1つの金属原子に9つもの水素が結合した 新たな物質の誕生(プレスリリース)
- 公開日
- 2017年03月13日
- BL14B1(QST 極限量子ダイナミクスII)
2017年3月13日
東北大学金属材料研究所
東北大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR)
量子科学技術研究開発機構
高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
● 水素と反応しにくいとされていた金属原子に9つもの水素を結合させることに成功。
● 本成果により、ほとんどの金属原子と水素とを結合させる技術が確立。
● 水素を高密度に含む物質群の探索とその基礎・応用研究が拡大。
東北大学金属材料研究所の高木成幸准教授と同大学原子分子材料科学高等研究機構(WPI -AIMR)/金属材料研究所の折茂慎一教授らの研究グループは、「1つの金属原子に9つもの水素が結合した新たな物質群」の合成に成功しました。これは量子科学技術研究開発機構の齋藤寛之上席研究員、高エネルギー加速器研究機構の池田一貴特別准教授、大友季哉教授、株式会社豊田中央研究所の三輪和利主任研究員との共同研究による成果です。 【論文情報】 |
【研究の背景】
水素は化学的に極めて高い活性をもち、ほとんどの元素と結合して多様な水素化物を形成します。例えば、リチウムイオン電池の電気伝導を担うリチウムは、水素と結合してリチウム水素化物を形成します。また、富士山付近から湧き出る天然水に多く含まれ、血糖値を下げる効果のあるバナジウムは、金属の中でも特に多くの水素と結合できることから水素貯蔵材料としての研究が進められています。火山や温泉特有の卵の腐ったような臭いの元である硫化水素は、硫黄に水素が結合した気体です。最近、この硫化水素が150万気圧という超高圧下で固体となって超伝導を発現することが発見され、全世界的な話題となりました。
このように多くの元素と非常によく結合して様々な機能性を発揮する水素ですが、 周期表左から6番目の列から12番目の列に属する金属元素群とは常温常圧下で安定な結合を形成しないことが古くから知られていました。水素と結合する元素という観点で周期表を眺めたとき、すっぽり抜け落ちるこれらの元素群はハイドライド・ギャップと呼ばれています(図1)。一方、ハイドライド・ギャップに属する元素群は、錯体水素化物※1を形成することで多くの水素と結合することができます。その例外が、周期表の左から6番目の列に属するクロムとその仲間のモリブデン、タングステンの3元素であり、これらはハイドライド・ギャップに属するにもかかわらず、錯体水素化物においても水素と結合しないと考えられてきました。これに対して研究グループは、2015年、クロムに水素が結合した錯体水素化物の合成が可能であり、例外であったクロムが一般的な金属よりも多い7つの水素と結合することを発見しました。
【研究の内容】
今回研究グループは、残りの例外であるモリブデン(Mo)とタングステン(W)、またハイドライド・ギャップには属していないものの、これまで錯体水素化物の合成報告がなかったニオブ(Nb)とタンタル(Ta)の4元素を含む4種の錯体水素化物の合成に挑みました。これらの元素はいずれもクロムよりも原子サイズが大きく、これらを含む錯体水素化物を合成することができれば、クロムよりもさらに多くの水素と結合することが期待されます。
第一原理計算※2を用い、まずはこれらの4元素と水素が結合する可能性を詳細に調べました。その結果、図2のように9つの水素が金属原子を中心とする四角面三冠三角柱※3の頂点に位置することにより、4元素すべてが水素と結合することが分かりました。さらにこれらの結合が、陽イオンであるリチウムイオン(Li+)と陰イオンであるヒドリドイオン(H−)によって安定化され、図3に示す結晶構造をもつ4種の錯体水素化物(Li5MoH11、Li5WH11、Li6NbH11、Li6TaH11)を形成するであろうとの結論に達しました。
以上の理論予測を受け、次に合成実験に取り組みました。原料には4種の金属とリチウム水素化物(LiH)の粉末を用い、これらを所定の比率でよく混ぜた後、量子科学技術研究開発機構が所有する高圧合成装置※4にて発生させた5万気圧650℃から750℃の水素流体に長時間晒しました。
