フェムト秒X線光電子回折法により強レーザー電場中の分子の構造を決定(プレスリリース)
- 公開日
- 2016年12月12日
- SACLA BL3
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
国立大学法人 東京大学大学院理学系研究科
国立研究開発法人 理化学研究所
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
本研究成果のポイント
● パルス強レーザー電場中のヨウ素分子の構造は平衡構造よりも10%伸びていることを発見
● 超高速光化学反応の「分子ムービー」実現に大きく前進
高エネルギー加速器研究機構(KEK)、東京大学、立命館大学、千葉大学、京都大学、量子科学技術研究開発機構(QST)、理化学研究所(理研)、及び高輝度光科学研究センター(JASRI)の共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)1施設「SACLA」2を用いたフェムト秒3X線光電子回折法4により、赤外パルス強レーザー電場中のヨウ素分子の構造を決定することに成功しました。 【論文情報】 |
【背景】
ピコ秒~フェムト秒の超高速で進行する分子光化学反応の直接的観測は、「フェムト秒の化学」の創設でノーベル化学賞(1999年)を受賞したアハメッド・ズウェイル教授の先駆的な仕事以来、分子光化学の新たなパラダイムを展開しています。しかし、超高速分子光化学反応の原理は解明されているとは言えません。したがって、時空間で光化学反応を究極的に可視化する「分子ムービー」は、世界の分子科学者がその実現に鎬を削っているホットな研究課題のひとつです。
そこで、本研究ではフェムト秒X線光電子回折法により、超高速で進行する分子光化学反応のイメージング法(分子ムービー)の開発に挑戦しています。X線光電子回折法は、サンプル分子の特定の原子から放出される光電子の波と、分子内の隣の原子による散乱電子波の干渉効果を利用して分子構造を決める手法です。柳下名誉教授らは、これまでにKEKのフォトンファクトリーの放射光を利用してX線光電子回折法を確立してきました。今回は、フェムト秒の時間分解能を持つXFELパルスを用いてヨウ素分子(I2)のフェムト秒X線光電子回折実験を行いました。
【研究の内容と成果】
ランダムな方向を向いた気相の分子については、光電子の放出方向の情報は分子の向きで平均化されてしまうので、光電子の回折像を得ることは出来ません(図1参照)。そこで本実験では、気相のヨウ素分子(I2)にYAGレーザーを照射し、その電場によりヨウ素分子(I2)の方向を揃えます(図1参照)。そのうえで、YAGレーザーと時間的・空間的に完全にオーバーラップしたXFELパルスを照射することで、ヨウ素分子(I2)内のヨウ素原子(I)から放出されるI 2p軌道のX線光電子回折像を測定しました(図2)。
YAGレーザー電場中のヨウ素分子(I2)の構造(原子間距離)を決定するために、測定された光電子の回折像を、I 2p軌道のイオン化エネルギーと原子間距離をパラメータとした光電子回折理論の計算結果と比較します。そのようにして得られた、実験結果と理論結果の残差を二次元マップで表したものが図3です。この二次元マップから、領域Aでは計算結果と実験結果の一致が最も良く、領域Bでは最も悪いことがよくわかります。このようにして、YAGレーザー電場中のヨウ素分子(I2)の原子間距離は平衡構造のそれよりも10%、0.2~0.3Å(オングストローム、10-10m)伸びていることを明らかにしました。
本研究により、フェムト秒X線光電子回折法により、分子構造をサブÅの精度で決めることに成功しました。次のステップは、光化学反応を誘起するポンプ用の超短パルスレーザーを導入して、超高速で進行する分子光化学反応途中の分子構造の変化を精度よく決めて「分子ムービー」の観測に挑戦することです。
YAGレーザーoffの時は、ヨウ素分子はいろいろな方向を向いている(上図)。YAGレーザーonにすると、YAGレーザーの電場の方向にヨウ素分子の向きが揃う(下図)。さらには、YAGレーザー電場中で、ヨウ素分子の原子間距離が伸びることが(下図)フェムト秒X線光電子回折法により明らかにされた。
パルス分子線の中のヨウ素分子は、パルスYAGレーザーの電場の方向に向きが揃えられる。パルスYAGレーザーと同期したXFELパルスによって、ヨウ素分子から光電子が放出されると、分子結合は切断されヨウ素イオンとして解離する。上部の検出器で光電子の二次元回折像を観測し、下部の検出器で解離イオンの二次元画像を観測する。
(a)原子間距離の平衡構造からのズレをx-軸、イオン化エネルギーの真値との差をy-軸として表した、
光電子回折像の実験値と理論値の残差。領域Aでは残差が最小で、領域Bでは残差が最大。
(b)光電子回折像の角度分布。棒線:実験結果、赤線:領域Aの理論結果、青線:領域Bの理論結果
両端矢印はYAGレーザーおよびXFELの偏光ベクトル(電場の向き)の方向を示す。
【今後の展開】
一般に、光化学反応による原子の組み換えを決める化学空間は、現在のスーパーコンピューターをもってしても、系統的な探索を寄せ付けない途方もない空間です。したがって、フェムト秒X線光電子回折法により、超高速分子光化学反応のイメージング測定をおこなうこと、すなわち「分子ムービー」の実現が強く望まれています。今回の成果は分子ムービーの実現への一里塚であり、大きな前進です。
今後、フェムト秒X線光電子回折法により、超高速分子光化学反応ダイナミクスを解明し反応制御の方法を探索することを目指します。
本研究は、科学研究費補助金・基盤研究(A)「超高速光電子回折法による分子光化学反応の基礎研究」の研究課題で実施されました。
【用語解説】
1 X線自由電子レーザー(XFEL:X-ray Free-Electron Laser)
電子ビームと電磁場との共鳴的な相互作用によって生じるX線領域のコヒーレント光。
2 SACLA(SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser)
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL施設。諸外国で稼働中あるいは建設中のXFEL施設と比べて数分の一というコンパクトな施設の規模にも関わらず、 0.1ナノメートル以下という世界最短波長のレーザーの発振能力を有する。
詳細はhttp://xfel.riken.jp/
3 フェムト秒、ピコ秒、ナノ秒
フェムト秒は千兆分の1秒(10-15秒)、ピコ秒は一兆分の1秒(10-12秒)、ナノ秒は十億分の1秒(10-9秒)を指す。
4 X線光電子回折像/X線光電子回折法
X線により、分子から光電子が特定の原子から放出される時に、光電子は周りの原子によって散乱される。その結果、光電子波と散乱電子波の干渉(光電子回折)が起こる。この干渉パターンのことをX線光電子回折像という。X線光電子回折像から、原子構造を決定する方法論をX線光電子回折法と呼ぶ。
5 YAGレーザー
イットリウム(Y)、アルミニウム(Al)、ガーネット(Garnet)の結晶を用いた固体レーザー。本実験ではネオジムをドープしたNd:YAGレーザーを用いた。
お問い合わせ先 (報道担当) 国立大学法人 東京大学大学院理学系研究科 広報室 TEL: 048-467-9272 FAX: 048-462-4715 E-mail: ex-pressriken.jp (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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