高集積化が可能な低電流スピントロニクス素子の開発に成功 ~固体電解質を用いたイオン移動で実現 低電流・大容量メモリの実現へ前進~(プレスリリース)
- 公開日
- 2016年01月12日
- BL15XU(広エネルギー帯域先端材料解析)
2016年1月12日
国立研究開発法人物質・材料研究機構
東京理科大学
1. 国立研究開発法人物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点の土屋敬志博士研究員(現在、東京理科大学)、寺部一弥グループリーダー、青野正和拠点長らの研究チームは、東京理科大学の樋口透専任講師と共同で、固体電解質(1)と磁性体を組み合わせ、電圧をかけて磁性体にイオンを出し入れすることで、従来のスピントロニクス素子(2)より低電流で磁性制御が可能な素子の開発に成功しました(図1)。素子の構造が単純で高集積化も可能であるために、全く新しい低消費電力・高密度大容量型メモリの開発につながると期待されます。 2.今日の高度情報化社会では、膨大なデータ量を保存するための高密度大容量記録装置(メモリ)の重要性が増しており、そのメモリ用素子の一つとして、電子の電荷とスピン(3)の両方の性質を利用して情報記録を行うスピントロニクス素子が注目されています。しかし、これまで提案されているスピントロニクス素子は、構造が複雑なために高集積化が困難であり、書き込み電流が大きい等の問題点が指摘されていました。 3.本研究グループは、固体内をリチウムイオンが移動する固体電解質を用いて、磁性体Fe3O4にリチウムイオンを挿入・脱離させることにより、Fe3O4の電子キャリア密度や電子構造を変化させ、それに伴って磁気抵抗効果(4)や磁化率(5)など磁気特性を制御することに成功しました。今回の開発した技術では、従来型スピントロニクス素子と比較して、イオン移動を利用することで低電流での磁性制御が可能であり、構造が単純で高集積化が可能です。さらに素子が全て固体で構成されており液漏れなどの問題がないため、従来の半導体プロセスを使用して低消費電力で高密度大容量メモリの構築が可能になると期待されます。 図1. 今回開発した手法の模式図。
外部電圧を印加して、固体電解質(ケイ酸リチウム)内のリチウムイオンを磁性体(Fe3O4)内に挿入・脱離させることによって磁気抵抗効果や磁化率を制御する。 4.今後、本成果を基に高集積化等の微細加工技術の開発をさらに進め、高密度大容量なメモリ等への応用を目指した実証実験を進める予定です。 5.本研究成果は、ACS NANO誌のオンライン版にて2016年1月6日(日本時間)に掲載されました。 掲載論文 |
研究の背景
今日の我々の身の回りにあるスマートフォン、テレビやコンピュータなどの電子情報機器では莫大なデ
ータを処理することが必要となっており、そのビッグデータを実用的に保存するための高密度大容量記憶 装置の重要性が年々増しています。この記憶装置の進歩には、主要部品であるメモリ用素子の高性能化が 不可欠です。近年では、USB メモリに使われているフラッシュメモリ(6)などのように半導体特性を利用し た半導体用メモリ素子だけでなく、磁気特性を利用した磁気抵抗変化メモリ用素子などのスピントロニク ス素子も期待されています。しかし、素子構造が複雑なため高集積化が困難、書き込み電流が大きい、デ ータ記録に必要な抵抗比が小さい等の問題点も指摘され、実用化に向けて様々な問題が残されています。 そのため、これまで提案されているスピントロニクス素子の更なる研究開発だけでなく、新たな原理で動 作するスピントロニクス素子の提案も期待されていました。
研究内容と成果
本研究グループは、新たな原理で動作するスピントロニクス素子を開発するために、固体内の局所的な
イオン移動を利用して磁気抵抗効果や磁化率といった磁気特性を制御するための新規法の開発を目指しま した。磁化率を制御するための素子は、図1に示すように、Fe3O4/ケイ酸リチウム/コバルト酸リチウム/ 白金の積層構造をしています。Fe3O4 はフェリ磁性(7)を示す電子伝導性結晶です。ケイ酸リチウムはリチウ ムイオン伝導性を有する固体電解質であり、コバルト酸リチウムは電子とリチウムイオンの両方の伝導性 を有する混合伝導性結晶です。この素子において、コバルト酸リチウム/白金電極に正の極性の電圧を印加 することにより、ケイ酸リチウム内をリチウムイオンが Fe3O4 の方向に移動し、さらには Fe3O4 内に挿入さ れます。この時、印加電圧の大きさを 0Vから 4Vまで増加させるに従い、磁化率を次第に低下させること ができます(図2左)。この磁化率の減少は、Fe3O4 内へのリチウムイオンの挿入によって電子キャリアが 注入され、それに伴って電子キャリア密度および電子構造が変化することに起因しており、その変化量は 電圧印加の大きさによるリチウムイオンの挿入量に依存しています。電圧印加の大きさが 0V~2.0Vの範 囲内では、印加条件によってリチウムイオンを可逆的に Fe3O4 に挿入・離脱することが可能であるため、そ れに伴って磁化率も可逆的に制御することができます。
