水面での分子積み木細工で高精度なナノスケール細孔を有するナノシートの作製に成功 -分離膜や有機太陽電池向けの立体ナノ構造構築が常温常圧下で可能に-(プレスリリース)
- 公開日
- 2017年10月25日
- BL13XU(表面界面構造解析)
2017年10月25日
大阪府立大学
科学技術振興機構
高輝度光科学研究センター
大阪府立大学 大学院工学研究科 牧浦理恵 准教授らは、JST戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)「分子技術と新機能創出」領域の研究課題「液相界面を利用した高配向性機能分子膜の創製」において、水面上に有機分子の溶液を滴下するという極めて簡便な方法で、細孔の形状とサイズがナノスケールで揃った多孔質ナノシートの作製に成功しました。 <論文情報> |
本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。 | |
戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ) | |
研究領域 | 「分子技術と新機能創出」 |
(研究総括:加藤 隆史 東京大学 大学院工学系研究科 教授) | |
研究課題 | 「液相界面を利用した高配向性機能分子膜の創製」 |
研究者 | 牧浦 理恵(大阪府立大学 大学院工学研究科 准教授) |
研究期間 | 平成24年10月~平成28年8月 |
<研究の背景と経緯>
機能材料や電子機器の開発において、より軽く・薄くといった社会的要求に加え、省資源化が望まれる中、ナノメートルスケールの厚みを有する2次元物質ナノシート注1)は、究極に薄い機能材料として注目を集めています。また、マクロスケールの材料に見られない特異な化学的・物理的性質を示すため、その基礎特性にも興味が持たれ盛んに研究開発が行われています。ナノシートが、ナノスケールでサイズと形状が揃った細孔を有する場合には、分離膜、分子センサ、触媒、エネルギー創製・貯蔵材など、さらなる応用の幅が広がります。
グラフェン注2)をはじめとし、金属酸化物など多くのナノシートが報告されていますが、これらのナノシートのほとんどは、トップダウン式、すなわち、マクロスケールの材料を剥離することにより得られます。この方法においては、高温・高圧化でのマクロ材料の合成、剥離、剥離体(ナノシート)の分散液の調整、分散液からの製膜など、多くのプロセスを要します。また、剥離の際に、超音波や剥離溶媒の添加など、物理的・化学的刺激を必要とするため、ナノシートの破壊、剥離後の再凝集、固体基板上への均一な製膜が困難など、多くの問題がありました。
水面を用いた単分子膜の作製は、ボトムアップ式に分類され、ラングミュア-ブロジェット膜注3)として古くから知られています。親水基と疎水基の両方を含む、両親媒性の界面活性剤の溶液を水面に滴下すると、界面活性剤の分子が向きを揃え、ファンデルワールス力により密に整列するため、ナノシート中にサイズの揃った細孔を作ることは困難でした。
様々な応用の可能性を有する多孔性のナノシートを、簡便な方法で作製する技術の開発が望まれている中、本研究グループは、作製プロセスが少ない水面を利用したボトムアップ式に注目し、手法の開発に取り組んできました。
<研究の内容>
●アメンボに倣う分子形状の工夫
今回の研究では、構成要素となる分子間に生じる相互作用を考慮し、分子の形状を工夫することにより、多孔質のナノシートを、水面上、常温・常圧下で作製することに成功しました。用いた分子1,3,5-トリス(4-カルボキシフェニル)ベンゼンはBTBと呼ばれ、平らな三角形状を有し、ベンゼン環を4つ含む疎水性の中心部と、親水性のカルボン酸が周囲に配置された構造をとります(図1)。BTBの形状は、昆虫の“アメンボ”に例えることができます。疎水性の中心部が胴体、親水性のカルボン酸が足となります(図2)。BTBを水面に散布すると、親水性のカルボン酸が分子の周囲に均等に配置されているため、3つのカルボン酸が水に接するように、分子面が水面に平行になるように配向します。また、中心部は疎水性であるため、水中に溶け込まず、アメンボのように水面に浮かぶことができます。BTBは水面を浮遊しますが、カルボン酸同士は強固な二重の水素結合を形成するため、BTB同士が接すると即座に水素結合により次々と連結し、ハニカム状の構造を形成します(図3左)。さらに、中心部のベンゼン環がπ電子を有するため、π電子間の相互作用により、水面に対して垂直な方向に分子が密に積層します(図3右上)。このように、π-π相互作用により分子が密に積層された構造は、電子の移動に適しているため、電子デバイスへの応用にも期待が持たれます。BTB分子を積み木に見たてることもできます。周囲のカルボン酸が連結部になっており、横方向にはこの連結部を通じて強固につながります。一方で、BTBは平らな形状なので、縦方向に積むことができますが、連結部がないため、横方向に比べると弱い力で積み重なっています。このように、分子の形状と連結部の位置を工夫し、さらに水面を利用することで、様々な構造を有するナノシートの作製が可能です。
●放射光を用いたナノシートの構造の評価
ナノシートの構造解析は、大型放射光施設SPring-8注4)のBL13XU及び欧州シンクロトロン放射光研究所(ESRF)で実施しました。水面におけるその場X線回折測定により、ナノシートが多孔性のハニカム構造を有し、さらに水面に垂直方向に積層した構造であることを確認しました。また、シリコン、ガラス、グラファイト、金属多孔質基板など、様々な基板にナノシートを転写した後も、ナノシート形状と規則構造が保持されていることを確かめました(図4)。通常、結晶性の薄膜を得る際は、得られる構造は成長させる基板に大きく依存するため、適用できる基板の種類が限られます。今回開発したナノシートは、必要に応じて様々な基板に容易に転写できるため、応用利用の幅が広がります。また、細孔は基板に対して垂直に貫通しており、細孔のサイズに応じて気体や液体分子をふるい分けることが可能であるため、分離膜としての利用にも適しています。さらに、転写回数により、ナノレベルで膜厚を制御することが可能です。
