地球マントル・スーパーアースの深部物質の圧縮挙動を解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2016年03月07日
- BL10XU(高圧構造物性)
国立大学法人 愛媛大学
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
【成果のポイント】
• 従来の研究と比べ、圧力範囲を実験研究では2倍、理論研究では6倍まで拡張した。
• 数百万気圧まで適用可能な密度の温度圧力依存性の式(状態方程式)を確立した。
• 理論的研究と実験的研究との間にあった矛盾を解消した。
• 地球はもとよりスーパーアース内部の構造をより正確に推定することを可能にした。
愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)の境毅助教、出倉春彦助教、高輝度光科学研究センター(JASRI)の平尾直久研究員らの研究グループは、スーパーアース※1深部に存在するとされる鉱物であるポストペロブスカイト相※2の高温高圧下における圧縮挙動を高圧実験および理論計算の双方から解明することに成功しました。 【掲載論文】 |
【研究の背景】
地球のマントルの最深部2700-2900 kmの深さにはポストペロブスカイト相と呼ばれる鉱物が存在します。この相はマントル最深部の高温高圧条件(120万気圧2500度以上)でのみ存在し、この相で主に構成されているマントル最下層はD"層と呼ばれ、地震学的にも周辺に比べて特徴的な性質を示す領域として注目されています。一方で、近年地球の数倍の質量をもつスーパーアースと呼ばれる惑星が太陽系の外側で多く見つかっています。地球よりも大きなこのような惑星では、その内部の圧力も非常に高くなります。よって、地球ではマントル最深部にのみ存在するポストペロブスカイト相も、スーパーアースのマントルではその大部分を占める主要な相となることが予想されています。マントルの主要な構成物質が惑星深部の高温高圧状態においてどのような密度や硬さを持っているのかを知ることは、地球惑星内部の運動(ダイナミクス)や進化を考える上で最も基本的な情報となります。したがって、温度と圧力による密度(体積)の変化を表す式である状態方程式を決定することは非常に重要です。しかし、地球マントルの最深部の圧力(136万気圧)を大きく超えるような圧力でのポストペロブスカイト相の状態方程式に関する実験的あるいは理論的研究は行われていないため、スーパーアースマントル深部圧力におけるこの鉱物の圧縮挙動についてはよく分かっていませんでした。また従来の報告では、この相の高圧下における熱膨張率が、実験および理論研究の間で矛盾しており問題となっていました。
【研究の成果】(研究手法と成果)
愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)の境毅助教と高輝度光科学研究センター(JASRI)の平尾直久研究員は、レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル(図1)による高温高圧発生と大型放射光施設SPring-8における高温高圧その場X線回折実験を組み合わせることで、従来の研究の約2倍の圧力である265万気圧までの実験を行い、高温高圧下での精密な密度データを取得することに成功しました(図2)。この密度データを解析することにより、数百万気圧まで適用可能な状態方程式を確立しました。
一方、GRCの出倉春彦助教は状態方程式の第一原理計算※6を実験とは完全に独立に行いました。ポストペロブスカイト相が安定に存在できるとされる温度圧力範囲を完全に網羅する1200万気圧5000度まで(従来の理論的研究の6倍に相当(図2))のデータを取得し、理論に基づいた状態方程式を決定しました。実験的および理論的に決定した状態方程式を比較すると、地球の核-マントル境界相当の温度圧力条件(100-140万気圧、~4000度)では両者の密度差が0.1%以内であり、実験・理論の間で非常によい一致を示すことが明らかとなりました(図3)。この結果は、本研究により理論と実験で極めて整合性の高いモデルを構築することに初めて成功したことを意味します。さらに、従来の報告では高圧下における熱膨張率について実験結果と理論計算結果の間に矛盾がありましたが、本研究によりその矛盾を完全に解消しました。
