半導体ダイヤモンドヒーターによる超高温発生 半導体ダイヤモンドヒーターを開発し、超高圧下で約4000Kの超高温発生に成功(プレスリリース)
- 公開日
- 2017年10月12日
- BL04B1(高温高圧)
2017年10月12日
岡山大学
愛媛大学
高輝度光科学研究センター
研究成果のポイント
●ダイヤモンドにホウ素(B:ボロン)を添加すると半導体ダイヤモンド1) になる。半導体ダイヤモンドヒーター2) で約4000 Kの超高温発生に成功。
●半導体ダイヤモンドをヒメダイヤ乳鉢(愛媛大GRC)でパウダー状に粉砕した。半導体ダイヤモンドの難加工性問題をクリア。
●半導体ダイヤモンドの圧力発生に対する影響を、大型放射光施設SPring-83)(BL04B1)での“その場観察”で確認した。常温でおこる圧力発生効率の低下が温度上昇に伴い解消していくことを確認した。1300 K以上では圧力発生効率への悪影響は無い。
●半導体ダイヤモンドの特長の一つは高いX線透過性。すでにSPring-8放射光施設の強力X線で落球法4)によるケイ酸塩メルトの粘性率測定5) を実施している。
岡山大学惑星物質研究所(惑星研)の米田明准教授、謝龍剣大学院生(JSPS特別研究員)、愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC)入舩徹男教授、高輝度光科学研究センター(JASRI)の肥後祐司研究員らの研究グループは、半導体ダイヤモンドヒーターを用いた超高圧下での高温発生で、従来より1000 K以上も高い約4000 Kの温度発生に成功しました。 【発表論文】 |
<背景>
地球深部は高温高圧の世界です。外核とマントルの境界(CMB)である深さ2900 kmでは圧力136 GPa、温度4000 Kと推定されています。岡山大学惑星研の高圧グループは、川井型大容量マルチアンビル装置でのCMBの温度圧力条件の達成を目標に掲げて研究を進めてきました。2013年には世界で初めて100GPa(百万気圧)の圧力発生に成功しています(Yamazaki et al., Physics of the Earth and Planetary Interiors, 2014)。その後、圧力は120 GPaまで向上し、目標の136 GPaに肉薄してきています。
図1は地球内部の温度分布を概略で示したものです。マントルの最下部で約3000 Kの温度に達することが分かります。そこでのケイ酸塩鉱物の融点は約4000 Kと推定されています。地球深部の物質科学を進める為にも約4000 K発生は達成しなければならない目標でしたが、これまでは約2500 Kが限界でした。
この限界を突破するための新ヒーター材料として半導体ダイヤモンドに着目しました。純粋に炭素だけを含むダイヤモンドは絶縁体ですが、ホウ素を添加するとアクセプタ準位が形成され半導体になります(図2)。ダイヤモンドは常温常圧では不安定相ですが、約5GPa以上の圧力下では安定相です(図3)。半導体状態のダイヤモンドは高圧下における超高温発生用のヒーターとして最適という確信のもとに研究を開始しました。
半導体ダイヤモンドをヒーターに使う試みはこれまでもありました。いずれも炭素(グラファイト)とホウ素混合物を出発材料にし、高圧下でダイヤモンドに変換し、その後に、半導体ダイヤモンドヒーターとして超高温発生に挑戦するという方法でした。この方法でも3000 K以上の高温が発生できますが、安定性に欠けているために、実際の研究に使わるまでには至りませんでした。安定性に欠ける原因は、①グラファイト-ダイヤモンド変換時おける体積収縮、②未変換グラファイトの影響による抵抗不安定性です。
ダイヤモンドは非常に硬い難加工性材料です。そのため、半導体ダイヤモンドそのものを出発材料にするのではなく、炭素・ホウ素混合物が出発材料にされてきました。今回の研究のエフォートの50%は、ダイヤモンドの難加工性の克服にあったといえます。残りの50%は半導体ダイヤモンドヒーターに適合する断熱材・電極材の探索でした。
<研究手段と成果>
