超高圧下で安定な新しい水酸化鉄の発見 ―地球深部の水の循環モデルに関する論文がNatureに掲載―(プレスリリース)
- 公開日
- 2017年07月04日
- BL10XU(高圧構造物性)
2017年7月4日
国立大学法人 愛媛大学
国立大学法人 東京工業大学
国立大学法人 東京大学大学院理学系研究科
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
国立研究開発法人 理化学研究所
【研究の背景】 【掲載論文】 |
【研究手法と成果】
愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)の西真之助教、桑山靖弘助教(現東京大学大学院理学系研究科)、土屋旬准教授、土屋卓久教授の研究グループ(西 、土屋旬 、土屋卓久は東京工業大学地球生命研究所(ELSI)兼務)は、第一原理計算(※8)に基づく数値シミュレーションとレーザー加熱式ダイヤモンドアンビルセル(※9)を用いた実験により、水酸化鉄の高温高圧下でのふるまいを調べました。
スーパーコンピュータ「京」(※10)や愛媛大学設置の並列計算機を用いて得られた数値シミュレーションの結果は、地下1,900キロメートル付近に対応する80万気圧において、水酸化鉄がパイライト型と呼ばれる構造(※11)に変化することを示唆しました。この結果は、水酸化鉄はマントル深部で水素と酸化鉄に分解するという過去の研究結果と異なります。この結果を受けて、本研究グループはダイヤモンドアンビルセルによる高圧発生技術と、大型放射光施設SPring-8(※12)の高圧構造物性ビームラインBL10XUに設置されたレーザー加熱システムと放射光X線を使用し、約150万気圧までの条件で水酸化鉄の結晶構造を調べました。実験結果は、理論予測されたものと同様、80万気圧程度で水酸化鉄の構造がパイライト型へと変化することを示しました。さらに様々な温度圧力条件下で測定した試料の体積は、パイライト型構造中の水素の含有を強く示唆しました。このように、水酸化鉄が水素を維持しつつパイライト型構造へ変化するという第一原理計算による理論的予想が、複数の証拠を含めた高度な実験により証明されました。
本研究結果は、水酸化鉄が地球マントル深部環境で水素と酸化鉄に分解するという従来の学説を覆す発見であり、いまだに解明されていない地球深部における水の循環を明らかにするための新たな知見となると期待されます。本研究結果によると、水は地表からマントルと地球中心核の境界付近の2,900キロメートル程度の深さまで運ばれる可能性があります。水の存在は岩石の溶ける温度を下げるため、マントル最下部でのマグマの発生を引き起こし、マントル最下部で観測される地震波超低速度層やこの付近に起源をもつマントル上昇流(プルーム)などの原因になっている可能性があります。また、地球中心核の主要物質である溶融鉄への水の溶け込みなど、地球深部の物質や運動の解明において重要な影響を及ぼすものと考えられます。
【今後の展望】
今回の研究では、水酸化鉄の構造がマントル深部領域でパイライト型構造に変化し、水が地球中心核とマントルの境界まで運ばれる可能性を示しました。今後更に研究を進めることで、水酸化鉄と周囲のマントル・地球中心核の物質との反応現象を理解することができるかもしれません。これらの結果で得られる情報は、地球内部の水の存在量とその循環を知る上での新たな知見となります。
本研究グループによる理論計算では、アルミニウムを多く含む含水鉱物も、地球マントル条件より高い圧力下でパイライト型へと結晶構造が変化することを予測しています。今後の実験技術の進展により、このような極限環境下で安定な含水鉱物の存在が実証されると、天王星・海王星のような氷惑星や、近年の観測技術の発展により次々と報告されている太陽系外惑星の内部における水の存在形態の研究は飛躍的に進展すると期待されます。
【成果のポイント】
・マントル深部(深さ1,900キロメートル以深)の超高圧環境(80万気圧)で安定な水酸化鉄の発見
・水酸化鉄は下部マントル深部の圧力下において脱水分解するという従来の学説を覆す発見
・超低速度層、プルームの発生、核への水の溶け込みなど、マントルと核の境界付近における様々な現象に影響
・第一原理計算による理論的予想が、実験によって実証的に確定された貴重な科学的成果
・超高圧技術と放射光実験を組み合わせた、高精度な実験
【備考】
なお、本研究は、文部科学省科学研究費補助金(課題番号: JP15H05469, JP15H05829, JP15H05834, JP16H06285, JP25220712, JP26287137, JP26400516, JP26800274)、SPring-8一般研究課題(課題番号: 2014B1364, 2016A1476)、文部科学省ポスト「京」萌芽的課題「基礎科学の挑戦-複合・マルチスケール問題を通した極限の探求」(課題番号: hp160251, hp170220)の一環として実施したものです。
