大型放射光施設 SPring-8

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地球マントルの流れは鉱物粒子間のすべりが原因であることを解明(プレスリリース)

公開日
2015年10月03日
  • BL04B1(高温高圧)

2015年10月3日
国立大学法人 愛媛大学
公益財団法人 高輝度光科学研究センター

   愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)の大内智博助教、入舩徹男教授(東京工業大学地球生命研究所 (※1)兼務)と高輝度光科学研究センター(JASRI)の肥後祐司研究員らの研究グループは、地球マントル上部の流れはカンラン石(※2)粒子間のすべりによって起きることを明らかにしました。
 地球のマントル上部(深さ約60-410キロメートル)(※3)は1400℃にも達する灼熱の世界であるため、岩石は水飴のようにドロドロな状態で流れています。私達が住む地表のプレート(厚さ約60キロメートル)(※4)はドロドロなマントルに浮いているため、マントルの流れと共にプレートは動いたり沈んだりします。その結果、災害にもつながる地震や火山噴火などの自然現象をもたらします。1970年以降45年間、マントル上部の流れは転位クリープ(※5)という理論モデルでの定説が支持されてきました。この定説では、地球マントルを構成している個々のカンラン石粒子が変形することによってマントルが流れると考えています。しかしこの定説には、マントル上部の粘性は深さによらずほぼ一定であるといった観測結果(※6)を説明できない問題点がありました。
 当研究グループでは地球マントルの流れがどのようにして起きているのかを再検討するため、大型放射光施設SPring-8(※7)にて実験を行いました。その結果、マントル上部の流れはカンラン石粒子間のすべりによって起きる、粒界すべり(※8)の理論式に従うことを明らかにしました。この粒界すべりモデルであれば、マントル上部の粘性は深さによらずほぼ一定であることを説明することができます。このことは、長年続いた定説が本研究によって覆されたことを意味します。
 上部マントルの流れによって、プレートが移動したり、地下深くへ沈み込んだりします。その過程で、地震や火山噴火などの自然現象が発生します。そのようなダイナミックな地球の挙動と進化を正しく理解する上でも、本研究で得られた、粒界すべりの理論式を用いて、これまでの地球進化シミュレーションの結果を見直す必要があります。

【掲載論文】
題名:Dislocation-accommodated grain boundary sliding as the major deformation mechanism of olivine in the Earth's upper mantle
邦訳: 地球上部マントルにおけるカンラン石の主要な変形機構としての転位移動律速粒界すべり
著者:大内智博(愛媛大学GRC)、川添貴章(ドイツバイロイト大学バイエルン地球科学研究所、肥後祐司(高輝度光科学研究センター利用研究促進部門)、舟越賢一(総合科学研究センター東海事業センター)、鈴木昭夫(東北大学大学院理学研究科)、亀卦川卓美(高エネルギー加速器研究機構構造物性研究センター)、入舩徹男(愛媛大学GRC)
掲載誌:Science Advances(アメリカ科学振興協会(AAAS)発行総合科学誌)

