強レーザーパルスを用いた量子状態の超高速高効率操作に成功 〜フェムト秒2光子ラビ振動の実現〜(プレスリリース)
- 公開日
- 2015年12月01日
- SACLA
2015年12月1日
名古屋大学
電気通信大学
富山大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
名古屋大学大学院理学研究科(研究科長:松本邦弘)の伏谷 瑞穂(ふしたにみずほ)講師,菱川 明栄(ひしかわあきよし)教授,電気通信大学の森下亨(もりしたとおる)准教授,富山大学の彦坂 泰正(ひこさかやすまさ)教授,理化学研究所と高輝度光科学研究センターの共同研究チームは,台湾Fu-Jen Catholic大学と共同で,超高速2光子ラビ振動の観測に成功しました。 論文情報 |
ポイント
• 多光子過程でも,数十フェムト秒内に量子状態を繰返し変化させることに成功
• 強レーザー場共鳴現象を利用することで,様々な系に適用可能な手法を開発
• 新しい量子状態操作手法として化学反応制御,量子情報科学などへの応用に期待
研究の背景
レーザーの誕生以降,光と物質の相互作用に関する理解が深まり,光科学に関する研究開発が大きく進展しています。特に,レーザー光のもつコヒーレントな性質を利用した光技術の進歩は目覚ましく,物質の内部量子状態を自在に制御することも可能となりつつあります。たとえば,量子状態をレーザー光で「重ね合わせ」ることで,2つの量子状態間を100%に近い効率で高速に行き来させることができます。これはラビ振動とよばれる現象で,基礎的な物理過程であると同時に量子コンピュータなどにおける状態操作の基盤技術として知られています。
ラビ振動は光のもつ光子エネルギー(hv)と2つの量子状態間のエネルギー差(ΔE)が一致する(hv= ΔE),すなわち「共鳴」条件を満たす場合に最大の効率を示します。実験が容易であるため,通常は1光子による共鳴条件の下でラビ振動の研究が行われています。しかし,1光子過程を用いたラビ振動では利用できる量子状態の組み合わせに制限があるため,どの物質状態に対してもこの手法が適用できるわけではありません。そのため,様々な応用に向けてこの光技術を1光子から多光子過程へと拡張する試みが世界中で行われています。しかしながら,これまでのところ最も単純な2光子過程の場合でさえ,1回のラビ振動に少なくともピコ秒程度の時間が必要でした。これをさらに高速化して物質の状態を自在に操作するためには,より強い光が必要となります。一方で光が強くなると,物質のエネルギー状態が変化して共鳴条件からのずれが生じたり,イオン化などの他の非線形現象がおこるなど,ラビ振動を妨げる要因が顕著となることがこれまでの研究で知られていました。
自由電子レーザー光の集光領域に励起ヘリウム原子が生成する。光電子分光器が検出する領域はレーザー進行方向に1 ミリメートル程度であるため実効的な観測領域の光強度はほぼ一定となっている。
研究手法と成果
今回研究グループは,光強度によって物質のエネルギー状態が変化することを逆手に取った手法を考案し,超高速なラビ振動を2光子過程で起こすことに成功しました。一般に物質の量子状態は光強度に対して複雑な変化を示しますが,「リュードベリ状態」と呼ばれる状態ではエネルギーが光強度に比例して変化することが知られています。研究グループはこの単純なルールに着目し,これを利用した共鳴(=フリーマン共鳴,図2)によって高効率なラビ振動を達成しました。
研究グループは,ヘリウム原子を対象として実証実験を行いました。2光子過程に必要な強い光を得るためには,レーザー光を100マイクロメートル程度の大きさのスポットに集光する必要があります。集光点付近では,光強度が一様ではないため(図1),すべての領域からの信号を測定すると,光強度の変化に敏感なラビ振動を精密に観測することが難しくなります。研究グループは,ラビ振動を駆動する近赤外域フェムト秒レーザー(波長795 ナノメートル)の焦点の中心部に,極紫外自由電子レーザー光(理化学研究所SCSS試験加速器,波長58.4 ナノメートル)を用いて励起したヘリウム原子(1s2p状態)を用意しました(図3a)。さらに磁気ボトル型光電子分光器を検出器として用いることで,ほぼ一定の光強度の領域からの信号のみを測定できるようにしました(図1)。 光電子スペクトルに観測されたピークのうち,1s6fリュードベリ状態(図3a)からの光電子ピークの強度は,近赤外レーザー光の強度に対して周期的な変化を示しました(図3b)。この結果は理論計算でよく再現でき,1s2pおよび1s6p準位の状態分布はラビ振動に特徴的なお互いに逆位相となる周期的な振舞いを示すことがわかりました(図3c)。ラビ振動の周期は23 フェムト秒(光強度6 TW/cm2)と見積もられ,従来に比べて3桁近い速さで量子状態の高効率操作を行うことが可能となりました。