また、今回の研究で得られた非常に広い温度圧力範囲の密度のデータを用いることで、高圧縮極限(無限の圧力)における状態を記述するパラメータを決定することに成功しました。これにより、実験圧力範囲を超えた圧力領域へと密度データを外挿した際にその結果が熱力学的に矛盾するという問題を解消することができました。本研究で実験的に決定した状態方程式は少なくとも300万気圧までは適用可能であると考えられます。この圧力領域は地球の約3倍の質量をもつスーパーアースの核-マントル境界に相当する圧力です。実験的および理論的状態方程式は300万気圧、5000度までの条件においても、両者は0.8%以内で一致します。また1000万気圧までそれらを外挿してもその差は数%以内に収まります。実験・理論間で矛盾のない今回の成果は、ポストペロブスカイト相の状態方程式の決定版として地球科学分野のみならず太陽系外の惑星を対象とした惑星科学分野でも今後広く利用されることが期待されます。
【今後の展望】
スーパーアースのマントルの主要構成物質であるポストペロブスカイト相の状態方程式が決定されることにより、スーパーアースマントル内部のある地点がどの程度の温度だった場合にどの程度熱膨張して密度が軽くなるのか、あるいは圧力によってどの程度圧縮されて重くなるのか、といったことが分かることになります。それにより、マントルの対流ひいてはプレートテクトニクスといった地球に見られる現象のスーパーアースでの有無に対する理解が進むことが期待されます。
地球のマントルではありえないような広範囲の温度圧力条件で実験を行うことで、今回初めて実験と理論で整合性のある統一的なモデルが確立されました。本研究で確立された状態方程式の微分特性として得られる体積弾性率(硬さ)や熱膨張係数、そして比熱といった熱力学的性質の知見を基にすることで、地球のマントル最下部の理解もさらに深まると期待されます。
【用語解説】
(※1) スーパーアース
観測技術の近年の発展に伴い、太陽系の外部に多くの惑星が観測されている。発見された太陽系外惑星の中には、地球と同様に岩石を主体とするがその質量が地球のそれよりも数倍大きいものも見つかっており、それらは「スーパーアース」と呼ばれている。
(※2) ポストペロブスカイト相
地球のマントルは、深さによって上部マントルおよび下部マントルの二つに大別される。下部マントルを構成する主要な物質はブリッジマナイトと呼ばれる鉱物である。ポストペロブスカイト相とは、ブリッジマナイトがマントル最深部(深さ2700-2900 km)の温度圧力条件下においてその結晶構造が変化した物質のことである。
(※3) 状態方程式
物質の温度・体積(密度)・圧力の間に成り立つ関係式のこと。物質の種類毎に異なる。惑星を構成する物質の状態方程式を知ることが、惑星の内部構造を制約するうえで鍵となる。
(※4) レーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル
先端を平らに研磨した2個の単結晶ダイヤモンド製のアンビルに力を加え、その間に挟んだ試料に高い圧力を発生させるものがダイヤモンドアンビル装置である。ダイヤモンドの透明性を利用して高圧力下の試料にレーザーを照射し、実験室において高温高圧状態を作り出す実験装置がレーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセルである。
(※5) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理は公益財団法人高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV
に由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げたときに発生する、細く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
(※6) 第一原理計算
実験データや経験的なパラメータを一切用いず、対象を支配する方程式を直接解く計算手法の総称のこと。本研究では現代物理学の基礎をなす量子力学における支配方程式を精度良く解く方法を用いた。近年の計算機の性能向上およびシミュレーション技術の進歩により、この手法を用いた高精度の理論予測が可能になったことで、実験と相補的な役割を担っている。
【参考図】
装置全体(左)と装置内部の対向する2つのダイヤモンド(右)。2 mm程度の大きさの2つのダイヤモンドの先端(今回使用した先端径サイズは35および100ミクロン(1ミクロンは1000分の1ミリ))で試料を挟むことで高圧力を発生し、さらにレーザー光を照射することで同時に高温を発生することができる。
《問い合わせ先》 助教 境 毅 助教 出倉 春彦 高輝度光科学研究センター 《関連分野の研究者》 東京大学大学院理学系研究科附属地殻化学実験施設 (SPring-8に関すること) |
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