多数の金属で分子を捕まえる大環状分子を開発(プレスリリース)
- 公開日
- 2017年07月25日
- BL26B2(理研 構造ゲノムII)
2017年7月25日
国立大学法人 筑波大学
研究成果のポイント
1. 金属原子を内孔に集積できる大環状分子注1)hexapap を開発しました。
2. Hexapap の亜鉛錯体注2)は、内孔にジカルボン酸注3)分子を捕まえると双極放物面状に歪み、これが積層した2量体を形成することを見出しました。
3. この2量体に捕捉されるジカルボン酸の分子数を、酸/塩基により制御することに成功しました。
国立大学法人筑波大学数理物質系 鍋島 達弥 教授らの研究グループは、金属原子を内孔に集積できる大環状分子hexapapを開発し、その亜鉛錯体がジカルボン酸分子を捕捉すると、環状構造が双極放物面状に歪んで積層した2量体を形成することを見出しました。さらに、この2量体の内孔にある多数の亜鉛原子との結合で捕まえられるジカルボン酸の分子の数を、酸/塩基により制御することに成功しました。 * 本研究は、文部科学省新学術領域研究 配位アシンメトリー「非対称化を伴う配位駆動自己集積による複雑巨大分子の構築と機能開拓」(研究期間:平成29~30年度)、若手研究(B)「置換活性な配位サイトを集積したナノ空間の創出と特異的分子変換」(研究期間:平成29~30年度)、新学術領域研究 感応性化学種が拓く新物質科学「構造ストレスの付与と解放を利用した多感応性機能分子の創製」(研究期間:平成27~28年度)、新学術領域研究元素ブロック高分子材料の創出「発光性錯体を元素ブロックとする多機能性高分子の創製」(研究期間:平成27~28年度)、研究活動スタート支援「希有な対称性を有する大環状配位子の創出とその形状を生かした多核金属錯体の機能開拓」(研究期間:平成26~27年度)、公益財団法人 徳山科学技術振興財団研究助成「配位結合による分子多点認識に基づく環状分子の波状積層体構築と機能開拓」(研究期間:平成29~30年度)、公益財団法人 戸部眞紀財団 研究助成「複数の金属で分子を捕まえる環状ホストの合成と機能開拓」(研究期間:平成28年度)によって実施されました。シンクロトロン放射光による実験はSPring-8の理化学研究所のBL26B2ビームラインを使って行われました。 《掲載論文》 |
研究の背景
他の分子を捕まえる能力をもつ分子をホスト分子といいます。ホスト分子は、捕まえる分子(=ゲスト分子)の大きさ・形・性質に合うポケットを持ちます。うまく設計されたホスト分子は、狙ったゲスト分子と特異的に相互作用することができ、物質の選択的な分離や反応、化学センサー、薬物送達システムなどに利用されています。
天然もしくは人工のホスト分子の多くは、水素結合などの比較的弱い相互作用を分子認識に用いています。より強い結合や相互作用を組合せて用いれば、精密な分子認識につながります。しかし、強い結合をつくる部位は反応性が高く、多くの部位を制御して配置することはチャレンジングな課題です。
本研究では、強くかつ方向性に優れた相互作用である、金属との配位結合を多数用いることができる新しいホスト分子の開発を目指しました。
研究内容と成果
本研究では、金属を固定するための配位部位注7)として、pap (2-[(pyridin-2-ylmethylene)amino]phenol)に着目しました(図1a)。Papは、o-アミノフェノールと2-ホルミルピリジンから作られる3座のキレート配位部位注8)です。Papの金属錯体には、キレート配位部位で塞がれていない配位サイトがあり、これを他の分子との結合に用いることができます。そこで、pap部位を6つ持つ大環状配位子注7)hexapapを設計しました(H61, 図1b)。環状6量体であるhexapap
は、o-アミノフェノール部位と2-ホルミルピリジン部位の両方をもつ分子 3 (反応に用いたのは単離可能な 2 ) を原料として、一段階・高収率で合成することができました。
目的のホスト分子として、hexapapの亜鉛錯体であるZn-hexapapを合成しました(図1c)。Zn-hexapapは、他の分子が結合可能な配位サイトを内側に向けた状態で6つの亜鉛原子を内孔に集積した構造を持ちます。
