近未来の照明のかたち:「さっと一吹き、できあがり」(プレスリリース)
- 公開日
- 2015年11月05日
国立大学法人 東北大学 原子分子材料高等研究機構/大学院理学研究科
国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)
国立研究開発法人 理化学研究所
国立大学法人東北大学の磯部寛之教授(JST ERATO磯部縮退π集積プロジェクト研究総括)の共同研究グループは、有機ELの新しい構築法を開拓する分子材料を開発しました。「さっと一吹き」するだけの短工程で、ほぼ理論限界となる高い発光効率を実現する有機ELができあがる「夢の多機能分子材料」が登場したものです。近い将来、極限にまで単純・簡潔化された有機ELが、私たちの身の回りを明るく照らすことを期待させる成果となります。 |
発表内容
磯部教授らの研究グループは、炭素と水素という二種の元素のみからなる「トルエン※1」を環状に連ねた新しい大環状分子材料を開発し、これにより単一層という最も単純・簡潔なデバイス構造をもちながら、ほぼ理論限界となる高い効率で光を発する有機ELを実現できることを発見しました。この成果は、これまでの発光ダイオードの構造・材料設計の常識を覆し、有機EL材料の新しい設計指針を見いだしたものとなります。
科学・技術の進展が著しい現代、次世代の照明として「有機EL」が注目を集めています。有機発光ダイオード(OLED)とも呼ばれるこのデバイスは、ノーベル賞受賞に沸いた青色発光ダイオード(LED)と同様に、エレクトロルミネセンス(EL,電界発光)※2という現象を用いた発光デバイスです。LEDとOLEDは、その材料に無機物質をつかうのか、有機物質を使うのかが異なるだけで、発光の原理は共通です。すなわち、デバイスに電場を印加して電流を流し、負(マイナス)の電荷を帯びた電子と正(プラス)の電荷を帯びた正孔をデバイスの材料中で出合わせ、出合った際に生じるエネルギーを光として取り出すものです。
現代の有機ELでは、とくにリン光発光※3材料を活用することで、電子と正孔一つずつから光子が一つ発生するという量子効率100%という理論限界値が達成されています。この理論限界値を実現するためには、「有機ELデバイスを多層構造にする」という設計指針が最良と目されてきました。この設計指針により、いくつもの有機物質を設計し、さらにその性質の異なる有機物質それぞれを薄膜として積層するという手の込んだ構造から高発光効率有機ELがつくりだされています(図1)。
有機ELで効率の良い発光を実現するためには、本当に多層構造が必要なのでしょうか?
磯部教授らの研究グループは、この根本的な疑問に、「一つの基盤材料を設計することで単一層ながら、ほぼ理論限界値となる発光効率を実現した有機ELをつくることができる」という常識を覆す発見をもたらしました(図1)。材料を「さっと一吹き」するだけで照明ができあがるのです。それも炭素と水素というたった二種の元素のみをつかった有機物質(炭化水素)を材料につかったもので、有機ELの設計指針を分子設計という根底から単純化することに成功したのです。元素のもつ性能を最大限引き出し活用するという、元素戦略※4的観点からも重要な発見です。研究グループでは、この新しい炭化水素材料が赤・緑・青という光の三原色すべてのリン光発光材料に適用できることまで実証しており、表紙図の写真に見られるような白色発光を行うデバイスの作製に成功しています。
今回の発見をもたらしたのは古い歴史をもつ天然芳香族分子「トルエン」でした(図2)。研究グループでは2014年に、より古い分子「ベンゼン」から有機電子材料をつくりだしていました。今回の発見は、ベンゼンの周辺にメチル(CH3)基をもった「トルエン」をつかうことで、より高機能な単一層・高発光効率有機ELの基盤材料となることを見つけたものです。「単純化された分子材料で、単純化された有機ELをつくりだす」。そんな、近未来の有機EL照明の姿を想像させる重要な成果となります。
この研究は、JST戦略的創造研究推進事業総括実施型研究(ERATO)「磯部縮退π集積プロジェクト」の一環として、また科学研究費助成事業を一部使用して行ったものです。また、X線回折による分子構造決定には、一部、大型放射光施設 SPring-8 BL26B2ビームラインが活用されています。
英国王立化学会旗艦誌ケミカル・サイエンス誌に近日中に正式掲載されます。
発表雑誌
掲載誌名:ケミカル・サイエンス誌(英国王立化学会旗艦誌)
2015年11月4日 暫定版公開(正式版は近日公開されます)
(http://dx.doi.org/10.1039/C5SC03807C)
論文名:Aromatic hydrocarbon macrocycles for highly efficient organic light-emitting devices with single-layer architectures
(和文:単一層構造の高効率有機ELを実現する芳香族炭化水素大環状分子)
Chemical Science誌の論文はOpen Accessとなっており、どなたにでも本文をご覧いただけます
用語説明
※1 トルエン
1837年に松脂から、1841年にバルサム樹脂(Tolu balsam)から取り出され、1843年に化学式を決定したベルツェリウスにより「トルイン」と名付けられた。1850年に現在の名称である「トルエン」を与えられた。古くは樹木から取り出され軟膏などに利用されていたが、現在では石油から製造され、ペンキ、接着剤、マニキュアなどの汎用溶剤として身の回りで広く利用されている。
※2 エレクトロルミネセンス(EL,電界発光)
物質に電圧をかけることで、電気が光に変換され、その物質が光る現象。電圧をかけることで、材料内に電子(マイナス電荷)と正孔(プラス電荷)が注入され、それらが再結合することによって発光する。
参考情報[http://www.konicaminolta.jp/oled/research/base.html]
※3 リン光発光
エレクトロルミネセンスで光が生じる機構の一つ。ほかに蛍光発光があるが、リン光発光では電気を100%の効率で光に変えられるのに対し、一般の蛍光発光では25%が限界となる。このためリン光発光は、照明やディスプレイに理想的な発光機構であると考えられている。
参考情報[http://www.konicaminolta.jp/oled/research/vol01.html]
※4 元素戦略
ありふれた元素の性質・性能を最大限活用し、高機能・新機能材料を生み出そうとする研究戦略。
参考図
多層構造OLEDでは、様々な機能に特化した複数の材料を層状に重ねることで高効率化を達成していた。本研究では、炭素と水素という二種の元素のみからなる新大環状分子 (5Me-[5]CMP) を用いることで単一層・高発光効率OLEDが実現された。緑色の斜線部にはわずか6%の微量リン光発光材が混ぜ込まれている。
樹木から単離された天然物(トルエン)を分子設計・化学変換により五つ連ねた環状分子(5Me-[5]CMP)とすることで、高機能な電子材料が誕生する。この電子材料分子に用いられている元素は炭素(灰色)と水素(白色)のみである。
<<問い合わせ先>> 東北大学原子分子材料科学高等研究機構 准教授 佐藤 宗太 ERATO磯部縮退π集積プロジェクト グループリーダー 髙 秀雄 (JST事業に関すること) (報道担当) 国立研究開発法人 科学技術振興機構 広報課 国立研究開発法人理化学研究所 広報室 報道担当 (SPring-8に関すること) |
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