大型放射光施設 SPring-8

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分子結晶におけるスピン液体の起源を解明(プレスリリース)

公開日
2017年10月10日
  • BL43IR(赤外物性)

2017年10月6日
愛媛大学
理化学研究所
高輝度光科学研究センター(JASRI)

 愛媛大学、理化学研究所、大阪大学、東京理科大学、豊田理研、高輝度光科学研究センター(JASRI)による共同研究チームは、結晶中の分子が集団的な変形をすることで電子のもつ電荷とスピンが整然と並ぶことができない現象を見出し、平成29年10月10日(英国時間 午前10時)に学術誌「Scientific Reports」に公表いたします。
 電子には、「電荷」と、電子の自転で生ずる「スピン」という性質があり、それぞれ、電気伝導性と磁性を支配しています。二つの磁石が反対向きになるように電子がペアを組むと安定する性質があります。ところが、正三角形が組み合わされてできた格子の各頂点に電子が一個ずつ位置する条件では、特定の二つの電子のペアを作れない(三角関係)など、電子スピンが整然と秩序化できなくなり、磁性や伝導性に不思議な性質を示す①「スピン液体」になると期待されています。この予想自体は約40年前のことで、高温超伝導の解明やスピンの伝導を利用した材料開発との関連も含め、大きな注目を集めましたが、未だに理論的に解明されていません。しかも、現実の物質としてのスピン液体はなかなか見つかりませんでした。21世紀に入って初めて、②有機物が主成分の分子結晶が非常に低温でもスピン液体の性質を保つ可能性が報告されました。そして、この物質を用いて、なぜスピンが秩序化しないのか、というスピン液体に関する最大の謎を解明することが可能となりました。

【掲載論文】
論文タイトル:Charge and Lattice Fluctuations in Molecule-Based Spin Liquids
タイトル邦訳:分子結晶のスピン液体における電荷ゆらぎと格子ゆらぎ
著者: 山本貴(愛媛大学・理研)、藤本尚史(愛媛大学)、内藤俊雄(愛媛大学)、中澤康浩(大阪大学)、田村雅史(東京理科大学)、薬師久弥(豊田理研)、池本夕佳(JASRI)、森脇太郎(JASRI)、加藤礼三(理研)
掲載誌Scientific Reports(Springer Nature Group 発行)
電子版発行日: 2017 年10 月10 日

 本研究グループでは、スピン液体の特性を示す分子性結晶である③金属ジチオレン錯体( えん ) の電荷と分子の振る舞いに着目し、分子周辺の電子の密度と、分子が変形する様相を、光を使い計測しました。金属ジチオレン錯体は④炭素-炭素二重結合を持つ分子であり、光を当てると二個の炭素原子が特定の振動数(周波数)で振動します。この周波数は、分子一個の電子密度に鋭敏であり、また、分子同士が近寄る場合に起る電子の移動にも鋭敏に応答します。従って、分子や電子が何個集るのか、分子同士がどの程度近いのか、など電子のペア形成を調べるのに適しています。様々な周波数を数え漏らさないよう、一般的な分析機器による赤外光だけでなく、レーザー光、および、SPring-8の⑤大型放射光施設SPring-8のビームラインBL43IRの放射光に含まれる赤外光も用いて観測しました。
測定の結果、分子は柔軟なので図1に示したように二個・四個・八個といった集団同士で絶えず組み替わることが分りました(格子自由度)。また、分子の電荷量が一定ではないという結果も得ました(電荷自由度)。これは、分子の集団同士の組み換えに連動して、電子も複数種のペア同士で組み替わることを意味します。面白いことに、結晶中の金属ジチオレン錯体分子が二個・四個・八個と集っても、電子が収容される分子軌道のエネルギーは、互いの集団間でもほとんど変化しません。これは、遷移金属と同様に、どの軌道に電子が収容されるのかという任意性(軌道自由度)が分子結晶にもあることを意味します。つまり、スピンだけでなく軌道・格子・電荷がそれぞれ自由度(任意性)を持つので、互いの組み替えが低温でも維持できる、というのが分子結晶のスピン液体の特徴です。面白いことに、たとえ三個の電子が正三角形からずれた位置だとしても、この組み替えによりスピン液体の性質が保持されます。また、一個一個の電子スピンが無秩序に存在するよりも、限定的でも秩序化すればエネルギーが下がるので、このスピン液体は安定して存在できます。これらは、本研究結果が⑥過去の報告で指摘された不思議な特性までうまく説明できることを示しています。

