幾何学の定理を活用したものづくり ~30の頂点を持つアルキメデスの多面体(二十・十二面体)の化学分子合成~(プレスリリース)
- 公開日
- 2016年07月08日
- BL38B1(構造生物学III)
- BL41XU(構造生物学I)
2016年7月8日
東京大学
科学技術振興機構(JST)
【ポイント】
◆3次元空間にかかる幾何学的な制約をうまく分子設計(注1)に組み込み、これまでに類をみない新物質(多面体型(二十・十二面体)の巨大中空分子)を合成することに成功した。
◆「合計100成分にも及ぶ個々の小さなパーツが自発的に組み上がり最終構造を作る」という、一見不可能とも思える高度かつ精密な制御を実現した。
◆今回合成に成功した巨大分子構造は、タンパク質をすっぽり包み込めるほど大きな内部空間を有するため、将来的にはタンパク質のカプセル・コンテナとして活用し、分子構造解析を可能にするなど、創薬やヘルスケア分野に貢献することが期待される。
東京大学大学院工学系研究科の藤田誠教授らの研究グループは、3次元空間に課される多面体としての制約(注2)を化学分子の合成指針として活用し、一見不可能とも思える多数成分からの巨大球状構造の自己集合をこれまでに達成してきました。今回、分子のわずかな「たわみ」(注3)までも構成成分の分子設計に取り入れることで、100成分にも及ぶ多数成分の集合挙動を高度に制御することに成功し、アルキメデスの多面体(注4)のひとつである「二十・十二面体」型の構造を持つ、新しい分子を狙い通りに合成することに成功しました。直径8 ナノメートルを超える前人未踏の巨大中空球状構造は、従来存在しなかった新しいカテゴリーの物質であり、学術的にも、新しいナノ空間の創出を期待させる独創性の高い研究成果です。 【論文情報】 |
本研究は、以下に示す研究グループとの共同研究で行われました。
高輝度光科学研究センター(SPring-8/JASRI) タンパク質結晶解析推進室
熊坂 崇 博士、水野 伸宏 博士:X線データの解析
本研究は、科学技術振興機構(JST) 戦略的創造研究推進事業ACCEL研究開発課題「自己組織化技術に立脚した革新的分子構造解析」(研究代表者:藤田 誠(東京大学大学院工学系研究科 教授)、プログラムマネージャー:江崎 敦雄(JST))、および個人型研究(さきがけ)「超空間制御と革新的機能創成」研究領域(研究総括:黒田 一幸 早稲田大学理工学術院 教授)における研究課題「自己集合が導き出す新規多面体群:物質合成と数学的考察」(研究者:藤田 大士)の一環として行ったものです。
【背景と課題】
我々が住む3次元空間の性質により、多面体はそのとりうる構造にさまざまな制約を受けることが知られています。例えば「正多面体は5種類しか存在しない」ことは紀元前から知られており、また多面体の面、頂点、辺の数を関係づける「オイラーの多面体定理」(注5)も幾何学構造を制約する自然界の法則として有名です。化学的につくられるすべての3次元構造も当然のことながらこれらの制約を満たしています。本研究グループはこの事実を逆手にとって、「多数の分子が自発的に集まる自己集合過程において、幾何学的な制約を利用して化学構造を一つの構造に落とし込む」という発想で、一見不可能とも思える多数成分からの巨大球状構造の自己集合をこれまでに達成してきました。
具体的には、上下左右の4方向に結合部位を持つ金属イオン(M)と、金属イオン同士を架橋する湾曲した有機分子(L)を組み合わせて反応させると、用いた有機分子のわずかな構造の違いに応じて、M12L24組成の立方八面体やM24L48組成の斜方立方八面体が、自発的に組みあがることをこれまでに明らかにしていました(図1)。さらに巨大な多面体構造として、M30L60組成の二十・十二面体やM60L120組成の斜方二十・十二面体生成が予測されますが、これらの100~200成分に近い構成成分からなる巨大な多面体分子の構築は未だ達成していませんでした。
【成果の要点】
