生命現象を支える化学反応の真の姿を解明! ―地球の窒素循環を担う酵素の制御がSACLAとSPring-8の技術で可能に―(プレスリリース)
- 公開日
- 2016年03月01日
- SACLA
2016年3月1日
大阪大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
本研究成果のポイント
•SACLA※1で放射線照射の影響のない正確な銅含有亜硝酸還元酵素※2の三次元分子構造を世界で初めて決定
•フェムト秒(1000兆分の1秒)レベルの時間精度で分子構造を観察する新技術を実証
•地球の窒素循環の制御につながる生命化学反応プロセス(プロトン共役電子移動※3)を解き明かす成果
大阪大学大学院工学研究科の溝端栄一講師、高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室の登野健介チームリーダー、理化学研究所放射光科学総合研究センターの岩田想グループディレクター等による国際合同研究チームは、X線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLAを利用して、銅含有亜硝酸還元酵素の完全酸化型の立体構造を、銅原子の異常散乱効果※4を用いて世界で初めて決定し、プロトン共役電子移動の反応機構を解明することに成功しました。 掲載論文 |
研究の背景
窒素は生命を形づくる必須の元素です。地球上の窒素循環において、微生物は脱窒過程と呼ばれる重要な化学反応を銅含有亜硝酸還元酵素によって担います。本酵素は、亜硝酸イオン(NO2-)から一酸化窒素(NO)への一電子還元反応を触媒するタンパク質で、構造と機能が異なる2つの銅活性中心、“タイプ1銅”と“タイプ2銅”をもちます。タイプ1銅は他の電子供与タンパク質から電子を受容し、タイプ2銅はその電子を利用して亜硝酸還元反応を行います。銅活性中心の酸化型から還元型への変化は、配位構造の変化を引き起こし、効率的な電子伝達反応や酵素反応と結びついています。
金属蛋白質の真の酸化型構造を知ることは、長い間、不可能とされてきました。構造解明に必要なX線照射にともなう放射線損傷※6により、金属中心がきわめて迅速に還元され、構造変化を誘起してしまうためです。しかし近年、X線自由電子レーザー(XFEL)を用いた新しい解析手法、連続フェムト秒結晶構造解析(SFX)※7の登場によって、常温状態かつ放射線損傷の無い状態(常温無損傷構造)の解明が可能になりつつあります。SACLAが生み出す10フェムト秒以下の極短パルス光を用いると、放射線損傷で構造変化が誘起されるよりも早く、構造情報を記録して観察することができます。
研究の成果
本研究では、実験技術の技術改良を進め、SFXと銅原子を用いたSADによる絶対構造決定法※8を初めて実証し、銅含有亜硝酸還元酵素の正確な三次元構造を得ることに成功しました。さらに、SACLAの技術と大型放射光施設SPring-8の技術を融合することで、本酵素の真の酸化型構造情報から、生命現象を支える多くの酵素反応に共通する重要な生命化学反応プロセスであるプロトン共役電子移動の新しい知見を得ることに成功しました。
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
地球上の窒素循環において、土壌中や水中の窒素酸化物は、脱窒菌と呼ばれる微生物によって分子状窒素に還元され、大気中へと放出されています。土壌中の窒素含有量は植物の成長を決定する因子であるため、農作物の収穫量や食糧需給ひいては人口問題にとって重要です。一方、産業技術の発展による窒素化学肥料等の増加が微生物の脱窒作用を活性化し、窒素循環の均衡を破り、地球環境に多大な影響を与えていることが知られています。脱窒作用の詳細な理解は窒素循環の制御につながるため、それを担う微生物中の酵素の構造と機能を解明するための研究が注目を集めています。
本研究成果により明らかとなった酵素反応が担う新しい生命化学反応プロセスの理解は、物質科学と生命科学と地球科学の分野をつなぐ架け橋となる発見であり、地球の窒素循環の制御につながる分野への応用展開を支える基盤となります。
《特記事項》
<掲載論文>
本研究成果は、米国東部時間2016年2月29日午後3時(日本時間2016年3月1日午前5時)、米国の科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(PNAS:米国科学アカデミー紀要)」に掲載されました。
<研究支援>
本研究は、文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題「創薬ターゲット蛋白質の迅速構造解析法の開発」と日本学術振興会の科学研究費補助金「光感受性化学構造をもつ金属蛋白質のX線自由電子レーザーを用いた常温無損傷構造解析」(15K18487)と新学術研究領域「感応性化学種が拓く新物質科学」と創薬等支援技術基盤プラットフォームの支援により行われました。また、本研究におけるデータ解析では、SACLAに併設されたスーパーコンピュータシステム「ミニ京」と HPC システムを利用しました。
