トポロジカル絶縁体が磁石の性質をもつメカニズムを解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2015年11月19日
- BL23SU(JAEA 重元素科学)
2015年11月18日
広島大学
【本研究成果のポイント】
1. 磁性トポロジカル絶縁体(※1)の強磁性発現機構を世界で初めて明らかにしました。
2. 室温で動作する超低消費電力デバイスなどの開発につながるものと期待されます。
広島大学大学院理学研究科 木村昭夫教授の研究グループは、中国科学院上海微系統研究所(SIMIT、 CAS)および国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(JAEA)と共同で大型放射光施設SPring-8のJAEAビームラインBL23SUにて高輝度シンクロトロン放射光(※2)を利用した内殻吸収磁気円二色性(XMCD)(※3、4)観測システムを用いて、磁性トポロジカル絶縁体の強磁性発現機構を世界で初めて明らかにしました。今回の研究成果により、外部磁場を必要としない量子ホール効果を室温で実現するために必要な指針を与えるとともに、トポロジカル絶縁体を利用した次世代の超低消費電力スピン・デバイス等の開発につながっていくことが期待されます。 <発表論文> |
【背景】
量子ホール効果は半導体の電気伝導度が量子化される現象で、1980年にフォン・クリッチング博士によりはじめて観測されました。これは物性物理学の域を越えた世紀の大発見として大きな注目を浴び、同博士は1985年にノーベル物理学賞を受賞しました。その後、研究が大きく進展し、量子ホール効果がおこっている状態では、半導体試料の端に沿ってエネルギーを失うことなく電子が一方向に流れていると理解されています(図1左)。しかしながら、量子ホール効果は、極低温、強磁場という2つの環境がそろってはじめて実現するため、基礎研究の域を出ることはなく、実用化にはほど遠いものと考えられていました。
ところが、2013年になりトポロジカル絶縁体(※1)として知られるアンチモン・ビスマス・テルル化合物 (Sb,Bi)2Te3にクロム(Cr)という微量の磁性元素を含んだ磁性トポロジカル絶縁体において、外部磁場を必要としない量子ホール効果が観測され大きな反響を呼びました。これは異常量子ホール効果と呼ばれ(図1右)、それまで理論的には予言がされていたものの、実現が困難なものと考えられていました。
このように、量子ホール効果において外部磁場を必要としない点は改善されましたが、極低温を必要とする点は未だ大きな課題として残っています。その理由の一つとして、磁性トポロジカル絶縁体が磁石の性質をもち始める温度(キュリー温度)が-260℃程度ととても低いことが挙げられます。これを解決するためには、より高いキュリー温度を持つ磁性トポロジカル絶縁体が必要となります。例えば鉄はキュリー温度は770℃と高く、室温で用いられている最も有名な磁石です。磁石となるためには、それぞれの原子にある電子スピンがすべて揃っていなければならないのですが、鉄の場合には、鉄原子の電子スピン同士の強い相互作用によって磁石となっていると理解されます。ところが、磁性トポロジカル絶縁体の磁性元素であるクロムは微量にしか存在しないため、クロム原子間の平均距離が長く、直接的な相互作用はかなり弱く強磁性の原因としては考えられません。そのため、クロムのスピン同士をつなげる「のり」の役割をする何かが必要となってきます。その候補として考えられるのが、母体の(Sb,Bi)2Te3に含まれるSb(アンチモン)、 Bi(ビスマス)、 Te(テルル)といったいわゆる非磁性元素の電子が媒介する必要があると本研究グループ自ら発案し、それらの磁気モーメントを捉える必要があるとして実験に踏み切りました。
【研究成果の内容】
