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カーボンのナノ空間では同種イオンが集まる性質があることを検証〜ハイパワーエネルギーの貯蔵デバイス(スーパーキャパシター)の開発指針〜(プレスリリース)

公開日
2017年09月21日
  • BL02B2(粉末結晶構造解析)

2017年9月21日
信州大学先鋭領域融合研究群 環境・エネルギー材料科学研究所

[研究成果のポイント]
・電気伝導性の高いカーボンの1 nm(ナノメートル)以下の極めて小さな幅の空間中に陽イオンと陰イオンのみからなるイオン液体を導入すると、陽イオン同志、あるいは陰イオン同志が集積した特異な構造をとることを明らかにした。
・自然界では食塩の結晶に見るように、プラスの電荷を持つイオン(陽イオン)のすぐ近くには、マイナス電荷を持つイオン(陰イオン)が分布している。これは陽イオンと陰イオンとが互いに引力を及ぼし、陽イオンと陽イオン(あるいは陰イオンと陰イオン)とは反発するためであり、この自然界における基本的な法則はクーロン(Coulomb)の法則と呼ばれる。
・本研究により、電導性の壁に囲まれたイオンのサイズ程度の空間では、壁に誘起される反対電荷の作用により同種イオンが集まることを初めて明らかにした。電気を流す性質の壁で囲まれた極微小空間でのみこの特殊なイオン構造が生成する。この特性は電池と並んで重要な電気エネルギー貯蔵デバイスであるスーパーキャパシターの高性能化に繋がる指針を与えるものである。

 信州大学 環境・エネルギー材料科学研究所の金子克美特別特任教授の研究グループは、1 nm以下の細孔径を有するカーボン細孔中では、イオン液体分子間及び壁に誘起される電荷とイオン液体分子間の相互作用で決まる特別なイオン間構造が形成されていることを明らかにした。代表的なイオン液体である EMI-TFSI をカーボン細孔中に導入し、シンクロトロン X 線散乱測定分子シミュレーション計算を組み合わせた研究手法により、細孔中でのイオン液体構造を決定した。通常、X線散乱測定のみからでは液体構造を詳細に描写することは困難であったが、分子シミュレーション計算によりX線散乱法から予測される最適な構造を3次元的に再現することにより、詳細な陽イオン間と陰イオン間構造を決定することを可能とした。
 その結果、陽イオンと陰イオンが一分子層分だけ入れる細孔径が0.7 nm 幅の平板状の狭いカーボン細孔の場合にだけ、陰イオンの最近接位置に同種イオンである陰イオンが約25 %もの割合で存在することを突き止めた。これはクーロンの法則に従う通常のイオン液体状態に比べ5倍も大きな値である。また、分子が二層分入れる大きさに近い1 nmのカーボン細孔になるとクーロンの法則に従った構造をとることも明らかにし、この異常なイオン液体構造は細孔径に大きく依存することも突き止めた。イオンが一分子層分だけ入れるカーボン細孔において“クーロンの法則に従わない”ように見えるイオン液体構造が形成されることは、電気伝導性の大きなカーボンの近くにイオンが来た時にカーボン中の電子が移動してプラス電荷(あるいはマイナス電荷)を誘起してイオン間のクーロン相互作用を軽減することに由来する。このイオン間の構造に関する新たな知見は、S.Kondrat とA. A. Kornyshevが2011年に理論予測した“超イオン状態”を実験的に検証するものであり、エネルギーデバイスとして期待されるスーパーキャパシタの高性能化に繋がる指針を与えるものである。本研究成果は、英国科学誌「Nature Materials」のオンライン版に2017年9月18日付で掲載された。(December 2017, Volume 16 No 12 pp1163-1273)

[論文情報]
論文タイトル:Partial breaking of the Coulombic ordering of ionic liquids confined in carbon nanopores
著者: Ryusuke Futamura, Taku Iiyama, Yuma Takasaki, Yury Gogotsi, Mark J. Biggs, Mathieu Salanne, Julie Ségalini, Patrice Simon & Katsumi Kaneko
掲載誌Nature Materials Published online 18 September 2017
doi10.1038/nmat4974

