コバルト酸鉛の合成に世界で初めて成功し、新規の電荷分布を発見 —鉛、コバルトの両方に他に例のない電荷秩序、 イオン価数制御の新手法により機能性酸化物の開発に期待—(プレスリリース)
- 公開日
- 2017年03月21日
- BL02B2(粉末結晶構造解析)
- BL15XU(広エネルギー帯域先端材料解析)
平成29年3月21日
東京工業大学
神奈川科学技術アカデミー
大阪府立大学
高エネルギー加速器研究機構
J-PARCセンター
高輝度光科学研究センター
早稲田大学
中央大学
物質・材料研究機構
学習院大学
九州大学
神奈川科学技術アカデミーの酒井雄樹常勤研究員、東京工業大学 科学技術創成研究院 フロンティア材料研究所の東正樹教授、Runze Yu(ルンゼ ユウ)研究員、北條元(はじめ)助教(現九州大学准教授)、山本孟、西久保匠、服部雄一郎各大学院生らの研究グループは、ペロブスカイト型(用語1)酸化物コバルト酸鉛(PbCoO3)の合成に成功し、鉛とコバルトの両方が電荷秩序(用語2)を持った、「Pb2+0.25Pb4+0.75Co2+0.5CO3+0.5O3」という他に例のない電荷分布が実現していることを発見した。鉛とコバルトのエネルギー準位を制御することで特殊な電荷分布を実現、放射光X線と中性子線を用いた研究で、電荷秩序構造を明らかにした。電荷秩序が融解する際には超伝導や巨大磁気抵抗効果が発現することが多く、今後PbCoO3を改質することで、こうした現象が起きることが期待される。 発表論文 |
● 研究の背景
ペロブスカイト型酸化物は、強誘電性、圧電性、超伝導性、巨大磁気抵抗効果、イオン伝導など、多彩な機能を持つため、盛んに研究されている。だが、これまでに鉛と3d遷移金属(用語3)を含むペロブスカイト型酸化物として確立していたのは、強誘電体として良く知られているチタン酸鉛(Pb2+Ti4+O3)だけだった。
しかし近年、同研究チームによってバナジン酸鉛(PbVO3)がPb2+V4+O3、クロム酸鉛(PbCrO3)と鉄酸鉛(PbFeO3)がPb2+0.5Pb4+0.5Cr3+O3と Pb2+0.5Pb4+0.5Fe3+O3、ニッケル酸鉛(PbNiO3)がPb4+Ni2+O3の電荷分布を持つことが報告され、チタン(Ti)→バナジウム(V)→クロム(Cr)→鉄(Fe)→ニッケル(Ni)と、元素周期表を右に進むにつれて、鉛(Pb)の価数が増加し、遷移金属の価数が減少する傾向が分かりつつあった。
コバルト(Co)はFeとNiの間に位置するため、両者の中間的な電荷分布が期待されるが、PbCoO3はこれまで合成されていなかった。
● 研究成果
今回の研究では、15ギガパスカル(GPa、15万気圧)という超高圧を用いることで、世界で初めてPbCoO3の合成に成功した。
さらにPbCoO3の結晶構造を、大型放射光施設SPring-8(用語4)のビームラインBL02B2での放射光X線粉末回折実験(用語5)と、大強度陽子加速器施設J-PARC(用語6)のビームラインSuperHRPDでの高分解能中性子回折実験(用語7)によって詳細に調べた。その結果、ペロブスカイト型構造(一般式ABO3)の、AサイトにPb2+とPb4+が1:3で、BサイトにCo2+とCO3+が1:1で秩序配列した、四重ペロブスカイトと呼ばれる構造(図1)を持っていることが明らかになった。Pb2+とPb4+が1:3で含まれることは、SPring-8のビームラインBL15XUでの硬X線光電子分光測定(用語8、図2)によっても確認した。
まとめると、PbCoO3は、Pb2+0.5Pb4+0.5Fe3+O3とPb4+Ni2+O3の中間の、Pb2+0.25Pb4+0.75Co2+0.5CO3+0.5O3(平均価数はPb3.5+Co2.5+O3)という特殊な電荷分布を持つことが明らかになった。その結果、PbCoO3は単純な組成であるにも関わらず、Pb2+とPb4+、Co2+とCO3+の違いを考慮すると、四重ペロブスカイトと呼ばれるPb2+Pb4+3Co2+2CO3+2O12の複雑な結晶構造を持つ。四重ペロブスカイトは巨大誘電率、磁気抵抗効果、負の熱膨張、酸素還元・酸素発生触媒など様々な機能を持つことから注目されている物質群である。
● 今後の展開
PbCoO3では、鉛、コバルトの両方が電荷秩序を持つことが明らかとなった。電荷秩序の融解の際には、超伝導や巨大磁気抵抗効果などの特異な現象が観測されることが多い。また、鉛とコバルトの価数の変化によって、半導体製造のような高精度な位置決めが求められる場面において、熱膨張によるずれを抑制できる負熱膨張(用語9)の発現も期待される。PbCoO3を改質することで、こうした機能の発現が期待される。
今回の研究で、Ti→V→Cr→Fe→Co→Niと、元素周期表を右に進むにつれて、鉛と3d遷移金属を含むペロブスカイト酸化物の鉛の平均の価数が2価→3価→3.5価→4価と上昇し、反対に3d遷移金属は4価→3価→2.5価→2価と系統的に減少することがより一層明らかになった。SPring-8とJ-PARCを併用することで、まだ明らかになっていないマンガン酸鉛(PbMnO3)の電荷分布の解明が待たれる。
● 付記
本研究は中国科学院物理研究所のJunye Yang、Yunyu Yin、Jianhong Dai、 Wenmin Li大学院生、Changqing Jin教授、Youwen Long教授、独国ユーリッヒ研究所のMarjana Ležaić博士、Gustav Bihlmayer博士、独国マックスプランク研究所のZhiwei Hu博士との共同で行われた。
