光触媒ナノ粒子における光照射後10兆分の1秒での電子の動きをX線自由電子レーザーで観測(プレスリリース)
- 公開日
- 2017年07月04日
- SACLA BL3
2017年7月4日
国立大学法人 東京農工大学
国立大学法人 京都大学
国立研究開発法人 理化学研究所
公益財団法人 高輝度光科学研究センター
本研究成果のポイント
• 酸化チタンナノ粒子で起こる電子状態の変化を10兆分の1秒の時間スケールで観測
• 光触媒反応の効率を議論するうえで重要
東京農工大学大学院工学研究院の三沢和彦教授、京都大学大学院理学研究科の鈴木俊法教授、理化学研究所放射光科学総合研究センターの矢橋牧名グループディレクター、高輝度光科学研究センターの片山哲夫研究員らの共同研究グループは、光触媒としてガラスやテントの汚れ防止、殺菌などに用いられるアナタース型酸化チタン[1]ナノ粒子に光を照射した直後の超高速な電子状態の変化を、X線自由電子レーザー[2]施設SACLAを用いて観測することに成功しました。10兆分の1秒(100フェムト秒[3])程度で起こる変化を観測したことで、電子が酸化チタン結晶のどこから、どのようなプロセスで生じるかという、これまで未知だった光触媒反応の初期過程を明らかにしました。これは反応効率を議論するうえで非常に重要な成果です。 本研究成果は米国物理学協会(American Institute of Physics)刊行の論文誌『Structural Dynamics』に2017年6月30日に掲載されました。 論文タイトル:"Femtosecond time-resolved X-ray absorption spectroscopy of anatase TiO2 nanoparticles using XFEL" なお、本研究は文部科学省X線自由電子レーザー重点戦略研究課題「溶液化学のXFEL時間分解分光の開拓(研究代表者 鈴木俊法)」の支援を得て実施されました。 |
研究の背景:
酸化チタンは汚れの分解、消臭、殺菌、抗菌や水の分解による酸素や水素の生成など、様々な効果を持つ光触媒として幅広い領域ですでに利用されています。この光触媒効果という現象では、まず光触媒が光を吸収した時、内部にエネルギー状態の高い電子や、その電子が抜けた穴である「正孔」が生じます。次に、正孔は表面に付着した匂いや汚れや細菌といった他の物質を構成する分子を分解する酸化反応に利用されます。電子は光触媒の表面で酸素の還元反応で使われ、活性酸素が生成されるという過程です。酸化チタンという物質は地球上に比較的多く存在する物質で、昔から化粧品や塗料として使用されてきましたが、この光触媒効果が発見されて以来急速に需要が増えてきました。近年では光触媒効果の効率をさらに高めるために、太陽光の波長に合わせた物質構造の改良や、エネルギーの受け渡しをスムーズにするための物質添加など、様々な研究が盛んに行われています。
このように様々なことが明らかになってきた光触媒ですが、触媒効果を発揮する電子や正孔は物質原子が作る結晶構造のどこから発生するのか、電子がどのくらいの時間で表面へ移動するのかなど、原子レベルの詳細な動きは明らかになっていない部分がありました。
研究内容と成果:
本研究グループは、これまでにX線自由電子レーザーと紫外光レーザーを用いた時間分解X線吸収分光装置を構築し、様々な物質の光応答特性を観測してきました。試料は水に分散させた光触媒酸化チタンナノ粒子を用い、内径100 μmの石英管から水鉄砲のように圧力をかけて噴出させます。そこにフェムト秒(fs)というごく短時間だけ光る紫外光レーザーパルスを入射し、光反応をスタートさせます。次にほんの僅かな時間だけ遅らせて、こちらも同様にフェムト秒というごく短時間だけ光るX線レーザーパルスを入射させ、その時に試料の酸化チタンによって吸収されたX線の量を測定します。X線の波長を変えながら測定することで、どの波長でどのくらいX線を吸収したかという吸収スペクトルが得られます。X線吸収スペクトルは、酸化チタン結晶内のチタン原子周りの電子分布や原子間結合距離を反映します。紫外光とX線のレーザーパルスの間隔を精密にずらしながら測定することで、光反応開始後の変化の様子をリアルタイム観測することが可能です。今回はさらに、本研究グループの片山、矢橋らが開発した紫外光とX線のレーザーパルスの間隔に生じるゆらぎを正確に評価する手法を組み合わせることで、時間分解計測の精度を大幅に向上させることに成功しました。(図1)
実験で得られたX線吸収スペクトルの時間変化(図2)を見てみると、紫外光とX線パルスの時間間隔がゼロの位置が光反応の開始点で、そこから瞬間的にスペクトルが変化している様子が捉えられました。これを各X線の波長ごとにさらに細かい時間で測定したところ、まず紫外線照射の直後に、低いエネルギー状態にある電子が光を吸収して、雲のように広がったより高いエネルギー状態になり、その後90 fs程度のうちに、その広がった電子の雲が縮んで、高いエネルギー状態のままチタン原子に捕らわれることが分かりました。表面付近のチタン原子に捕らわれた電子は、330 fs程度の時間内に酸化チタン結晶の構造変化を引き起こし、電子のエネルギー状態はさらに低い状態へ落ち着くことが観察されました。(図3)
光触媒酸化チタンナノ粒子を用いて100 fs以下の時間精度でX線吸収スペクトルの変化を明確に捉えたのは本研究が初めてです。
今後の展開:
本研究では、X線自由電子レーザー施設SACLAのフェムト秒X線パルスを用いた超高速光反応過程の観測手法により、典型的な光触媒である酸化チタンを対象に、紫外光照射直後に起こる光触媒反応の超高速な初期過程を明らかにしました。近年では、異金属を付着させたり不純物を添加したりして可視光応答性を持たせた酸化チタンの研究も広く行われており、そのような新規材料を本研究と同様の手法で測定し比較することで、反応効率に関わるメカニズムの理解がより一層進むと期待されます。
《用語解説》
※1 アナタース型酸化チタン
酸化チタンには、アナタース、ルチル、ブルッカイトの三種類がある。これらの結晶型のうち、最も光触媒活性が高いとされている。
※2 X線自由電子レーザー(X-ray Free Electron Laser, XFEL)
X線領域におけるレーザーのこと。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限はない。日本には理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設したXFEL施設SACLAがある。10 fs以下の超短時間だけ光るパルスを生成できることから、従来光源を用いた場合より速い現象を観測することができる。
※3 フェムト秒 (femtosecond, fs)
1フェムト秒は1000兆分の1秒で、光が0.3マイクロメートル進むのにかかる時間。例えば、分子の振動周期や化学反応による分子間の結合の形成・切断はフェムト秒単位で起こる。
問い合わせ先 国立大学法人 京都大学 大学院理学研究科 国立研究開発法人理化学研究所 放射光科学総合研究センター ◆報道担当◆ 国立大学法人京都大学 総務部 広報課 国際広報室 国立研究開発法人理化学研究所 広報室 報道担当 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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