【研究の背景】
 地球では、地温勾配のため地下深くへ行くほど温度が高くなります。地下約60km以深の上部マントルでは、場所によっては1400℃にも達する灼熱の世界となります。上部マントルは、8月の誕生石として知られるカンラン石という鉱物を主として出来ています。カンラン石は融点が非常に高いために、地球内部では融けてしまうことはないのですが、水飴のようにドロドロに変形しながら流動します。私達が住む地表のプレート(厚さ約60キロメートル)はドロドロのマントル上部に浮いているので、マントルの流れと一緒にプレートも移動します。その結果、プレート同士が衝突したり、プレートが地下深くへ沈み込んだりします。その過程で、災害にもつながる地震や火山噴火などの自然現象が発生します。それゆえ、上部マントルの流れがどのような数式(理論モデル)で表されるのかを理解することは、ダイナミックな地球の挙動や進化を理解する上で重要です。
 今から45年前の1970年には、上部マントルの流れは転位クリープ理論によって表されるという説が提唱されていました。この説では、地球マントルの流れは個々のカンラン石粒子が変形することによって起きると考えています。以降、この説は多くの実験的研究によって支持されてきました。しかしこの説には、マントル上部の粘性は深さによらずほぼ一定であるといった観測結果を説明できない問題点がありました。実験では、上部マントルの温度圧力条件下でカンラン石を変形させることで、その変形がどの理論モデルに従うのかを調べます。しかし従来の実験技術では、上部マントルの温度(最大1400℃)は再現できても、その圧力(1万気圧以上)を再現するのは不可能でした。そのため、従来の研究では上部マントルの流動における圧力の効果を見落としていました。
 近年、大型放射光施設SPring-8のビームラインBL04B1設置のD-DIA型変形装置(※9) (図1)に代表される、放射光を用いた高圧下での変形実験の技術が進歩してきました。特に愛媛大のグループによる実験技術の開発の結果、上部マントルの圧力(1~13万気圧)での鉱物変形実験を行うことも可能となってきました。

【研究の成果】
 愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)の大内智博助教、入舩徹男教授(東京工業大学地球生命研究所兼務)と、高輝度光科学研究センターの肥後祐司研究員らの研究グループは、地球の上部マントル(深さ60-410キロメートル)に相当する温度圧力条件下でカンラン石の変形実験を行いました。その結果、カンラン石粒子間のすべりが上部マントルの流れの原因であることを明らかにしました。これは、上部マントルの流れが粒界すべりの理論式によって表されることを意味します。さらに、今回の場合でのカンラン石の流れは圧力依存性がとても弱いことが判明しました。このことは、上部マントルの粘性は深さが変化してもほぼ変化しないことを意味します。実際、地球物理学的な観測で報告されている上部マントルの粘性は深さに依存せずほぼ一定であることが知られており、観測結果と本研究の結果は非常によい一致を示しています(図2)。これら両者の一致はこれまでで初めてのことであるとともに、上部マントルの流動が粒界すべり理論によって表現されるとする本研究の正当性を裏付けています。
粒界すべりは、鉱物の流れを表現する上で地球科学的な重要性は非常に限定的であると考えられていました。それにもかかわらず、今回の研究では、粒界すべりが上部マントルにおいて最も重要なモデルであることを証明しました。すなわち、今回の発見は非常に予想外の結果であり、45年続いてきた転位クリープ理論の定説が覆されたことを意味します。

【今後の展開】
 上部マントルの流れによってプレートが移動したり沈んだりします。その過程で、地震や火山噴火などの自然現象が発生します。そのようなダイナミックな地球の挙動と進化の過程を正しく評価する上でも、本研究で得られた粒界すべりの理論式を用いて、これまでの地球進化シミュレーションの結果を見直す必要があります。
 本研究グループでは、さらなる高圧下における鉱物の変形実験技術の開発とともに、高圧下での鉱物・岩石の破壊実験を行っており、実験的手法による深発地震発生メカニズムの解明も目指しています。

【成果のポイント】
・上部マントルの流動はカンラン石粒子間のすべりによって起きる。カンラン石粒子の変形によって起きるという今までの定説を覆した。
・45年ぶりに上部マントルの流れを表す理論式が塗り替えられた。
・今回の成果により、上部マントルの粘性に関する観測結果と理論式の間の不一致が解消された。
・大型マルチアンビル装置と大型放射光施設の進歩による、最先端の高圧地球科学の成果。
・プレートの移動や沈み込みをはじめとした地球の進化を予測する上での基礎となる式を発見。

【用語解説】
(※1) 地球生命研究所
 東京工業大学の廣瀬敬教授をリーダーとして採択された、地球・生命科学分野のWPI(世界トップレベル研究拠点)プログラムに基づき2012年に設立された同大学の新しい研究所。愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)は、当研究所の国内唯一のサテライト拠点となっている。

