大型放射光施設 SPring-8

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Ruナノ粒子の構造と触媒活性との関連を見いだす ~局所構造、平均構造の数値化で実現 機械学習用データを集積し新材料の創製に貢献~(プレスリリース)

公開日
2016年10月28日
  • BL04B2(高エネルギーX線回折)

平成28年10月26日
国立研究開発法人物質・材料研究機構
国立大学法人京都大学

1.国立研究開発法人物質・材料研究機構 技術開発・共用部門の高輝度放射光ステーション坂田修身ステーション長と、京都大学大学院理学研究科北川宏教授からなる研究チームは、高いCO酸化触媒1活性を持つルテニウム(Ru)ナノ粒子のわずかな構造の違いが、触媒機能に影響する可能性を明らかにしました。局所的な原子スケールの構造と平均構造の両方を数値化することで実現しました。今後、本研究のようにナノ粒子の構造を数値化し、機能との関係のデータを蓄積することで、機械学習などデータ科学の手法を用いた新機能性物質の創製をますます加速させると期待されます。

2.材料の中には、ナノ粒子のように小さくすることで優れた機能を発現するものがあります。本研究グループは、これまでにバルク2では六方最密充填(hcp)構造しか持たないルテニウム(Ru)をナノメートルサイズまで小さくすることで、新たに面心立方格子(fcc)タイプの構造を有するRuナノ粒子を作ることに成功し、従来のhcpタイプの構造を有するRuナノ粒子より高いCO酸化触媒活性を有することを発見していました。しかし、なぜhcp タイプのRuナノ粒子より高いCO酸化触媒活性を持っているかは分かっていませんでした。原因の1つとして、ナノ粒子の多くは、ある程度規則的に原子が並んでいますが、粒子中の原子数が多くないこともあり、規則的な格子位置からはずれている原子の存在を無視できないことが挙げられていました。

3.そこで本研究では、Ruナノ粒子の原子の隣り同士のような近距離の局所構造とナノ粒子の全体の平均構造を調べ、触媒活性との関係を調べました。まず、Ruナノ粒子の結晶構造情報をSPring-8 3高エネルギーX線回折・散乱4を測定して詳細に調べました。原子間の距離を関数とした原子の個数分布と原子の結合角度の分布の幅から定義される構造パラメーターで構造を数値化したところ、fccタイプの粒子サイズが3.5 nmから5 nm付近では、局所的に見ると構造秩序が良くなる反面、ナノ粒子全体の格子歪と平均的な原子位置の乱れは大きくなる結果を得ました。この結果から、ナノ粒子中の局所構造、平均構造(格子歪と平均的な原子位置の乱れ)と触媒活性とが関係づけられることを見いだしました。

4.今回の研究から、活性や機能とは一見関係のないと考えられていたナノ粒子の中の原子配列構造の特徴が、触媒活性と関係づけられることが示唆されました。今後、新規創製される様々なナノスケールの機能性粒子について系統的に研究を進め、 ナノ粒子内の局所的な近距離構造と平均構造に関するデータを機械学習に使えるように蓄積することで、データを活用した情報統合型物質・材料研究(マテリアルズ・インフォマティクス)基盤の形成を目指します。

5.本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)ACCELにおける研究課題「元素間融合を基軸とする物質開発と応用展開」(研究代表者:北川宏教授)による支援を受けて実施しました。

6.本研究成果は、Physical Chemistry Chemical Physics誌の2016年10月27日発行号(現地時間)に掲載される予定です。また一部の相補的な結果はScientific Reports誌に2016年8月10日に掲載されています。

掲載論文1
題目:Origin of the catalytic activity of face-centered-cubic ruthenium nanoparticles determined from an atomic-scale structure
著者:L. S. R. Kumara, O. Sakata, S. Kohara, A. Yang, C.H. Song, K. Kusada, H. Kobayashi, and H. Kitagawa
雑誌Physical Chemistry Chemical Physics
掲載日時:2016年10月27日(現地時間)
DOI: 10.1039/C6CP04088H