広島大学大学院理学研究科 木村昭夫教授らの研究グループは、大型放射光施設SPring-8のJAEAビームラインBL23SUにおいて、高輝度のシンクロトロン放射光と世界最高レベルの精度で物質中の元素別の磁気モーメントを捉えることのできる内殻吸収磁気円二色性(XMCD)観測システムを組み合わせて、トポロジカル絶縁体(Sb,Bi)2Te3に磁性元素クロム(Cr)を含んだ磁性トポロジカル絶縁体のCrだけでなく、いわゆる非磁性原子であるSbやTeにも微小な磁気モーメントが存在し、強磁性発現に大きな役割を担っていることを世界で初めて明らかにしました。
1. 実験について
実験は大型放射光施設SPring-8のJAEAビームラインBL23SUにて行いました。超伝導電磁石を用いて試料を磁化し、左右円偏光放射光を試料に交互に当てることでXMCDシグナルを得ました。このビームラインには、ツインヘリカルアンジュレータと呼ばれる、特殊な放射光発生装置が備わっており、左右円偏光を周期的に反転することで、1万分の1もの微小XMCDシグナルを高い精度で観測することができます。本研究のような高精度の測定が必要とする実験は、BL23SUの実験ステーションでなければ実現できません。
2. 実験結果(その1):クロム(Cr)およびテルル(Te)の磁気モーメント
今回研究した磁性トポロジカル絶縁体Crx(Sb1-yBiy)2-xTe3 (x=0.05, y=0.1, キュリー温度:15 K) のCr 2p→3d内殻吸収スペクトルを図2(a)に示します。ここでは外部磁場は0.1テスラ、温度は5ケルビンで測定をしています。 入射光エネルギー(hν)が575 eV(電子ボルト)および585 eVをエネルギー重心として、2つの領域に分かれます。これらがそれぞれ2p3/2→3d吸収端と2p1/2→3d吸収端に相当します。図2 (b)には2つのクロムの量が異なる試料Crx(Sb1-yBiy)2-xTe3 (x=0.05, 0.15)のXMCDスペクトルを示していますが、基本的には2p3/2→3d吸収端で負、2p1/2→3d吸収端領域で正となっています。したがって、期待通りCrが強磁性を担っていることがわかります。
さてここからが本題になります。図2 (b)の矢印で示しているようにCr 2p→3d吸収端の低エネルギー側に負のXMCDシグナルが観測されていますが、これがTe 3d5/2→5p吸収端のXMCDシグナルになります。このことは紛れも無くTeに磁気モーメントが存在していることを意味します。Cr 2p3/2→3d吸収端で負、Te 3d5/2→5p吸収端で負となっていることから考えるとお互いのXMCDシグナルは「同符号」となっていますが、このことはTe 5p電子のスピン磁気モーメントがCr 3dのそれに対し反平行に結合していることを示します。
3. Sbの磁気モーメント
今度はSbサイトに着目します。図3(a)上にはCr0.05(Sb0.7Bi0.3)1.95Te3のSb 3d5/2→5p内殻吸収スペクトルを示しています。円偏光放射光の極性が変わると、わずかですが、3d5/2→5p吸収端 (529.3 eV)と3d3/2→5p吸収端(538.4 eV)に差が現れているのがわかります。この差分すなわちXMCDスペクトルを図3 (a)下に示します。3d5/2→5p吸収端で正に、3d3/2→5p吸収端で負のシグナルとなっています。一方、Crの入っていない試料(Sb0.5Bi0.5)2Te3ではSb 3d→5p吸収端にXMCDは現れません。また、Cr 2p→3d吸収端とSb 3d5/2→5p吸収端のXMCD強度を外部磁場の関数としてプロットしたのが図3 (b)です。Cr 2p3/2→3d吸収端とSb 3d5/2→5p吸収端ではほぼ同じ磁場依存性を示し、非磁性原子のSbも強磁性を担っていることが明らかとなりました。また丁度符号が逆になっているのも特徴です。これはSb 5p電子のスピン磁気モーメントはCr 3dのそれに対しそれぞれ平行に結合していることを示しています。
4. 研究成果のまとめ
