種を弾き飛ばすホウセンカの実を模倣した光照射で内容物を弾き飛ばす中空結晶システムを開発(プレスリリース)
- 公開日
- 2017年09月08日
- BL02B1(単結晶構造解析)
- BL40XU(高フラックス)
2017年9月8日
龍谷大学
龍谷大学理工学部物質化学科の内田欣吾 研究室は、光を照射すると色を可逆的に変える「フォトクロミック化合物」の中で、光によって開環反応、閉環反応を繰り返すジアリールエテンを用いた光機能材料の研究を行ってきました。今回、新しい誘導体を合成し、それを昇華により結晶成長させると中空結晶が成長することを見出しました。結晶のサイズは、長さ100-500ミクロン、幅20-50ミクロン、厚さ2-10ミクロン程度の小さなものですが、これに紫外光を照射すると、無色の結晶が紫色に変わるとともに、結晶がジャンプしたり、バラバラに壊れるフォト(光)サリエント効果を示しました。サリエント効果とは、光照射や加熱により結晶がジャンプしたり、バラバラに壊れて飛び散る現象で、光照射でサリエント現象を示すフォトサリエント結晶と加熱するとサリエント現象を示すサーモサリエント結晶が既に報告されています。しかし、中空結晶がサリエント効果を示す例は世界で初めてです。そして、SPring-8のBL02B1とBL40XUビームラインを利用して中空結晶にサリエント効果が発生するメカニズムを明らかにしました。 <発表論文> |
<研究の背景>
近年、有機分子でミクロな機械を作ることに興味がもたれています。事実、2016年のノーベル化学賞は、「分子マシンの設計と合成」のテーマに授与されました。受賞者の一人、オランダのFeringa教授は、光で駆動する分子モーターを使って分子の四輪車を走らせました。しかし、分子の動きは小さく、単独での利用は困難です。一方、分子集合体では分子の動きが蓄積され、目に見える機能が確認できます。有機分子の集合体である結晶に紫外光を照射すると変形や屈曲現象が起こることが実際に報告されています。これらの結晶では,光エネルギーを直接、力学的パワーに変換可能なため,アクチュエーターや分子機械の基礎研究として注目されています。一方、光照射や加熱により結晶がジャンプしたり、バラバラに四散する現象も報告され、これらはフォトサリエント効果あるいはサーモサリエント効果として注目を集めています。前述の有機結晶の変形や屈曲は,比較的ゆっくりと結晶の外形に変化が現れるのに対して,サリエント効果を示す有機結晶では「ジャンプ」するほどの瞬発的な力学的パワーが発生する点が大きく異なります。ニューヨーク大学(アブ ダビ)のNaumov 教授らは、サリエント効果が起こる要因は結晶に対して光照射や加熱等の刺激を与えることで結晶内部の分子配列が変化してひずみが生じ、このひずみをある瞬間一気に外部に放出することで,瞬発的に力学的なパワーが生じ結晶が宙を舞うと説明しています。
龍谷大学の内田研究室では、光を照射すると色を可逆的に変えるフォトクロミック化合物、特に熱的な安定性を有するジアリールエテンという化合物を用いて光を照射して光応答する機能材料を研究してきました。ジアリールエテンは、無色の開環体と呼ばれる状態に紫外光を照射すると分子中心部が閉環し、着色した閉環体を与えます。これに可視光を照射すると元の開環体を再生します。この化合物は、光で何回も閉環・開環反応を繰り返せる事、結晶状態でもフォトクロミズムができる事に特徴があります。同研究室では光で屈曲する結晶についてFeringa教授とも共同研究を行ってきましたが、今回、エテン部の構造が従来の五角形から六角形に変えた新しい誘導体を合成し、それを昇華により結晶成長させると中空結晶が成長することを見出しました(図1)。結晶のサイズは、長さ100-500ミクロン、幅20-50ミクロン、厚さ2-10ミクロン程度の小さなものですが、これに紫外光を照射すると、無色の結晶が紫色に変わりフォトクロミズムを示すとともに、結晶がジャンプしたり、バラバラに壊れるフォトサリエント効果を示しました。このような中空結晶がサリエント効果を示す例は世界で初めてです。本研究において、SPring-8のBL02B1とBL40XUビームラインが中空結晶中の分子構造変化やひずみを詳細に観察するために利用されました。
<研究の結果>
中空結晶の分子配向から紫外光を照射すると結晶の長さと厚みが増大し、幅が減少するように歪みがかかることが予想されました(図2A)。紫外光を照射すると結晶は素早くジャンプしたり、四散しました。超高速度カメラで撮影したところ、この中空結晶のジャンプする速度は、1秒当たり数メートルと、結晶サイズに対して非常に大きなものでした。このような中空結晶の中にモノを詰めて光刺激で放出する可能性が考えられます。我々は、直径1ミクロンの蛍光ビーズを穴に詰めて(図2B)、紫外光を照射すると結晶が赤紫に変色後、中の蛍光ビーズが吹き飛ぶ現象が観察できました(図2C)。この中空内部には、ビーズの他に色々なものを入れることができます。DNAや医薬品等を入れることもでき、今回の研究成果は、光で内容物を放出することのできるシステムを作ったことに意義があります。
<研究の意義と今後の展開>
現在、「自然に学ぶモノづくり」という観点から、多くの研究がおこなわれています。今回の光応答システムは、身近な例で言えば種を弾き飛ばすホウセンカの実を模倣しています。ホウセンカは子孫を広い範囲に残すため種子を遠くに飛ばします。ホウセンカの実も中空構造をしており、実の長さ方向に沿って埋め込まれたツルの収縮で種が飛ぶことが分かっています。今回の中空結晶も全体に歪みを生みやすい構造であるため、大きなサリエント効果を発現したと考えられます。今回、ドイツ化学会の世界を代表する論文誌Angewandte Chemie 誌 からフォトクロミック アクチュエーターの論文としてHot Paper (注目論文) の評価を頂き掲載されたことは、このシステムが学会から高い評価を受けたことを意味しています。
新しく合成した誘導体が、なぜ自然に中空結晶を形成したのか未知の点も残されていますが、自然界のホウセンカの実と同じ中空構造の結晶が内容物を放出する優れた機能を示したことは、自然界のメカニズムを理解する上でも画期的な情報を与えてくれるものと思います。
<参考図>
図1 (A)昇華により生成した中空結晶、(B)紫外線照射後の中空結晶、(C)中空結晶の走査型電子顕微鏡(SEM)画像、(D)断面のSEM画像
スケールバー(A,B) 50 µm、(C) 2.0 µm、(D) 3.3 µm
図2 (A)中空結晶に紫外線を照射すると生じる歪み、(B) 中空結晶に直径1 µmの蛍光ビーズを充填した状態、(C) これに紫外光を照射するとビーズを放出する様子
スケールバー (C,D) 20 µm
問い合わせ先 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
- 現在の記事
- 種を弾き飛ばすホウセンカの実を模倣した光照射で内容物を弾き飛ばす中空結晶システムを開発(プレスリリース)