メスバウアー回折で結晶サイト選択的スペクトルが測定できる(トピックス)
- 公開日
- 2017年02月17日
- BL11XU(QST 量子ダイナミクスI)
2017年2月17日
帝京大学
量子科学技術研究開発機構
岡山大学
京都大学原子炉実験所
京都産業大学
帝京大学理工学部を中心とする研究グループは、大型放射光施設SPring-8量子科学技術研究開発機構専用ビームラインBL11XUの放射光メスバウアー線源を利用してメスバウアー回折計を開発し、典型的なFe複サイト化合物としてマグネタイト(Fe3O4)を取り上げ、初めて結晶サイト選択的スペクトルの測定に成功した。Aサイト、Bサイトの2つの結晶学的Feサイトに対して、ブラッグ角(θB)が45ºに近い666及び10 10 0反射を用いた測定が行われ、それぞれBサイトのみ、Aサイトのみのスペクトルが得られた。 原論文情報 本研究成果は、日本物理学会の欧文誌「JPSJ」の注目論文に選定されました。 |
鉄のメスバウアー分光は、10-8 sの観測時間と10-9 eVのエネルギー分機能を持つダイナミックかつミクロスコピックなプローブで、鉄系化合物の磁性や電子状態の研究に極めて有効な測定手段である。通常、測定は57Co密封γ線源を用いて、透過法で行われる。スペクトルの解析から得られるアイソマーシフト、四重極分裂、内部磁場、半値幅と言った超微細構造から、それぞれ、鉄の電子状態、局所構造、磁気構造、緩和状態を知ることができる。しかし、多くの鉄系化合物では、結晶学的に複数の鉄サイトを有するため、各々のサイトにある鉄に起因するスペクトルが重なり合って、精密な解析が困難となることがしばしばある。もし、サイトごとに選択的にスペクトルを測定することができれば、この問題は一気に解決する。それを可能にするのがメスバウアー回折である。回折強度は原子位置と反射指数から成る構造因子に依存するので、これを利用するわけだ。その測定を精度良く効率的に行うには、放射光メスバウアー線源を使用する必要がある。
最近、帝京大学理工学部、量子科学技術研究開発機構、岡山大学自然科学研究科、京都大学原子炉実験所、京都産業大学理学部から成る研究グループは、大型放射光施設SPring-8 量子科学技術研究開発機構専用ビームラインBL11XUの放射光メスバウアー線源を利用してメスバウアー回折計を開発し、典型的なFe複サイト化合物としてマグネタイト(Fe3O4)高温相を取り上げ、初めて結晶サイト選択的スペクトルの測定に成功した。マグネタイト高温相は、立方相逆スピネル型構造を持ち、AサイトはFe3+が、Bサイトは同数のFe2+とFe3+が占有している。BサイトFeは、電子拡散によりFe2.5+として観測される。ブラッグ角(θB)が45ºに近い666反射及び10 10 0反射を用いた測定が行われ、それぞれBサイトのみ、Aサイトのみのスペクトルが得られた。この成果は、日本物理学会が発行する英文誌Journal of the Physical Society of Japan (JPSJ)の 2017年2月号に掲載された。
BL11XUで供されるメスバウアーγ線は、エネルギー幅15.4 neV、ビームサイズ1.6 mm(水平方向)×0.4 mm(鉛直方向)、発散角3秒、そして密封線源の105倍の輝度を持つπ偏光γ線である(波長0.86 Å)。γ線はθ-2θ回折計に設置された57Fe3O4単結晶で回折され、カウンターに導入される。ここで問題となるのは、回折γ線が電子で散乱されるもの(電子散乱)と、57Fe核で一旦共鳴吸収された後に再放出されるもの(核共鳴散乱)の2種類あることである。前者は構造因子とは無関係な通常の透過スペクトル(吸収スペクトル)を与え、後者は構造因子に基づいた発光スペクトルを与える。従って、結晶サイト選択的スペクトルを得るためには、核共鳴散乱のみ取り出す、あるいは、電子散乱を抑制する必要がある。この研究では、電子散乱の偏光因子がcos2θBであることを利用して電子散乱を抑制する方法が取られている(45º法)。666反射(θB = 32.26º)はBサイトのみ、10 10 0反射(θB = 46.48º)はAサイトのみのFe核構造因子から成る反射であり(図1)、これらの反射γ線を用いたスペクトル測定が行われた。室温でそれぞれ6時間、18時間を要した測定結果は、図2(a), (b)に示されている。666反射スペクトルはBサイトのみ、10 10 0反射スペクトルはAサイトのみの発光スペクトルになっていることが分かる。666反射スペクトルでは、電子散乱がわずかに残っている(図中A(e)、B(e)の吸収スペクトル)ために干渉効果が生じて、非対称な線型、線幅の広がり、ベースラインの傾きが見られる。この状況はファノ効果を考慮した式で良く表現される。
核共鳴散乱のみ取り出す方法として、他に、偏光アナライザー法と純核ブラッグ散乱法が提言されており、放射光を用いたメスバウアー回折は、今後、多くの複サイトFe化合物に適用されて、その磁性・電子状態の研究により新規材料開発にも繋がるであろう。さらに、マルチフェロイクスやスピントロニクスと言った鉄系機能性薄膜材料への適用も計画されており、今後の研究の展開が期待される。
A, B, Oはそれぞれ、Aサイト鉄、Bサイト鉄、酸素を表す。
(a)図アサインメントのカッコ内n、eはそれぞれ核共鳴散乱、電子散乱を表す。
<お問い合わせ> 三井隆也(量子科学技術研究開発機構 上席研究員) (SPring-8 / SACLAに関すること) |
- 現在の記事
- メスバウアー回折で結晶サイト選択的スペクトルが測定できる(トピックス)