自動車用鋼板の破壊メカニズムを解明!より優れた鋼板の作成に期待(プレスリリース)
- 公開日
- 2017年01月24日
- BL20XU(医学・イメージングII)
2017年1月24日
九州大学
九州大学大学院工学研究院の戸田裕之主幹教授と新日鐵住金株式会社技術開発本部鉄鋼研究所の東昌史主幹研究員らの共同研究グループは、大型シンクロトロン放射光施設SPring-8(※1)での4D(※2)観察を活用し、自動車の鋼板などとして広く使われているハイテンの一種であるDP鋼(※3)の破壊メカニズムを解明しました。DP鋼は、既に自動車用として使われているものの、その内部組織の複雑さにより、破壊のプロセスはよく分かっていませんでした。研究グループがDP鋼の破壊過程を4D観察した結果、3次元的に複雑に絡み合う複雑な組織のうち、特定のサイトで遅れて生じた空隙がその後、急速に伸長して連結することで、鋼板自体の破壊が生じることがわかりました。この破壊メカニズムを考慮してDP鋼を設計することで、より強く、より成形性に優れた鋼板の作成が可能となることが期待されます。また、DP鋼よりさらに複雑な組織、そしてさらに微細な組織を有する先進鉄鋼材料の評価や開発にも、一連の評価解析技術が有効になるものと期待されます。 |
背景
近年、軽量化による CO2 排出量削減のため、自動車の車体にはハイテンと呼ばれる高い強度を持つ鋼板が使われています。なかでも、複合組織鋼(Dual phase steel, 以下DP鋼:図1)は、シリコンやマンガンなどの元素を鋼に添加することで、軟らかいフェライト中に硬いマルテンサイトが分散した複雑な組織を形作り、強度と加工性を兼ね備えた優れた鋼板として広く利用されています。鋼板の成形性は、複雑形状である自動車の骨格部材を成形するためには欠かせません。しかしながら、ごく最近の研究報告でも、DP鋼が破壊する場合のメカニズムとして様々な説が提案されており、統一した学問的な理解を得ることは困難でした。これは、フェライトとマルテンサイトが3次元的に複雑に絡み合うというDP鋼の組織によります。
戸田裕之主幹教授らは、これまでSPring-8を用いたX線CT(※4)の技術を用いて、アルミニウムやチタンなどの軽量な材料の破壊のメカニズムを明らかにしてきました。そして、平成23年度からの3年間、(一社)日本鉄鋼協会からの受託を受け、この様な技術を鉄鋼でも使えるようにするプロジェクト研究(図1)を実施しました。本研究は、その成果をDP鋼に応用することで初めて得られた研究成果になります。
内容
本研究グループは、一連の研究の中で、DP鋼の破壊の様子をSPring-8でのCT(図2)を利用した高分解能な4D観察で確認しました(図3)。その結果、観察に用いたDP鋼では、これまでこの研究分野で報告されている5つの異なる破壊メカニズム、すなわち、①フェライト自身の割れ、②フェライトとフェライトの境界の剥離、③フェライトとマルテンサイトの境界の剥離、④フェライト境界とマルテンサイトの接合点の破壊、⑤マルテンサイト自身の割れの全てが実際に生じていることが分かりました。また、上の②と④のメカニズム等はDP鋼を少し引っ張っただけですぐに生じるにもかかわらず、かなり遅れて後から生じる⑤のメカニズムで生じる空隙が急激に成長し、②や④などによる空隙の成長を追い越すことで(図4)DP鋼の破壊がもたらされることが分かりました。このように支配的なメカニズムが何であるかは、SPring-8で得られた4D画像を見るだけでも、ある程度確認できます。しかし、研究グループは、4D画像を解析して破壊の引き金となったDP鋼の組織の特徴を特定できる高度な画像解析手法を新たに開発して今回の研究に適用することで、上記の知見を科学的に証明することに成功しました(図5)。
効果