掲載論文2
題目:Size dependence of structural parameters in fcc and hcp Ru nanoparticles, revealed by Rietveld refinement analysis of high-energy X-ray diffraction data
著者:C. H. Song, O. Sakata, L. S. R. Kumara, S. Kohara, A. Yang, K. Kusada, H. Kobayashi, and H. Kitagawa
雑誌Scientific Reports
掲載日時:2016年8月10日
DOI: 10.1038/srep31400

研究の背景
 最近、エネルギー枯渇や大気汚染の克服のために、さらには低炭素社会実現するためナノ触媒の利用に注目が集まっています。CO酸化触媒は自動車排気ガスの除去などで期待されており、この分野の研究は世界的に急進展しています。特に、金属ルテニウム(Ru)は高機能CO酸化触媒活性のため、関心が高まっています。これまで金属Ruについては、hcpタイプの構造しか持たない金属として知られていましたが、ナノメートルオーダーまでサイズを小さくすることで新しい構造を持つRu(fccタイプのRu)を作り出すことに京大の北川宏グループは世界で初めて成功し、新規fccタイプのRuナノ粒子は既存のhcpタイプのRuナノ粒子より高い触媒活性を持っていることを報告しました。しかし、なぜこのような驚きの特性をfccタイプのRuが持つかは謎でした。その謎をナノ粒子の原子スケールの局所(近距離)構造とナノ粒子の平均構造から解明することを、研究の目的としました。

研究内容と成果
 散乱角度の広いデータを測定するため、大型放射光施設(SPring-8)にあるBL04B2ビームラインで高エネルギーX線(入射エネルギーは61.46 keV)を用いてRuナノ粒子の回折・散乱データを収集しました。データを2体分布関数(PDF)5逆モンテカルロ(RMC)モデリング6リートベルト法7を組み合わせて解析しました。PDFやRMCの解析からは、ナノ粒子内のすべての原子位置を推測できたので、原子の個数分布、配位数8分布や原子間の結合角度の分布に関する情報を得ることができました。リートベルト法からは、格子歪や温度因子9に関する平均的な構造情報を得ました。

 得られた構造情報を以下にリストします。
1)ナノ粒子内の全ての原子位置を推定することができました。位置情報を用いて、粒子の外観をプロットできます(図1)。また、原子の配位数情報も得られますので、配位数に応じて各原子を色分けしてあります。
2)最近接原子の個数分布や原子間の結合角度の分布を基にした局所的な近距離に関する構造秩序パラメーターを定義しました。それぞれの分布の幅が小さいほどそのパラメーターの値は小さくなり、局所的に見ると構造秩序が良くなることを定量的に表します。粒子サイズが3.5 nm以上の場合、fccタイプの構造のナノ粒子はより高い構造秩序を有していました(図2)。このような局所的な近距離構造が高い秩序を有することと高いCO触媒活性が相関することが分かりました。
3)5.4 nmのfccタイプのRuナノ粒子において、原子の配位数が10と11である低活性化エネルギーサイトの存在確率(50.5 %)は5.0 nmのhcpタイプのRuの値(46.9 %)より高く、一方fccタイプのRuナノ粒子の原子の配位数が8と9である高活性化エネルギーサイトの存在確率(24.7%)はhcpタイプのRu(28.9 %)より低い結果を得ました。CO触媒反応は低活性化エネルギーサイトで多く起こる可能性を示唆しています。

平均的な構造情報からは、粒子サイズが3.5 nmより大きい場合、以下の点が明らかになりました。
4) fccタイプのナノ粒子はhcp構造のナノ粒子より約1.3倍大きな格子歪をもっていました(図3(a))。
5) fccタイプのナノ粒子の温度因子はhcpタイプ構造のナノ粒子の約2倍の大きさでした(図3(b))。温度因子が大きいことは、原子が平均位置からの位置の乱れが大きいことを示唆します。
4)、5)から、平均的な粒子全体の乱れが大きいほどRuナノ粒子のCO触媒活性に寄与していると推定されます。
以上から、fccタイプの粒子サイズが3.5 nmから5 nm付近では、局所的に見ると構造秩序が良くなる反面、ナノ粒子全体の格子歪と平均的な原子位置の乱れは大きくなる結果を得ました。

