原子の集団が数珠つなぎに電子を放出する! ―極紫外自由電子レーザーで誘起される新現象解明―(プレスリリース)
- 公開日
- 2016年12月05日
- SACLA(SCSS)
2016年12月5日
東北大学多元物質科学研究所
京都大学大学院理学研究科
広島大学大学院理学研究科
産業技術総合研究所
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
東北大学多元物質科学研究所上田潔教授・福澤宏宣助教のグループ、京都大学大学院理学研究科八尾誠教授・永谷清信助教のグループ、広島大学大学院理学研究科和田真一助教、ドイツ国ハイデルベルグ大学ローレンツ・セダーバウム教授のグループ、産業技術総合研究所分析計測標準研究部門齋藤則生副研究部門長、理化学研究所放射光科学総合研究センター矢橋牧名グループディレクター等による合同研究チームは、日本初の短波長自由電子レーザー*1装置である、SCSS試験加速器*2から供給される強力な極紫外光パルスをネオン原子の集団に照射すると、多くの電子が数珠つなぎで飛び出してくる新しい現象を発見しました。 論文情報 |
背景
自由電子レーザーの誕生により、極紫外光からX線に至る幅広い光子エネルギー領域で、非常に強力かつ、照射時間が10フェムト秒(1フェムト秒は千兆分の1秒)のオーダーである極短光パルスの利用が可能となりました。日本ではSPring-8キャンパスに建設されたSCSS試験加速器が、世界で2番目の極紫外領域の自由電子レーザー装置として稼働し、気相系から凝縮系にいたる様々な物質の非線形光学現象の研究分野で多くの成果を創出しました。自由電子レーザーの強力な極紫外光パルスを物質に照射すると、物質中の多数の電子が同時に励起される多重励起状態が過渡的に実現されます。この多重励起状態は電子を放出することでエネルギーを放出し、緩和すると予想されますが、緩和機構の詳細はよく知られていません。本研究では、この緩和機構を解明することを目指して、ネオン原子が集まってできたネオン・クラスターを標的として、イオン化エネルギーよりもわずかに低い光子エネルギーの極紫外光パルスを照射し、放出される電子の運動エネルギーを計測しました。
研究の手法と成果
物質はイオン化エネルギーよりわずかに低いエネルギーに固有の励起状態を複数持ちます。光子エネルギーを調整した光を照射する事で、電子を占有軌道*4から特定の非占有軌道*4に遷移させて、このような励起状態を生成することが出来ます。ネオン原子にも複数の励起状態があり(図1-i)、特定の光子エネルギーの極紫外光を用いて特定の原子励起状態を生成することが可能です。したがって、SCSSの強力な極紫外光パルスの照射により、原子の集団であるクラスター中の多数の原子を同時に励起することで、クラスターの多重励起状態を瞬時に生成することができます。このようなクラスターの多重励起状態は非常に不安定なため、すぐに電子を放出して緩和すると予想されます。従って、このような過渡的な短寿命状態を瞬時に生成するには、SCSSが提供する照射時間が30フェムト秒ほどの極短光パルスの使用が必須です。
本研究では、真空中に平均原子数が5000個のネオン・クラスターを作成し、SCSSで得られる極紫外光パルスを照射して、放出される電子のスペクトルを運動量画像計測法と呼ばれる手法で計測しました(図2)。照射する光のエネルギーを、ネオン原子の2p軌道にある電子が3dリュードベリ軌道*5に遷移するエネルギー 20.3eVに調整し(図1-i)、ネオン・クラスターの中に多数の3dリュードベリ原子励起状態を生成しました(図1-ii)。このようにして生成したクラスターの多重励起状態の緩和に伴う電子スペクトルを計測したところ、電子スペクトルに複数の特徴的なピークを観測しました。ピークを帰属した結果、近接する2つの3d励起状態原子の一方で電子が3d軌道から2p軌道に遷移して原子基底状態に戻るのではなく、3d軌道よりもわずかに低いエネルギーの3p軌道や3s軌道に遷移し、その遷移に伴う余剰エネルギーを近接する励起原子に与えてその3d軌道の電子を放出してイオンを生成する、という予想もされていなかった緩和の機構(図1-iii)が見出されたのです。我々は新たに解明したこの機構を「リュードベリ原子間クーロン緩和」(IntraRydberg Interatomic Coulombic Decay)と名付けました。また、リュードベリ原子間クーロン緩和によって生成する3pや3s励起状態原子も更に他の励起原子と相互作用して緩和します。このようにして様々なエネルギーをもった電子が数珠つなぎで飛び出してくる「原子間クーロン緩和カスケード」(Interatomic Coulombic Decay Cascades)(図1-iv)も本研究で初めて解明された機構です。クラスターの多重励起状態を取り扱う理論計算は実験スペクトルを良く再現しており、リュードベリ原子間クーロン緩和も原子間クーロン緩和カスケードも10フェムト秒から100フェムト秒のオーダーの非常に短い時間に起こる超高速過程であることを示唆するものでした。