先端を平らに研磨した2個ダイヤモンドに試料を挟み、高い圧力を発生させる。
大(八面体中心の茶)、中(赤)、小(ピンク)の球はそれぞれ鉄原子、酸素原子、水素原子。
地下約1,900キロメートルに相当する80万気圧で水酸化鉄の結晶構造が青領域の低圧型から赤領域のパイライト型へと変化する。
下部マントルに沈み込んだプレート内では、水酸化鉄の構造がパイライト型に変化し、さらに中心核付近まで水を運ぶことが可能であると考えられる。
【用語解説】
※1 含水鉱物
蛇紋石や水酸化物等、水素を主成分の一つとして含む鉱物。特に地球内部の高圧下で安定なH相やδ-A100Hは、プレートの沈み込みにより水を地球マントル深部にもたらすと考えられている。
※2 マントルと核
地球は薄い地殻(深さ約30キロメートルまで)、マントル(深さ30 - 2,900キロメートル)、核
(2,900 - 6,400キロメートル)の3層からできている。マントルはかんらん岩などの岩石が主な成分であるのに対し、核は主に鉄からできている。
※3 マントルの主要元素
マントルは酸素、シリコン、マグネシウム、アルミニウム、鉄、カルシウムがその成分の大半を占める。
※4 H相
含水鉱物の一つで、下部マントル深部において存在可能な唯一の含水ケイ酸塩鉱物と考えられている。本GRC研究グループにより、2013年にその存在の理論的予測、2014年に超高圧実験による最初の合成が報告された。
※5 プルーム
沈み込む冷たいプレートやマントル物質に対して、マントル深部から上昇してくる高温の上昇流。アフリカや太平洋下部においては、深さ2,900キロメートルの核-マントル境界から上昇する巨大なスーパープルームの存在も地震学的に明らかになっている。発生部分では部分的に岩石が融けている可能性もある。水の存在は岩石の溶ける温度を下げるため、プルームの発生において重要な要因となる。
※6 地震波超低速度層
マントル最下部と核との境界付近に見られる、地震波の伝わる速さが非常に遅い領域。岩石であるマントルと溶けた鉄との化学反応や、マントル物質の部分的溶融などの原因が考えられている。水の存在は岩石の溶ける温度を下げるため、このような低速度層を形成する上で重要な要因となる。
※7 縞状鉄鉱層
先カンブリア紀(地球誕生から約6億年前までの期間)の海底に堆積した酸化鉄や水酸化鉄を含む堆積鉱床。鉱床の生成原因は、当時の無酸素状態の海水に大量に溶解していた鉄イオンが、なんらかの要因で生じた酸素分子によって酸化されて海底に沈殿したものと考えられている。プレートの運動により、その一部はマントル深部へと沈み込んだと考えられている。
※8 第一原理計算
近代物理学の基礎である量子力学の基本原理に基づき、実験などにより得られる先験的なパラメーターを用いずに結晶構造の安定性や物性を予測する計算方法。最近の数値シミュレーション技術の進歩により高い精度での予測が可能になり、実験と相補的な役割を担っている。
※9 ダイヤモンドアンビル装置
先端を平らに研磨した2個の単結晶ダイヤモンド製のアンビルに力を加え、その間に挟んだ試料に高い圧力を発生させる装置。地球の中心に相当する360万気圧と6,000 ℃の圧力・温度の発生が可能である(図1)。
※10 スーパーコンピュータ「京」
文部科学省が推進する「革新的ハイパフォーマンス・コンピューティング・インフラ(HPCI)の構築」プログラムの中核システムとして、理化学研究所と富士通株式会社が共同で開発を行い、2012年9月に共用を開始した計算速度10ペタFLOPS級のスーパーコンピュータ。
※11 パイライト
黄鉄鉱。鉄と硫黄からなり、化学組成はFeS2で表される。今回発見された新しい水酸化鉄はパイライトと結晶構造が同型であり、硫黄が酸素と置き換わり、かつ水素を含むものである。
※12 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが運転と利用者支援等を行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来。電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波(放射光)を用いて幅広い研究が行われている。
【問い合わせ先】 愛媛大学総務部広報課 愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC) 東京工業大学 広報・社会連携本部 広報・地域連携部門 国立大学法人東京大学 大学院理学系研究科・理学部 (ELSIに関すること) (スーパーコンピュータ「京」に関すること) 【関連分野の研究者】 東京大学大学院理学系研究科物理学専攻/物理学科 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
- 現在の記事
- 超高圧下で安定な新しい水酸化鉄の発見 ―地球深部の水の循環モデルに関する論文がNatureに掲載―(プレスリリース)