世界初!ビームサイズを自由自在に制御できるX線ナノビームの形成に成功 -多機能型X線顕微鏡の実現に1歩近づく-(プレスリリース)
- 公開日
- 2016年04月22日
- SACLA
平成28年4月21日
大阪大学
北海道大学
理化学研究所
本研究成果のポイント
• 形状を自由自在に制御できる高精度なX線形状可変鏡※1を開発
• 実験セットアップを変えることなく集光スポットサイズの異なる3種類のX線集光ビームの形成に世界で初めて成功
• 様々な顕微分析を1つの装置で実施できる多機能型X線顕微鏡※2の実現に期待
大阪大学大学院工学研究科の山内和人教授、松山智至助教、北海道大学電子科学研究所の西野吉則教授、理化学研究所放射光科学総合研究センターの石川哲也センター長、矢橋牧名グループディレクターらの研究グループは、X線用の高精度形状可変鏡(図1)を開発し、X線ナノビーム※3の集光スポットサイズを自由自在に制御することに世界で初めて成功しました。この可変鏡を利用し、実験セットアップを変えることなく、形状可変鏡を変形させるだけで、ほぼ回折限界※4である108~1434 nmの大きさの異なる集光ビームの形成を実証しました。 掲載論文 |
研究の背景と結果
レントゲン撮影に代表されるX線分析は、医療分野から工業分野、研究分野まで幅広く利用されています。X線を細く集光することで、より高感度・高分解能に分析することが可能になります。また、これを利用してX線顕微鏡を構築することもできます。しかし、従来のX線分析・X線顕微鏡には、電子顕微鏡が持つような柔軟性が欠落しています。つまり、電子顕微鏡では、電磁レンズ※5によって電子ビームを自在に制御して、1つの装置で様々な分析を実施できる一方で、X線分析・X線顕微鏡では、1つの装置は決められた集光ビームを照射するだけでした。そのため、例えば走査型X線顕微鏡※6のようなできるだけ小さなX線ビームを必要とする手法と、コヒーレント回折イメージング※7のような試料サイズと同程度のX線ビームを必要とする手法を、1台の装置で実施することはできませんでした。
本研究グループでは、自由自在に形状を変えることができる形状可変鏡を開発し、これを4枚組み合わせることで、試料位置を含めた実験セットアップを変えることなく、集光スポットサイズを制御できる新しいX線集光システムを大型放射光施設SPring-8※8にて開発しました(図2)。
本システムでは、形状可変鏡の形状を変えるだけで、開口数※9の異なる集光光学系を作り出すことができ、開口数を変更することで回折限界下の集光スポットサイズを制御できます。しかし、回折限界まで集光させるためには、鏡の形状を2 nm以下という極限の精度(シリコン原子6個分の高さに相当)で変形させなければなりません。このため、鏡の形状誤差を高い精度で知ることができるX線波面計測法※10を開発し、鏡の形状をモニターしながら誤差2 nmで変形を制御しました。
このような手続きを開口数の異なる3つの光学系すべてで繊細に実施しました。
本システムは様々なX線波長に対応することができますが、本実験では、波長1.24Å※11 (X線エネルギー:10keV)のX線を用いました。集光ビームを評価したところ、形成した最小ビームでは、108nm×165nm(横×縦)の長方形であり、このサイズは回折限界集光スポットサイズに非常に近いことを確認しました(図3)。また、最大集光ビームでは、560nm×1434nm(横×縦)であり、こちらもほとんど回折限界に達していました(図3)。
このように、ほとんど回折限界のビームサイズが達成されたことから、形状可変鏡は設計した形に精度よく変形できていること、そして、構築したすべての集光光学系は理想的に機能していることが実証されました。
2枚の形状可変鏡を直交させるように配置し、これを2段組み合わせることで、開口数を制御できる集光光学系を構築した(図上部)。図下部は本光学系の光線図。
赤丸は実験値、線はシミュレーションによって予想した値
本研究成果が社会に与える影響(本研究成果の意義)
これまでX線領域では不可能であった、X線集光ビームを自由自在に制御することが可能になったことで、多機能型X線顕微鏡の実現が期待されます。それぞれの顕微分析に最適なビームサイズを形成することで、1台の実験装置で様々なX線分析・X線顕微鏡を実施することが可能になります。特に、世界に2台(日本・アメリカ)しかないX線自由電子レーザー※12や世界各国で競って開発が進められている超低エミッタンス放射光源※13のような先端的なX線光源において、貴重なビームタイム中に様々な分析法で試料を調べ尽くす、新しい効率的な実験スタイルの導入が期待されます。
