リチウムイオン蓄電池の高容量化実現につながる正極材料の発見 ~ 次世代の蓄電池の実現により、電気自動車の高性能化などに期待 ~(プレスリリース)
- 公開日
- 2016年12月23日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2016年12月23日
学校法人東京電機大学
大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
東京電機大学(学長 安田浩)、工学部環境化学科の藪内直明(やぶうち なおあき)准教授らの研究グループは、リチウムイオン電池用電極材料として酸素の酸化還元を充放電反応に用いる、汎用元素から構成された新規岩塩型酸化物の合成に成功しました。本成果は、ネイチャー・パブリッシング・グループ(Nature Publishing Group)の学術雑誌、ネイチャー・コミュニケーションズ誌(Nature Communications)に掲載されました。 論文情報 |
【研究の背景】
限られたエネルギー資源を効率良く利用するために、電気自動車や余剰電力を有効的に使うことを目的とした電力スマートグリッドシステムなどの技術開発に期待が集まっています。電気自動車の根幹技術となるのが電気エネルギーを蓄える「蓄電池」です。現在、蓄電池としてリチウムイオン蓄電池が日常生活において広く利用されています。近年では電子機器用の小型電源(~10 Wh)だけではなく、電気自動車用の大型電源(~20,000 Wh)として利用されるまでになっています。しかし、その走行距離は既存の内燃機関を利用した自動車と比較して短いなど電気自動車の本格普及にはリチウムイオン蓄電池の高性能化が必要不可欠とされています。
これまでに、本研究グループはリチウムイオン電池の高性能化を目指して特に電池の高容量化の足かせとなっている正極材料に着目して研究を行ってきました。リチウムイオン電池は図1に示すように正極材料と負極材料から構成されており、その組み合わせにより電池のエネルギー密度が決定します。次世代リチウムイオン電池用の負極材料としてはシリコン負極など従来の技術を大きく上回るような負極材料が研究されていますが、リチウムイオン電池用の高エネルギー密度正極材料が必要とされており、大きな課題と考えられていました。
【研究成果の概要】
近年、次世代の正極材料として「酸素分子」が注目されています。しかし、空気中の酸素分子を利用するリチウム・空気電池の理論エネルギー密度は高いものの、一般的なリチウムイオン電池と比較して構造が大きく異なり、実用化へ向けて解決すべき多くの課題があります。一方、同じ酸素を固体である「酸化物イオン」として用いることで、従来のリチウムイオン電池と全く同じ構造のまま、空気電池に匹敵するエネルギー密度を目指す研究が行われています。その結果、藪内准教授らは、昨年度までにニオブを用いることで高容量が得られることを確認しました。しかし、ニオブは高価な元素であり、電気自動車やスマートグリッド用途への展開は難しいと考えられていました。そこで、ニオブ系材料の反応機構を詳細に解析した結果、ニオブをチタンに代替できる可能性を見出し、実際にチタン・マンガン系材料(図2)を合成したところ、ニオブ系材料以上の高エネルギー密度が得られることが確認できました。
この新規チタン・マンガン系材料 (Li1.2Ti0.4Mn0.4O2) のエネルギー密度 (正極重量ベース) を評価したところ、既存の電気自動車用のリチウム電池で広く用いられているスピネル型*1リチウムマンガン酸化物 (LiMn2O4) やリン酸鉄リチウム (LiFePO4) を大きく上回る 1000 mWh/g 以上のエネルギー密度が得られることがわかりました。また、放射光や中性子を用いた構造解析から、これらの反応は通常の材料において進行するような遷移金属イオンの酸化還元反応ではなく、特異的にチタンとマンガンと結合している酸素の酸化還元反応が進行することで高容量材料となることもわかりました。
このエネルギー密度は、これまでに報告されているトポタクティック*2 な反応様式で進行する電極材料としては非常に高い値です。
【今後の展開】
これらの研究成果は、酸素の酸化還元反応を利用することで、さらなる高エネルギー密度の電極材料の発見につながる可能性も秘めています。また、安価なチタンを用いた高性能蓄電池材料の実現は、電気自動車用の走行距離の増加だけではなく、リチウムイオン電池の新たな市場の開拓につながることが期待されます。
【藪内准教授・共同研究グループについて】
藪内准教授は携帯型電子機器や電気自動車などに広く利用されているリチウムイオン電池だけではなく、次世代電池として期待されているナトリウムイオン電池の基礎研究が世界中から大きな注目を集めており、2012年には独フォルクスワーゲン・BASFより第1回「Science Award Electrochemistry (サイエンス アワード エレクトロケミストリー)賞」や平成26年度 科学技術分野の文部科学大臣表彰若手科学者賞など、これまでに国内外の多くの賞を受賞しています。
今回の研究成果は、東京電機大学・工学部環境化学科・藪内直明准教授、名古屋工業大学・物質工学専攻、JSTさきがけ・中山将伸教授、立命館大学 SRセンター・太田俊明教授、高エネルギー加速器研究機構・総合研究大学院大学 米村雅雄 特別准教授、理研 中尾愛子専任研究員、東京理科大学・理学部第一部応用化学科・駒場慎一教授らと共同で公表したものであり、新規岩塩型酸化物の合成に成功し、資源が豊富で安価な元素であるチタンを用いることで、電池のエネルギー密度を向上させることが可能であることを見出しました。また、新材料の高容量発現機構が従来の電池材料とは異なり遷移金属イオンの酸化還元反応ではなく酸素(酸化物イオン)が関与するというユニークな現象によるものであることも解明しています。酸素が関与する電池材料に関する研究は、これまでに公表したニオブ系材料がきっかけとなり、世界中で研究開発競争が激化しています。今回の研究成果はこれらの新しい材料の発見と電気自動車の高性能化の可能性を世界に先駆けて示すものです。
【藪内直明(やぶうち なおあき)准教授・プロフィール】
2006年9月 マサチューセッツ工科大学 機械工学科 博士研究員
2008年10月 大阪市立大学大学院 工学研究科 化学生物系専攻 特任講師
2009年4月 東京理科大学 理学部 応用化学科 博士研究員
2010年4月 東京理科大学 総合研究機構 助教
2012年4月 東京理科大学 総合研究機構 講師
2014年4月 東京電機大学工学部 環境化学科 准教授
※本研究の一部は、国立研究開発法人科学技術振興機構により制定された戦略的創造研究推進事業の一環である先端的低炭素化技術開発 (ALCA) の特別重点技術領域「次世代蓄電池分野」により助成されたものです。(領域代表:首都大学東京 金村 聖志 教授、研究代表者:東京電機大学 藪内直明)また、実験の一部は大型放射光施設SPring-8 (ビームライン: BL02B2)、大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所のフォトンファクトリー (ビームライン: BL-12C) 、大強度陽子加速器施設J-PARC物質・生命科学実験施設(ビームライン:BL09)の設備を用いて行いました。
用語解説
※1 スピネル型:
結晶構造の一種で、正四面体/正八面体から成る構造。この場合は、リチウムまたはマンガンを中心とした、四面体または八面体の各頂点に酸素原子が配置する構造(図2)。
※2 トポタクティック:
充放電時に結晶構造の破壊を伴うことなく進行する反応
<本件に関するお問い合わせ先> <取材に関するお問い合わせ先> 大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 広報室 J-PARCセンター 広報セクション (SPring-8 / SACLAに関すること) |
- 現在の記事
- リチウムイオン蓄電池の高容量化実現につながる正極材料の発見 ~ 次世代の蓄電池の実現により、電気自動車の高性能化などに期待 ~(プレスリリース)