生命の設計図DNAは、不規則に折り畳まれる性質をもつ!(プレスリリース)
- 公開日
- 2016年04月12日
- BL45XU(理研 構造生物学I)
平成28年4月12日
国立遺伝学研究所
理化学研究所
研究成果のポイント
• DNAは染色体のような大きな構造を作るため、不規則(かなりいい加減)に折り畳まれる性質を持っていた。
• 教科書に載っている規則的に折り畳まれた構造は試験管内の特別な条件下でしか作られないものだった。
• 遺伝情報の収納、検索、読み出しの仕組みを知る手がかりが得られた。
国立遺伝学研究所の前島一博教授、米国コロラド州立大J. Hansen教授らのグループは、人工的に作成したヌクレオソームを国立研究開発法人理化学研究所(理研)の大型放射光施設スプリング8(注1)の理研構造生物学Iビームライン(BL45XU)の強力なX線を用いて、構造解析しました。ヌクレオソームを様々な塩(イオン)濃度の条件下で観察したところ、教科書に載っている規則的な構造は試験管内の特別な条件下(低塩) でしか作られないことが分かりました。そして生体内の条件下では、ヌクレオソームは染色体のような大きな構造を作るため、不規則に折り畳まれる性質を持っていることを明らかにしました(図1)。 本研究成果は、平成28年4月12日(中央ヨーロッパ時間)にヨーロッパ分子生物学機構雑誌EMBO Journalオンライン版(オープンアクセス) に掲載されました。 成果掲載誌 |
図1 マイナス電荷を持ったヌクレオソーム線維(左)はプラス電荷の塩(Mg2+イオン)が無い状況では互いに反発して伸びる。低塩濃度では反発が少なくなり、教科書に載っている規則正しいクロマチン線維を作る(中央)。塩を更に加えると、反発がなくなり、どのヌクレオソームとの結合も可能になり、不規則で大きな構造を作る(右)。これが細胞内の染色体に相当すると考えられる。
図2 DNA(1段目)は糸巻きであるヒストンに巻かれて、直径約11 ナノメートルのヌクレオソーム線維(2段目)をつくる。このヌクレオソーム線維は規則正しく折り畳まれて、30ナノメートルクロマチン線維(3段目左)を形成すると長い間考えられていた。さらに、このクロマチン線維が、らせん状に巻かれて100ナノメートルの線維、200-250ナノメートル、さらには500-750ナノメートルのように、規則正しいらせん状の階層構造(積み木構造)を形成すると提唱されてきた。(3段目右)しかし前島教授らはヌクレオソーム線維が不規則に細胞内に収められているという新しい説を提唱した(3段目右)。
背景
私たちの体は約60兆個の細胞からできています。その1個1個の細胞に、全長約2メートルにも達する、生命の設計図であるDNA(注2)が収められています。DNAは直径2ナノメートル(注3)のとても細い糸で、ヒストンと呼ばれる糸巻きに巻かれて、直径約11ナノメートルのヌクレオソーム線維を作ります(図1と2)。1976年、イギリスのアーロン・クルーグ(1982年ノーベル化学賞受賞)は、このヌクレオソーム線維がらせん状に規則正しく折り畳まれて、直径約30ナノメートルのクロマチン線維ができると提唱しました。現在広く受け入れられている定説では、このクロマチン線維が、さらに、らせん状に巻かれて次々と折りたたまれることによって、規則正しい階層構造(積み木構造)を形成するとされています(図2)。実際、分子生物学の最も有名な教科書「細胞の分子生物学」では、過去25年以上に渡って、この定説が掲載されています。また高等学校の「生物」の教科書にも記載されています。
国立遺伝学研究所生体高分子研究室の前島一博教授らのグループは、このような定説に疑問を抱き、一貫してDNAの折りたたみ様式を研究してきました。 2008-2012年、前島教授らは、生きたままに近い状態の細胞を観察できるクライオ電子顕微鏡(注4)や物質の規則性を調べることができる大型放射光施設(理研スプリング8)でのX線散乱の実験(注1)により、定説で示された規則正しく折り畳まれたクロマチン線維は存在せず、ヌクレオソーム線維が不規則に細胞内に収められていることを突き止め、新しい説を提唱しました (図2右)(Proc Natl Acad Sci USA (2008) 105: 19732–19737; EMBO Journal (2012) 31: 1644-53 などに発表)。
それでは、なぜ過去の「規則正しいクロマチン線維」が教科書に記載されてきたのでしょうか?前島教授と米国コロラド州立大Hansen教授グループは、人工的に作製した12個のヌクレオソームが連結した線維を使い、理研放射光科学総合研究センター 石川センター長、引間研究員、高輝度光科学研究センターの城地チームリーダーと共同で、この問題に挑みました(図1左)。
