「水晶振動子の振動機構を世界で初めて解明!」 ~原子の運動を1ナノ秒の時間分解能でストロボ撮影~(プレスリリース)
- 公開日
- 2015年11月19日
- BL02B1(単結晶構造解析)
2015年11月17日
公立大学法人 名古屋市立大学大学院
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
国立大学法人 広島大学大学院
名古屋市立大学大学院システム自然科学研究科の青柳忍 准教授は、高輝度光科学研究センターの大沢仁志 研究員、広島大学大学院理学研究科の黒岩芳弘 教授らと共同で、世界で初めて水晶振動子の振動中の原子の運動を詳細に追跡することで、水晶振動子の振動機構を解明しました。この研究成果は、米国物理学協会が出版する「Applied Physics Letters」(アプライド・フィジックス・レターズ)誌に掲載されます。出版に先立って、オンライン版が11月18日午後1時(米国東部時間)にインターネットのホームページ上に公開されます(http://scitation.aip.org/content/aip/journal/apl)。 論文情報 |
研究の背景
水晶(石英、SiO2)は、地球上に豊富に存在するケイ素(Si)と酸素(O)から成り、天然に産出する鉱物としてよく知られています。水晶は圧電性(※1)を有し、極めて安定した周波数の電気信号を発振することから、時計などさまざまな電子機器の動作に必要な基準信号を発する振動子として広く産業利用されています。例えば、時計に使われる水晶振動子は、毎秒正確に32,768(= 215)回振動します(周波数:32,768 Hz)。水晶がどのようにしてこのような安定した周波数の電気信号を発振できるのか、その詳しい振動機構は長い間不明でした。
古くより水晶の圧電性は、プラスの電気を帯びたケイ素陽イオンとマイナスの電気を帯びた酸素陰イオンの逆方向の変位により、変形と同時に電気分極(※2)を発生することで説明され続けてきました(図1)。しかし、ケイ素原子と酸素原子はイオンではなく共有結合(※3)によって強く結合しているため、自由に動けるわけではありません。また産業利用されている水晶振動子では厚みすべり変形を利用しますが(図2)、この変形は図1の単純なイオンの変位だけでは説明できません。水晶の振動機構を理解するには、振動している水晶内の原子の運動を直接観測する必要があります。しかし、水晶内の原子の運動は極めて高速かつ微小であるため、これまで直接観測することが技術的に不可能でした。
中心は力をかけていない状態。左は引張応力により上向きの 電気分極が発生した状態。右は圧縮応力により下向きの電気分極が発生した状態。
中心は電圧をかけていない状態。左は下の電極を、右は上の電極を正極として電圧をかけた状態。青い矢印と赤い矢印はそれぞれ電気分極と変形の方向を示す。
研究の成果
本研究では、振動している水晶の高速かつ微小な原子の運動を直接観測するために、共振現象(※4)と短パルスX線(※5)を利用しました。水晶は振動すると交流電圧(※6)を発生しますが、逆に水晶に交流電圧をかけると振動が起きます。かける交流電圧の周波数を変化させていくと、ある特定の周波数で共振現象が起こり、水晶の振動は大きく増幅されます。今回、共振周波数が30 MHz(毎秒3千万回)の水晶振動子を用いて、交流電圧と共振している状態の結晶構造を、大型放射光施設SPring-8(※7)の短パルスX線を用いて調べました(長期利用課題 代表:青柳忍)。SPring-8から発せられる短パルスX線を利用することで、高速に運動している原子の瞬間的な位置を、ストロボ撮影するように1ナノ秒(1ナノ秒は10億分の1秒)以下の時間分解能で追跡できます。
実験の結果、共振周波数の交流電場下で増幅された水晶の変形は、直流電圧(※6)下の変形に比べて1万倍に達することが分かりました(図3)。実験に用いた水晶振動子は、電圧を印加すると厚みすべり変形(図2)により単位格子(※8)の角度γ が変化します。図3は、振幅10 V、周波数30 MHzの交流電圧と共振した水晶振動子の γ 角の1周期分(33ナノ秒)の時間変化を測定した結果です。10 Vの直流電圧を水晶にかけてもγ 角は90度からわずか0.00004度しか変形しませんが、共振周波数の交流電場下では最大で±0.15度も変形することが分かりました。この共振現象による巨大な変形を利用することで、振動している水晶の微小な原子の運動を、世界で初めて明瞭に捉えることが可能になりました。
γ 角は時間t1で最小値を、時間t2で最大値をとる。
