光合成における水分解反応の機構の核心に迫る成果 光化学系Ⅱ複合体が酸素分子を発生する直前の立体構造を解明 ―人工光合成触媒開発の糸口にー(プレスリリース)
- 公開日
- 2017年02月21日
- SACLA
2017年2月21日
岡山大学
京都大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター
岡山大学異分野基礎科学研究所の菅倫寛助教、秋田総理助教、沈建仁教授、理化学研究所放射光科学総合研究センターの菅原道泰特別研究員、久保稔専任研究員、京都大学大学院医学研究科の岩田想教授(同センター グループディレクター)らの共同研究グループは、X線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLA[1] を用いて、光化学系Ⅱ複合体が光合成の水分解反応において酸素分子を発生させる直前の状態の立体構造を捉えることに成功し、酸素分子の生成部位を特定しました。本研究成果は、日本時間2月21日(火)(英国時間:20日午後4時)、英国の科学雑誌「Nature」に掲載されます。 <論文情報等> |
<業績・背景>
本学異分野基礎科学研究所の菅助教、秋田助教、沈教授は、理化学研究所放射光科学総合研究センターの菅原特別研究員、久保専任研究員、京都大学大学院医学研究科の岩田教授(同センター グループディレクター)らと共同で、X線自由電子レーザー施設SACLAを用いて、光化学系Ⅱ複合体(PSII)が光合成の水分解反応において酸素分子を発生させる直前の状態の立体構造を2.35 Å分解能[2] (1 Åは1000億分の1メートル)で決定し、PSIIの中にある酸素発生中心とよばれる触媒部分において、水分子が導かれて酸素分子へと変換される仕組みを明らかにしました。
太陽から降り注ぐ光のエネルギーを利用して、植物が水と大気中の二酸化炭素から炭水化物を合成し、酸素分子を放出する反応は光合成として知られています。PSIIとよばれるタンパク質は光のエネルギーを利用して、水分子を酸素と水素イオン(プロトン)と電子へと分解して酸素分子を発生させる、いわば“光合成の始まり”を担っています。沈教授らのグループはこれまでに、PSIIの高品質な結晶を得て放射光施設SPring-8の強力なX線を用いて1.90 Å分解能という高い精度で立体構造を解析し、水分子を分解する触媒の立体構造の正体はMn4CaO5クラスターで、“ゆがんだイス”のようなかたちをしていることを明らかにしています。さらに、X線自由電子レーザー施設SACLAにおいて、フェムト秒(1フェムト秒は1015分の1秒で、光が約3 μm走る時間)の強力なX線パルスを利用して結晶を解析することで、X線の損傷を受けていない、天然状態の触媒の正確な立体構造を1.95 Å分解能で明らかにしています。
しかし、これらの立体構造はいずれも水分子を分解する反応の「始まり」の状態であり、水分子が分解される仕組みは「始まり」の状態をもとに推測するしかありませんでした。そこで研究グループは、PSIIの小さな結晶へ二発の閃光を当てることで、この反応の「途中」の状態を捉えることを試みました。PSIIに二発の閃光を照射すると、水を分解する反応サイクルがS3状態とよばれる「途中」の状態に進みます。そこにSACLAのX線自由電子レーザーを当てて、反応の「途中」状態に相当する立体構造を2.35 Å分解能で解析しました。その際、X線自由電子レーザーの照射ポイントへの結晶の供給は理研が中心となって開発した「グリースマトリックス法」[3]により行いました。これにより“ゆがんだイス”である触媒の中に新たな水分子が取り込まれる様子を捉えることに成功し(図1、2)、二つの水分子から酸素分子が発生する反応機構を世界で初めて明らかにしました(図3)。
<見込まれる成果>
PSIIにある“ゆがんだイス”のかたちをした触媒は、周期的な五つの中間状態を経て、極めて高い効率で水分解反応を行っています。本研究は、水分解反応の「始まり」の状態ではMn4CaO5クラスターの触媒が、反応の「途中」の状態において水分子を取り込むことで反応中間体の一つへと変化することを明らかにしました。
本研究の成果により、これまで謎であった、二つの水分子が分解され、一つの酸素分子が形成される触媒反応の基本原理が明らかとなりました。これは、太陽の光エネルギーを利用して水分解反応を人工的に実現する触媒の構造基盤に関する情報を提供したことになります。この反応を模倣する「人工光合成」が実現すれば、太陽の光エネルギーを利用して水から電子と水素イオンを取り出し、有用な化学物質を高効率・低コストで作り出すことが可能となります。このような夢の「人工光合成」の技術は、私たちを悩ませるエネルギー問題、環境問題、食糧問題を解決する重要なものであると期待されています。
本研究は、文部科学省科学研究費補助金「特別推進研究」(課題番号:JP24000018)、「若手研究A」(課題番号:JP16H06162)、「新学術領域公募研究」(課題番号:JP15H01642)、文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題、科学技術振興機構戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)等の助成を受け実施しました。
全20個のタンパク質からなる膜タンパク質複合体の二つが集合して一つの構造をとる。青色の球は水分子を表す。
“ゆがんだイス”のかたちをした触媒に水分子が取り込まれた瞬間を捉えている。水色の部分が今回明らかにされた酸素分子が発生する部分。
水分解反応はS1→S2→S3→(S4)→S0→S1の順に進み、図中はS1, S3とS4状態のみを示している。酸素分子はS3→(S4)→S0の状態変化の時に生成される。これまでは反応開始時のS1状態の構造のみが解析されていたが、今回は酸素分子が形成される直前のS3状態の構造が解析され、S1状態との構造の違いが明らかになった。また、図中の「プロトン経路」は、水分解反応に伴って放出される水素イオン(プロトン)の放出経路を示している。
<用語解説>
[1] X線自由電子レーザー(XFEL)施設SACLA
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で初めてのXFEL(X-ray Free-Electron Laser)施設。2006年度から5年間の計画で建設・整備を進めた国家基幹技術の一つ。2011年3月に完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron Laser の頭文字を取ってSACLAと命名された。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始された。0.1ナノメートル以下という世界最短波長のX線レーザーを発振する能力を有する。 詳細は http://xfel.riken.jp/
[2] 分解能
結晶にX線を当てて得られた回折写真のデータが、どこまで立体構造を細かく区別できる品質であるかを表す。そして回折写真のデータを解析して得られた立体構造の精度を表す指標にもなる。一般のデジタル画像の解像度に相当する。この値が小さいほど精度が良い、信頼性の高い立体構造であることを意味する。
[3] グリースマトリックス法
各種機械の潤滑剤として広く利用されているグリースに結晶を混ぜ込むことで、サンプルインジェクターからゆっくりとサンプルを押し出す方法。本手法によりサンプル消費量の大幅な低減を可能にした。詳細は2014年11月11日プレスリリース「連続フェムト秒結晶構造解析のための結晶供給手法を開発」を参照。
http://www.riken.jp/pr/press/2014/20141111_1/
<お問い合わせ> 岡山大学 異分野基礎科学研究所 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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