結果
人工ヌクレオソーム繊維の構造を観察するうえで着目したのは、繊維を取り巻く塩(Mg2+)濃度です。塩濃度を0から生細胞の条件まで変化させた時に、ヌクレオソーム繊維がどのような形を作るのか観察しました。塩がない状態では、ヌクレオソーム線維は伸びた状態でした(図1左)。これはヌクレオソームがマイナス電荷を持っているので、互いに反発するからだと考えられます。プラス電荷をもった塩を加えると、ヌクレオソームのマイナス電荷は中和されて減少し、となり同士のヌクレオソームが結合し、規則的な30ナノメートル線維を作るようになりました(図1中)。しかし、さらに塩を加え生細胞の条件にすると、反発が抑えられ、ヌクレオソームはどのヌクレオソームともかみ合うように結合し、30ナノメートル線維を作れませんでした。その結果、不規則な折り畳みの構造をとることがわかりました(図1右)。この塩濃度における大きな構造が細胞内の染色体を反映していると考えられます。規則的なクロマチン線維は、ある特別な条件下(低塩) でのみ作られるもので、その写真が長年にわたって教科書に掲載されてきました。
今後の期待
本研究は、「ヌクレオソームが不規則に折り畳まれる性質をもつ」ことを裏付けるものです。さらに、本発見により、これまでの規則正しいクロマチン線維の定説が見直され、現代生物学の教科書の改訂が進むことも期待されます。
また、今回の成果は、必要な遺伝情報が細胞の中でどのように検索され、読み出されるのかを理解するうえでの手がかりになります。もし従来の規則正しい階層構造が基本構造となると、大量の遺伝情報の中から、必要な遺伝情報を検索し読み出そうとする際、必要な部分が隠されてしまい非効率になることが想定されます。一方、ヌクレオソームが不規則に収納される性質によって、細胞の中でダイナミックに構造が変化した方が、個々のヌクレオソームの動きの自由度が増し、遺伝情報の検索に有利となると考えられます。将来、このような生体の情報読み出しシステムが工業的に応用されれば、全く新しい概念によるメモリデバイスや情報検索システムの開発につながるかもしれません。
【用語説明】
注1. 大型放射光施設スプリング8
理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す施設。スプリング8(SPring-8)の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光とは、電子が磁場の中で曲がる際に生み出される強力なX線。本研究は理研構造生物学ビームラインI(BL45XU)で実験をおこなった。
注2. DNA(デオキシリボ核酸)
DNAは、生命の設計図であり、2本のごく細い鎖が、同じ軸を中心にらせんをまいた構造をしています。2本の鎖には、遺伝暗号となる「塩基対のはしご」がかけられています。二重らせんの直径は約2ナノメートルで、DNAを伸ばすと、全長はヒトで2メートルにおよびます。このようなDNAは、細胞が分裂する際に、切れたり絡まったりしないように、46本の束に分けられて染色体をかたちづくり、複製を経て新しい細胞(娘細胞)に分配されます。
注3. ナノメートル
1メートルの10の9乗分の1(10-9)。
注4. クライオ電子顕微鏡
クライオ電子顕微鏡は生きた状態に近い生物材料を観察することができる電子顕微鏡です。一般的な電子顕微鏡では試料を真空中にさらすため、試料を化学固定・アルコール脱水・樹脂包埋・切片作成そして染色するという複雑なプロセスを経る必要があった。こうした試料作製の過程は、細胞内のさまざまな分子を人工的に凝集させたり、逆に抽出してしまうことがある。一方でクライオ電子顕微鏡では、このような処理を一切行わず、「生きている」状態を保存するために、細胞を高圧下で急速凍結し、凍結した細胞を極低温下(-150 度)で薄く切り(切片化)、その切片を極低温下でそのまま観察する。
•研究体制と支援
本研究成果は、米国コロラド州立大Jeffrey C. Hansen教授、Ryan Rogge大学院生らのグループ、理化学研究所 放射光科学総合研究センター 石川哲也センター長、引間孝明研究員、高輝度光科学研究センター 城地保昌チームリーダー、国立遺伝学研究所 前島一博教授、田村佐知子テクニカルスタッフの共同研究成果です。 JST・CREST「コヒーレントX線による走査透過X線顕微鏡システムの構築と分析科学への応用」、文部科学省科研費・新学術領域「少数性生物学」の支援を受けました。
【問い合わせ先】 (報道担当) (SPring-8に関すること) |
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