(※2) カンラン石
 上部マントルの最主要構成鉱物であり、その体積の60-70%を占める。別名ペリドットであり、8月の誕生石として知られる。緑色透明の宝飾用鉱物。上部マントルはカンラン石粒子の集合体である。

(※3) マントル上部・上部マントル
 マントルは最主要構成鉱物の違いに従って、上部マントル(深さ約60-410キロメートル)、マントル遷移層(410-660キロメートル)、下部マントル(660-2900キロ メートル)の3つの領域に区分される。上部マントルは我々が住むプレートの下に位置するため、上部マントルの流れが地表における諸現象(地震発生、火山噴火、プレートテクトニクス)の原因となる。

(※4) プレート
 上部マントルの上に位置する、固体地球の最表層。温度が低いために、プレートは硬い剛体として振る舞う。一方、上部マントル以深では温度が高いために、水飴のようにドロドロな粘性流体として振る舞う。

(※5) 転位クリープ
 高温下における結晶の変形における最も一般的な理論モデル。結晶の変形がナノメータースケールの転位(線状の欠陥)の移動によって起きる場合に成り立つ理論モデルである。

(※6) 観測結果
 マントルの粘性は、氷河が融けることに伴う地殻の隆起現象(後氷期地殻隆起)を観測することによって推定することができる。後氷期地殻隆起の観測結果によれば、上部マントルの粘性は深さによらずほぼ一定であるとされている。

(※7) 大型放射光施設SPring-8
 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最大の放射光を生み出す国立研究開発法人理化学研究所の施設で、その管理運営は公益財団法人高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のこと。

(※8) 粒界すべり
 高温下における結晶の変形を説明する理論モデルの中で、最も新しい理論モデル。結晶間の境界(粒界)におけるミクロンスケールの“すべり”によって、多結晶体(単結晶の集合体、岩石と同義)が変形すると考える。地球の流動を扱う上で、転位クリープや拡散クリープのような先行モデルに対して、このモデルはこれまで重要視されてこなかった。

(※9) D-DIA型変形装置
 マルチアンビル装置の発展型の一つ。6つのアンビルを大型のプレスで加圧し、中心に置かれた試料に高圧力を発生させたうえに、その試料を変形させる機能をもつ。



【参考図】

図1.D-DIA型変形装置(SPEED Mk-II)と装置内の高圧力発生場。
図1.D-DIA型変形装置(SPEED Mk-II)と装置内の高圧力発生場。

超硬合金製アンビルを上下左右の6方向に配置することで,中心の高圧力発生場に置かれた試料に高い圧力を発生させる。さらに,上下のアンビルを左右と独立に動かすことにより,高圧下に置かれた試料を変形させる。


図2. 理論モデルから計算される上部マントルの粘性と観測結果の比較。
図2. 理論モデルから計算される上部マントルの粘性と観測結果の比較。

粒界すべり理論に基づいた計算結果(赤色塗りつぶし部:赤太線は無水マントル;赤細線は含水マントル)のうち,特に無水マントルの計算結果が後氷期地殻隆起の観測結果(灰色部)と良い一致を示している。一方,転位クリープ理論に基づいた計算結果では,粘性の深さ依存性が強すぎる(100km以深の線の傾きが大きすぎる)ため,観測結果を説明することができない。なお計算では,深さによらず応力が一定,ならびに,鉱物粒子は上部マントルの典型的なサイズ(1-10mm)と仮定した。


 

<<問い合わせ先>>
愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター
TEL:089-927-8197
FAX:089-927-8167

助教 大内 智博
E-mail:mail1
TEL: 089-927-8159, 080-8631-1368

教授 入舩 徹男
E-mail:mail2
TEL: 089-927-9645, 080-3925-8848

公益財団法人高輝度光科学研究センター
研究員 肥後 祐司
TEL:0791-58-2702

(SPring-8に関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou@spring8.or.jp