半導体ダイヤモンドの加工を回避するために、我々はチューブ状の半導体ダイヤモンド焼結体の合成を試みました。それなりのものが合成できましたが、肉厚が不均質など難点もありました。実際に高圧下での温度発生も試みたものの、2500-3000 K程度の温度発生しかできませんでした。つまり、この方法は“労多くして功少なし”です。
そこで半導体ダイヤモンドの加工性問題をパウダー充填法の採用で解決しました。パウダー充填法は、粉末状のヒーター材料を試料と断熱材の隙間に充填していく方法です。川井型マルチアンビル6)分野で確立している手法ですが、問題は、半導体ダイヤモンドをパウダー状に粉砕することでした。ダイヤモンドより硬い物質は世の中にありません。
この問題はヒメダイヤ乳鉢の使用で解決できました。ヒメダイヤは愛媛大学入舩徹男教授が開発したナノ粒子多結晶体ダイヤモンドのことで、通常の結晶質ダイヤモンドよりも硬いことが知られています。図4は世界に一台しかないヒメダイヤ乳鉢の写真です。
半導体ダイヤモンドヒーター実用化へのもう一つの課題が、適合する電極材や断熱材の探索でした。特に電極材には耐熱性だけでなく電気伝導性や化学的安定性も要求されます。さまざまな物質を試した結果、炭化チタン(TiC)が電極材に適していることが分かりました。またジルコニア(ZrO2)などの断熱材を使用しない方が良好な結果が得られることも分かりました。図6は約4000 K発生実験から回収したセルの断面写真です。半導体ダイヤモンドヒーター(BDD)や電極材が融けずに回収できていることが分かります。
最後に残った問題が半導体ダイヤモンドによる圧力発生への悪影響です。ダイヤモンドは非常に硬いため、ダイヤモンドが圧力を支えて試料に圧力が伝達しない現象が知られています。これをダイヤモンドによるブリッジニング(架橋)効果といいます。我々は、この問題をSPring-8のBL04B1(図5)で確認しました。ブリッジニング効果は、常温下では確かに起こりますが、1300 K以上では起こらないことが確認できました。つまり1300 K以上の高温実験では圧力発生への悪影響なしに半導体ダイヤモンドヒーターが使えます。
<今後への期待>
我々はすでに落球法によるケイ酸塩メルトの粘性率測定実験に半導体ダイヤモンドヒーターを使っています。図7は落球法実験でのX線イメージを示したものです。半導体ダイヤモンドはX線透過性が高く、このようなX線イメージの撮影に最適のヒーターです。ケイ酸塩メルトの粘性率は、初期地球で形成されたマグマオーシャンからの化学的進化過程を制約するための重要パラメーターです。
もう一つの重要な課題が焼結ダイヤモンドアンビルによる圧力発生と半導体ダイヤモンドヒーターによる超高温発生を組み合わせることです。図8は川井型装置における圧力温度発生の現状を示したものです。30 GPa以上の領域での温度発生実績が2000 K以下に限られていることが分かります。この限界を半導体ダイヤモンドヒーターで打ち破り、ジオサーム(地温勾配)に達する条件での物質科学的研究を展開することも今後の大きな目標です。
図1 地球内部温度分布の概略(Marchi et al., 2014に加筆)。マントルとコアの境界(CMB)での温度は約3000K、またそこでのケイ酸塩鉱物の融点(Solidus)は約4000 Kと見積もられている。CMBの直上にD”層とよばれる、極めて活動的な領域がある。
図2 ダイヤモンドのバンド構造の概要。価電子帯(VB)と伝導帯(CB)のエネルギーギャップEgは5.45 eVと非常に大きいのでダイヤモンドは絶縁体である。ホウ素をドープするとアクセプタ準位が形成される。価電子帯とのエネルギーギャップは0.35 eVであり、数千Kの温度では半導体となりヒーターに適合する電気伝導性を持つようになる。
図3 炭素の相平衡図(Organov et al., 2013)。常温常圧ではグラファイトが安定相、1500 Kでは5 GPa以上の圧力でダイヤモンドが安定相になることなどが分かる。ダイヤモンドの融点は約5000 Kと推定されている。
図4 愛媛大学GRC所有のヒメダイヤ乳鉢と乳棒。世界最硬の乳鉢・乳棒である。