本研究の一部は、神奈川科学技術アカデミー・戦略的研究シーズ育成事業「革新的巨大負熱膨張物質の創成」(代表:東正樹東京工業大学教授)、日本学術振興会・科学研究費補助金・基盤研究A「ビスマス・鉛ペロブスカイトのs-d軌道間電荷分布変化解明と巨大負熱膨張への展開」、挑戦的萌芽研究「分極回転機構による巨大圧電材料の実現」(代表:東正樹東京工業大学教授)、文部科学省・科学研究費補助金・新学術領域研究「ナノ構造情報のフロンティア開拓—材料科学の新展開」(代表:田中功京都大学教授)、東京工業大学科学技術創成研究院World Research Hub Initiative (WRHI)プログラムの助成を受けて行った。
ペロブスカイト型構造ABO3(左)のAサイトにPb2+とPb4+が1:3で、BサイトにCo2+とCO3+が1:1で秩序配列している。
Ti→Cr→Co→Niと元素周期表を右に進むに従って、Pb2+の割合が減少し、Pb4+の割合が増加している。これにより、PbMO3(M:3d遷移金属)では、周期表を左から右に進むに従って、鉛の価数が増加、遷移金属の価数が減少し、電荷分布がPb2+M4+O3→Pb2+0.5Pb4+0.5M3+O3 (Pb3+M3+O3)→Pb2+0.25Pb4+0.75Co2+0.5CO3+0.5O3 (Pb3.5+M2.5+O3) →Pb4+M2+O3と、系統的に変化することも明らかになった。
【用語説明】
(用語1)ペロブスカイト型:
一般式ABO3で表される元素組成を持つ、金属酸化物の代表的な結晶構造。
(用語2)電荷秩序:
同じ元素だが異なる価数を持つイオンが、繰り返し周期を持って整然と配列していること。
(用語3)3d遷移金属:
元素周期表の第4周期、スカンジウム(Sc)から銅(Cu)までの金属元素。複数の価数のイオンになることができ、磁性や電気伝導などの機能をもたらす。
(用語4)大型放射光施設SPring-8:
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転管理と利用者支援等は高輝度光科学研究センター(JASRI)が行っている。
SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、指向性が高く強力な電磁波のこと。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
(用語5)放射光X線回折実験:
物質の構造を調べる方法。放射光X線を試料に照射し、回折強度を調べることで結晶構造(原子の並び方や原子間の距離)を決定する。
(用語6)大強度陽子加速器施設J-PARC:
日本原子力研究開発機構(JAEA)と高エネルギー加速器研究機構(KEK)が共同で建設・運営を行っている最先端科学研究施設。茨城県東海村のJAEA原子力科学研究所内、約65haの敷地に3台の大型陽子加速器と各種の実験研究施設が設置されている。加速器で光速近くまで加速された大強度陽子ビームを、標的である金属や炭素などの原子核と衝突させて、原子核破砕反応により大量の中性子や中間子、ミュオン、ニュートリノなどの粒子を発生させる。実験研究施設ではこれらの粒子を利用して原子や原子核の世界を調べ、最先端の原子核・素粒子物理研究や、物質科学・生命科学研究、核変換技術研究などが行われている。
(用語7)高分解能中性子回折実験:
中性子回折とは試料に中性子を当てて、回折された中性子から対象物質の構造を調べる方法。中性子は、物質中の原子核と強く相互作用するので、物質中の電子と相互作用するX線回折とは異なる情報が得られる。酸素や水素などの軽元素を含む物質、磁性を持つ物質の構造解析などに威力を発揮する。J-PARCで開発された高分解能モデレータを採用した中性子源と、100mの長尺ビームラインを持つSuperHRPDにより、高精度での構造解析が可能となった。
(用語8)硬X線光電子分光測定:
4keV以上の高いエネルギーをもつ X線である、硬X線を物質に入射し、そこから放出される光電子の個数とエネルギーの関係を調べることにより、物質内部の電子構造を調べる実験的手法。従来の真空紫外光や軟X線を用いた光電子分光は表面近傍の情報しか得られなかったが、硬X線で励起することにより、固体内部の電子構造を調べることが可能になった。
(用語9)負熱膨張:
通常の物質は温めると体積や長さが増大する、正の熱膨張を示す。しかし、一部の物質は温めることで可逆的に収縮する。こうした性質を負熱膨張と呼び、ゼロ熱膨張材料を開発する上で重要である。
【問い合わせ先】 公益財団法人神奈川科学技術アカデミー 大阪府立大学 高エネルギー加速器研究機構 高輝度光科学研究センター 早稲田大学 中央大学 物質・材料研究機構 学習院大学 九州大学 【取材申し込み先】 <戦略的研究シーズ育成事業に関すること> 大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 広報室 <J-PARCに関すること> 早稲田大学広報室広報課 中央大学 広報室 物質・材料研究機構 経営企画部門 広報室 学習院大学 学長室広報センター 九州大学広報室 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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