●従来のマクロ材料の剥離では得られない特異構造を水面で実現
BTBを用いて、再結晶法によりマクロサイズの結晶を得ることは可能です。しかし、この結晶の構造は、水面を用いて作製したBTBのナノシートの構造と大きく異なります。水素結合によりハニカム構造を形成するところまではナノシートと同じですが(図3左)、ハニカムネットワーク同士が相互に介入した構造をとり、その結果として細孔が消滅します(図3右下)。再結晶を行う溶液では、分子があらゆる向きを取りうるため、このような介入構造の形成が頻繁に見られます。一方で、水面を用いることで、アメンボのように分子を水面に浮かせた状態で分子の向きを揃えることができるので、別の分子が介入することなく、ハニカム構造中の細孔を保持することができます(図3右上)。よって、BTBによるこのハニカム多孔質構造の構築は、マクロ材料の剥離では成し得ず、水面を適用したからこそ実現できました。
<今後の展開>
今回作製に成功した多孔性ナノシートは、高性能な分離膜や有機太陽電池の開発を加速することが期待されます。
現在、分離膜の材料としては、主にポリイミドなどの有機ポリマーが用いられており、作製が容易である一方、細孔径には分布が生じます。それゆえに、選択性(分離効率)を向上させるためには適度な厚みが必要ですが、厚すぎると透過性(生産性)が低下するというトレードオフの関係により性能の上限が決められてしまいます(図5左)。分子スケールでサイズの定まった規則ナノ細孔を有するナノシートは分離膜として理想的であり、分離効率と生産性の両方を向上させ、有機ポリマーの性能上限値を大きく超える可能性があります(図5)。
また、今回得られた規則細孔と分子積層部を併せ持つナノシートの細孔中に(図6左)、別の種類のゲスト分子(異種分子)を導入することによって、2種類の異なる有機分子が交互に規則配列した構造が得られます(図6中)。この規則構造は、相互介入型ヘテロジャンクション構造と呼ばれ、理論上、有機薄膜太陽電池における理想構造とされています(図6右)。
さらに、今回開発した手法は、常温常圧で実施可能であることから低コストのプロセスであり、必要な液体は水であることから、廃棄も容易である点も、製造上の大きなメリットです。
<参考図>
図1.水面における多孔性ナノシート作製の概略図.
図2.BTBの水に浸かる親水部と水に浮く疎水部のバランスにより(左),アメンボ(右)のように,BTBの平面部分が水面に平行になるように配向する.
図3.BTB分子が連結して多孔質ハニカム構造を構築するステップの模式図.溶液中での結晶析出と水面を利用したナノシートの作製では構造が大きく異なる.
図4.今回作製した多孔性ナノシートは必要に応じて様々な種類の基板に転写できる.
図5.有機ポリマー分離膜の性能上限と本研究で開発したナノシートの優位性を示す図
図6.多孔性ナノシートの太陽電池応用を示す模式図.
<付記>
本研究は、坂田 修身 氏(現・NIMS、高輝度放射光ステーション長)、田尻 寛男 氏(JASRI/SPring-8、研究員)、Ehmke Pohl 氏(英国Durham大学、教授)、Prassides Kosmas 氏(東北大学、教授)、 Oleg Konovalov 氏(ESRF、ビームラインサイエンティスト)との共同で行われました。
<用語解説・語句説明>
注1) ナノシート
厚み方向のサイズがナノメートルスケールであるのに対して、横方向のサイズがその数百倍以上という高い異方性を持つ2次元物質。金属、金属酸化物、有機ポリマー、グラフェンなど、広範な物質のナノシートが報告されている。
注2) グラフェン
炭素原子が六角形の格子状に並んだ、1原子の厚さの層。グラファイト(石墨)はグラフェンが積み重なり、層状構造になったものを指す。2004年に英国マンチェスター大学のAndre Geimらが単層のグラフェンの分離に成功して以降、その特異な電気的特性から電子材料として注目されている。Geimと共同研究者のKostya Novoselovには2010年にノーベル物理学賞が与えられた。
注3) ラングミュア-ブロジェット膜
有機単分子層を重ねた超薄膜。水面上に25万分の1ミリメートルで広がった有機分子膜を、ガラスなどの固体基板上に移して作製される。考案者のラングミュア(Langmuir)博士とブロジェット(Blodgett)女史の名前が由来であり、頭文字をとってLB膜とも呼ばれる。
注4) 大型放射光施設SPring-8
兵庫県の播磨研究学園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設で、その運転や利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っている。SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。
<お問い合わせ先> <JST事業に関すること> <報道担当> 科学技術振興機構 広報課 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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