信州大学 環境・エネルギー材料科学研究所にてプレスリリースされた記事はこちら

[研究の背景]
 スーパーキャパシターは電池とともに電気エネルギーを貯蔵するデバイスであり、再生可能エネルギー利用を推進するために必須のものである。面積が1 g当たりで1000 m2 以上の電導性の高表面積電極(ナノスケールの細孔をもつカーボンが用いられる)を二つ用いて、陽イオンと陰イオンをそれぞれの電極に濃縮することにより蓄電される。誘電体の分極により蓄電される点では家庭用の電化製品に使われている電解コンデンサーと同様の原理である。コンデンサーの電極間に貯まる電気量は電極面積に比例するので、細孔性カーボンによって電極の面積を巨大化してある。スーパーキャパシターの二つの電極を繋ぐと巨大な電流つまり、エネルギーを取り出せる。電池は化学反応を利用して電気エネルギーを貯蔵するが、スーパーキャパシターでは電極にイオンを濃縮させて電気エネルギーを貯蔵する。このためにスーパーキャパシターは長い寿命と大きなパワーを取り出せるという特徴を持つ。
 スーパーキャパシターの電気貯蔵量を更に増大させるためには、細孔のある電極により多くのイオンを濃縮する必要がある。つまり1 g当たりにより大きな表面積を有する電導性カーボン材料を創製して、ナノメートルスケールの細孔中に高密度でイオンを濃縮する必要がある。そのためにはカーボンのナノスケールの細孔空間中でイオンがどのようになっているかを明らかにし、新たな設計指針を得る必要があり、世界中で研究が活発に展開されている。しかし、実験的な困難さゆえにカーボンのナノスケール空間中のイオンの研究は十分な成果を得ていなかった。一方、理論的な研究では一定の成果が出始めている。カーボンの構造モデルをもちいてイオンがどのようになっているかという分子シミュレーション研究や、イオンの大きさ程度の極微少細孔中では超イオン状態という特殊なイオン構造が理論的に予測されている。
 ここのような世界的な状況のなかで、実験に基づいたカーボン中のナノスケールの空間中のイオン構造の理解が求められていた。本研究では世界的な技術と科学からの要望に応える新たなイオンのあり方を明らかにした。

[本研究成果の意義]
 人類の持続的発展のためには再生可能エネルギーの創製と利用を推進する必要がある。太陽光、風力、水力、潮力など自然エネルギーの有用化は進みつつある。しかし、これらの再生可能エネルギーは間欠的であり、定常的なエネルギー供給には適さない。そこで極めて重要なのが、いかに効率的に安全で省スペースで再生可能エネルギーを貯蔵するかである。このエネルギー貯蔵法で最も重要なのが電池による方法とスーパーキャパシターによる方法である。スーパーキャパシターは電池に比べると歴史は浅いが、急激な進歩を遂げている。特性が電池と相補的であることから、電池と共にスーパーキャパシターの高性能化が喫緊の課題である。特に、小型でありながら大容量の電荷を貯めることのできるスーパーキャパシターを開発することが鍵である。
 本研究成果は貯蔵するイオンサイズによくフィットした、よく電気を流すカーボンの細孔体を開発すると、陽イオンだけ、あるいは陰イオンだけを細孔内に貯蔵することが可能であることを初めて示したものである。これにより省スペースで優れた性能を持つスーパーキャパシター開発への道筋が示された。スーパーキャパシターは化学反応を用いないので、メンテナスフリーの特性に優れているために、省スペース・高性能化が実現できると各家庭での再生可能エネルギーの貯蔵・活用を一層促進できる。
 本研究で見出した同種イオンの集積構造は、ナノ細孔体のカーボンまで含めると、カーボン中に最近接するイオンの電荷と反対符号が誘起されて、細孔内の同種イオン間のクーロン反発が弱められることに由来する。自然界にはこのような同種イオンの集積構造形成が他にも存在する可能性がある。

