大型放射光施設 SPring-8

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シルクの材料特性とアミノ酸配列の相関を解明 -シルクの機械的強度、熱的安定性、結晶構造の制御に貢献-(プレスリリース)

公開日
2016年06月09日
  • BL45XU(理研 構造生物学I)

2016年6月6日
理化学研究所
高輝度光科学研究センター

 理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター酵素研究チームの沼田圭司チームリーダーと高輝度光科学研究センター増永啓康研究員らの国際共同研究グループは、系統の異なるシルクのアミノ酸配列が機械的強度、熱的安定性、結晶構造に与える影響を明らかにしました。
 シルクは軽くて丈夫であり、生体適合性と生分解性を持つ優れた材料特性から広く注目を集めています。シルクはその系統由来によって材料特性が変わりますが、その違いをもたらす因子は今のところ同定されていません。
 国際共同研究グループは家畜化された蚕(家蚕[1])と野生の蚕(野蚕[2])の種々の繭糸の材料特性を評価しました。熱重量分析[3]示差走査熱量分析[4]を行った結果、野蚕のシルクは家蚕よりも熱的分解温度が30℃程度向上し、より高温に強いことが分かりました。また、引張試験[5]の結果、野蚕では降伏点[6]が観察されました。放射光を用いたX線散乱法[7]によって、野蚕の場合、結晶子[8]の大きさが家蚕よりも大きいことが分かりました。各種蚕を構成するアミノ酸配列を解析した結果、家蚕のアミノ酸配列はグリシンを交互に含むユニットが結晶領域と非晶領域の決定要因である一方、野蚕の場合はアラニンの連続配列が結晶領域を規定していることが分かりました。
 国際共同研究グループは、野蚕の熱的安定性について、アラニン連続配列の含有量が多いほど熱分解温度が向上する傾向にあることを示しました。また、機械的性質については、側鎖が嵩高いアミノ酸が多くなるほど機械的強度は低下する一方で、グリシンを多く含む領域の比率が多いほど機械的強度が向上することを見出しました。
 本研究によってシルクのアミノ酸配列と物性の関係性が明確になったことで、優れた材料特性を持つシルクの産業利用への貢献、さらには天然のシルクを超えた物理的性質を持つ人工シルクへの作製へとつながることが期待されます。
 本研究は革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「超高機能構造タンパク質による素材産業革命」(研究開発責任者:沼田圭司)の支援を受けて実施されました。また、文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP,RR2002)“カイコ遺伝資源”より試料提供を受けています。
 成果は、英国のオンライン科学雑誌『Scientific Reports』(6月9日付け:日本時間6月9日)に掲載されます。

論文情報
<タイトル>
Relationships between physical properties and sequence in silkworm silks
<著者名>
Ali D. Malay, Ryota Sato, Kenjiro Yazawa, Hiroe Watanabe, Nao Ifuku, Hiroyasu Masunaga, Takaaki Hikima, Juan Guan, Biman B. Mandal, Siriporn Damrongsakkul, and Keiji Numata
<雑誌>
Scientific Reports
<DOI>
10.1038/srep27573

※共同研究グループ
理化学研究所
 環境資源科学研究センター
  バイオマス工学研究部門 酵素研究チーム
   チームリーダー  沼田 圭司(ぬまた けいじ)
   研究員  アンドレス・アリ・マライ(Andres Ali Malay)
   客員研究員  佐藤 涼太(さとう りょうた)
   特別研究員  矢澤 健二郎(やざわ けんじろう)
   研究支援パートタイマー   渡邉 洋江(わたなべ ひろえ)
   テクニカルスタッフⅡ  伊福 菜穂(いふく なお)
 放射光科学総合研究センター 利用システム開発研究部門 
  ビームライン基盤研究部 生命系放射光利用システム開発ユニット
   研究員  引間 孝明(ひきま たかあき)
高輝度光科学研究センター
   研究員  増永 啓康(ますなが ひろやす)
北京航空航天大学
   Associate Professor  ジュアン・グァン(Juan Guan)
インド工科大学
   Associate Professor  ビマン・B・マンダル(Biman B. Mandal)
チュラーロンコーン大学
   Associate Professor  シリポーン・ダムロンサックン (Siriporn Damrongsakkul)
 



背景
 蚕が自然界で生活する上で、繭は外部からの攻撃や温度・湿度変化から自身を保護するために欠かせないものです。我々人間は古くからシルクを繊維として用いて、その美しい光沢を利用した織物を製造してきました。近年ではシルクの軽量かつ丈夫で、生体適合性と生分解性を持つという性質に注目が集まり、構造材料や医療材料として利用するための研究開発が進められています。シルクは、繊維、ハイドロゲル[9]、フィルム、スポンジにも加工可能であるため、再生医療[10]ドラッグデリバリーシステム[11]への使用も検討されています。一方で、シルクのアミノ酸配列の具体的にどの領域が、熱的性質や機械的性質に影響を及ぼすのか、詳細は分かっていません。今後シルクを材料として利用するためにも、詳細の解明が望まれていました。

