X線照射による高密度氷の分解メカニズムの一端が明らかに(プレスリリース)
- 公開日
- 2016年05月25日
- BL10XU(高圧構造物性)
- BL12XU(NSRRC ID)
平成28年5月25日
公立大学法人兵庫県立大学理学部・大学院物質理学研究科
台湾・國家同歩輻射研究中心(NSRRC)
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
国立大学法人東京大学大学院理学系研究科
【研究のポイント】
・X線照射による高密度氷の分解は14万気圧で最も起こり易いことを発見
・分解のメカニズムは、高密度氷中での2種類の水素原子の動き易さに関連していることを解明
公立大学法人兵庫県立大学の福井宏之助教と赤浜裕一教授は、台湾の國家同歩輻射研究中心(NSRRC)SPring-8台湾ビームラインオフィスの平岡望研究員、公益財団法人高輝度光科学研究センターの平尾直久研究員、国立大学法人東京大学大学院理学系研究科の青木勝敏客員共同研究員と共同で、X線の照射による高密度氷の分解が、氷中での水素原子の動き方と関連することを明らかにしました。この研究成果は、英国のオープンアクセス科学雑誌「Scientific Reports」において公開されます。 【論文情報】 |
【研究背景】
水は我々にとって最も身近な物質のひとつですが、いくつかの特異な性質を示すことが良く知られています。ほとんどの物質は固化すると密度が高くなり、固化する前の液体に沈みます。例えば純粋なアルコール(無水エタノール)や油、金属、岩石などはそのように振る舞います。しかし、我々の良く知る氷(氷Ⅰ相)は、図1aに示されるように1気圧で温度を下げて得られますが、水よりも密度が低く、水に浮かびます。これは水(H2O)分子間に水素結合が働いており、H2O分子が形成する氷の結晶構造に隙間が多く存在するためです(図1b)。この氷に2万気圧以上の圧力をかけると、氷の結晶構造中の隙間にもうひとつの氷の結晶構造が入り込んだような氷(氷Ⅶ相)になります(図1a,c)。このような構造をもつ氷は高密度氷と呼ばれ、水に沈みます。
この高密度氷にエネルギーが約10キロ電子ボルト(波長約0.124ナノメートル)のX線を照射すると、H2O分子が水素分子(H2)と酸素分子(O2)に分解することが2006年に報告されました。この分解は2万気圧以下の圧力では起こりません。また20キロ電子ボルトのX線の照射では分解しません。なぜ約10キロ電子ボルトのX線照射により、高密度氷のみが分解するのかは謎のままでした。
【研究手法と成果】
本研究グループはH2O分子分解の圧力依存性に着目し、更に圧力をかけた高密度氷に対して実験を行いました。大型放射光施設SPring-8※1のNSRRC専用ビームラインBL12XUにおいて、エネルギーが約10キロ電子ボルトのX線を高密度氷に照射して、X線ラマン散乱(XRS)法※2で電子構造を測定しました。また、同施設の共用ビームラインBL10XUでのX線回折法※3により結晶構造を測定し、兵庫県立大での可視レーザーラマン分光法※4により分子振動をそれぞれ測定しました。その結果、X線照射によるH2O分子の分解は約14万気圧で最も起こり易くなり、それよりも高い圧力ではこの分解が抑制されることを発見しました。別グループによるこれまでの研究により、圧力をかけることで、高密度氷中での水素原子が酸素原子の周りで回転する動きから、隣の酸素原子へと飛び移る動きへと変化することが分かっています(図2a,b)。XRSの実験結果から推定されたH2O分子の分解量の圧力変化(図2c)が、別グループによる氷の電気伝導モデル(水素原子の動きを表すモデル)を用いて良く説明することができました。このことから、X線照射によるH2O分子の分解には高密度氷中での2種類の水素原子の動きが協調して起きていなければならないことが明らかとなりました。この協調的な水素原子の運動は氷Ⅶ相中でのみ起こっており、このため高密度氷のみがX線により分解するのです。
【今後の展開】
本研究により、X線による分解反応の起こり易さと氷構造中での水素の動き易さの間に関連があることがわかりました。次は、10キロ電子ボルトのX線照射が氷分解に果たす役割について研究を進めます。
氷の結晶構造中の水素の位置やその動きを見るのは簡単ではありません。しかし、本研究で明らかとなった水素の易動度とX線照射による分解の関係を利用すれば、理論的に予言されている超イオン伝導氷※5の存在を実験的に検証できると考えられます。また、H2Oが分解して得られる水素は電池燃料として非常に注目されています。本研究結果から効率的なH2Oの分解法についての知見が得られました。これを活かした水素燃料製造技術の開発にも期待がもたれます。