 本成果は、高温超伝導の解明だけでなく、電荷とスピンが独立して伝導するデバイス材料の開発、高い自由度を活用したデータ密度の高い量子コンピュータに向けた材料開発への指針を与えるものと期待されます。

図1

図1 分子の集団同士が組み変わる概略図。丸や楕円で囲んだ部分は、二つの分子 を意味している。三角形は灰色と白色で示してある。桃色の着色部が濃いほど電子が多く存在する。上段では二個の分子からなる集団が独立し、電子のペアは存在しない。下段左は四個の分子からなる集団であり、電子のペアが存在する。下段右は八個の分子からなる集団であり、電子のペア二個を含む。詳細は用語説明③と関連した図を参照。


【用語説明】
スピン液体
 結晶性物質を冷却すると分子や原子の熱運動が止まるため、小さい粒子である結晶中の電子は本来の性質を示すようになる。金属結晶では自由電子として気体のように振舞う。一方、互いの電子の持つ電荷による反発力により電子が移動できない場合、電子が整然と秩序的に並び半導体になる。このとき、互いに隣り合う電子スピンの向きが逆向きに並べば、より秩序性のある状態になり、これは固体に相当する。ところが、図2に示したように、反発力で移動できない電子が正三角形の頂点に位置する場合、特定の二つの電子スピンだけで安定なペアを形成できないので、どんなに低温にしても完全な秩序化はできないと予想されている。電子スピンの影響により気体でも固体でもない状態という観点から、スピン液体と呼ばれている。 

図2

図2 どのように二つの電子だけで上下スピンのペアを作っても、三つ目の電子スピンの向きが定まらない。

有機物が主成分の分子結晶
 炭素・水素・酸素・窒素・硫黄などから構成される物質は有機物と呼ばれる。また、分子結晶とは、ヨウ素、ナフタレン、氷のように、多数の分子が主に弱い力で集まり、分子が規則的に並ぶことで結晶を形成している物質である。従って、サッカーボール型C60は有機物からなる分子結晶に属する。
ところで、超伝導物質として知られている金属元素を内包したC60、および、BEDT-TTF分子と無機物のイオンからなる ( えん ) は、有機分子を含んでいるものの、無機物を一部含む。しかし、電気伝導性は有機分子の(近傍にある)電子だけを考えても説明できるため、これらは有機物が主成分の分子結晶と呼ぶことができる。

金属ジチオレン錯体( えん )
 金属ジチオレン錯体とは、図3にあるように、中心にある無機の金属元素(ここではパラジウム)の両側を有機物で挟んでできた錯体であり、全体で一つの分子である。本研究では、図3の分子と、陽イオン(C2H5(CH3)3Sb+)が規則的に並んで ( えん ) を形成しており、①分子結晶に属する。図4のよう2個の分子は結合に近いぐらい近接し、丸で囲んだ二量体を形成し、図5のように二量体が並んで二次元的なシート構造を形成する。二量体は全て三角形の頂点に存在する(必ずしも正三角形とは限らない)。二量体あたり平均して一個の移動しやすい電子を割り振ることができる。電子は主にこの二次元シート内しか移動できない。
 ところで、分子の中心にある金属元素の引き合う力により二量体になりやすい一方、図3の両側にある有機物の部位は柔らかいため、分子同士が離れることもできる。その結果、分子は二量体だけでなく四個や八個の集団も形成できる。電子が収容される分子軌道のエネルギーは、四個や八個になってもほとんど変わらない。

