「小さくなると、閉じたゲートが開閉する」多孔性材料: -薄膜化により多孔性金属錯体に隠されたゲート開閉機構を発見-(プレスリリース)
- 公開日
- 2016年03月08日
- BL13XU(表面界面構造解析)
2016年3月8日
国立大学法人 京都大学
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
国立研究開発法人 物質・材料研究機構
国立研究開発法人 理化学研究所
国立大学法人京都大学(山極壽一総長)、公益財団法人高輝度光科学研究センター(以下「JASRI」、土肥義治理事長)、国立研究開発法人物質・材料研究機構(以下「NIMS」橋本和仁理事長)、国立研究開発法人理化学研究所(以下「RIKEN」松本紘理事長)の研究グループは、ナノメートルサイズの薄膜化により分子の吸着機能を発現する多孔性材料を発見しました。これは、京都大学の北川宏教授、大坪主弥助教、坂井田俊大学院生、NIMSの坂田修身高輝度放射光ステーション長、RIKENの高田昌樹グループディレクターらによる研究成果です。 <論文タイトルと著者> |
背景
物質内部に無数の細孔を有する「多孔性材料」と呼ばれる物質は、その細孔内に分子を取り込んで吸着する性質を持つことで注目され、古くから盛んに研究が行われてきました。近年、新しい多孔性材料として金属イオンと有機分子の自己集合により生成する多孔性金属錯体(MOF: Metal–Organic Framework)が注目を浴びています。これらは活性炭やゼオライトなどの従来の多孔性材料に比べて高い空隙率や結晶性を有していて、さらには設計性や物質群としての多様性にも優れており、細孔のサイズ、形状、性質だけでなく物質の安定性なども構成要素となる金属イオンや有機分子の組み合わせによってコントロールすることが出来るという大きな特徴を持っています。
研究手法・成果
今回の研究では、二次元層状ホフマン型錯体と呼ばれるMOFが結晶のサイズが大きいバルク状態では分子を取り込む性質を全く示さないものの、結晶をナノメートルサイズに小型化(薄膜化)すると分子を吸着するようになるという現象を初めて発見しました(図1)。このMOFは図1に示すような鉄イオンとテトラシアノ白金錯体からなる二次元の層同士が、ピリジンと呼ばれる有機分子によって相互に組み合わさった構造を持っています。このMOFは予備的な実験からバルク状態では分子を取り込む機能を示さないことが分かっています。
本研究グループは、Layer-by-Layer法注7)を用いることで配向成長した(成長する向きが揃った)ナノメートルサイズのMOF薄膜を合成しました。まず、4-メルカプトピリジンのエタノール溶液に金基板を浸すことで、アンカーとなる自己組織化単分子膜を作製しました。その後、この基板をMOFの構成要素であるピリジンを含んだ鉄イオン、テトラシアノ白金錯体の二種類のエタノール溶液に次々に浸し、この手順を30サイクル繰り返すことにより、目的のMOFの薄膜を基板上に組み上げました(図2)。
SPring-8 BL13XUビームラインの放射光を用いた精密なX線回折実験から基板面に平行方向の情報を含む面内配置、基板面に垂直方向の情報を含む面外配置共に明瞭なピークが観測され、得られたMOF薄膜が面内方向、面外方向共に結晶性であることが実証できました(図3)。X線回折実験の結果から30サイクル繰り返して合成した薄膜は、平均的な膜の厚みが16ナノメートル(nm)程であることが分かりました。次に、エタノール分子の蒸気にこの薄膜を晒して放射光X線回折実験を行ったところ、驚くべきことにエタノールの蒸気圧が上がるとあたかもゲートが開くようにMOFの層間距離が広がることでエタノール分子を取り込み、蒸気圧が下がると取り込んだエタノール分子を放出しながらゲートを閉じるように層間距離が縮むことが明らかになりました。さらに、薄膜作製時のLayer-by-Layer法のサイクル数を増やし、厚みを人工的に増やした薄膜では、エタノールの蒸気に晒しても層間距離は変化せず、分子が取り込まれないことが分かりました(図4)。つまり、この結果はMOFの持つ隠れた分子吸着機能が、ナノメートルスケールで薄膜の厚みをコントロールすることで初めて機能することを実験的に実証できたと言えます。
波及効果・今後の展望
本成果は、①基礎面、②応用面の両方において大きな波及効果が期待されます。
① 本研究で発見した現象は、サイズが変わると性質が真逆に変化する多孔性材料を初めて発見したということであり、これはこれまでに観測されたことの無い新しい現象です。つまり、結晶の「サイズ」という因子がMOFに劇的な物性の変化をもたらし得ることを示しており、多孔性材料の示すガス吸着を始めとする基礎物性に結晶のサイズ次第で多くの多様性が生まれることが期待できます。
② これらの特徴に加えて、このMOF薄膜は合成時のサイクル数を変えることにより薄膜の厚みを精密にコントロールすることが出来ます。この利点を生かすことで、ガス分子に対する応答性を精密に調節可能なセンサー材料や、ガス分離膜等への応用につながることが期待されます。
(A) 研究に使用した二次元層状ホフマン型MOFの結晶構造(左図、オレンジ色:白金、赤色:鉄、灰色:炭素、青色:窒素で表示)と簡略化した構造(右図、水色で表示)。(B) 結晶のサイズの変化によるガス分子に対する応答性の変化。バルク状態(上図)のMOF結晶ではガス分子(赤い球)が存在しても全く応答が見られませんが、このMOFをナノメートルサイズの薄膜へと小型化した場合(下図)、ガス分子を取り込むように構造が変化する(動き出す)ことが分かりました。