DP鋼の破壊のメカニズムが理解できれば、その破壊メカニズムを制御するように材料の組織を設計することで、より強く、より成形性に優れた鋼板を作ることができると期待されます。例えば、上記の①~④による破壊は、DP鋼中で実際に生じてはいるものの、それがDP鋼の破壊に結びつくことはないため、フェライトやフェライトとマルテンサイトの境界部についてはあまり気にする必要はありません。一方で、DP鋼の破壊を支配するマルテンサイトの形や空間的な分布を制御することで、その特性を効率よく向上させる技術を開発することが可能となります。これにより、例えばレアアースのような特殊な元素を添加したり、現在よりも複雑で高コストな製造プロセスに頼らなくても、環境負荷の低減やコスト面での競争力を充分に担保しながら、高性能なDP鋼を創製できる可能性があります。
今後の展開
DP鋼には用途に応じて様々な組織形態を持つものがあり、今回調べたDP鋼とは異なる破壊形態を呈するものもあると思われます。しかしながら、今回用いた一連の評価解析技術を適用することで、それぞれの材料で支配的な破壊機構を特定することが可能となります。また、SPring-8のビームラインBL20XUでは、被写体(ここでは鉄鋼)とカメラの間の距離が160mと世界最大の超高倍率X線CTの技術を構築しつつあります。これを利用すれば、今回研究したDP鋼よりさらに複雑な組織、そしてさらに微細な組織を有する先進鉄鋼材料の評価や開発にも、一連の評価解析技術が有効になるものと期待されます。
本研究について
本研究の一部は、文部科学省の科学研究費補助金(基盤研究A)「3D/4Dマテリアルサイエンスのための新しい結晶方位イメージング手法の創製」(平成20年度~平成23年度)、および(一社)日本鉄鋼協会・産発プロジェクト展開鉄鋼研究「4Dイメージングの実現による鉄鋼材料研究の飛躍的高度化」(平成23年度~平成25年度)の成果を応用したものです。
用語解説
※1 SPring-8:
播磨科学公園都市(兵庫県)にある世界最高性能の放射光を生み出すことができる大型放射光施設です。放射光とは、電子を光速とほぼ等しい速度まで加速し、磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、超強力な電磁波のことです。SPring-8では、放射光を用いてナノテクノロジー、バイオテクノロジーなど幅広い研究が行われています。
※2 4D:
四次元。3D(三次元)に時間軸を足したものです。4D観察は、一眼レフカメラの連写の様に3D画像を連続的に取得することです。現実の物体は全て3Dであり、4D観察ではその変化を克明に記録することができるため、様々な現象の理解や解明に非常に有効な手段となります。
※3 DP鋼:
複合組織鋼(Dual phase steel)の略称。鋼板の高強度が進むと、強くしながら加工性も向上させることが求められます。それを満足するのがDP鋼で、強さを受け持つ硬い部分と加工性を受け持つ軟らかい部分が絡み合って存在しています。自動車車体で、高強度が必要な複雑形状の部品などに適しています。
※4 CT:
Computed Tomography(コンピュータ断層撮影法)の略語。病院では骨や臓器を3Dで観察するのに用いられます。一方、SPring-8では、金属材料の組織の3D観察が可能で、病院のCT装置に比べて千倍以上高い解像度での観察ができます。
DP鋼の破壊プロセスをSPring-8でCTを利用して4D観察した結果。23.9%ほど引っ張った時に高密度な空隙(赤色)が発生し、このうち、幾つかのものが急激に成長し、材料全体が破壊に至るプロセスが示されています。斜めに伸びた空隙が破壊を支配しています。この図では、鉄鋼を透明にし、内部の損傷のみを表示しています。
図3の中で見られる大きな空隙(赤色)と、その空隙をもたらしたマルテンサイト(黄色および灰色)を示したもの。もともと一つだったマルテンサイトが、くびれた部分で破壊し、空隙が生じています。右の図は、同じ部分を横から見た図です。くびれて非常に薄くなった部分が優先的に折れていることが分かります。
別の部分のマルテンサイト(左図)。非常に細くくびれて折れやすくなっているところがあります。左図のカラーは、表面の凹凸の様子を数値にしたものです。ここから、右図のようにくびれて折れた部分のマルテンサイトには、DP鋼に与えた負荷の5倍にも達する大きな負荷がかかり、破壊に至ることが分かります。
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