X線自由電子レーザーの超短パルスで リボ核酸塩基分子中の電荷と原子の動きを可視化! ヨウ化ウラシルによる放射線増感効果の機構解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2016年06月17日
- SACLA BL3
2016年6月17日
東北大学多元物質科学研究所
京都大学大学院理学研究科
広島大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
東北大学多元物質科学研究所上田潔教授・福澤宏宣助教のグループ、京都大学大学院理学研究科八尾誠教授・永谷清信助教のグループ、フィンランド国トゥルク大学エドウィン・クック教授のグループ、東北大学大学院理学研究科河野裕彦教授のグループ、フランス国Soleil実験施設のカタリン・ミロン研究員のグループ、広島大学大学院理学研究科和田真一助教、広島工業大学工学部大村訓史助教、理化学研究所放射光科学総合研究センターXFEL研究開発部門ビームライン研究開発グループ矢橋牧名グループディレクター及び高輝度光科学研究センターXFEL利用研究推進室先端光源利用研究グループ実験技術開発チーム登野健介チームリーダー等による合同研究チームは、リボ核酸を構成する塩基分子の一つであるウラシルにヨウ素を付加したヨウ化ウラシル分子にX線自由電子レーザー(XFEL)*1施設SACLA*2から供給される非常に強力なX線を照射し、分子の中で起こる電荷と原子の動きを可視化することに成功しました。 【論文情報】 雑誌名: Faraday Discussions |
背景
XFELの誕生により、X線領域でレーザー光が利用できるようになりました。XFEL施設は世界でも2カ所でしか稼働しておらず、日本のXFEL施設SACLAを利用した研究は世界中の研究者により活発に進められています。XFELを利用することで、これまで見ることが出来なかった、超高速・超微細な現象を見ることができると期待されています。これを実現するためには、XFELのような超強力X線を物質に照射した時に、物質そのものに何が起こるのかを理解することが重要です。しかし、超強力X線と物質との相互作用はこれまで研究されていませんでした。特に重要なのは分子の中に重原子が含まれる場合です。タンパク質分子の新規構造を決定する際にはタンパク質に重原子を導入して重原子によるX線の異常散乱を観測することが常套手段となっています。従って、重原子を含む分子がXFEL照射を受けた時に、XFEL照射中に起こる重原子の周りの電荷の生成と移動、原子の動きを知ることは極めて重要です。また、重原子を付加した分子は、しばしば放射線治療の際に増感剤として利用されますが、その働きの分子レベルの機構は解明されていません。そこで、本研究では、放射線増感作用のある分子の1例として、リボ核酸を構成する塩基分子の一つであるウラシル分子の中の水素原子1個をヨウ素原子に置き換えたヨウ化ウラシル分子を対象とし、XFELとの相互作用の結果引き起こされる電荷生成と個々の原子への電荷の移動、XFEL照射中の個々の原子の動きの詳細を調べました。
研究の手法と成果
X線をヨウ素原子に照射すると、ヨウ素原子の深い(電子の結合エネルギーが高い)内殻軌道*3から電子が放出されて、エネルギーが高く不安定な原子イオンになります。この不安定な原子イオンは比較的浅い(結合エネルギーが低い)軌道の電子を次々に放出することで安定化し、多価原子イオン*4になります。SACLAの非常に強力なX線パルスを照射すると、このような過程が10フェムト秒のX線照射時間の間に複数回起こり、非常に多価のイオンが生成します。ヨウ素原子が分子の中に含まれる場合でも、X線を照射すると分子中のヨウ素原子は同様に非常に多価のイオンとなり、正の電荷は速やかに分子全体に再配分されます。電荷が再配分されると、それぞれの原子が電荷をもつため、原子イオン間のクーロン反発力によって、分子はバラバラになって飛び散っていきます。この現象はクーロン爆発と呼ばれます(図1左)。
