果】
気体の分子はランダムな方向を向いているので、従来の実験では個々の分子からの光電子回折像は分子の方向で平均化されてしまい、分子固有の光電子回折像を得ることが出来ません。そこで本実験では、気体分子にYAGレーザーパルス*5を照射し、その電場によりヨウ素分子(I2)の方向を揃えました。そしてYAGレーザーパルスと時間的、空間的に完全にオーバーラップしたXFELパルスを照射することで(図2)、向きが揃ったヨウ素分子(I2)のヨウ素原子(I)から放出される光電子回折像を得ることに成功しました(図3a)。
光電子を放出したヨウ素分子は、壊れてヨウ素イオン(In+)になり、分子が配列していた向きに放出されます。光電子と同時に測定されたそのヨウ素イオンの分布から、ヨウ素分子の配列度(向きの揃い具合の程度)を決定しました。
光電子回折像の実験結果を、ヨウ素分子の配列度を考慮にいれた理論計算(図3b赤線)と比較したところ、非常に良く一致することが確かめられました。これは光電子の回折像から分子の原子間距離や結合角が決定できることを示しており、超短パルスのXFELにより光電子放出が起こった瞬間の分子構造が決定できることを実証したと言えます。
一方、試料分子の方向が完全に揃っている場合の理論計算は、光電子の回折像に強度の強弱として観測される干渉パターンが現れることを示しています(図3c)。しかし、今回の実験では、試料分子の配列度の制約から、干渉パターンを観測するには至りませんでした。けれども、試料分子の向きをより良く揃えることにより、干渉パターンを観測することができれば、超高速で進行する分子の光化学反応途中の分子構造の変化を精度よく決めること、すなわち「分子ムービー」の構築が可能となります。
パルス分子線の中のヨウ素分子は、YAGレーザーパルスの電場の方向に向きが揃えられる。YAGレーザーパルスと同期したXFELパルスによって、ヨウ素分子から光電子が放出されると、分子結合は切断されヨウ素イオンとして解離する。上部の検出器で光電子の速度分布画像を観測し、下部の検出器で解離イオンの速度分布画像を観測する。
(a)光電子回折の二次元画像。ヨウ素原子(I)の2p光電子は、黄色の同心円で挟まれた領域に観測されている。この画像から2p光電子は、XFELの電場ベクトルおよびヨウ素分子の分子軸に平行なz軸方向(この画像の場合、水平方向)に強く放出されていることがわかる。
(b)極座標で表した、xz面内の2p光電子の角度分布。光電子の強度は、中心からの長さに比例する。黒丸印は実験結果で、赤曲線は分子の向きのバラツキを考慮に入れた理論による計算結果。
(c)極座標で表した、xz面内の2p光電子の角度分布の理論計算の結果。この計算では、分子の向きはz軸方向に固定しているので、光電子波と散乱波の干渉効果が顕著に現れている。赤曲線は一回散乱の計算結果で、青曲線は無限回散乱の計算結果。
【今後の展開】
一般に、光化学反応による原子の組み変えを決める化学空間は、現在のスーパーコンピューターをもってしても、系統的な探索を寄せ付けない途方もない空間です。したがって、光電子回折法による超高速で進行する光化学反応の可視化、すなわち「分子ムービー」の実現が強く望まれており、今回の成果は分子ムービー実現の第一歩となるものです。
今後、見ることは知ること成りの精神に基づき、本研究で開発した超高速光電子回折法により、超高速光化学反応ダイナミクスを解明し反応制御の方法を探索することを目指しています。
本研究は、科学研究費補助金 基盤研究(A)「超高速光電子回折法の開発」の研究課題で実施されました。
【用語解説】
*1 光電子回折像/光電子回折法
光電子が原子から放出される時には周りの原子によって散乱されるので、光電子波と散乱波の干渉(光電子回折)が起こる。この干渉パターンのことを光電子回折像と言い、光電子回折像から、分子構造を決定する方法論を光電子回折法と呼ぶ。
*2 X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)
電子ビームと電磁場との共鳴的な相互作用によって生じるX線領域のコヒーレント光。
*3 SACLA(SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser)
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。諸外国で稼働中あるいは建設中のXFEL施設と比べて数分の一というコンパクトな施設の規模にもかかわらず、 0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザーの発振能力を有する。
詳細はhttp://xfel.riken.jp/
*4 ピコ秒、フェムト秒
ピコ秒は一兆分の1秒(10-12秒)、フェムト秒は千兆分の1秒(10-15秒)を指す。
*5 YAGレーザーパルス
イットリウム(Y)、アルミニウム(Al)、ガーネット(Garnet)の結晶を用いた固体レーザー。本実験では、パルス幅10ナノ秒(1ナノ秒=10-9秒)のネオジムをドープしたNd:YAGレーザーパルスを用いた。
【問い合わせ先】 (報道担当) 国立研究開発法人 理化学研究所 広報室 報道担当 (SPring-8に関すること) |
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