大型放射光施設 SPring-8

コンテンツへジャンプする
» ENGLISH
パーソナルツール
 

電池内部のリチウム元素を非破壊で定量する新手法の開発に成功 −大型リチウムイオン二次電池における電極内局所反応領域のその場観察法として期待−(プレスリリース)

公開日
2016年01月13日
  • BL08W(高エネルギー非弾性散乱)

2016年1月13日
国立大学法人群馬大学
国立大学法人京都大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター
国立研究開発法人科学技術振興機構

成果のポイント
•コンプトン散乱 X 線スペクトルを解析してリチウム元素を定量する新手法を開発した。
•マンガン酸リチウムにおけるリチウム量の検量線を決定し、実電池に適用した。
•大型リチウムイオン二次電池の電極内反応分布の非破壊測定法として期待される。

 群馬大学(平塚浩士学長)、京都大学(山極壽一総長)、高輝度光科学研究センター(土肥義治理事長) は、米国のノースイースタン大学(Joseph E Aoun 学長)と共同で、大型放射光施設 SPring-8*1 の高輝度・高エネルギーの放射光X線を用いてリチウム元素を非破壊(試料をそのまま)で定量する手法を開発しました。 コンプトン散乱X線スペクトルは物質の電子運動量分布*2(コンプトンプロファイル)を反映します。本研究グループは、SPring-8・ビームラインBL08W の高輝度・高エネルギーX線を利用したコンプトン散乱*3 測定からリチウム組成の異なる 8 種類のマンガン酸リチウムのコンプトンプロファイルを精密に測定しました。得られたコンプトンプロファイルはリチウム量に応じて、そのコンプトンプロファイルが変化したため、このコンプトンプロファイルの変化を数値化するパラメータ(Sパラメータ分析)法を新たに開発し、破壊分析である高周波誘導結合プラズマ発光分光分析(ICP分析)法*4 から得られたマンガン酸リチウムのリチウム量と比較しました。その結果、コンプトンプロファイルの変化と試料のリチウム量との間に相関関係が成り立つことを見出し、マンガン酸リチウムのリチウム量について検量線を決定しました。さらに、本研究で開発したSパラメータ分析法を市販のリチウムイオン電池に適用し、放電過程における二酸化マンガン正極内のリチウム濃度の変化を非破壊で直接測定することに成功しました。
 本手法の特徴は、高い物質透過能を有する高エネルギーX線を用いた分析手法であるため、非破壊で元素を定量することが可能であること、ならびに、コンプトンプロファイルが元素濃度の変化に敏感で、物質によるX線吸収等の影響を受けないことにあります。現在、自動車などに搭載する大型のリチウムイオン二次電池開発において、電極内の反応分布を、その反応下で観察する手法の開発が望まれています。本研究のSパラメータ分析法がその一助となり、高効率かつ高安全性を有する大型リチウムイオン二次電池の開発に資することを期待します。
 今回の研究成果は、群馬大学の鈴木宏輔助教、櫻井 浩 教授、ノースイースタン大学(米国)の B. Barbielini 准教授、S. Kaprzyk 教授、Yung Jui Wang 博士、H. Hafiz 氏、A. Bansil 教授、京都大学の折 笠 有基 助教、山本 健太郎 博士、内本 喜晴 教授、高輝度光科学研究センターの伊藤 真義 副主幹研究 員、櫻井 吉晴 主席研究員との国際共同研究によるもので、米国科学誌「Journal of Applied Physics」 (1 月 14 日号)に掲載される予定です。
 本研究の一部は国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)先端計測分析技術・機器開発プログラム グ リーンイノベーション領域「蓄電池固体内反応局所領域の非破壊分析装置と手法の開発(チームリーダー: 高輝度光科学研究センター・櫻井吉晴主席研究員)」および独立行政法人日本学術振興会科学研究費助成事 業(若手 B)「コンプトン散乱測定を利用した Li 元素の非破壊定量分析法の開発(研究代表者:群馬大学・ 鈴木宏輔助教)」において実施されました。

発表雑誌:
論文タイトル:“Non-Destructive Measurement of in-operando Lithium Concentration in Batteries via X-Ray Compton Scattering”
著者:K. Suzuki, B. Barbiellini, Y. Orikasa, S. Kaprzyk, M. Itou, K. Yamamoto, Yung Jui Wang, H.Hafiz, Y. Uchimoto, A. Bansil, Y. Sakurai, and H. Sakurai
雑誌名:Journal of Applied Physics 119, 025103 (2016)
DOI: 10.1063/1.4939304

