下部マントル深部の地震波速度異常(LLSVPs)を解き明かす鍵(プレスリリース)
- 公開日
- 2016年09月19日
- BL10XU(高圧構造物性)
- BL35XU(高分解能非弾性散乱)
- BL43LXU(理研 量子ナノダイナミクス)
2016年9月16日
公立大学法人兵庫県立大学
国立研究開発法人理化学研究所
国立大学法人岡山大学
国立大学法人山口大学
国立大学法人東北大学
公益財団法人高輝度光科学研究センター
研究のポイント
・下部マントル主要鉱物であるブリッジマナイトでは、鉄とアルミニウムが入ることで、バルク音速が上昇する一方で横波音速が減少する(弾性波速度の逆相関が起きる)ことを発見した。
・下部マントル深部で観測されている地震波速度の逆相関が、化学的不均一で説明できる可能性を示した。
公立大学法人兵庫県立大学の福井宏之助教は、国立大学法人岡山大学の米田明准教授、国立大学法人山口大学の中塚晃彦准教授、国立大学法人東北大学の鎌田誠司助教、公益財団法人高輝度光科学研究センターの筒井智嗣主幹研究員、国立研究開発法人理化学研究所のバロン アルフレッド准主任研究員らと共同で、下部マントル主要構成鉱物であるブリッジマナイトが、陽イオン置換により弾性波速度の逆相関を示すことを明らかにしました。 【論文情報】 |
【研究背景】
地球中心は我々からわずか6400kmの距離ですが、地球の内部には解明されていないことが多く存在しています。地震波速度の解析により、深さ660kmから2900kmの領域は下部マントルと呼ばれる層が存在していることが分かっています。また2000kmよりも深いところでは地域的な地震波速度異常が観測されています。地震波速度には縦波音速VPと横波音速VSがありますが、ここでは両者から計算されるバルク音速VBと横波音速VSを用いて話を進めます。太平洋とアフリカ大陸の地下では、平均的な値よりもVBが速く、VSが遅くなっています。この異常を示す区域は、LLSVPs(Large Low Share Velocity Provinces)と呼ばれています。 VBとVSに正の相関があれば説明しやすいのですが、なぜ逆相関しているのかについては、地球科学者の頭を悩ませている問題となっています(図1)。
【研究手法と成果】
ブリッジマナイト(化学組成:MgSiO3)は、下部マントルを構成する主要な鉱物です。下部マントルは地球の体積の大部分を占めますので、地球を構成する主要鉱物ともいえます。ブリッジマナイトのVBとVSは、圧力の上昇により共に増加し、温度の上昇により共に減少します。本研究グループは、弾性波速度逆相関の原因としてブリッジマナイトの化学組成に着目しました。鉱物にはマグネシウムとケイ素の他に鉄とアルミニウムが多く含まれており、ブリッジマナイトも鉄とアルミニウムを含みうる(陽イオン置換する)ことが分かっています。この陽イオン置換がVBとVSに与える影響について調べました。
研究グループは、岡山大学惑星物質研究所にて鉄とアルミニウムを含むブリッジマナイトを合成し、山口大学において合成された試料の結晶性の評価を行いました。試料は0.1mm程度の大きさで、陽イオン置換されたものは黒色をしています(図2)。このような試料に対しては、一般的な弾性波速度測定法の適用は困難です。
そこで、大型放射光施設SPring-8※1の理研専用ビームラインBL43LXUと共用ビームラインBL35XUにおいてブリッジマナイト単結晶にX線を照射することで、X線非弾性散乱(IXS)法※2により弾性波速度を測定しました。鉄のイオンには2価と3価がありますが、同施設の共用ビームラインBL10XUでのメスバウア分光法※3によりブリッジマナイト中の価数状態を測定しました。
これらの結果から、ブリッジマナイト中のマグネシウムとケイ素を2価の鉄とアルミニウムに置換することで、ブリッジマナイトのバルク音速VBが増加し、横波音速VSが減少することを実験的に明らかにしました。これまでに報告された、アルミニウムのみの置換による効果を合わせて考えると、鉄濃度の±2.7パーセント以下とアルミニウム濃度の±1.3パーセント以下の化学不均質と、および±113度以下の温度不均質により、下部マントルで観測されている地震波速度逆相関に対応するというモデルが構築されました(図3)。
【今後の展開】