今後の展望
本研究で初めて詳細な機構が解明されたリュードベリ原子間クーロン緩和や原子間クーロン緩和カスケードでは、原子集団の中の多数の原子が励起した多重励起状態から、多数の低エネルギー電子が次々と数珠つなぎで飛び出してきます。本研究では、極紫外自由電子レーザーを用いて原子集団中の多数の原子を瞬時に励起して効率よく多重励起状態を生成しましたが、光子エネルギーが非常に高いX線自由電子レーザーを原子集団に照射しても、過渡的に多重励起状態が多く生成することが最近の研究からわかってきました。放射線治療にも応用されている高エネルギーイオンやX線の照射によっても、放射線感応分子の周りに複数の励起原子が過渡的に生成されると予想されます。従って、今回解明した低エネルギー電子を数珠つなぎで放出して多くのイオンを生成する新しい緩和過程は、放射線損傷や放射線治療にも重要な役割を果たしていると思われます。
実丸は電子、白丸は空孔を表す。(iii)に新たに見出されたリュードベリ原子間クーロン緩和を、(iv)に原子間クーロン緩和カスケードの模式図を示す。(iii)、(iv)の中で、青の矢印はリュードベリ原子間クーロン緩和を、オレンジの矢印は続いて起きる原子間クーロン緩和カスケードを、緑の矢印は仮想光子のやり取りによるクーロン相互作用を表す。
実験では、電子の画像データからエネルギー分布を得た。実験で得られた電子スペクトルのピークの帰属と理論計算から、多重励起緩和機構を検証した。
用語解説
*1 自由電子レーザー(FEL:Free-Electron Laser)
自由電子レーザー(Free-Electron Laser)は、物質中で発光する通常のレーザーと異なり、物質からはぎ取られた自由な電子を加速器の中で光速近くに加速し、周期的な磁場の中で運動させることにより、レーザー発振を行う。極紫外領域からX線領域で発振可能なレーザーであり、可干渉性、短いパルス幅、高いピーク輝度を持つ。
*2 SCSS試験加速器
SCSS試験加速器は、日本のX線自由電子レーザー施設SACLAの実現可能性評価を目的として2005年に建設された極紫外領域の自由電子レーザー装置であり、2008年5月から本格的な利用が開始された。世界で2番目に極紫外領域での発振に成功した極紫外自由電子レーザー装置であり、コンパクトXFEL加速器システムの原理実証とともに、 X線自由電子レーザー利用のための装置として、原子分子科学、非線形光学、コヒーレント回折イメージング、光学素子のダメージ、発光素子の研究等様々な研究に用いられた。現在は、SACLAの軟X線FELビームラインである「SXFELビームライン」専用の加速器として稼働している。
詳細は、SACLAで「SXFELビームライン」が稼働 ―軟X線FELと硬X線FELを同時に供給する世界初の施設に―
*3 クラスター
原子・分子が複数個集まって生成した集団のことをクラスターと呼ぶ。不活性な原子でも、原子間に働く弱い引力(ファンデルワールス力)により数個から数万個を超えるサイズのクラスターを生成することができ、気相でも固相でもないその中間にある状態として注目されている。
*4 占有軌道と非占有軌道
原子や分子中の電子は電子軌道に収容されている。原子や分子の基底状態電子配置において電子がすでに入っている軌道を占有軌道、入っていない軌道を非占有軌道と呼ぶ。電子は光を吸収して占有軌道から非占有軌道に遷移する。
*5 リュードベリ軌道
原子を構成する電子の1つが残りの正イオンから十分に離れて運動する際の電子の軌道。このリュードベリ軌道は水素原子の電子に似た運動をし、その主量子数n(=1,2,3,..)と軌道角運動量(s,p,d,…)で特徴づけられる。
問い合わせ先 京都大学大学院理学研究科 広島大学大学院理学研究科 産業技術総合研究所 企画本部報道室 理化学研究所 広報室 報道担当 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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