以上をまとめますと、異常量子ホール効果が観測された磁性トポロジカル絶縁体のCrx(Sb1-yBiy)2-xTe3について、強磁性の発現機構を調べるために内殻吸収スペクトルにおけるXMCDを観測しました。Cr 2p→3d内殻吸収端はもちろんのこと、Te 3d→5pおよびSb 3d→5p内殻吸収端においても微小ながらも明確なXMCDを観測しました。それらのXMCDの符号の関係から、Te 5pおよびSb 5p電子のスピン磁気モーメントはCr 3dのそれに対しそれぞれ反平行、平行に結合していることが分かりました。本研究で、TeやSbの5p電子がCrのスピン同士をつなげる「のり」の役割をし、磁性トポロジカル絶縁体Crx(Sb1-yBiy)2-xTe3 の磁石になる原因となっていることを初めて明らかにしました(図4)。
【今後の展開】
本研究は、外部磁場を必要としない高い強磁性転移温度を持ち、室温における異常量子ホール効果の発現に向けた新しい物質設計への指針を与えるとともにトポロジカル絶縁体を利用した次世代の超低消費電力スピン・デバイスへの開発や、超高速の電子を利用した次世代型のスーパーコンピューターへの開発につながっていくものと期待されます。
【用語説明】
*1 トポロジカル絶縁体
透明なガラスは電気を通さずアルミホイルは電気を通すように、日常生活の中で「電気を通すかどうか」という感覚は物質の色を見るだけである程度判断できてしまいます。また、その自然に身に付いた感覚は、物理的な理由づけも可能であり、透明なガラスは「絶縁体」、アルミホイルは「金属」というように物質中の電子の状態で区別されます。一方、「トポロジカル絶縁体」に属する物質は特殊で、「絶縁体」でありながら、その表面で金属と同じように電気を流す性質を持つ特殊な物質です。トポロジカル絶縁体の表面に電流を担う電子はスピン(電子の自転)をそろえて運動し、「光」と同じように質量を持たないのが最大の特徴です。また通常の物質とは異なり、トポロジカル絶縁体の表面を動き回る電子は、普通とは違い、欠陥や不純物によって邪魔されることなく(エネルギーを損失することなく)伝導ができるというとても魅力的な性質を持っています。
*2 シンクロトロン放射光
光の速度(地球を一秒間に7週半する速さ)までに電子を加速し、磁場でその進行方向を曲げると、同時に進行方向に強力な光が放出される。これがシンクロトロン放射光である。自然界では星雲の中に放射光を見つけることができるが、地上では専用の加速器が必要である。シンクロトロン放射光は、人類が手に入れた最も強力な光で「夢の光」とも呼ばれる。
*3 内殻吸収分光
可視・紫外光で起こる固体の吸収あるいは反射は価電子帯から伝導帯へのバンド間遷移に対応し、実験で得られるスペクトルは価電子帯と伝導帯の結合状態密度を反映し複雑なことが多い(図5左参照)。一方、内殻吸収は始状態がエネルギー分散のない内殻準位からフェルミレベルより上の非占有状態への光学遷移に相当する(図5右参照)。内殻電子の束縛エネルギーが元素によって異なるため、内殻吸収がはじまる光エネルギーのしきい値はやはり元素に依存する。このことから内殻吸収分光は元素選択的である。また広い範囲で波長を変えて測定する必要があることから「放射光」の利用が必須である。
*4 内殻吸収磁気円二色性(XMCD)
磁性体に光を入射したとき、その吸収係数が磁化に対する左右の円偏光により異なる性質を磁気円二色性(Magnetic Circular Dichroism:略してMCD)と呼ぶ(図6)。特に、内殻吸収スペクトルにおけるMCDの場合には、可視光領域の場合と区別するために、X線磁気円二色性(XMCD)と呼ばれる。例えば3d遷移金属の場合、その磁性は3d電子が主に担っていることから、ここでは2p→3d内殻吸収に注目する。遷移金属元素の2p内殻吸収端は,入射光エネルギーが400-1000eVであることから、電気双極子近似が良く成り立つと考えてよい。その場合、2p(軌道量子数1)軌道からの光学遷移先(光吸収の終状態)は、s(軌道量子数0)かd(軌道量子数2)となる。
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