今回、本研究グループは、はじめてM30L60組成の二十・十二面体の自己集合構築に成功しました。成功の鍵を握ったのは、表題にもある「幾何学的な定理の活用」です。たくさんの成分が集まって3次元的に閉じようとするとき、出来上がりの構造は均一性の高い球に近づこうとします。シャボン玉、雨滴、気泡が自然と球形をとろうとするのと同じ原理です。本研究グループはMとLの組み合わせでできる3次元構造は、球に近い正多面体(プラトンの多面体)もしくは半正多面体(アルキメデスの多面体)のいずれかの形に収束するという仮説をたて、生成可能な構造を予測しました。驚くことに、生成可能な構造はすべてMnL2nの組成を持ち、nの値は6, 12, 24, 30, 60のたったの5種類に絞られることに気づきました。このように、幾何学的な制約がはたらくことにより出来うる構造がかなり限定されることから、一見困難に思える多数分子からの自己集合は驚くほど効果的にたったひとつの定まった構造に収束する性質が現れてきます。幾何学的な制約を利用して化学構造を一つの構造に落とし込むという「化学構造の幾何学制御」は藤田誠教授らが提唱する新しい物質構造制御の概念です。
この概念に従い、これまでにn = 6, 12, 24の構造を組み立てましたが、次に予想されていたn=30の組み立ては難航しました。n=24と30の構造が近いため、n = 30の構造をつくりたくても、どうしても手前のn = 24の構造に収まってしまうことがほとんどでした。今回本研究グループは分子のわずかな「たわみ」までも構成成分の分子設計にとりいれ、自己集合を精密に制御したところ、はじめて念願の二十・十二面体(M30L60構造)をくみ上げることに成功しました(図2)。できあがった二十・十二面体の分子構造は、X線構造解析法を駆使することによって、その設計通りの姿が明らかになりました(図3)。二十・十二面体は正三角形20枚、正五角形12枚を貼りあわせた幾何学的にも対称性の高い美しい形をしており、「アルキメデスの多面体」と呼ばれる多面体群のひとつです。直径8 ナノメートルを超える前人未踏の巨大中空球状構造は、従来存在しなかった新しいカテゴリーの物質であり、学術的にも、新しいナノ空間の創出を期待させる独創性の高い研究成果です。
【今後の展開】
今回合成に成功した巨大分子構造は、多くの平均的な酵素・タンパク質をすっぽり包み込める内部空間を持ちます。現在進行中の展開として、酵素・タンパク質の人工カプセルとしての応用が挙げられます。原子レベルで定まった精密な構造は、従来にないさまざまな高度機能を付与するのに非常に有利です。例えば、定まったサイズを持つ対称性の高いカプセルは、今日タンパク質分子構造解析の大きなボトルネックとなっている結晶化をサポートするコンテナとしての役割が期待されます。また現在多方面で研究が行われている機能性酵素の研究やドラッグデリバリーシステムの土台となり、これら研究を加速させる可能性も期待できます。将来的には、医薬品開発、ヘルスケア分野等の発展を後押しすることで、より良い暮らしへの貢献を目指します。
【参考図】
各頂点に接続する辺の次数が4という条件を満たす多面体は、この図に示すたった5つのみに限定される。
合計100成分にも及ぶ個々の小さなパーツが自発的に組み上がり最終構造を作る。
(A) 正三角形20枚、正五角形12枚を貼りあわせた形の二十・十二面体型の構造が、設計したとおりに得られていることがわかる。(B,C)電子密度図の拡大図。これにより分析の精度が十分に高いこと(B)、他に類をみないサイズの巨大な中空空間が存在している(C)ことが明らかになった。
本成果が表紙に採用された。
【用語解説】
(注1) 分子設計:
分子の部品同士を組み合わせて全体の構造を作る今回の研究では、車や機械の製作と同様に、前もって個々の部品を細かな部分まで設計する事が求められる。分子の寸法、形状、電子的性質などを、最終構造の実現に適した形で最適化する。
(注2) 多面体としての制約:
多面体の種類は一見無数にも存在し得そうだが、例えば「構成する辺の長さが等しい」「高い対称性を有する」などの条件を満たす多面体は、驚くほど限定されることが知られている。
(注3) 分子のわずかな「たわみ」:
構造式として紙の上に描かれると意識しにくいが、それぞれの分子は、板バネのように、たわませることができる。このたわみやすさは個々の分子によって異なるため、適した柔らかさを持つ分子を選んでくる(設計する)ことが今回の研究の鍵であった。
(注4) アルキメデスの多面体:
複数種の正多角形を面とし、各頂点まわりの面の並び方が同一な多面体(半正多面体)から一部の対称性の低い多面体を除いたもの。合計で13種類存在する。
(注5) 「オイラーの多面体定理」:
多面体の頂点の数をv、辺の数をe、面の数をfとした時、v-e+f=2がすべての(穴のあいてない)多面体で成り立つ、という有名な定理。
【問い合わせ先】 <JST事業に関すること> (さきがけ) <報道担当> (SPring-8に関すること) |
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