研究手法と成果
 国際共同研究グループは、家蚕から4種類、野蚕から10種類、計14種類の繭糸を用いて実験を行いました(図1)。試料の一部として、信州大学繊維学部(文部科学省ナショナルバイオリソースプロジェクト(NBRP,RR2002)“カイコ遺伝資源”)から蚕繭の分譲を受けています。  熱重量分析および示差走査熱量分析を行ったところ、野蚕は家蚕よりも熱分解温度が30℃ほど向上しており、より高温に強いことが分かりました。
 引張試験では、野蚕の場合、家蚕よりも明確な降伏点が観察されました(図2)。SPring-8[12]の理研ビームライン(BL45XU)でX線散乱実験を行ったところ、野蚕は家蚕と比べて結晶子のサイズが1ナノメートル(10億分の1メートル)程度大きいことが分かりました。これは、家蚕の場合、グリシンを交互に含む繰り返し配列によって結晶領域が構成されている一方で、野蚕の場合、アラニンの連続配列によって結晶領域が形成されていることの違いと考えられます。
 アミノ酸配列と熱的安定性の関係を調べた結果、アラニンの連続配列の含有率が大きいほど、熱的安定性が高くなる傾向があることが分かりました(図3)。アミノ酸配列について、嵩高い側鎖を持つアミノ酸を多く含む種類の蚕は機械的強度が弱いことが分かりました。またグリシンを交互に含む領域の含有率が高いほど機械的強度が向上することが分かりました。

図1. 本研究で使用した蚕繭の形態図と系統図
図1. 本研究で使用した蚕繭の形態図と系統図

1段目にシルク繭の写真を示した。2段目に走査型顕微鏡写真を示した(スケールバーは10 µm)。


図2. 蚕繭の引張試験の応力—ひずみ曲線
図2. 蚕繭の引張試験の応力—ひずみ曲線

典型的な応力・ひずみ曲線として(1)家蚕からBombyx moriの、(2)野蚕からSamia riciniの結果を示す。野蚕では、家蚕より明確な“鋭い降伏点”(ひずみ量が応力に比例しなくなる点)が確認された。なお、家蚕では2本1組で構成されている繭糸の片方の破断が、ひずみ15%の地点で確認されている(緑線の点線部)。繰り返し配列中のAはアラニン、Gはグリシンを表す。


図3. 野蚕の繭中のアラニンの繰り返し配列の割合と熱分解温度の相関
図3. 野蚕の繭中のアラニンの繰り返し配列の割合と熱分解温度の相関

赤色はSamia種由来、青色はAntheraea種由来、緑色はその他の種由来を意味する。図中のエラーバーは標準偏差を表す。Samia種由来の蚕繭はアラニンの連続配列の含有率が大きく、熱的安定性が高くなる傾向があることが分かる。

今後の期待
 化石燃料の枯渇と地球環境保護の観点から、石油代替材料の推進が望まれています。軽量で丈夫でありながら生体適合性と生分解性を持つシルクは、次世代材料として注目されています。本研究では、シルクのアミノ酸配列が機械的物性、熱的安定性、結晶構造に及ぼす影響を評価しました。例えば、熱的安定性の評価はシルクの熱加工時の温度設定に反映されます。これらの知見は、シルクの強度、吸湿性、延伸性などを自在に制御した人工シルク材料の創製につながると期待できます。



 

【補足説明】
[1] 家蚕
家畜化された蚕。Bombyx moriが相当する。

[2] 野蚕
家蚕の対義語でシルクを生産する野生の蚕。

[3] 熱重量分析
加熱に伴う、試料の質量変化を経時観察する分析法。

[4] 示差走査熱量分析
高分子のガラス転移、結晶化、融解現象を熱流変化として検出する分析法。

[5] 引張試験
試験片に一定の伸びを与えたときの抵抗力の大きさを調べる試験。

[6] 降伏点
材料を引っ張る際や圧縮したりする際、ひずみ量が応力に比例しなくなる点。

[7] X線散乱法
高強度のX線を試料に照射し、試料中の規則的な結晶構造に伴う干渉縞を検出し、試料の結晶構造を解析する手法。

[8] 結晶子
単結晶とみなせる最大の集まり。

[9] ハイドロゲル
三次元網目構造を持つ高分子が水を含んで膨潤した物質の総称。

[10] 再生医療
怪我や病気で組織や臓器が欠損した際、自身の幹細胞を用いて機能を回復させる医療。

[11] ドラッグデリバリーシステム
生体内での薬物分布を制御して、薬効を最大限に高めると同時に、副作用を最小限に抑えることを目的とした技術。

[12] SPring-8
兵庫県播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理研の大型放射光施設。その運転管理と利用者支援は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。



【問い合わせ先】
<発表者> ※研究内容については発表者にお問い合わせ下さい
理化学研究所 環境資源科学研究センター 酵素研究チーム
 チームリーダー 沼田 圭司(ぬまた けいじ)
 TEL:048-467-9525 FAX:048-462-4664
 E-mail:keiji.numataatriken.jp

高輝度光科学研究センター
 研究員 増永 啓康(ますなが ひろやす)

<機関窓口>
理化学研究所 広報室 報道担当
 TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715
 E-mail:ex-pressatriken.jp

(SPring-8に関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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