<研究メンバー>
本研究は、大阪大学大学院工学研究科の溝端栄一講師、カメン・チェ博士前期課程学生、井上豪教授、同蛋白質研究所の鈴木守准教授、米国コロンビア大学の福田庸太博士研究員(元大阪大学大学院工学研究科博士後期課程学生)、東京大学大学院理学系研究科の中根崇智研究員、カナダブリティッシュコロンビア大学のマイケル・マーフィー教授、高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室の登野健介チームリーダー、理化学研究所放射光科学総合研究センターXFEL研究開発部門ビームライン研究開発グループの矢橋牧名グループディレクター、同利用技術開拓研究部門SACLA利用技術開拓グループの岩田想グループディレクター等による国際合同研究チームにより行いました。
SACLAで決定した亜硝酸還元酵素の亜硝酸イオンが結合した銅(Cu)活性中心の電子密度構造(上図)と、SPring-8で決定した構造との比較(下図)
プロジェクトを推進した阪大・溝端栄一講師(左)
と理研・岩田想ディレクター(右)
《用語解説》
※1 SACLA(SPring-8 Angstrom Compact Free Electron LAser)
理化学研究所と高輝度光科学研究センター(JASRI)が兵庫県播磨科学公園都市に共同建設した、日本初、米国に次ぐ世界2番目のX線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)施設。加速器の中で電子の集まりを正確な制御の下で一斉に振動させ、超高輝度のX線レーザーを発生させることができる(SPring-8が発生するX線の10億倍の明るさ)。国家基幹技術の1つとして、2011年に完成した世界最先端施設である。
※2 銅含有亜硝酸還元酵素
亜硝酸イオン(NO2-)を一酸化窒素(NO)に一電子還元する生命化学反応を触媒する酵素(タンパク質)で、活性中心として銅イオン(補因子)を結合している。日本のグループにより最初に発見された。土壌中や水中の窒素酸化物を分子状窒素(N2)へと段階的に還元する脱窒に関わる古細菌、真正細菌に広く存在する。
※3 プロトン共役電子移動
酸化還元反応(電子移動)において、プロトン(水素イオン)の移動が付随的に起きる電子移動機構。生体内での多くの酵素反応に関与していると考えられている基礎的かつ重要な化学プロセスである。
※4 異常散乱効果
物質はX線を吸収するが、この吸収は物質に含まれる元素固有のX線エネルギー(吸収端)で大きくなる。その際、屈折率、散乱能が急激に変化する。この共鳴効果を異常散乱効果と呼び、結晶を形づくる分子の絶対構造を決めるのに利用される。
※5 SPring-8(Super Photon ring-8 GeV)
兵庫県播磨科学公園都市にSACLAに隣接して設置されている世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の大型放射光施設。その運転管理と利用者支援は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。1997年の完成以来、世界最先端の研究成果を数多く生み出している。
※6 放射線損傷
X線の持つエネルギーによって、X線と相互作用した分子が壊れること。分子が壊れる過程で生じる電子や、壊れた分子から生成する反応性の高い分子が観察対象の分子と化学反応をする場合も含む。一般に、タンパク質結晶の放射線損傷は、X線と水の相互作用をきっかけに、X線照射後ピコ秒(1兆分の1秒)の時間スケールで水から生成する反応性の高い分子がタンパク質と化学反応することで起きることが多い。
※7 連続フェムト秒結晶構造解析(SFX:Serial Femtosecond X-ray Crystallography)
多数の微小結晶を含む液体等をインジェクターから噴出しながら、X線自由電子レーザー(XFEL)を連続的に照射して結晶構造を解析する新しい実験手法。結晶構造を常温状態かつ放射線損傷の無い状態(常温無損傷構造)で決定できる唯一の実験手法である。
※8 SFXと銅原子を用いたSADによる絶対構造決定法
SADとは異常散乱効果を利用して構造を決定する方法。SFXでの成功例は殆ど報告されておらず、銅原子では世界初となる。
《参考ウェブサイト》
・SACLA-FXプロジェクト
http://www1a.biglobe.ne.jp/sfxproject/
・構造物理化学領域
http://www.chem.eng.osaka-u.ac.jp/~inoue-tken
《問い合わせ先》 理化学研究所放射光科学総合研究センター 高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室 (SPring-8に関すること) |
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