今後の期待
今回明らかとなった2光子ラビ振動の駆動法は,光強度による物質のエネルギー状態の変化を利用した簡便な手法を用いており,複雑なレーザーパルスを準備する必要がありません。この光強度による物質のエネルギー状態の変化は普遍的な現象であるため,本手法はヘリウム原子以外の物質状態に対しても広く適用可能であると考えられます。また,このラビ振動の周期は数十フェムト秒であることから,衝突などによってラビ振動が妨げられる前に,標的とする物質の状態操作を完了させることが可能となります。したがって,本手法は室温における物質に対しても適用できるため,今後,光化学反応や光エレクトロニクス,量子光学,量子情報などの基盤技術としての応用が期待されます。
(b)1s6f光電子ピークの近赤外レーザー光強度依存性(丸印)および対応する理論計算結果(実線)。(c)理論計算で得られた1s2pおよび1s5f, 1s6f, 1s7f準位の状態分布の光強度依存性。
【用語解説】
※1 フェムト(ピコ):
単位の接頭辞を表す。たとえば,1フェムト秒は1000兆分の1秒,1ピコ秒は1000倍長い1兆分の1秒を表す。
※2 光子:
粒子性を表す光の呼称。光子1個のもつエネルギーは,光の周波数をv、プランク定数をhとしてhvと表される。
※3 ラビ振動:
コヒーレントな光にさらされた量子状態が光の吸収と放出を繰り返す現象。光の吸収および放出により物質の状態が移り変わる。アメリカの物理学者Isidor Isaac Rabiが時間変化の公式を導いた。
※4 コヒーレントな光:
可干渉性(=コヒーレンス)が高い光。2つの異なる場所から発生した光を重ね合わせた時にできる干渉縞は,白熱電球では数マイクロメートル程度離れると失われる。これに対してコヒーレンスが高いレーザー光では2つの点が数キロメートル以上離れた場合でも干渉が見られる。
※5 多光子過程:
通常の光吸収過程では光子1個のみが吸収・放出されるが,光が強くなると複数の光子が吸収・放出されることがある。これを多光子過程という。2個の光子が吸収されるときには,2光子吸収過程とよぶ。
※6 リュードベリ状態:
原子は電子と核から成っており,通常,電子は核の近くを運動している。これに対し,電子が高いエネルギーをもって核から遠く離れて運動している状態をリュードベリ状態という。スウェーデンの物理学者Johannes Robert Rydbergの名前から。
※7 SCSS試験加速器:
X線自由電子レーザー施設(XFEL)SACLAのプロトタイプ機。 2005年理研播磨地区に建設された。 SACLAの 32分の1の加速エネルギーをもち,極紫外自由電子レーザー光を発生。コンパクトXFELシステムの実証試験とFEL利用のR&Dが行われた。2013年に運用を停止した後,SACLAアンジュレータホールに移設され,現在立ち上げが行われている。
※8 フリーマン共鳴:
リュードベリ状態のエネルギーは,イオン化ポテンシャルとともに光強度に比例して増加する。これに伴うリュードベリ状態への多光子吸収共鳴をフリーマン共鳴と呼ぶ。米国の物理学者R. R. Freemanの名前から。
※9 磁気ボトル型光電子分光器:
磁気ミラー効果を利用した光電子エネルギー分析器。円錐型の強力な永久磁石とソレノイドコイルによって発生させた磁場を用いて,微小な観測領域から放出された全ての電子を捕集し,そのエネルギーを計測することができる。
<<本件に対する問い合わせ先>> 森下 亨(もりした とおる) 彦坂 泰正(ひこさか やすまさ) 報道対応: 電気通信大学総務課広報係 富山大学総務部広報課 理化学研究所広報室報道担当 (SPring-8に関すること) |
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