図3

図3 本研究で用いた金属ジチオレン錯体に属する[Pd(dmit)2]分子

図4

図4 二個の[Pd(dmit)2]分子からなる二量体。右の丸囲みは二量体を横から眺めた様子。二量体あたり平均一個の電子が存在する。

図5

図5 二量体である[Pd(dmit)2]2が(正)三角形の頂点に位置するように整然と並んだ二次元シート構造。

炭素-炭素二重結合
 図6において、C=Cの部分が炭素-炭素二重結合である。この部分には、炭素原子同士をつなぎ止めるための強い結合(シグマ結合)に束縛された電子だけではなく、分子から比較的飛び出しやすい電子が収容される弱い結合(パイ結合)が存在する。電気伝導性などもこのパイ結合にある電子が主に関与する。従って、分子、および、分子の周辺で何らかの変化が起きた場合に、炭素-炭素二重結合における電子の密度が増減する。
 炭素-炭素二重結合における電子の密度は、炭素-炭素二重結合が伸縮振動するときの周波数から推定できる(図6の矢印)。例えば、炭素-炭素二重結合の電子密度が増加(減少)すると周波数は増大(低下)するので、分子あたりの電荷量を推定できる。また、隣接分子に電子が移動すると周波数は低下するので、集団を形成する分子数や電子のペアの様相を決定できる。このような分子の振動を観測するには、赤外分光法とラマン分光法が存在する。

図6

図6 [Pd(dmit)2]分子の炭素-炭素二重結合が伸縮振動する例

大型放射光施設SPring-8のビームラインBL43IRの放射光に含まれる赤外光
 大型放射光施設SPring-8は、兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが運転と利用者支援等を行っている。SPring-8では、山を囲むほどの円形施設の中で電子を光速に近い速さまで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する強力な電磁波(放射光)を用いた研究が行なわれている。
 X線よりもはるかに波長の長い赤外光も放射されており、この光は一般の分析機器の赤外光よりも非常に細い。従って、小さい試料や狭い試料にも正確に赤外光を照射できるので、信頼性の高い分子振動の周波数測定が可能である。また、細い光という特徴は、試料中の成分分布の解析にも有用である。理学・工学・農学・薬学・医学・考古学など、様々な分野にわたって、SPring-8の赤外光の長所を活かした研究成果が報告されている。

過去の報告で指摘された不思議な特性
 X線構造解析によると、正三角形から若干ずれたほうがスピン液体になりやすく、このことは、三角関係の前提を否定しかねません。熱測定では、あたかも電子スピンが秩序化するかのような若干のエネルギー低下が観測され、磁気測定でもこれを支持する報告があり、これらの性質は物性学者を悩ませ続けてきました。しかし、本研究結果によると、正三角形である必要性は無く、また、若干のエネルギー低下は分子と電子の限定的な集団形成により説明できます。


【備考】
なお、本研究は、文部科学省 科学研究費補助金(課題番号: No. 15K05478, 24750127, 20850024 and 16H06346)、SPring-8ユーザー課題(課題番号: 2012B1263)、自然科学研究機構 分子科学研究所 ナノテクノロジープラットフォームプログラム、愛媛大学超高圧材料科学研究ユニット、愛媛大学有機超伝導体研究ユニットの一環として実施したものです。



【問い合わせ先】
(研究に関すること)

愛媛大学 大学院理工学研究科 環境機能科学専攻 分子化学コース(愛媛大学 理学部 化学科)
准教授 山本 貴
 E-mail: yamatakaatehime-u.ac.jp
 TEL/FAX:089-927-9608

(報道に関すること)
愛媛大学総務部広報課
 E-mail: kohoatstu.ehime-u.ac.jp
 TEL:089-927-9022

理化学研究所 広報室 報道担当
 E-mail:ex-pressatriken.jp
 TEL:048-467-9272 FAX:048-462-4715

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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