本研究では、ヨウ化ウラシル分子を真空中に導入して、SACLA BL3で得られる超強力X線パルスを照射し、クーロン爆発で放出される多数の原子イオンの3次元運動量を測定しました(図2上左)。ヨウ化ウラシル分子から一度に放出される複数の原子イオンを同時に計測し、多くのイオンの組み合わせについて運動量相関を観測することに成功しました(図2上右)。さらに、分子中の電荷生成や電荷移動を考慮したモデルを用いた数値計算(図2下左)により実験データを再現しました。モデル計算の結果は、時々刻々変化する電荷と個々の原子の位置を与えます(図2下右)。ヨウ素原子サイトの電荷上昇が約10フェムト秒で起こるのと同時に、電荷が分子全体に数フェムト秒で広がること、10フェムト秒のX線照射時間の間に、軽い水素原子イオンが結合距離にして2倍程度動く一方で、酸素、窒素、炭素などの重い原子の結合距離の変化は数%程度以下に留まることが解明されました(図1左)。この結果は、XFELを用いた無損傷構造解析が、10pm(1mの1000億分の1)の精度で、原理的に可能なことを示唆します。
さらに、本研究によって、X線を吸収したヨウ化ウラシル分子から多数の高エネルギーイオンと低エネルギー電子が生成する機構が明らかになりました。このような重原子近傍に局所的に生成する高エネルギーイオンや低エネルギー電子は生体分子に損傷を与えることから「放射線スープ」と呼ばれることがあります。本研究では、ヨウ化ウラシル分子から放射線スープが生成する機構を明らかにし、放射線増感効果の機構を分子レベルで解明しました。
今後の展望
SACLAの強力なX線パルスを用いた物質の構造解析を行う上で、重原子周りで引き起こされる反応素過程を正確に知ることは必要不可欠です。本研究では、生体分子の最小ユニットである塩基分子が重原子を含むときにXFEL照射によって分子内に引き起こされる重原子周りの電荷とイオンのダイナミクスの詳細な情報を得ることができました。本研究で確立した手法は、今後、SACLAの強力なX線パルスを用いた構造解析を行う上で重要な、放射線損傷に対する基礎的な情報を提供すると期待されます。また、ヨウ化ウラシルの放射線増感効果の機構が分子レベルで解明されたことで、新しい放射線増感剤の開発などにも繋がると期待されます。
X線吸収によるヨウ化ウラシル分子のクーロン爆発の初期過程(赤の矢印は10フェムト秒の間の原子の動きを示す)(左)および、リボ核酸中でウラシルと置換されたヨウ化ウラシルが放射線スープの原料となる概念図(右)。図中の球はそれぞれ原子を表し、紫色はヨウ素(元素記号:I、以下同様)、灰色は炭素(C)、橙色は窒素(N)、赤色は酸素(O)、空色は水素(H)を表す。
本実験では、それぞれのイオンの3次元運動量を観測し(左上)、種々の組み合わせでイオンの運動量相関を得た(右上)。実験と数値計算(左下)の比較から、超高速で起こる電荷とイオンの動きに関する情報を引き出し、可視化した(右下)。数値計算から得られた原子間距離(炭素-水素、ヨウ素-炭素など)の時間変化を下図左に示した。下図右は、ヨウ化ウラシル分子内のヨウ素原子上にできた多数の電荷が、ヨウ素(I:赤線)からウラシル環(Molecule:黒線)に数フェムト秒で移ってゆく事を示している。
【用語解説】
※1 X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)
X線領域で発振する自由電子レーザー(Free-Electron Laser)であり、可干渉性、短いパルス幅、高いピーク輝度を持つ。自由電子レーザーは、物質中で発光する通常のレーザーと異なり、物質からはぎ取られた自由な電子を加速器の中で光速近くに加速し、周期的な磁場の中で運動させることにより、レーザー発振を行う。
※2 SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。科学技術基本計画における5つの国家基幹技術の1つとして位置付けられ、2006年度から5年間の計画で整備を進めた。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAserの頭文字を取ってSACLAと命名された。諸外国で稼働中あるいは建設中のXFEL施設と比べて数分の一というコンパクトな施設の規模にも関わらず、 0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有する。
※3 内殻軌道
原子や分子中の電子は電子軌道に収容されている。原子核に近く、高いエネルギーで拘束された電子の軌道を内殻軌道と呼び、内殻軌道に収容されている電子を内殻電子と呼ぶ。
※4 多価原子イオン
多くの電子が剥ぎ取られた原子。
問い合わせ先 東北大学大学院理学研究科 京都大学大学院理学研究科 広島大学大学院理学研究科 理化学研究所 広報室 報道担当 (SPring-8に関すること) |
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