<研究の背景>
 大型のリチウムイオン二次電池を開発する際の問題点の一つに、電極面内における反応分布の不均一性があります(図1)。この反応分布の不均一性は、電池の安全性に直結する問題ですが、これまで反応分布の測定は反応後のセルを解体する手法が一般的でした。しかし、セルの解体分析では反応が緩和した状態に関する知見しか得られません。そのため、反応分布をその電気化学反応下で測定する手法の開発が望まれています。そこで、我々はコンプトン散乱法に着目しました。コンプトン散乱法は、入射X線に100keVを超える高エネルギーのX線を使用します。高エネルギーX線は、高い物質透過能を持つため非破壊で大型リチウムイオン二次電池の内部を測定することが可能になります。また、コンプトン散乱法から得られるコンプトンプロファイルは、物質の元素濃度の変化に敏感です。本研究で我々は、リチウム組成の異なるマンガン酸リチウムのコンプトンプロファイルを測定し、そのコンプトンプロファイルの変化とリチウム組成との関係を明らかにしました。また、本手法を市販のリチウムイオン電池に適用し、放電過程における正極内でのリチウム濃度の変化を得ました。

<研究手段と成果>
 コンプトンプロファイルの測定には、100keVを超える高輝度・高エネルギーX線が必要であることから、SPring-8の高エネルギー非弾性散乱ビームライン(BL08W)にて実験を行いました。リチウム組成xが異なる8つのマンガン酸リチウム(Lix Mn2 O4 , x=0.5, 1.1, 1.2, 1.8, 1.9, 2.0, 2.1, 3.3)のコンプトンプロファイルを測定し、コンプトンプロファイルの変化を数値化するパラメータを用いた新たな(Sパラメータ分析)方法を導入しました(図2)。得られたSパラメータと破壊分析であるICP分析法により測定されたリチウム量との比較を行った結果、両者の間には直線関係が成り立つことがわかりました(図3)。この直線関係は、第一原理計算*5を用いて計算された理論的なコンプトンプロファイルによっても再現されました。これによりマンガン酸リチウムにおけるリチウム量の検量線を決めることに成功しました。さらに、本研究で開発したSパラメータ分析法を市販のリチウムイオン電池に適用し、放電過程における二酸化マンガン正極内のリチウム濃度の変化を非破壊で直接測定することに成功しました。(図4)。

<今後の展開>
 コンプトン散乱法を用いた本手法は、正極材料内のリチウム濃度変化のみならず負極材料内のリチウム濃度変化も非破壊で測定することが可能です。本手法を大型のリチウムイオン二次電池に適用し、正極および負極で起こる反応を、その電気化学反応下で分析することで、高効率かつ高安全性を有したリチウムイオン二次電池の開発に資することが期待されます。


<用語解説>
※1 大型放射光施設 SPring-8
 兵庫県の播磨研究学園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理は高輝度光科学研究センターが行っています。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeV に由来します。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことです。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われています。

※2 電子運動量分布
 結晶中の電子は、量子力学により、運動量(すなわち速度)で分類されます。ある運動量を持つ電子がどれだけ存在するかを表した物理量が電子運動量分布です。運動量空間で電子密度を表現したものが電子運動量密度であり、三次元の広がりをもつ電子運動量密度を一次元に投影したものが電子運動量分布(コンプトンプロファイル)になります。

※3 コンプトン散乱
 光(X線)は粒子としての性質を持ち、光子とも呼びます。X線光子と電子とがビリヤードの球のように衝突したときに、光子は電子によって散乱され、電子も弾き飛ばされてしまいます。衝突後の光子のエネルギーは衝突前に比べて低くなって観測されます。このような散乱現象をコンプトン散乱と呼びます。多くの教科書的な書物において、コンプトン散乱は、静止した電子とX線光子との弾性衝突として説明されていますが、現実の物質中の電子は常に運動しています。そのため、コンプトン散乱されたX線光子は、電子の運動量を反映して(ドップラー効果)、エネルギー分布を示します。エネルギーに対するX線の散乱強度を測定したものをコンプトンプロファイルと呼び、これが物質中の電子の運動量を反映していることを利用して、物質の電子状態が調べられています。

