微弱な温かい光(近赤外光)を青色の光に変換するアップコンバージョン-ナノ粒子の開発に成功(プレスリリース)
- 公開日
- 2017年03月31日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
2017年1月30日
青山学院大学
青山学院大学理工学部化学・生命科学科石井あゆみ助教ら(長谷川美貴研究室)は、太陽光程度の微弱で低いエネルギーの光(近赤外光)を高いエネルギー(可視光)に変換する、いわゆるアップコンバージョン※1を発現するナノ粒子の開発に成功した。この粒子は、ツリウム(Tm)酸化物のナノ粒子※2を核として用い、層状に別の希土類(ここではイッテルビウム(Yb))で包んだ構造を持っており、さらにその界面で有機化合物を化学結合で接着しています。この界面における有機化合物と希土類※3の結合からなる化合物は、界面錯体※4とよばれます。これまで希土類を用いたアップコンバージョン材料は、レーザーなどの強い光源を必要としていたので、エネルギーの損失が大きく、そのほとんどが無機誘電体※5に希土類イオンをドープした複雑な構造でした。これに対して、本研究は、YbをTm酸化物ナノ粒子表面に薄く固着し、さらに有機分子で覆ったシンプルなしくみを用い、太陽光よりも微弱な近赤外領域の光照射により、青色のアップコンバージョン発光を促すことに世界で初めて成功しました。本成果により、太陽光スペクトルの中でもエネルギー源としての利用が難しい近赤外の光を可視光に変換することができ、将来的に太陽電池や人工光合成、光センサーなどにおける太陽光の利用が波長領域の拡張も加味したエネルギー変換効率の飛躍的な向上が期待できます。なお、このエネルギー変換の仕組みの要となるナノ粒子の構造解析は、SPring-8のビームラインBL02B2により行いました。 |
研究の背景
アップコンバージョンは、低いエネルギーの光が高いエネルギーに変換される現象であり、光エネルギーの高効率利用の観点から広く研究が行なわれています。一方で、アップコンバージョン発光はレーザーなどの強い励起光源を必要とするため、エネルギー的な損失は大きく、また太陽光レベルの微弱な光源では観測することが困難とされてきました。太陽光は再生可能で豊富なエネルギー源であり、全波長領域の光を効率よく利用するためのシステムの開発は重要な課題です。例えば単接合の太陽電池の場合、活性材料のバンドギャップ以下の光エネルギー(特に近赤外光領域)は吸収することができず、その変換効率は、Shockley-Queisser限界を適応すると約32%が限界となります。太陽光の中でもエネルギーとしての利用が難しい近赤外領域の微弱な光を可視光に変換できれば、太陽電池や人工光合成、光センサーなどにおける太陽光の利用効率(エネルギー変換効率)の飛躍的な向上が期待されます。
希土類元素を用いたアップコンバージョン材料は多く報告されておりますが、太陽光よりも高い強度の光(レーザー励起)が必要であるため、エネルギー的な損失は大きく(変換効率1%以下)、そのほとんどが無機誘電体に金属イオンをドープした複雑な構造でした。今回の研究においては、取扱いが容易で安定な希土類酸化物ナノ粒子と有機化合物を錯形成により界面で融合した新しいナノ材料の構築し、太陽光程度の微弱で低いエネルギーの光(近赤外光)を高いエネルギー(可視光)に変換するアップコンバージョン機能の発現に成功しました。
研究手法・成果
本研究では、イッテルビウム(Yb)を安価なツリウム(Tm)酸化物ナノ粒子表面に薄く固着し、さらに有機分子で覆うことで、太陽光よりも微弱な近赤外領域の光照射により、青色のアップコンバージョン発光を促すことに世界で初めて成功しました(図1)。希土類化合物は酸化物が最も安定であり、取扱いも容易です。有機分子には、食用タール色素に分類される合成着色料であるインディゴ色素を用いており、Tm酸化物ナノ粒子表面のYbイオンと配位し、640nmの光を効率よく吸収します。この界面での有機分子との錯形成により、ナノ粒子は、太陽光の1/10以下の光強度の近赤外光の照射で、475nmに発光を示すことが明らかとなりました(図2)。また、SPring-8のBL02B2での高輝度なX線を用いた構造解析により、酸化物のナノ粒子化により希土類イオン周辺の対称性が低下し、発光を強く促すのに非常に適した構造であることが証明されました(図3)。これまで希土類を用いたアップコンバージョン材料は、NaYF4などの無機誘電体に金属イオンをドープした複雑な構造であり、レーザーなどの強い励起光源を用いないと発光は得られなかったのに対して、本系では、取扱いが容易で安定な希土類酸化物ナノ粒子を用い、さらに安価な有機化合物と結合させることで、太陽光よりも弱いエネルギーの光でアップコンバージョン発光を促すことができます。これは、酸化物ナノ粒子と有機分子の界面における錯形成により生じた現象です。