図5 SPring-8、BL04B1の装置配置図と2台の高圧プレスの写真。2台のプレスを交互に使えるので効率的に研究を進めることができる。
図6 約4000 K発生実験からの回収試料の断面。(a)で半導体ダイヤモンド(BDD)や電極材(TiC)が融けていないことが分かる。(c)は(a)中のボックス部の拡大である。W/Re alloy は融けた熱電対の残滓である。(b),(d)はヒーターの内外に置かれたMgOのテクスチャーである。(b)に比べてヒーター中心部の(d)の粒径が細かい。MgOの高温細粒化は興味深い現象であり、今後も分析を継続する。
図7 落球法粘性率測定法の概要。試料中に置かれた金属球(写真中の黒丸)は試料が融けると落下を始める。20 ms以降で落下速度が一定になっている。落下速度から粘性率が求まる。X線透過性の高い半導体ダイヤモンドヒーターは本実験に適している。本測定はSPring-8、BL04B1で行った。
図8 焼結ダイヤモンドアンビルによる圧力温度発生の現状を黄色の領域で示した。発生圧力が120 GPa(黒破線)まで到達しているが、温度については地温勾配(geotherm)までギャップがある。Pv、Ppvはペロブスカイト構造とポストペロブスカイト構造の略称である。今後の目標を赤矢印で示した。すなわち、半導体ダイヤモンドヒーターを組み込むことにより、60-120 GPaの圧力領域で地温勾配までの温度発生を可能にする。
本研究は、学術振興会の基盤研究(S)“川井型装置による核マントル境界の温度圧力発生とマントル最深部実験地球科学の展開”(平成22-26年度、代表者:米田明); 文部科学省の新学術領域研究“核-マントル物質の精密高圧実験技術の開発”(平成27-32年度、代表者:入舩徹男);SPring-8大学院生提案型課題;愛媛大学PRIUS共同利用・共同研究、等の支援を受けて実施しました。
<用語解説・語句説明>
1) 半導体ダイヤモンド
半導体は金属と絶縁体の中間の電気伝導度を持つ物質の総称である。炭素だけからなる純粋なダイヤモンドは絶縁体であるが、ホウ素を添加すると電気伝導度が増加し半導体になる。
2) 半導体ダイヤモンドヒーター
上記の半導体ダイヤモンドを超高圧実験での加熱用ヒーターとして応用したものである。
3) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、高輝度光科学研究センターが運転と利用者支援等を行っている。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来。電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する、細く強力な電磁波(放射光)を用いて幅広い研究が行われている。
4) 落球法
液体中を落下する球体の落下速度から液体の粘性率を求める方法。粘性力は速度差に比例するので、重力・浮力・粘性力が釣り合うと定常落下速度になる。この定常落下速度を測定し液体の粘性率を求める実験手法である。
5) ケイ酸塩メルトの粘性率測定
溶岩にはサラサラ流れるものと粘っこいものがあるように、ケイ酸塩メルトの粘性率は種類によって桁で大きく異なる。ケイ酸塩メルトの粘性率は地球内部の進化過程を議論する上で不可欠な重要パラメーターであり、最近、Mineral Physics (鉱物物理学)分野で精力的に研究されている。
6) 川井型マルチアンビル
6-8型マルチアンビル装置ともよばれる。正八面体の圧媒体を8個の立方体で圧縮し、8個の立方体アンビルを6個のアンビルで加圧する二段システムである。日本で発展し諸外国にも輸出された高圧発生技術である。開発者の川井直人大阪大学教授(故人)を記念した名称である。
<お問い合わせ> 愛媛大学地球深部ダイナミクス研究センター(GRC) 教授 入舩徹男 高輝度光科学研究センター(JASRI) 利用研究促進部門 研究員 肥後祐司 <報道担当> 愛媛大学総務部広報課 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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