本研究を実施するにあたっては、SPring-8 BL14B1に設置された高温高圧放射光その場観察装置(図4)を利用しました。放射光その場観察によって水素を閉じ込めている様子を調べることにより、高温高圧水素を安定して保持することが可能となり、本成果の達成につながりました。その後、大強度陽子加速器施設(J-PARC)の物質・生命科学実験施設(MLF)にある中性子高強度全散乱装置(NOVA)にて試料の中性子回折測定※5を行った結果、理論予測された結晶構造をもつ物質群が形成し、また予測通り4種の金属それぞれに9つもの水素が結合していることを確認しました。
【今後の展開】
本研究により、水素と極めて反応しにくいとされてきたモリブデンとタングステン、またこれまで錯体水素化物の合成報告がなかったニオブとタンタルの4種の金属元素が、1原子あたりこれまでで最多となる9つもの水素と結合することが実証されました。これらの結果は、ほとんどの金属原子に水素を結合させる技術の確立を示すと同時に、これまで錯体水素化物を形成しないとされてきた金属元素による、さらなる高水素密度の新物質創製の可能性を強く示唆しています。
水素を高密度に含む物質群は、水素貯蔵材料や高速イオン伝導材料、超伝導材料としての応用が期待されるなど、近年多くの注目を集めています。本研究で得られた知見をもとに、今後さらなる高水素密度の新物質が誕生し、その基礎・応用研究の拡大に貢献するものと期待されます。
本成果は、東北大学金属材料研究所の飯島祐樹氏(大学院博士課程)と佐藤豊人助教、池庄司民夫博士、量子科学技術研究開発機構の齋藤寛之上席研究員、高エネルギー加速器研究機構の池田一貴特別准教授と大友季哉教授、株式会社豊田中央研究所の三輪和利主任研究員との共同研究によるものです。本研究の一部は、JSPS科研費(若手研究A(16H06119、代表:高木成幸)、基盤研究C(16K06766、代表:佐藤豊人;25420725、代表:齋藤寛之)、基盤研究S(25220911、代表:折茂慎一))、光・量子融合連携研究開発プログラム、東北大学先端エネルギー材料理工共創研究センター(E-IMR)の支援を受けて実施しました。理論計算には東北大学金属材料研究所計算材料学センターのスーパーコンピューティングシステムを利用し、中性子実験は、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所中性子共同利用S1型実験課題(2014S06、代表:大友季哉)のもとで実施しました。
【参考図】
周期表で左から6番目の列(図ではクロム)から12番目の列(図では亜鉛)に相当。これらの元素は単独では水素と結合しないものの、錯体水素化物を形成すると多数の水素と結合するようになる。クロムはこれまで錯体水素化物においても水素と結合しないとされてきたが、2015年、研究グループが7つの水素と結合することを発見。
9つの水素が金属原子を中心とする四角面三冠三角柱※3の頂点に位置している。
Li5WH11、Li6TaH11はそれぞれLi5MoH11、Li6NbH11と同じ結晶構造をもつ。
<用語解説>
(※1) 錯体水素化物
一部の金属原子や非金属原子に複数の水素が特定の対称性をもって結合した分子状の構造ユニットをもつ水素化物。
(※2) 第一原理計算
経験的パラメータや実験で得られたパラメータを一切用いず、自然界の基本法則に忠実に基づいて行う理論計算。物質の性質(結晶構造や電子状態など)を高い精度で計算することができます。
(※3) 四角面三冠三角柱
三角柱の3つの側面それぞれに、その側面を底面とする四角錐を張り合わせた形状をもつ14面体。9つの頂点と14枚の三角形面から構成されます(図2参照)。
(※4) 高圧合成装置
油圧プレスを用いて数万気圧の超高圧を発生させ、高温・高圧下にて化学反応を強力に促進する装置。新物質の探索に有効であり、これまでに数々の水素化物を生み出しています。
(※5) 中性子回折測定
結晶による中性子線の回折現象を利用して物質の結晶構造を調べる実験手法。中性子は、原子核を構成する電荷をもたない粒子で、中性子回折は、水素を含む物質の構造解析に非常に有効な手法です。
【本件に関する問い合わせ先】 東北大学 原子分子材料科学高等研究機構・金属材料研究所 (報道担当) 東北大学 原子分子材料科学高等研究機構(WPI-AIMR) 量子科学技術研究開発機構 大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 J-PARCセンター (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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