次に、磁気抵抗効果を測定した結果を図2右に示します。いずれの電圧値においても外部磁場の印加に従って抵抗が小さくなる負の磁気抵抗効果を示し、その減少の大きさは電圧に依存します。このことは、 外部電圧によって磁気抵抗効果を制御できることを示しています。
磁化率や磁気抵抗効果の変化が Fe3O4 へのリチウムイオンの注入によって生じるメカニズムは、図3に示 す電子構造の変化で説明することができます。Fe3O4 の電子構造にはアップ・ダウンの2種類のスピンを持 った電子が存在し、特にフェルミ準位(8)付近にはダウンスピンを持つ電子が、フェルミ準位から少し低い 位置にはアップスピンを持つ電子が多いことが知られています(図3の左図)。磁化率はアップスピンを持つ電子数からダウンスピンを持つ電子数を引いたスピン数に依存し、スピン偏極率(9)はフェルミ準位付近 でのアップスピンとダウンスピンを持つ電子が占める割合に依存します。また、Fe3O4 結晶にはAサイトと Bサイトという位置に存在する2種類の Fe3+イオン(10)が存在します(図4)。リチウムイオンの挿入に伴 って、Bサイトの Fe3+イオンが Fe2+イオンに還元されるとダウンスピンの電子が増加するため、図3の左 図から右図に示す電子構造への変化に従い Fe3O4 のスピン数と磁化率が減少しますが、スピン偏極率とそれ に依存する磁気抵抗効果が増加することになります。今回観察された磁化率と磁気抵抗効果の変化は、比 較的小さな外部電圧(2V以下)では、Bサイトの Fe3+イオンから Fe2+イオンへの還元に伴うダウンスピ ンを持つ電子の増減が優先的かつ可逆的に起こっていると考えられます。この様な Fe3+イオン⇔Fe2+イオン の可逆的な酸化還元反応のふるまいは、大型放射光施設 SPring-8 の NIMS 専用ビームライン(BL15XU)で実施した硬X線光電子分光測定でも確認されています。
今後の展開
我々が開発した固体内のイオン移動を利用して磁気特性を制御するという新しい制御技術を用いることにより、電子移動を利用した従来型スピントロニクス素子と比べ、素子構造の簡素化や書き込み電流の 低減などの特徴を有する高性能素子の開発につながることが期待されます。今後、今回の研究成果を基に 高集積化等の微細加工技術の開発を進め、高密度大容量記録装置等への応用を目指した実証実験を進める 予定です。
用語解説
(1) 固体電解質
イオンの移動によって電流が流れる固体
(2) スピントロニクス
多細胞生物(ヒトなどの高等生物も含まれる)の細胞で見られる 固体内の電子が有する電荷とスピンの両方を工学的に応用する分野であり、エレクトロニクスとスピンか ら作られた造語
(3) スピン
電子の自転。アップスピンとダウンスピンの2種類があり、磁気特性に関係する。
(4) 磁気抵抗効果
電気抵抗が磁場によって変化する現象
(5) 磁化率
磁化しやすさを示す量
(6) フラッシュメモリ
電源を切っても消えない不揮発性の半導体メモリ
(7) フェリ磁性
物質内に逆方向の磁気を持った原子が存在し、その磁気の大きさが異なるため全体として磁化されている 物質
(8) フェルミ準位
電子をその結晶中で低いエネルギー状態から詰めていき、その数が全電子数になったところのエネルギー 状態
(9) スピン偏極率
次の式で表されるアップスピンとダウンスピンの偏りフェルミ準位でアップスピンを持つ電子の状態密度/(アップスピンを持つ電子+ダウンスピンを持 つ電子の状態密度)Fe3O4 ではフェルミ準位でダウンスピンが優勢のため、負の値を取る。
(10) 2種類の Fe3+イオン
Fe3O4 には鉄イオンの周りを酸素イオンが四面体型に取り囲むAサイトと、同じく八面体型に取り囲むBサ イトが存在する。そのどちらにも Fe3+イオンが存在するが、Fe2+イオンへと還元された際の電子構造の変化 はそれぞれ異なる。
本件に関するお問い合わせ先 東京理科大学 理学部第一部 応用物理学科 (報道・広報に関すること) 東京理科大学 研究戦略・産学連携センター (SPring-8に関すること) |
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