甘味タンパク質の高甘味度化に成功 -低カロリータンパク質性甘味料の更なる有効利用に期待-(プレスリリース)
- 公開日
- 2016年02月04日
- BL26B1(理研 構造ゲノムI)
2016年2月4日
京都大学
京都大学大学院農学研究科の桝田哲哉助教、イタリア、フェデリコ2世ナポリ大学P.A. Temussi教授らのグループは、甘味タンパク質ソーマチンの21位のアスパラギン酸をアスパラギンに置換することにより、甘味度を強化(高甘味度化)することに成功しました。この知見により、甘味受容体と精度の高いドッキングシミュレーションを行うことが可能となり、その結果、①ソーマチンは低分子甘味料とは異なる様式(Wedge model)で甘味受容体と相互作用すること、②ソーマチンの甘味に重要なアミノ酸残基は、受容体上のアミノ酸残基と電荷相補的な相互作用をすること、③今回の21位のアミノ酸置換による高甘味度化は受容体との相互作用領域が大きくなった結果である可能性を示唆しました。 <論文タイトルと著者> |
1.背景
近年、肥満をはじめとする生活習慣病が社会問題となっており、多くの低カロリー甘味料が食品、飲料に使用されています。タンパク質は一般的に無味ですが、例外的に強い甘味を呈するタンパク質が存在します。甘味タンパク質の特徴を見出すことにより、甘味タンパク質を糖代替物としての利用、さらには甘味受容機構の解明を目論み多くの研究がなされてきました。私たちはこれまで甘味タンパク質の1つ、ソーマチンを研究対象として、甘味発現に関わるアミノ酸残基の同定、大型放射光施設 (SPring-8) のビームラインBL26B1に於いて高分解能X線結晶構造解析を行い、甘味タンパク質の構造と機能の相関について研究を行ってきました。しかしながら、ソーマチンの甘味度を更に強化することは長らく困難でした。
2.研究手法・成果
これまでの私たちの研究から、ソーマチンの甘味にはアルギニンやリジンなどの塩基性アミノ酸残基、その中でも82位のアルギニン残基と67位のリジン残基が特に甘味に重要な役割をしていることを明らかにしてきました(図1)。今回私たちは、大型放射光施設 (SPring-8) で構造決定したソーマチンの高分解能立体構造情報を用いて、アルギニン82とリジン67が位置しているタンパク質表面に存在する酸性アミノ酸残基(アスパラギン酸、グルタミン酸)に着目しました。部位特異的変異法により酸性アミノ酸残基を他のアミノ酸に置換したところ、多くの酸性アミノ酸残基は甘味には関与しなかったものの、21位のアスパラギン酸をアスパラギンに置換すると甘味度が強化することがわかりました。この新規な知見から、甘味受容体と精度の高いドッキングシミュレーションを行うことができました(図2)。その結果、①甘味タンパク質ソーマチンは低分子甘味料とは異なる様式(Wedge model)で甘味受容体と相互作用すること、②ソーマチンの甘味に重要なアミノ酸残基は、受容体上のアミノ酸残基と電荷相補的な相互作用をすること、③今回のアミノ酸置換による高甘味度化は受容体との相互作用領域が大きくなった結果である可能性を示唆しました。
3.波及効果
ソーマチンの甘味は、低分子甘味料とは異なる様式で情報が伝えられる可能性を示唆しました。今回得られた受容体タンパク質との相互作用情報により、より受諾性のある新規低カロリー甘味料の創製をはじめ、甘味タンパク質を新たな食品素材として更なる有効利用が期待できます。また、高分子タンパク質と受容体とのドッキングモデルは、受容体をターゲットとする医薬品分野にも有用な知見を与えるものと考えられます。
4.今後の予定
甘味タンパク質は、強い甘味を呈するだけでなく、苦味や渋味の低減、風味を増強させるなど様々な機能を有しています。今後、原子レベルでの構造解析を通じてこれら諸要因を明らかにし、食品開発に利用できればと考えています。
<用語解説>
甘味タンパク質ソーマチン
西アフリカ原産の熱帯植物由来のタンパク質。分子量は約22,000、アミノ酸207残基よりなる。ショ糖に比べモル比で10万倍、重量比で3千倍の甘味を呈する。天然由来の甘味料として、食品、医薬品に利用されている。
部位特異的変異法
任意のアミノ酸を、意図したアミノ酸残基に置換する方法。酵素などタンパク質の機能を明らかにする際、遺伝子工学、タンパク質工学で広く用いられる手法。
甘味受容体
7回膜貫通型のGタンパク質共役型受容体、T1R2とT1R3のヘテロ二量体からなる。甘味受容体は、糖類、アミノ酸、ペプチド、合成甘味料、甘味タンパク質に対して応答する。現時点で、T1Rsの構造は決定されていない。
Wedge model
甘味タンパク質の場合、低分子甘味物質と比べると分子量もかなり大きいため低分子化合物が作用する部分とは異なる部位に作用し、あたかも楔を入れ込むように間接的に甘味受容体の活性化状態を安定化させ情報を伝達させるというモデル。
《参考図》
甘味度を強化することに成功したアスパラギン酸21 (D21) を赤色で示す。変異を行った他の酸性アミノ酸残基 (E42, D55, D59, D60, E89) を黄色に、甘味に特に寄与するアルギニン82 (R82) とリジン67 (K67) を青色で示す。
甘味受容体(T1R2-T1R3)を青色細線でソーマチンを黄色細線で示す。相互作用にかかわるソーマチン側のアミノ酸残基(R82, K67, K106, K137, K78)を青色太線で、受容体側のアミノ酸残基 (R2_D173, R2_D433, R3_E45, R3_E47, R3_D215) をピンクで示す。21位のアスパラギン酸をアスパラギンに置換 (N21: 緑色太線) することにより青色点線で囲まれた領域に加え、新たに赤色点線で示す領域も相互作用に関わることで、高甘味度化に寄与すると考えられる。
本研究は、科学研究費補助金 基盤研究 (C)「甘味タンパク質の構造と呈味発現、苦味抑制機構の解析(課題番号25450167)」、基盤研究 (C)「甘味タンパク質の機能発現に関する構造生物学的解析(課題番号22580105)」の支援を受けて実施されました。
《問い合わせ先》 (SPring-8に関すること) |
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