期待される成果
現在、資源エネルギー問題が深刻化している日本において、光を有効に利用した材料の開発は、学術的にも科学技術的にも非常に重要です。太陽光の中でもエネルギーとしての利用が難しい近赤外光を可視光に変換できれば、太陽電池や人工光合成などにおける太陽光の利用効率(エネルギー変換効率)の飛躍的な向上が期待できます。本研究では、希土類錯体における分子内高効率エネルギー移動に着目し、それをナノ粒子界面で実現することで、これまでにない太陽光によるアップコンバージョン技術の創成に成功しました。有機と無機材料の融合によるアップコンバージョン機構は、これまでに前例がなく、科学的・学術的にも新しい分野の開拓が見込まれます。既存の光電変換素子(太陽電池など)では実現不可能であった低照度下や近赤外領域の光エネルギー変換を可能とするものであり、従来の素子に比べ飛躍的な感度向上が期待できることから、産業界にも大きな波及効果をもたらす成果です。この研究成果の一部は、文部科学省科研費(新学術領域「元素ブロック」、若手研究B)、文科省私立大学戦略的研究基盤形成事業ならびに池谷科学技術振興財団による支援により遂行されました。
(大型放射光実験施設SPring-8の放射光粉末X線回折(BL02B2)による構造解析の結果)
用語の解説
※1 アップコンバージョン
低いエネルギーの光が高いエネルギーに変換される現象。古くから、非線形光学現象による光学素子として、研究が進んでいるが、レーザーなどの強い光を必要とする。希土類元素を用いた場合、多段階励起によりアップコンバージョン発光が促されるが、こちらも、太陽光の数十から数千倍の強い光(レーザー励起)が必要であり、エネルギー的な損失は大きい(変換効率1%以下)。近年、弱い光でもアップコンバージョンを可能とする三重項-三重項消滅(TTA)機構を利用した系の開発に高い注目が集められているが、有機化合物を用いていることから、熱安定性・光耐久性の向上が課題とされている。
※2 ナノ粒子
ナノメートルのオーダーの粒子。ナノメートルとは10億分の1メートル。比表面積が極めて大きいことや、そのサイズによって光の散乱と反射が変化することなど、一般的な大きさの固体(バルク)の材料とは異なる特性を示すことから、様々な分野で研究や応用に向けた開発が進められている。
※3 希土類
希土類:スカンジウム (Sc、原子番号21番)、イットリウム (Y、39番)、ランタン(La、57番) に、セリウム(Ce、58番)からルテチウム(Lu、71番) までの14元素(ランタニド)の総称。LaからYbまでの電子配置は、4fn5s25p6となり、内部にある4f軌道が不完全充填となる。この4f軌道の電子配置により特異的な性質を示し、磁性、発光、触媒、エレクトロニクス材料などに展開されている。希土類のアップコンバージョンは、4f軌道に由来する複数のエネルギー準位により促される。
※4 界面錯体
錯体とは、金属イオンと有機化合物の非金属の原子が結合した構造を持つ化合物であり、有機化合物・無機化合物のどちらとも異なる多くの特徴的性質を示すことから、幅広い分野で研究が行われている。界面錯体は無機化合物表面の金属イオンと有機化合物を結合させることにより界面で形成した錯体である。界面錯体の形成により、異界面に存在するエネルギー障壁を低減させるとともに、光化学や電気化学的に新しい機能の発現や素子応用が期待される。
※5 無機誘電体
絶縁体の中でも電圧をかけると分極がおこり誘電性を示す物質。セラミックス、ガラスなど。無機誘電体中に添加された希土類イオンは、その対称性の崩れにより、発光効率が増大しやすくなる。
※6 A. Ishii and M. Hasegawa, Scientific Report, 2017, in press.
本件に関する問い合わせ先 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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