水晶振動子の振動機構を解明するために、共振によってγ 角が最小、最大になった時間(図3中の時間t1と時間t2)の結晶構造を詳しく調べました。水晶は、ケイ素原子を中心とした酸素原子の四面体(SiO4四面体)が酸素原子を共有して連結した結晶構造を持ちます。図4は時間t1とt2での結晶構造の違いを、電子密度の変化量で表した図です。時間t1とt2の結晶構造を比較した結果、共振の最中SiO4四面体は全く変形せず、SiO4四面体を連結する角度(Si−O−Si角)のみが最大で±0.4度変形していることが分かりました。このとき酸素原子は、最大で±0.5 pm(1 pmは1兆分の1メートル)ケイ素原子との共有結合に対して、ほぼ垂直方向に変位します。この変形によって振動の力学的エネルギーは、原子間の共有結合エネルギーとして蓄えられるのと同時に、電気的に陰性な酸素原子の変位による電気分極として、電気的エネルギーに変換されます。この電気的エネルギーは電圧や電流として、時計などの各種電子機器の基準信号に利用されています。水晶の振動における力学的エネルギーの電気的エネルギーへの変換は、復元力の大きいSi−O−Si結合の弾性的な変形によって起こるためにエネルギー損失が少なく、その結果として水晶は安定に振動を継続できることが分かりました。またこの変形において、酸素原子はケイ素原子との共有結合に対してほぼ垂直方向に変位するためにSiO4四面体の回転運動が発生し、その結果として水晶振動子は図2に示す厚みすべり変形をすることが分かりました。
γ 角が小さくなった時(時間t1)、各原子 (Si、O)は青で示した電子密度の方向に変位する。γ 角が大きくなった時(時間t2)、各原子は赤で示した電子密度の方向に変位する。直線は原子間の結合を示し、直線の交わる点に各原子がある。
成果の意義と今後の展開
本研究で解明された水晶振動子の振動機構は、力学的なエネルギーと電気的なエネルギーとを相互変換する効率的なエネルギー変換機構の一つとして、今後、新しいエネルギー変換材料やエネルギー変換技術の研究開発に応用できます。資源に乏しい我が国にとって、省エネルギー社会の構築は急務の課題です。そのために、限りあるエネルギーを可能な限り効率的に変換・利用する新材料と新技術の開発が強く要求されています。力学的エネルギーと電気的エネルギーを高効率に相互変換する新材料と新技術は、振動子に限らず、センサー、アクチュエーター、ソナーなど広範囲な用途に利用できます。今回、共振効果と短パルスX線を用いた新しい構造計測技術により、水晶振動子の振動機構を解明しましたが、この計測技術はその他の圧電材料にも適用することが可能です。今後、水晶以外の圧電材料の振動機構を、この計測技術により順次解明していくことで、より効率的かつ革新的なエネルギー変換機構を探索していく予定です。
用語解説
*1 圧電性
物質に圧力や応力をかけて歪ませると電圧が発生する性質を圧電性と言います。水晶など圧電性を持つ物質がある振動数(周波数)で振動すると、その振動数に等しい周波数の交流電圧を発振します。
*2 電気分極
物質に電圧をかけたとき生じる電気の偏りを電気分極と言います。水晶など圧電性を持つ物質に電圧をかけると、電気を帯びたイオンの微小な変位などにより電気分極が発生します。電気分極は物質表面に電位差(電圧)を発生させます。
*3 共有結合
原子間の結合のうち、複数の原子が互いの電子を共有してより安定な電子状態を形成する結合を共有結合と言います。共有結合は、イオン結合などのその他の結合に比べて強く、切断や変形が最も起きにくいです。
*4 共振現象
振り子(ブランコ)など、ある特定の振動数(固有振動数)で振動する系に、外部から固有振動数と同じ振動数を持つ周期的な外力を加えると、振動の振幅が増大する現象を共振現象と言います。固有振動数は共振周波数とも呼ばれます。
*5 短パルスX線
X線は波長の短い電磁波(光)ですが、カメラのストロボのように短時間の間に瞬間的に発せられるX線を短パルスX線と言います。このときX線が発せられている時間幅をパルス幅と言い、SPring-8ではパルス幅50ピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒)の短パルスX線を利用できます。
*6 交流電圧と直流電圧
電圧の大きさと向きがある時間的周期で変化する電圧を交流電圧と言います。それに対して電圧の大きさと向きが時間的に一定な電圧を直流電圧と言います。
*7 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を発生・利用できる施設です。放射光とは、光速に近い速度で加速した電子の進行方向を電磁石で変えたときに発生する、強力な電磁波(X線)です。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来します。
*8 単位格子
水晶などの結晶では、3次元空間を原子が周期的に繰り返し配列しており、その繰り返しの最小単位となる3次元空間を単位格子と言います。単位格子の形状は平行6面体であり、各稜の長さa、b、cと、各稜が交わる角度α、β、γ の6個の格子定数で記述されます。
<<問い合わせ先>> <高輝度光科学研究センター問い合わせ先> <広島大学問い合わせ先> (SPring-8に関すること) |
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