本研究により、ブリッジマナイトに対して鉄やアルミニウムが2パーセントほど置換するだけで、観測されている地震波速度の逆相関と同程度の弾性波速度逆相関が起こることが明らかになりました。しかしながら、これは常温常圧での測定であり、下部マントルの温度圧力条件での鉄・アルミニウム置換効果や、鉄およびアルミニウム(あるいは別の陽イオン)単独の効果については推測の域を出ません。今後は、様々な化学組成を持つブリッジマナイト単結晶を合成し、下部マントルの温度圧力条件下での測定を進めることにより、LLSVPsの温度・化学構造の詳細に迫ります。
【参考図】
(右上)バルク音速VBと横波音速VSが、共に増加あるいは減少(正相関)する場合、温度や圧力の変化で容易に説明可能である。(左下)下部マントル深部では地域によって両者の変化が逆になっている(逆相関)。その原因として、化学組成の不均質が提案されているが、確かめられていなかった。
(a)MgSiO3の結晶(b)鉄とアルミニウムを含む結晶。試料の大きさは長い辺で0.2ミリメートル以下である(図中スケール参照)。(c)ブリッジマナイトの結晶構造。オレンジがマグネシウムの位置で、鉄とアルミニウムが置換する。青がケイ素の位置で、アルミニウムが置換する。赤は酸素の位置を示す。
結晶構造図はソフトウェアVESTAにより作成した。
バルク音速VBが速く、横波音速VSが遅い地域(地図中赤い部分)が、鉄濃度やアルミニウム濃度が高く温度も高い部分である。数値は最大値。色はTrampert等の研究結果(Science 306, 853–856, 2004)に基づく。
地図データはCraftMAPにより作成した。
【用語解説】
※1 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理は高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光とは、光とほぼ等しい速度まで加速された電子が電磁石によって進行方向を曲げられた際に発生する、細く強力な電磁波のことである。SPring-8では,この放射光を用いて、ナノテクノロジー,バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
※2 X線非弾性散乱法
X線が物質によって散乱される際に、一部のX線は物質に入射された時と異なるエネルギーで散乱される。このときのエネルギー差は物質とX線とのやりとりで生じたものである。このエネルギー差とX線が散乱される角度の関係を調べることで物質中の原子がどのように振動しているかを知ることができる。物質中の原子の振動の中には音を伝える役割の振動も含まれ、音波である弾性波に関する知見も得られる。X線非弾性散乱は、X線の持つ強い透過性と可集光性を活かして、微小な不透明物質に対して有効な弾性波速度決定法として注目されている。
※3 メスバウア分光法
メスバウア分光は、ルドルフ・ルートヴィヒ・メスバウアにより発見された原子核の共鳴吸収現象(メスバウア効果)を利用した分光法である。鉄では自然界に2%含まれる質量数が57の原子核がメスバウア効果を起こす。メスバウア分光では原子核を通じてそれを取り巻く電子状態(本研究の場合は主に鉄の価数)がわかる。メスバウア分光法は主に物質科学への応用がなされてきたが、地球科学分野では月から持ち帰られた岩石の分析に加え、火星探査機に分光器を搭載することにより火星の岩石の分析にも利用されている。BL10XUでは、JASRIと東北大学によって共同でこの分光装置の導入が行われ、結晶構造と結晶中の鉄原子の電子状態を同時に測定することができる。
【問い合わせ先】 国立大学法人岡山大学惑星物質研究所 国立大学法人山口大学大学院創成科学研究科 国立大学法人東北大学学際科学フロンティア研究所・大学院理学研究科 公益財団法人高輝度光科学研究センター 国立研究開発法人理化学研究所放射光科学総合研究センターバロン物質ダイナミクス研究室 <報道に関すること> 国立研究開発法人理化学研究所 国立大学法人岡山大学 国立大学法人山口大学 国立大学法人東北大学学際科学フロンティア研究所 企画部 (SPring-8に関すること) |
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