世界初・染色体の新しい構造ユニットの特殊な立体構造を解明 癌をターゲットとした創薬研究に重要な基盤情報を提供(プレスリリース)
- 公開日
- 2017年04月14日
- BL41XU(構造生物学I)
2017年4月14日
早稲田大学
早稲田大学理工学術院の胡桃坂仁志(くるみざかひとし)教授の研究グループは、広島大学、横浜市立大学、九州大学、量子科学技術研究開発機構、京都大学と共同で、染色体の新規の構造ユニット「オーバーラッピングダイヌクレオソーム」の特殊な立体構造を世界で初めて明らかにしました。オーバーラッピングダイヌクレオソームは、遺伝情報の読み取り時に形成されると考えられます。 【論文情報】 |
(1)これまでの研究で分かっていたこと(科学史的・歴史的な背景など)
ヒトの身体は、1つの受精卵が様々な細胞に分化することで構成されます(図1)。これらの細胞は、明らかな見た目の違いがあるにもかかわらず、同一の遺伝情報(DNAの配列)を持っています。このことは、「細胞の見た目」がDNA配列とは別の要因によって、規定されていることを示しています。このDNA配列とは別の遺伝子の制御機構は、エピジェネティクスと呼ばれ、近年、大きな注目を集めており世界的に研究が行われています。エピジェネティクスの本質は、「遺伝情報の収納様式の違い」にあります。そこで我々は、遺伝子の収納様式を調べることで、この問題に挑んでいます。
ヒトの遺伝情報を担うDNAは2メートルもの長さがありますが、細胞核はわずか数マイクロメートルしかありません。DNAを小さな細胞核内に収納するため、生体内のDNAは幾重にも折りたたまれた構造体(染色体)を形成することで、DNAをコンパクトに折りたたんでいます(図2)。しかし、このように高度に折りたたまれた染色体構造の状態では、DNAに刻まれた遺伝情報を読み取ることができません。そこで、生体内では、染色体構造をダイナミックに変化させることで、遺伝子の読み取りの調節を可能にしています。この「染色体構造の違い」が、読み取られる遺伝子の違いを規定し、細胞の見た目の違いを生んでいます。
染色体は、ヒストン8量体の周りにDNAが巻きついた、ヌクレオソームと呼ばれる構造ユニットが連なることで構成されます(図2)。遺伝子を読み取る際には、読み取り開始位置付近のヌクレオソームの位置を動かすことで、染色体を読み取り可能な構造に変換するという現象が起きています(図3、2段目)。その結果、遺伝子読み取り装置であるRNAポリメラーゼが、ヌクレオソームが除かれた領域のDNAを読み取ることができるようになります(図3、4段目)。このヌクレオソームを動かす現象はヌクレオソームリモデリングと呼ばれます。ヌクレオソームリモデリングが起こると、ヌクレオソーム同士が衝突して「オーバーラッピングダイヌクレオソーム」と呼ばれる染色体構造ユニットが形成されると考えられています(図3、3段目赤丸)。このヌクレオソームリモデリングによるオーバーラッピングダイヌクレオソームの形成は、遺伝子の読み取りを制御するために重要と考えられますが、実際にオーバーラッピングダイヌクレオソームという構造ユニットがどのような構造なのか、その詳細は不明なままでした。
(2)今回の研究で新たに実現しようとしたこと、明らかになったこと
本研究グループは、遺伝子の読み取り過程で形成されるオーバーラッピングダイヌクレオソームの立体構造を解明するために、試験管内でヒトのオーバーラッピングダイヌクレオソームを再構成して、スプリング8放射光施設を用いたX線結晶構造解析によって原子分解能でその立体構造を明らかにすることに成功しました(図4)。この結果により、ヒストン8量体と6量体が会合したヒストン14量体の周りに、250塩基対のDNAが巻き付いた、特殊な染色体ユニットの構造の詳細が明らかになりました。また、本研究によって、実際のヒト細胞において、オーバーラッピングダイヌクレオソームが、遺伝子の読み取りを開始する領域の直下に形成されることも発見しました。