大環状分子Zn-hexapapは、特定の長さのジカルボン酸を配位結合で捕まえると、双極放物面状に歪んだ形で2分子が積み重なる興味深い構造をつくることがわかりました(図2a)。その構造は溶液中の核磁気共鳴分光や質量分析、シンクロトロン放射光を用いた単結晶X線回折実験注9)などにより詳細に決定されました(図2b,c)。もともとのZn-hexapapは対称性の高い分子で6角形とみなすことができ、6つの亜鉛原子はそれぞれ同一の結合状態にあります。しかし、波状に積層した構造を作ることで、Zn-hexapapの亜鉛原子は分子内で3種類の異なる結合状態におかれます(図2d)。別々の結合状態におかれた亜鉛原子はそれぞれ異なった様式でジカルボン酸分子と相互作用することができます。Zn-hexapapの2量体の内孔には12個の亜鉛と20個の結合可能な配位サイトが集積されています(図2e)。2分子のジカルボン酸は、そのうち特定の亜鉛原子の配位サイトに選択的に結合しました。
さらに、分子結合モードの制御に成功しました(図3)。前述の通り、Zn-hexapapの2量体の内孔にはジカルボン酸2分子が捕捉されますが、ジカルボン酸が多く存在しても内孔に捕捉される分子数は変わりません。しかしここに、強い酸であるトリフルオロメタンスルホン酸を加えると、4分子が捕捉された構造へ変換することができました。そして塩基を加えると、ジカルボン酸を放出した状態に戻ることも明らかになりました。
今後の展開
大環状分子hexapap の金属錯体は、配位結合可能なサイトを多数集積したナノ空間をもつ興味深い分子です。本研究では、多点配位結合による分子認識の制御を達成しました。今後、精密な人工分子認識センサーや、多くの金属との協働的な相互作用を利用した高機能触媒の開発につながると期待されます。
図 1 (a)配位子 pap およびその金属錯体の形成。(b)本研究で開発した大環状配位子 hexapap の合成 (c)亜鉛6核錯体 Zn-hexapap の構造式。他の分子が結合可能な配位サイトが内孔に集積されている。
図2 (a)Zn-hexapap はジカルボン酸分子 H24 を結合し、歪んで積層した2量体を形成。(b,c)単結晶 X 線回折実験により決定された、ジカルボン酸2分子を結合した Zn-hexapap2量体の構造。元素ごとに着色(炭素…薄青緑、窒素…青、酸素…赤、亜鉛…黄、塩素…黄緑)。(d)異なる結合状態にある3種類の亜鉛錯体部分を色分け(赤・青・緑)した Zn-hexapap2量体の構造。手前の Zn-hexapap を薄い色、奥を濃い色で着色。(e)12 個の亜鉛原子(黄)と 20 個の結合可能な配位サイト(マゼンタ)を強調した Zn-hexapap2量体の構造。
図 3 酸/塩基の刺激で、多点での金属との配位結合による分子認識を制御。Zn-hexapap はジカルボン酸 H24e を2分子結合した2量体を作る(右上)。結合可能な配位サイトが残っているが、過剰のジカルボン酸を加えても内孔に2分子が捕捉される構造は変わらない。しかし、酸を加えると内孔に4分子が捕捉された構造に変換される(右下)。さらに、塩基を加えるとジカルボン酸は放出される(左下)。
《用語解説》
注1)大環状分子
大きな環状の骨格をもつ分子。内孔のサイズ・性質に合った他の小分子を捕まえることができる。2016年にノーベル化学賞を受賞した「分子マシン」のパーツとしても使われている。
注2) 錯体
一方の原子からもう一方の原子に電子対が提供される様式で作られる結合を配位結合といい、本研究では、金属と配位子との間の結合を指している。金属と配位子からできる分子を錯体という。
注3)ジカルボン酸
カルボキシ基(–COOH)を2つ有する分子。
注4)ホスト分子
可逆的な相互作用によって他の小分子(=ゲスト分子)を捕まえることができる分子。
注5)水素結合
酸素原子や窒素原子などに結合した水素原子が、別の原子の非共有電子対との間に作る結合。
注6)分子認識
特定の分子と選択的な相互作用をする現象。精密に設計された空間をもつホスト分子は、「鍵と鍵穴」の関係のように、空間に適合するゲスト分子と特異的な相互作用をする。
注7)配位子、配位部位
金属に配位結合する分子(=配位子)またはその部分構造(=配位部位)。
注8)3座のキレート配位部位
一つの配位子の複数の原子で金属を挟み込むように配位結合することをキレート配位という。Pap は3つの原子で金属と結合する3座のキレート配位部位である。
注9)単結晶X線回折
X線の波長が原子間の結合距離と同程度であることを利用して、結晶中での原子の空間配置を決定する測定法。シンクロトロンから発する強いX線を用いて、構造を精密に解析することができる。
《研究グループ》
鍋島 達弥(筑波大学数理物質系 教授)、西堀 英治(同 教授)、中村 貴志(同 助教)、金子 裕也(研究当時、同 数理物質科学研究科博士前期課程2年)
問い合わせ先 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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