[特記事項]
 英国科学誌 Nature Materials (インパクトファクター: Nature 40.14 > Nature Materials 39.7 > Science 37.2) のオンライン版に2017年9月18日付で掲載された。(December 2017, Volume 16 No 12 pp1163-1273)本論文はスーパーキャパシターの専門家(フランスとアメリカ)および分子シミュレーションの専門家(イギリスとフランス)との共同研究の成果である。特に信州大学環境・エネルギー材料科学研究所の特別招聘教授のP. Simon教授(パウルサバチエ大学、フランス)とY. Gogotsi教授(ドレクセル大学、 USA)のスーパーキャパシター科学上の寄与は極めて大きい。論文名:“Partial breaking of the Coulombic ordering of ionic liquids confined in carbon nanopores(カーボンナノ細孔中に閉じ込められたイオン液体におけるクーロン規則性の部分的破れ)”. 著者名: 二村竜祐、飯山拓、高崎優真、Yury Gogotsi(USA), Mark J. Biggs(イギリス), Mathieu Salanne(フランス), Julie Segalini(フランス), Patrice Simon(フランス), 金子克美
Degital Object Number doi: 10.1038/nmat4974

 本研究は5年以上の長い研究の成果であるために、関連する諸研究プロジェクト経費(学術振興会科学研究費:若手(B)(No.26870240),若手(A)(No.17H04953), 基盤A(No. 24241038), B(No.17H04953), 科学技術振興機構プロジェクト経費(CREST; JPMJCR1324, COI Global Aqua Innovation Center for Improving Living Standard and Water Sustainability、タカギ研究助成金)の支援を得た。
 またシンクロトロンX線散乱実験は、公益財団法人高輝度光科学研究センター(JASRI)の認可のもとSPring-8の BL02B2 ビームラインにて(課題番号No. 2012B1438, No. 2013B1243, No.2014A1167, No. 2014B1196)、そして科学技術交流財団あいちシンクロトロン光センターのBL5S2ビームラインにて(実験番号:No. 2016D400, No. 201606124)行われた。


(用語の説明)
クーロンの法則
 自然界の電荷をもっているイオンなどの間のお互いの作用を表す法則であり、二つのイオン間の距離をRとすると、電荷Q1 と電荷Q2 間に作用する力は、(Q1Q2)/(4 πεR2)で表される。ここでεはイオンが存在する物質の電場に感応する特性を表す乗数(誘電率)である。電荷が異なる符号を持つと引力が、同じ符号であると斥力が働くことが示される。イオンが水の中にあると水の誘電率が大きいので、イオン間力が他の液体中より小さくなる。

スーパーキャパシター
 家電製品中のコンデンサーは2 枚の金属電極間に誘電性を持つ物質を挟んでおり、プラスとマイナスの電荷をためることができるが、その容量はマイクロファラッドµF (0.000001 F)程度であることが多い。これは電極面積がcm2 程度であり、家電製品には大きな電気容量を必要としないためである。電荷を貯める容量は電極面積に比例するので、大きな面積の電極を用いると、電気容量は大きくなる。スーパーキャパシターでは1 g当たりの表面積が1000m2 以上もある電気を流せるカーボンを電極として用いるために、貯める電荷量が100-1000 Fにもなり、従来のコンデンサーの100,000,000倍程度の電荷を貯めることができる。そのために、電気エネルギーを貯める重要なデバイスとして利用されている。蓄えられたプラスとマイナスの電荷をリード線で繋ぐと巨大な電流を瞬時に取り出せるために、大きな仕事をするのに適している。このために、リフトや車の始動など多くのものに利用されつつある。寿命も極めて長いことからより優れた性能のスーパーキャパシターの開発が望まれている。

シンクロトロン X 線散乱
 シンクロトロン放射光から得られる波長が揃っていて極めて高輝度な X 線源を用いる散乱実験であり、実験室レベルの X 線をもちいるよりもはるかに短時間で質の良い情報を得ることができる。本研究成果もシンクロトロン X 線によるところが大である。

