大型放射光施設 SPring-8

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スピンの超高速ダイナミクスを放射光で観測 〜レーザー励起磁化反転解明への道〜(プレスリリース)

公開日
2017年04月20日
  • BL07LSU(東京大学放射光アウトステーション物質科学)

2017年4月20日
東京大学
東北大学

発表のポイント:
軟X線(注1)の吸収に見られる磁気円二色性(XMCD)注2を用いることで、強磁性を示す合金である鉄白金の薄膜の磁性が消えていく現象(消磁)を観測することに成功した。
照射するレーザー(注3)強度により起こる消磁が、閾値的な振る舞いをすることを観測。光により誘起した相転移の証拠と言える。
•放射光を用いた本手法は国内唯一であり、元素別のスピンダイナミクスの解明を通じ、レーザーによる磁化反転現象の解明などが期待できる。

 東京大学物性研究所の田久保耕(たくぼこう)特任研究員と和達大樹(わだちひろき)准教授らの研究グループは、放射光施設SPring-8の東大物性研ビームラインであるBL07LSUにおいて、東北大学金属材料研究所の研究グループの作製した強磁性を示す合金である鉄白金薄膜を用いて、時間分解磁気円二色性測定(注4)に成功しました。そして、レーザー強度を変化させた測定により、消磁を起こすためには、ある程度以上のレーザー強度が必要であることが分かりました。このような閾値の存在は、光で誘起した相転移で特徴的に表れる性質です。
 放射光施設における軟X線を利用した磁気円二色性(XMCD)測定は、最近の技術革新により薄膜やナノサイズの極小試料における磁化の観測が元素別に可能になるなど、物質科学だけでなく、次世代のデバイスとして期待されているスピントロニクスへの応用が期待されています。一方、スピントロニクスにおいては、電流によってデバイス内の極小部分にのみ大きな磁場をかけスピンを制御することや、超高速応答が難しいことから、スピンの制御を磁場でなくレーザーなどの光により行うことが求められています。
 今回の測定では、レーザー光照射により消磁が起きていることを放射光の時間分解能である約50ピコ秒で観測することに成功しました。本成果により今後、2種類以上の磁性元素を持つ合金において元素別のスピンダイナミクスを明らかにすることが期待できます。また、レーザーを用いて消磁のみでなく磁化の反転を起こす現象などの解明とその応用も期待できます。
 この研究成果は、米国科学誌Applied Physics Letters(4月24日オンライン)に掲載されます。

発表雑誌:
雑誌名Applied Physics Letters(4月24日オンライン掲載予定)
論文タイトル:Capturing ultrafast magnetic dynamics by time-resolved soft x-ray magnetic circular dichroism
著者:K. Takubo, K. Yamamoto, Y. Hirata, Y. Yokoyama, Y. Kubota, Sh. Yamamoto, S. Yamamoto, I. Matsuda, S. Shin, T. Seki, K. Takanashi, and H. Wadati

背景
 近年、物質科学においては、電子の性質を活かした新機能を持つ物質開発の研究が盛んに行われており、特に、応用に向けては電子のスピンの自由度を活かしたスピントロニクスが注目を集めています。さらにスピントロニクスでは高速化に向けて、磁場ではなくレーザーなどの光によってスピンを制御することが、今後のデバイス応用に向けて盛んに研究されています。そこで本研究では、東京大学物性研究所ビームラインであるSPring-8 BL07LSUにおいて、放射光軟X線を用いた時間分解XMCDの測定装置を建設し、測定を行いました。測定対象には、強磁性を示す合金である鉄白金の薄膜に注目しました。この鉄白金の薄膜は、室温で強磁性を示し、面直方向に磁化が向きやすい垂直磁化膜であるため、応用面でも期待されている物質です。この物質にレーザーを照射することで磁化を消す消磁のダイナミクスの観測を目指しました。