※4 高周波誘導結合プラズマ発光分光分析
 試料を酸などの溶液に溶かし、プラズマ中に噴霧することで励起された元素が基底状態に戻る際に発光する光の強度から元素濃度を定量する分析手法です。高精度に元素を定量できる分析手法として知られています。

※5 第一原理計算
 既存の実験データを用いずに、量子力学の基本法則に基づく理論のみから物理量を計算する手法です。

 
(a)理想的な充放電状態(b)不均一な充放電状態

図1 理想的なリチウムイオン二次電池では、均一に電極反応が起きますが(a)、大型リチウムイオン二次電池では、広い電極面積を持つため不均一な電極反応が起こります。

実験から得られたコンプトンプロファイル

図2 (a)実験から得られた LixMn2O4x=0.5, 1.1, 2.0)のコンプトンプロファイルです。リチウム量が増える に従って、コンプトンプロファイルの波高が高くなっています。(b)S パラメータは、コンプトンプロファイルにおいて中央部分の面積(SL)と裾野部分の面積(SH)の比で表されます。dは、元素の変化に敏感な領域とあまり敏感でない領域との境界を表します。

図3. 実験から得られたSパラメータ

図3 実験から得られたSパラメータ(赤丸)と ICP 分析法によって測定されたリチウム量との比較です。横軸はマンガン酸リチウムの組成式 LixMn2O4 としたときの x(=リチウム量)です。両者の間には線形関係が成り立ち、リチウム量についての検量線を決定しました。また、第一原理計算によって得られたSパラメータ(青三角と緑四角)も同様の直線関係を再現します。

 

図4. 市販のリチウムイオン電池の放電時におけるSパラメータの分布図

図4 (a)市販のリチウムイオン電池の放電時におけるSパラメータの分布図です。リチウム金属負極(赤色)、セパレータ(黄色)、二酸化マンガン正極(青色)から構成されています。放電が進むにつれて正極内で薄い青色の領域が広がっていきます。これは、リチウムが正極に拡散していることを表しています。(b)(a)の分布図における位置 A でのSパラメータの時間変化です。放電によってSパラメータは 1.00 から 1.06に変化します。これは正極の組成式を LixMn2O4 としたときの x(=リチウム量)が x=0 から x=0.75 に変化したことに相当します。(c)位置 A での満充電状態と完全放電状態とのコンプトンプロファイルの変化です。リチウムのコンプトンプロファイルに近い形を示しています。

 

《問い合わせ先》
国立大学法人 群馬大学大学院 理工学府 電子情報部門
助教 鈴木 宏輔(スズキ コウスケ)
教授 櫻井 浩(サクライ ヒロシ
Tel:0277-30-1714 Fax:0277-30-1707
Mail: mail1

国立大学法人 京都大学大学院 人間・環境学研究科 相関環境学専攻
教授 内本 喜晴(ウチモト ヨシハル)
助教 折笠 有基(オリカサ ユウキ)
TEL&FAX : 075-753-2924
E-mail:mail2

公益財団法人 高輝度光科学研究センター(JASRI)利用研究促進部門
副主幹研究員 伊藤真義(イトウ マサヨシ)
TEL:0791-58-2750 FAX:0791-58-2750
E-mail:mail3

(群馬大学に関すること)
国立大学法人群馬大学 総務部・総務課・広報係
TEL:027-220-7010 FAX:027-220-7012
E-mail: mail4

(京都大学に関すること)
国立大学法人京都大学 企画・情報部広報課
TEL:075-753-2071 FAX:075-753-2094
E-mail: mail5

(JST 先端計測分析技術・機器開発プログラムに関すること)
科学技術振興機構 産学連携展開部 先端計測グループ
山下 篤也(ヤマシタ アツヤ)
Tel:03-3512-3529 Fax:03-5214-8496
E-mail:mail6

(JST に関すること)
科学技術振興機構 広報課
Tel:03-5214-8404 Fax:03-5214-8432
E-mail:mail7

(SPring-8に関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
E-mail:kouhou@spring8.or.jp

ひとつ前
高集積化が可能な低電流スピントロニクス素子の開発に成功 ~固体電解質を用いたイオン移動で実現 低電流・大容量メモリの実現へ前進~(プレスリリース)
現在の記事
電池内部のリチウム元素を非破壊で定量する新手法の開発に成功 −大型リチウムイオン二次電池における電極内局所反応領域のその場観察法として期待−(プレスリリース)