【用語解説】
※1. 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光とは、光とほぼ等しい速度まで加速された電子が電磁石によって進行方向を曲げられた際に発生する、細く強力な電磁波のことである。SPring-8では,この放射光を用いて、ナノテクノロジー,バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※2. X線ラマン散乱法
物質にX線を照射すると、そのエネルギーにより原子に強く束縛された電子が励起される。電子の励起エネルギーが物質に照射されたエネルギーよりも小さい場合、使われなかったエネルギーが再びX線となり放出される。X線ラマン散乱測定は、物質へと入射させるX線エネルギーを変えながら、物質から放出される特定のエネルギーのX線を検出することで、電子の励起状態を観測する方法である。透過性の高いX線を使うことができるため高圧物質の観測に向いている。
※3. X線回折法
物質中で原子が周期的に並んでいる場合、特定の波長のX線を照射すると特定の角度方向に強いX線の散乱が観測される。これをX線回折という。その散乱角度を解析することで物質内部の原子の並び方を決定することができる。
※4. 可視レーザーラマン分光法
高強度の可視レーザー光を物質に入射した場合、一部の光が分子の振動と相互作用することで、入射したものと異なる波長を持つ光が放出される。この放出される光のスペクトルを測定する方法を可視レーザーラマン分光法と呼ぶ。波長のずれは分子の振動に依存するため、分子の同定等に利用される。
※5. 超イオン伝導氷
理論研究により、高温高圧状態で存在していると予言されている氷。結晶構造中で酸素の位置は変わらずに水素がその構造中を自由に運動していると考えられている。
(a) H2Oの温度圧力相図。室温・1気圧では水として存在するが、温度を下げると氷I相(赤で示した温度圧力条件で安定)が出現する。室温(約20℃)で加圧すると、約1万気圧で氷Ⅵ相が、約2万気圧で氷Ⅶ相が出現する。氷Ⅶ相と、それを冷やすと出現する氷Ⅷ相は、まとめて高密度氷(青で示した条件で安定)と呼ばれることもある。なお、約82℃以上で氷Ⅶ相は融解し、同条件の水に沈む。
(b,c) 氷の結晶構造。大きな丸が酸素原子、小さな丸が水素原子を示す。分子間の水素結合を線 で示した。高密度氷(c)では、氷Ⅰ相の結晶構造(赤)に別の氷Ⅰ相の構造(青)が嵌入している。
(a,b) 氷結晶中での水素原子の動き方の模式図。赤色が酸素原子を、桃色が水素原子を示す。
(a) 低い圧力で支配的な分子内移動。黒色矢印のように酸素原子を中心として水素原子の位置が回転する。黄色矢印は分子の変化前後を示している。このとき、酸素原子間に水素原子が存在しない状態(回転欠陥)が生じる。(b) 高い圧力で支配的な分子間移動。黒色矢印のようにある水分子の水素原子が別の水分子へ移動する。黄色矢印は分子の変化前後を示している。このとき、結合する水素の数が2ではない酸素原子(イオン欠陥)が生じる。両方の動き方が協調することにより水素原子が高密度氷内を移動し、H2分子が形成されやすくなる。
(c) X線照射によるH2O分子の分解量の圧力変化。黒丸が本研究結果で決定した値を、四角が先行研究の結果から求められた値を示す。曲線は水素の動きを表す理論曲線を本研究結果にあてはめて得られたものである。高密度氷中のH2O分子は、14万気圧付近でX線を照射したとき最も分解し易くなる。この圧力付近では、2種類の水素原子の動き方(a,b)が協調して起こっている。2万気圧以下では(b)の動きが起こり難く、40万気圧以上では(a)の動きが起こり難いため、X線によるH2O分子の分解は検出されない。
【問い合わせ先】 台湾・國家同歩輻射研究中心(NSRRC) 公益財団法人高輝度光科学研究センター 国立大学法人東京大学大学院理学系研究科 <報道に関すること> 国立大学法人東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室 (SPring-8に関すること) |
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