研究内容と成果
 時間分解XMCD測定は東大物性研ビームラインSPring-8 BL07LSUで行いました。測定に用いた鉄白金の薄膜は、5× 5ミリメートルの基板上に作製されており、単結晶で膜厚は50ナノメートル程度となっています。図1に示す実験配置によって、時間分解XMCD測定を行いました。図2が時間分解XMCDの結果、すなわち磁化の変化の様子を示します。消磁の時間スケールは約50ピコ秒に見えますが、これは放射光の時間幅であり実際にはもっと短いと考えられます。消磁を起こすためのレーザー強度に閾値的な振る舞いも見られており、これは光で誘起した相転移に特徴的なものです。

本研究の意義、今後の展望
 本研究により、SPring-8 BL07LSUにおいて鉄白金薄膜における消磁のダイナミクス観測に成功しました。これは、日本の放射光施設で唯一のセットアップであり、今後の系統的な磁性体のスピンダイナミクス研究に活用することができます。放射光を用いるメリットとして、元素別のスピンダイナミクス観測など、実験室光源では得られない研究展開が期待できます。さらには、レーザーを用いて消磁のみでなく磁化の反転を起こす現象も2つ以上の磁性元素を含む金属で見られており、そのメカニズム解明も本手法で可能であると考えられます。

図1 時間分解XMCD測定のセットアップ。
図1 時間分解XMCD測定のセットアップ。

蓄積リングから発生した幅50 ピコ秒程度の軟X線(青色)と幅50 フェムト秒程度のレーザーを同時に試料に照射。レーザーによって引き起こされる磁化の変化を軟X線の吸収や反射から測定する。検出器はMCP(マイクロチャンネルプレート)である。

図2:時間分解XMCD測定で観測された磁化の時間変化の様子。
図2:時間分解XMCD測定で観測された磁化の時間変化の様子。

横軸の単位はピコ秒:1兆分の1秒である。青(上)と赤(下)の差がXMCDすなわち磁化を示す。レーザー照射(0秒)から、約50ピコ秒後に消磁している。そして400ピコ秒ほどかけて緩和、元に戻っている。


用語解説
注1: 軟X線
 X線のうちでも比較的波長の長いもの。硬X線は原子間距離である0.1ナノメートル(1ナノメートルは10億分の1メートル)程度より波長が短い領域であるが、軟X線は1ナノメートル程度と、波長がその10倍程度長い。

注2: 磁気円二色性(XMCD)
 物質が磁化を持つ場合、その物質に軟X線をあてるとその吸収率や反射率は、軟X線の偏光が右円偏光と左円偏光の場合で差が生じる。これが磁気円二色性であり、本研究では反射率の磁気円二色性を用いてスピンの変化の様子の観測を行っている。

注3: レーザー
 光を増幅、発振器を用いて人工的に作られる波長と位相の揃った光であり、強度や指向性が非常に強い。本研究ではチタンサファイアレーザーを用いており、波長は800ナノメートル程度である。

注4: 時間分解磁気円二色性測定(時間分解XMCD測定)
  物質にレーザーを照射して現象を起こさせた直後に、放射光軟X線を照射し磁気円二色性測定を行うこと。本研究では、放射光軟X線のパルス幅は約50ピコ秒(1ピコ秒は1兆分の1秒)を利用し、レーザーによって起こる消磁を観測した。このような短い時間スケールでの変化の様子を調べることを、特に時間分解磁気円二色性測定という。



問い合わせ:
●研究内容について
東京大学物性研究所
准教授 和達大樹(わだち ひろき)
 TEL: 04-7136-3400 FAX: 04-7136-3283
 E-mail: wadatiatissp.u-tokyo.ac.jp

●報道担当
東京大学物性研究所 広報室
 TEL: 04-7136-3207
 E-mail: pressatissp.u-tokyo.ac.jp

東北大学金属材料研究所 情報企画室広報班
横山美沙
 Tel: 022-215-2144  FAX: 022-215-2482
 E-mail: pro-admatimr.tohoku.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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