今後の展開
 Ruは、金属表面上で一酸化炭素(CO)と酸素(O2)を反応させて二酸化炭素(CO2)に変化し、COを酸化除去する特性が高い金属であり、CO除去触媒としてエネファーム10に使用されています。さらに、今回研究した新しいfccタイプのRuナノ粒子は、家庭燃料電池エネファームで使用されている既存のhcpタイプのRuに置き換わる革新的な新触媒として期待されています。本研究のアプローチは、局所的な原子スケールの構造と平均構造の両方の構造情報を提供することで、元素間融合を用いた新しい固溶体合金(2元触媒、3元触媒など)やほかの新機能性物質の創製を今後ますます加速させることが期待されます。データを活用した設計型物質・材料研究(マテリアルズ・インフォマティクス)の基盤としての原子配列構造データを提供するモデルとなる点からも重要であると考えられます。

 

【参考図】

図 1.
図 1. 面心立方格子構造(fcc)タイプのRuナノ粒子と六方最密充填構造(hcp)タイプのRuナノ粒子の
原子スケールの逆モンテカルロ(RMC)モデリングの結果から推定した原子配列の3次元外観図。

(a) 各粒子サイズの外観図。 (b) fccタイプのRu 5.4 nmとhcpタイプのRu 5.0 nmの3次元粒子外観図。ここで色の違いは違う原子の配位数の違いを示している。fccタイプの図では、赤、黄色、緑の順番で配位数は大きくなり、hcpタイプの図では、青、黄色、緑の順番で配位数は大きくなります。


図2

図 2. 面心立方格子構造(fcc)タイプのRuナノ粒子と六方最密充填構造(hcp)タイプの Ruナノ粒子の原子スケールの逆モンテカルロ(RMC)モデリングの結果から得られた構造秩序パラメーター(Oeder Parameter)のナノ粒子のサイズとの関係。各Ruナノ粒子のサイズは透過型電子顕微鏡像の結果から求めました。挿入図は粒子サイズによるCO触媒活性の変化を示している。(図中右上)触媒活性の尺度であるT50はCOの反応率が50 %に達する温度を示しますので、T50が低い(矢印の下側方向)ほど高い触媒活性を持っていることを示します。


図3. fccタイプのRuナノ粒子とhcpタイプのRuナノ粒子の 平均構造(長周期構造)を解析した結果。
図3. fccタイプのRuナノ粒子とhcpタイプのRuナノ粒子の 平均構造(長周期構造)を解析した結果。

(a)粒子サイズ(Particle size)によるRuナノ粒子の原子がもっとも密にある原子面の格子歪(Lattice distortion)の変化。(b)粒子サイズによるRuナノ粒子の温度因子(B factor)の変化。(a)と(b)の赤色の楕円は相対的に高い触媒活性を発揮するRuナノ粒子を示しています。


用語解説
(1) 触媒
特定の化学反応の反応速度を速める物質で、自身は反応の前後で変化しないものである。また、反応によって消費されても反応の完了と同時に再生し、変化していないように見えるものも触媒と呼ぶ。

(2) バルク
ナノメートルスケールに比べてはるかに大きいサイズをもつ立体的な結晶や固体を意味する。つまり、その表面の原子数が内部の原子数よりも無視できるほど十分に少ないものである。

(3) 大型放射光施設 SPring-8
国立研究開発法人理化学研究所が所有する、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す施設。その運転管理と利用者支援は公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeVに由来する。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波のことである。
SPring-8では、この放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。SPring-8は日本の先端科学・技術を支える高度先端科学施設として、日本国内外の大学・研究所・企業から年間延べ1万4千人以上の研究者に利用されている。