特記事項
本研究成果は、平成28年4月21日(木)(英国時間)に英国Nature Publishing GroupのScientific Reports誌にて公開されました。
また本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業 チーム型研究(CREST)の研究領域「先端光源を駆使した光科学・光技術の融合展開」(研究総括:伊藤 正、研究代表者:山内 和人)の一環で行われました。
用語集
※1. X線形状可変鏡
必要に応じてその形状を変えることができるX線用の反射鏡。機械式アクチュエータで湾曲だけさせるタイプや、本研究のように圧電素子で自由形状に変形できるタイプなどがある。
※2. 多機能型X線顕微鏡
例えば、元素分布を高感度に観察できる走査型蛍光X線顕微鏡と、高い空間分解能を持つコヒーレント回折イメージング※7を組み合わせた新しい顕微システムなどが考えられる。これを細胞観察に応用すれば、細胞内の元素の濃度分布とミトコンドリアなどの細胞小器官の位置・構造を対応付けることができ、薬の開発や病気の解明に貢献するものと期待される。その他、これまでのX線顕微鏡にはなかったズーム機能の実装が可能になるなど、様々な新しい機能を付与できる。
※3. X線ナノビーム
X線を1µm以下程度に集光させたビーム。集光させることで、X線分析の空間分解能や感度を向上できる。
※4. 回折限界
レンズやミラーで光を集光するときの限界値。レンズやミラーは集光すると同時に、自身が開口となって光を広げる作用(回折)を持つため、集光できる下限値が存在する。回折限界は、光の波長に比例し、開口数に反比例する。
※5 電磁レンズ
電場や磁場の作用を利用して電子線を収束させる電子顕微鏡用のレンズ。
※6 走査型X線顕微鏡
X線集光ビームを試料に照射しながら試料を走査し、X線分析することで、分析結果を可視化できる顕微法。分解能は集光ビームのサイズに依存する。
※7 コヒーレント回折イメージング
レンズによる結像作用を計算によって代替することで、レンズレスに微小構造を可視化することができる顕微法。本手法は可干渉性に優れたX線を試料に照射する必要があるため、最先端の放射光施設を中心に実施されている。
※8 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高輝度の放射光を生み出す施設。SPring-8という名前はSuper Photon ring-8 GeVの略。放射光とは、荷電粒子(例えば電子)が磁場の中で曲がる際に放射される光の一種で、その強度が非常に強いことが特徴の一つである(例えばX線領域では、普通のX線発生装置の10億倍)。
※9 開口数
レンズや集光ミラーの光を集める能力を示す指標。開口数が大きいほど光を小さく集光することができる。
※10 X線波面計測法
光学素子が持つ誤差によって波面が乱れることを利用し、波面の乱れをX線干渉計などで計測することで、この誤差を決定する手法。本研究ではペンシルビーム法という光の直進性を利用した手法を用いた。
※11 Å(オングストローム)
長さの単位で、1Åは0.1 nm。原子・分子の大きさや、X線の波長のような小さな長さを表記するためによく用いられる。
※12 X線自由電子レーザー
X線領域の波長をもつレーザー。一般的なレーザーとは異なり、物質中から真空中に抜き出された電子(自由電子)を使用してレーザー光を発生させる。光の波が完全にそろっている点、非常に高い輝度を持つ点(SPring-8の10億倍明るい)、超短パルス光である点(カメラのフラッシュのように光の時間幅が短い)で通常のX線とは異なる。
※13 超低エミッタンス放射光源
電子ビームの空間的な広がり(エミッタンス)を抑えることで、現在の放射光施設よりも、さらに高輝度な光を発生させることができる次世代放射光源。
【問い合わせ先】 (SPring-8に関すること) |
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