イオン液体
 融点が 100℃ あるいは 150℃ 以下のイオン(有機分子イオンであることが多い)性化合物であり、イオン性の液体状態を取りうるもの。特に EMI-TFSI のように室温で液体であるものは応用性も高く注目されている。イオン液体を用いるスーパーキャパシターでは、水溶液系のスーパーキャパシターに比べて、数倍高い電圧で使用できるために、貯蔵エネルギー量を極めて大きくできるので注目されている。

EMI-TFSI (1-エチル 3-メチルイミダゾリウム ビス(テトラフルオロメチルスルフォニル)イミド )
 水蒸気存在下でも安定である代表的なイオン液体である。融点は約-17 ℃であり、室温では液体として存在する。EMI は陽イオンであり 1-エチル 3-メチルイミダゾリウムを指し、TFSI は陰イオンでありビス(テトラフルオロメチルスルフォニル)イミドを指す。EMI、TFSI イオンともに多分子からなるイオンであり、構造モデルとサイズを以下に示す。EMI モデルで黒は炭素、グレーは水素、紫は窒素を示す。TFSI モデルの各色の丸は、紫色:窒素、黄土色:硫黄、赤色:酸素、青緑色:フッ素、である。

図1

0.7 nm(ナノスケール)の幅の平板状細孔
 カーボン細孔体はグラフェン様のユニットが 2 から 3 枚程度積層して、下図に示すように互いに相対してスリット状の空間を多数持っている。このスリット状の空間の一番短い寸法であるスリット幅を細孔径と呼ぶ。この場合には細孔径が 0.7 nm なので、EMI-TFST の各イオン分子は一層分だけスリット空間に入ることができる。

図2

最近接位置
 代表的にイオン結晶である塩化ナトリウムの構造を例とする。塩化物イオンの周りの一番近い配位位置には反対符号を持つナトリウムイオンだけがある。その位置を第一近接位置という。それよりも少し離れると塩化物イオンのみがある第二近接がある。これはクーロンの法則に従った構造である。以下の図は3次元構造のうち2次元の構造のみを示している。

図3

高表面積
 カーボンの表面積の理想値は下図にあるグラフェンの表面積値である。このグラフェン構造ではすべての原子が表と裏の両面に面しているので、グラフェン1 gあたりの表面積が2630 m2となる。ナノスケールの細孔がある細孔性カーボンではこのグラフェンの表面積値に近い表面積値をとることができる。また、細孔性カーボンを構成しているユニットがグラフェンのナノスケールの構造体であると、その構造体のエッジが面積に寄与するので、表面積値が2630 m2以上に成る。高表面積の厳密な定義はないが、2630 m2を超えると超高表面積と呼ぶことがある。スーパーキャパシターでは表面積が大きいほど有利である。

分子シミュレーション
 分子が多数ある系を物理学の分野の統計力学と力学の原理を応用して、合理的な平衡状態あるいは変化に関する情報を得る手法である。統計力学を適用した場合には時間的に安定化した平衡状態の情報を、系を構成している分子に力学を適用する分子動力学は、分子系の時々刻々の変化に関する情報が得られる。これらは計算機の進歩によって、大いに発達したものであり、実験的研究が困難な場合に特に威力を発揮する。本研究のように実験と相補的に行うと極めて深い理解が得られることが多い。

超イオン状態(Superionic state)
 S.Kondrat と A. A. Kornyshev (J. Phys.: Condens. Matter 23 (2011) 022201) によって理論的に予測された新しいイオン状態である。 それは電導性物質に囲まれた分子サイズのナノ細孔中で生じ、同じ荷電のイオンが集まって高密度化されるという特別な状態である。イオンが接近すると電導性物質内の電子が移動して、反対荷電を誘起する静電遮蔽効果が起こる。そのためにナノ細孔空間に存在する同じ荷電を持つイオン間のクーロン反発力が軽減され、超イオン状態という特殊なイオン状態が形成される。理論的に予測されていた超イオン状態はこれまでに実験によって証明されてはいなかった。



【問合せ先】
信州大学先鋭領域融合研究群 環境・エネルギー材料科学研究所
特別特任教授 金子克美
 TEL 026-269-5743
 Email: kkanekoatshinshu-u.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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