(3)そのために新しく開発した手法
本研究グループは、試験管内で再構成したオーバーラッピングダイヌクレオソームを、高純度かつ大量に精製する手法を開発しました。この技術によって、精製したオーバーラッピングダイヌクレオソームを結晶化することに成功しました(図5)。この結晶を用いて、大型放射光施設であるスプリング8におけるX線回折実験を行うことで、オーバーラッピングダイヌクレオソームの立体構造を原子分解能で明らかにすることができました。
(4)今回の研究で得られた結果及び知見
これまで、オーバーラッピングダイヌクレオソームは、その存在自体が不確定でしたが、本研究により、実際に染色体の構造ユニットとして存在することが示されました。さらに立体構造から得られた知見として、オーバーラッピングダイヌクレオソームでは、2つのヌクレオソームが連結していること、その連結面でH2A、H2Bという2種類のヒストンが1分子ずつ欠落していること、連結したヌクレオソーム同士で新しい結合を生じていること、などが明らかになりました。また、オーバーラッピングダイヌクレオソームは、通常のヌクレオソーム構造と比較して、DNA分解酵素に抵抗性が高いことが分かりました。そして、ヒト細胞を用いた全ゲノム解析から、遺伝子の読み取りを開始する部位の直下に、DNA分解酵素に抵抗性の高い領域が存在していることを発見しました。この事実は、遺伝子の開始部位の直下にオーバーラッピングダイヌクレオソームが形成されていることを示唆しています。これらのことから、遺伝子がオンになる際には、読み取り開始位置の染色体構造がリモデリングされることで、実際にオーバーラッピングダイヌクレオソームが形成されていることが考えられました。
(5)研究の波及効果や社会的影響
染色体の基盤であるヌクレオソームの立体構造は、20年前に原子分解能で行われましたが、それ以来、これまでに解析された100種類以上のヌクレオソームの立体構造は、すべてヒストン8量体にDNAが2回転弱巻きついたほぼ同一の構造(通常型)でした。今回、本研究グループが明らかにした構造は、ヒストン14量体にDNAが約3回転巻きついた特殊な構造体で、通常型以外の染色体構造ユニットの存在を世界で初めて明らかにしたものです。さらに、実際のヒト細胞において、オーバーラッピングダイヌクレオソームが遺伝子読み取り位置付近に形成されることが示唆されました。これらの発見によって、今後、オーバーラッピングダイヌクレオソームと遺伝子発現制御との関連の研究が、急速に広がっていくと考えられます。また、オーバーラッピングダイヌクレオソームを生成するヌクレオソームリモデリング因子の変異が、卵巣癌や膀胱癌などの様々な癌において見つかっています(参考文献1)。これらの事実は、オーバーラッピングダイヌクレオソームの形成不全によって遺伝子の発現制御に異常が生じ、その結果として細胞のがん化が引き起こされていることを示唆しています。従って、オーバーラッピングダイヌクレオソームの立体構造の解明は、これらの癌をターゲットとした創薬研究に対しても、重要な基盤情報を提供しています。
(6)今後の課題
近年の次世代シーケンサーを用いた全ゲノム解析の進展により、染色体の構造変換と遺伝子発現に関する研究は世界規模で爆発的に発展しています。今回、世界で初めて通常型ヌクレオソーム以外の染色体の基盤構造を解明しました。今回の研究結果をもとに、より多彩な染色体の姿が明らかにされていくことが期待されます。
(7)100字程度の概要
世界初・染色体 の新しい構造ユニットの特殊な立体構造を解明。癌をターゲットとした創薬研究に重要な基盤情報を提供。
【参考文献】
1
Helming K. C. et al., Cancer Cell, 2014.
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