金基板にアンカーをなす4-メルカプトピリジンを配列させて自己組織化単分子膜を作製します(ステップ1)。次にこの自己組織化単分子膜を被覆した基板に対しMOFの構成要素を交互に導入します(ステップ2)。このステップ2を繰り返し行うLayer-by-Layer法により、鉄イオンとテトラシアノ白金錯体、及び有機分子のピリジンで形成された層状構造が逐次的に積み上げられ、MOFの薄膜が形成されます。得られたMOF薄膜が実際にこのように基板上に組み上がっていることは図3のX線回折実験の結果から確かめられました。
(A)基板面に平行方向の情報を含む面内配置、(B)基板面に垂直方向の情報を含む面外配置におけるX線回折パターン(青丸:実験結果、赤線:実験結果のフィッティング、緑線:シミュレーション結果、十字:実験結果における回折線のピーク位置、挿入図左:測定配置の模式図、挿入図右:実験結果から得られるMOFの周期構造)。各回折パターンにおいてそれぞれ独立な回折線が観測されており、得られた薄膜は面内方向、面外方向共に結晶性であることが分かりました。また、バルク構造から求められるシミュレーション(緑線)と本実験で観測されるプロファイル(青丸)は非常によく一致しています。つまり、面内方向で観測されるピークは2次元レイヤー内の周期性を反映し(A)、一方の面外方向で観測されるピークは2次元レイヤー間の周期性を反映しており(B)、図2のようにMOF薄膜が基板上に向きを揃えて組み上がっていることが分かります。
今回合成したMOF薄膜に対してエタノール蒸気を導入した場合、薄い膜(厚み16ナノメートル、赤)ではエタノール蒸気の導入に伴い急激な層間距離の増加(ゲートが開く)を起こしエタノールが取り込まれますが、蒸気を取り去ると、エタノールを放出しながら層間距離が元に戻っています(ゲートが閉じる)。一方で、合成時のサイクル数を増やして作成した厚い膜(青、緑、オレンジ)ではエタノール蒸気を導入してもこのような急激な変化が観測されず、ゲートは閉じたままであることが分かります。つまり、この現象が非常に薄い膜でのみ起こっていることを示しています。
《用語解説》
注1 多孔性材料
内部に多数の細孔を有する物質を指す。多孔性材料における細孔はそのサイズにより、マクロ孔(> 50 nm)、メソ孔(2 〜 50 nm)、マイクロ孔(< 2 nm)に分類される。特にマイクロ孔を持つ多孔性材料は、細孔のサイズが分子のサイズに近いため、様々な分子の吸着・分離(分子ふるい)への応用面が注目され、古くから研究が行われている。
注2 多孔性金属錯体(MOF)
金属イオンと有機分子から構成され、規則的な細孔を有するネットワーク型の金属錯体のこと。MOF(Metal–Organic Framework)と呼ばれる。MOFは、既存の多孔性材料であるゼオライトや活性炭と比べて空隙率、規則性(結晶性)が高いことが特長である。設計性や物質群としての多様性にも優れ、構成要素の置換による細孔のサイズや形状、細孔壁の親水性・疎水性など形状と物性の制御が可能なため、現在盛んに研究されている。
注3 バルク(Bulk)
大容量、大きいもの、大部分という意味。ここでは後述のナノメートルサイズと比較して非常に大きい(マイクロメートル、ミリメートルサイズの)結晶という意味で使用している。
注4 ナノメートル
長さの単位で1ナノメートルは10億分の1メートル。
注5 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用促進はJASRIが行っている。SPring-8の名前は、Super Photon ring-8 GeVに由来する。ほぼ光速で進む電子が、その進行方向を磁石などによって変えられると接線方向に電磁波が発生する。これが「放射光(シンクロトロン放射)」と呼ばれるものであり、電子のエネルギーが高く進む方向の変化が大きいほど、X線などの短い波長の光を含むようになる。特に第三世代の大型放射光施設と呼ばれるものには、世界にSPring-8、アメリカのAPS、フランスのESRFの3つがある。SPring-8による電子の加速エネルギー(80億電子ボルト)の場合、遠赤外から可視光線、真空紫外、軟X線を経て硬X線に至る幅広い波長域で放射光を得ることができ、国内外の研究者の共同利用施設として、物質科学・地球科学・生命科学・環境科学・産業利用などの幅広い分野で利用されている。
注6 X線回折
結晶にX線を照射すると、結晶を構成する原子や分子の規則正しい配列に応じた回折現象(回折パターン)が観測される。この回折パターンを解析することで、結晶中で原子や分子がどのように配列しているのかを明らかにすることが出来る。
注7 Layer-by-Layer法
基板を構成要素(今回の研究例では金属イオンや有機分子のこと)の溶液に交互に浸して逐次的に一層ごと組み上げるような溶液プロセスでの薄膜構築手法のこと。
《問い合わせ先》 大坪 主弥(オオツボ カズヤ) 【京都大学広報担当】 【物質・材料研究機構報道担当】 【理化学研究所報道担当】 (SPring-8に関すること) |
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