(4) 高エネルギーX線回折・散乱
今回用いた回折法・散乱は、高輝度放射光を用いた高エネルギーX線回折・散乱である。高エネルギーX線を用いることで、高い散乱ベクトルまで測定し、高実空間分解能の高実空間を得ることができる。今回は、ナノ粒子の長周期・原子スケールの構造と触媒活性の相関を明らかにすることに威力を発揮した。

(5) 2体分布関数(PDF)解析
アモルファスの構造や理想的とはみなされない結晶の局所構造に関し、X線や中性子線を用いた散乱強度プロファイルを解析する方法の一つである。ある原子からある距離離れたところに別の原子が存在する確率を示す。原子間の距離や配位数の情報を得ることができる。

(6) 逆モンテカルロ(RMC)モデリング
X線散乱や中性子線散乱などから得られた測定強度プロファイルから、試料に含まれるすべての原子位置を推定する方法の一つである。バルクのアモルファスの構造解析に威力を発揮している。3次元的に限られた領域内に試料の密度から見積もられた数の原子を可能な限りランダムに分布させ、その原子の位置を変えては強度プロファイルを計算し、X線散乱や中性子線散乱などの測定強度プロファイルを説明できるかどうかを調べる方法である。ただし、可能な限りランダムと表現したのは、これまでに得られた構造に関する知見から束縛条件を考慮するためである。例えば原子間の距離や原子間の結合角度に関する制限である。

(7) リートベルト解析
粉末X線回折実験や粉末中性子回折実験により得られる回折プロファイルから、試料結晶の構造を精密化する解析法の一つである。求められる構造パラメータは単位胞(unitcell)の形状や大きさを表す格子定数(軸長:a, b, c,軸間の角度: α, β, γ)、原子の位置、占有率、温度因子などである。

(8) 原子の配位数
ある原子からみたその原子の周りに存在する原子数である。

(9) 温度因子
平均的な原子の回折に関わる原子面に垂直な方向の振動の幅である。原子の位置の平均的な乱れを表現する。

(10) エネファーム(ENE・FARM)
家庭用燃料電池コージェネレーションシステムの愛称である。2008年6月25日に燃料電池実用化推進協議会 (FCCJ) が家庭用燃料電池の認知向上を推進する取り組みとして、企業などに関係なく統一名称を決定した。発電ではなく、あくまでも家庭を中心とした節電を目的として開発された。



本件に関するお問い合わせ先
(研究内容に関すること)
国立研究開発法人物質・材料研究機構 技術開発・共用部門 高輝度放射光ステーション、
先端材料解析研究拠点 シンクロトロンX線グループ
 ステーション長、グループリーダー 坂田修身(さかた おさみ)
 TEL: 0791-58-1970
 E-mail: SAKATA.Osamiatnims.go.jp
 URL: http://www.nims.go.jp/webram/,
 http://samurai.nims.go.jp/SAKATA_Osami-j.html

(ナノ粒子試料に関すること)
国立大学法人京都大学 大学院理学研究科 化学専攻
 教授 北川 宏(きたがわ ひろし)
 TEL: 075-753-4035
 E-mail: kitagawaatkuchem.kyoto-u.ac.jp
 URL: http://kuchem.kyoto-u.ac.jp/ossc/j_index.html

(報道・広報に関すること)
国立研究開発法人物質・材料研究機構 経営企画部門 広報室
 〒305-0047 茨城県つくば市千現1-2-1
 TEL: 029-859-2026, FAX: 029-859-2017
 E-mail: pressreleaseatml.nims.go.jp

国立大学法人京都大学 企画・情報部 広報課 国際広報室
 〒606-8501 京都市左京区吉田本町36番地1
 TEL: 075-753-5727
  E-mail: commsatmail2.adm.kyoto-u.ac.jp

(SPring-8に関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及啓発課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp