KUMADAIマグネシウム合金の原子振動の観察から硬さの起源を見出す -軽くて丈夫な新規構造材料開発に重要な指針-(プレスリリース)
- 公開日
- 2018年01月19日
- BL35XU(非弾性・核共鳴散乱)
2018年1月19日
熊本大学
福岡大学
大阪大学
高輝度光科学研究センター
熊本大学の細川伸也教授、木村耕治特任助教(現:名古屋工業大学助教)およびJ. R. STELLHORN外国人特別研究員は、福岡大学、大阪大学および高輝度光科学研究センターの研究者と協力して、希土類金属イットリウムおよび亜鉛不純物を含むマグネシウム合金(KUMADAIマグネシウム合金)を対象として放射光X線を利用したX線非弾性散乱実験を行うことにより、不純物がマグネシウム合金の硬さに与える影響をミクロに解明することに成功しました。この合金には不純物が作るクラスターが存在することが指摘されてきましたが、加えてこのクラスター内およびクラスターとマグネシウムとの間に特徴のある弾性的性質が明らかになりました。これは、合金全体が持つ力学的な強じんさと大きく関係していると思われます。 (発表雑誌) |
(説明)
・アルミニウムより軽量で、航空機や地下鉄の構造材料として期待されているKUMADAIマグネシウム合金(注1)の非弾性散乱実験(注2)を、大型放射光施設SPring-8を用いて世界で初めて行うことができました。
・合金には不純物が作るクラスター(注3)が存在することがわかっていましたが、その弾性的性質は合金内で非常に画一的で極めて強固であり、また母体のマグネシウムとも非常に揃ったつながりを持つことがわかりました。それは、まるでセメントに含まれる小石のように、柔らかかったマグネシウム金属に、材料としての強度を飛躍的に増強させている可能性が高いことがわかりました。
・現在のところ、添加されている希土類金属不純物は、高価な希少金属ですが、文部科学省が進める元素戦略に基づいて、安価な不純物で同様な原子配列を持つマグネシウム合金の探索に、新たな指針を与えるものとして大変期待されます。
・熊本大学発で応用が非常に期待されているマグネシウム合金が持つ硬さの起源について、熊本大学内の理学系、工学系にわたる4つの研究グループがその持ち味を活かしながら、外部の研究者と協力して解明することができました。大学で行われた研究として、極めて共同性の高い研究です。
研究の背景
アルミニウムより軽量で、海水より採取できるという無尽蔵な資源であるマグネシウム(Mg)は、これまで柔らかく燃えやすいという性質から金属構造材料として用いられることはありませんでした。しかしながら、これにイットリウム(Y)などの希土類金属や亜鉛(Zn)などを不純物として添加することにより、強じんで不燃性となる新しいマグネシウム合金が、熊本大学の河村能人教授などにより見出され、軽量金属材料として地下鉄や航空機のボディーとしての応用が期待できる優れた構造材料として注目を浴び、KUMADAIマグネシウム合金と呼ばれています。
その優れた力学的な性質は、電子顕微鏡で観測することにより、Zn原子が6個とY原子が8個集まったクラスターの存在が大きく関わってきているのではないかと考えられています。図1(a)は電子顕微鏡で観測された不純物の像で、(b)はそれを元に考えられたクラスターのモデルを示しています。電子顕微鏡像でよくわかりますが、不純物クラスターはその位置や方向が整然と整列しています。この整然とした不純物クラスターがKUMADAIマグネシウム合金の優れた物性を決めていると推測されるのですが、個々の物性とどのように関係しているかについては、まだこれから詳しく調べる必要がありました。
そこで、不純物がなぜKUMADAIマグネシウムの強じんな力学的性質を生み出しているのかを探求するために、放射光X線を用いたX線非弾性法によって、原子振動のようすを観察し、不純物のクラスターとMg母体の弾性を詳しく調べることを試みました。
図1(a)電子顕微鏡で観測された不純物の像(白い部分)と(b)それを元に考えられたクラスターのモデル。小さな緑の丸がZn原子、大きな赤丸がY原子、横の点線がMg原子の列の位置を示しています。(引用論文および論文より引用)
研究技術の説明
非弾性散乱を用いた原子振動の研究は、光、X線あるいは中性子が散乱するときに、原子が振動するわずかなエネルギー(数ミリ電子ボルト、注4)が加わる、あるいは減ることを利用します。X線非弾性散乱法や中性子非弾性散乱法では、その波長が原子の間の距離程度であることから、散乱する角度によってエネルギーが変化する縦波や横波の音波の情報が得られるため、それぞれのミクロな音速を求めることができ、そこから物質の硬さ(弾性的な性質)を知ることができます。
今回の研究は、兵庫県佐用町にある大型放射光施設SPring-8の高分解能X線非弾性散乱ビームラインBL35XUを用いて行いました。X線で原子振動を観測するときには、およそ20キロ電子ボルトのX線のエネルギーが、数ミリ電子ボルトだけ変化することを検知する必要があります。したがって、約10万分の1の非常に高いエネルギー分解能が必須です。このビームラインでは、高純度のシリコン(Si)結晶を用いて、入ってくる方向とはほぼ逆方向にX線を散乱させる、後方散乱と呼ばれる方法を、試料への入射X線と試料からの散乱X線の両方に用います。X線のエネルギーを変化させるためには、一方のSi結晶の温度を数ミリ度程度に安定させておいた上で、もう一方の結晶の温度を数度変化させて、原子間の距離が熱膨張により変化することを利用するという、極めて繊細な技術を用います。
測定を行ったMg85Zn6Y9試料は単結晶である必要があったのですが、その部分は、図2(a)に破線で示すように大きくても1ミリメートル×3ミリメートルの大きさしかありません。しかしながら、X線のビームは10分の1ミリメートル径程度まで絞ることができるので、(b)のとおり単結晶の一部を集光イオンビーム法でコの字の穴をあけて小さな棒を作りました。その棒に角度を変えながらX線を照射して、エネルギーが異なる信号を観察するX線非弾性散乱実験を行いました。
図2 Mg85Zn6Y9試料の(a)単結晶部分(破線部分、およそ1ミリメートル×3ミリメートルの大きさ)と(b)そこに集光イオンビーム法でコの字にあけた穴の拡大図。(論文より引用)
得られた成果
図3に、今回の研究で得られた原子振動の信号(励起と呼ばれます)のエネルギーの変化ωを、規格化した波数δ(X線散乱の角度に対応します)の関数として図示しました。これを分散関係と呼びます。(a)と(b)は六角柱の形をしているMg結晶の柱とは垂直な2つの方向、(c)は平行な方向の分散関係を示します。図の●と○印は縦波、▲と△印は横波の励起を示しています。ここで、●と▲は大きなピーク、○と△は小さなピークを示します。これらは、実線で示した純粋Mgの音波励起の分散関係とよく一致しているものが多く、不純物の効果はあまり音波の分散関係にはないことが分かります。
これよりもはっきりと変化が見られる信号は、3本の破線で示すように5、10および17ミリ電子ボルトに現れる、δ変化をしない(無分散の)励起です。この信号は、結晶のどの方向にも同じように現れます。この方向性のない原子の振動は、試料のうちのあるグループがその近くだけで振動する局在したモードと考えられます。詳しい理論計算によって、5および10ミリ電子ボルトの振動は、主としてZnとYによるもの、すなわちZn6Y8不純物クラスター内部の振動を表し、17ミリ電子ボルトの振動はMg、ZnおよびYのいずれの原子も関係するもの、すなわち不純物クラスターを芯としてそのまわりのMgを巻き込んだ原子集団の振動を示すことがわかりました。
図3 (a)と(b) 六角柱の形をしているMg結晶の柱とは垂直な2つの方向、および(c)それに平行な方向の分散関係。(論文より引用)
図4にKUMADAIマグネシウム合金の弾性的性質を示すモデルを示します。(a)は純粋Mgと(b)は不純物が入った場合です。(a)のように全体が柔らかい純粋Mgに不純物が入ると、不純物はほぼ球形のクラスターとなります。このクラスターは弾性が非常に強く、10ミリ電子ボルトはクラスター全体が伸縮するときの振動のエネルギー、5ミリ電子ボルトはクラスターがねじれる方向の振動に対応すると考えられます。このクラスターは、まわりのMg原子とも強く結びつき、その強い結合が17ミリ電子ボルトの信号に対応すると推測されます。これらの原子集団は球に近い形をしており、六方晶系の結晶の方向にはあまり関連がありませんので、全方位で観測された分散の無い非弾性散乱信号を与えています。また、それらの弾性エネルギーは非常に大きく、KUMADAIマグネシウム合金の硬い力学的性質は、不純物クラスターとそのまわりの囲むMg原子の強い弾性から成り立っていると考えられます。すなわち、「セメントに含まれる小石」のように、柔らかかったMg金属に添加された不純物クラスターとそのまわりのMg原子が、材料としてのMg合金の硬さを飛躍的に増強させていることがわかりました。
図4 KUMADAIマグネシウム合金の弾性的性質を示すモデル。(a)純粋Mgと(b)不純物が入った場合。
ガラスは硬いですが割れやすく、硬いという今回の結果は、必ずしも強じん(硬くて粘り強い)なMg合金の力学的性質を表すものではありません。しかし、硬いことは強じんさの前提と言えますので、その起源を実験的に見出すことができたことは大きな意味を持ちます。
今後の展望
現在、地球上で希少な元素について、豊富に存在し安価な代替元素を使って同じような機能を発揮する材料を探索する目的で、文部科学省が「元素戦略プロジェクト」を推し進めています。現在のところ、Mgに添加されているYやGdなどの希土類金属不純物は、高価な希少金属です。今回の研究から、不純物がどのような原子配置をすればMg合金が強じんな材料としての性質を示すのか、明らかにすることができました。したがって、今回の研究は、安価な不純物で同様な原子配列を持つマグネシウム合金の探索に、新たな指針を与えるものとして大変期待されます。
また、この研究成果は、熊本大学発で応用が非常に期待されているMg合金が持つ強じんさの起源について、熊本大学内の理学系、工学系にわたる4つの研究グループがその持ち味を活かしながら、外部の研究者と協力して解明することができました。大学で行われた研究としては、極めて共同性の高い研究で、大学の社会貢献を考える上でも非常に意義があると言えます。
用語解説
(注1)KUMADAIマグネシウム合金
マグネシウムMgはアルミニウムAlよりも軽量な金属ですが、純粋な状態では柔らかく、しかも発火性があるため、自動車の車体などの材料としてはふさわしくないと考えられてきました。熊本大学の河村教授のグループは、希土類金属のイットリウムYやガドリニウムGd、および亜鉛ZnなどをMgに添加することにより、硬いだけではなく、延性もあり、難燃性の合金を得ることができました。Alに不純物を加えて硬くて加工性の良いジュラルミンを作製するのと似ていますが、Mg合金の方が非常に軽く、Mgの資源量も豊富であることから、将来性が大いに期待され、大学の名前をつけてKUMADAIマグネシウム合金と名付けられました。現在、ボーイング社などが航空機の軽量化に応用できるように研究が続けられています。
(注2)X線非弾性散乱
X線あるいは中性子が試料によって散乱すると、最も簡単な場合(格子振動が1種類のとき)には図5のような信号が得られます。エネルギーが変化しない中央のピークは、エネルギーが変化しない弾性散乱を示し、原子の瞬間的な配置および拡散についての情報を与えます。一方、物質はX線あるいは中性子よりある一定のエネルギーを得て格子振動を起こす(エネルギー変化が+側)、あるいは物質の格子振動が止まってそのエネルギーをX線あるいは中性子に与える(-側)ことが起こります。これが非弾性散乱です。したがって、中央からの左右のピーク信号のエネルギー変化が格子振動のエネルギーとなります。また、そのエネルギーの広がりは、格子振動の寿命を与えることがわかっています。
図5 非弾性散乱データの模式図
X線非弾性散乱実験が技術的に難しいのは、前述のように、入射する20キロ電子ボルトのエネルギーのX線を、数ミリ電子ボルトまでのエネルギーの選り分けを行って、中心の弾性散乱のピークのすそが格子振動の信号を決して覆い隠してしまわないようにエネルギー幅を小さくすることが重要です。そのためには、大型の放射光施設、高純度のSi結晶とその精密な加工技術および精密な結晶温度の管理を必要とし、現在、世界で4箇所(日本に2箇所)しかこの実験を行うことができません。
(注3)クラスター
原子が物質の中である特定の形をした集団を形成したときの、その原子集団のことをクラスターと呼びます。例えば不純物を含むSi半導体のように、一般に少量の不純物を物質に添加すると、全体にまんべんなく広がり、一つの不純物原子が物質に機能を与えると考えられがちですが、この場合には弾性的性質のような大規模(マクロ)な原子集団の物性にはあまり大きな影響を与えません。このMg合金の場合には、少量の不純物であるZnが6個とYが8個からなる原子集団(クラスター)を作り、マクロな物性に影響するという、特殊な不純物添加の例であると言えます。
(注4)電子ボルト
1個の電子が1ボルトの電圧のかかった空間で速度を増加させた時に得られる運動エネルギーの大きさに対応しています。人間の目に見えるようなエネルギーを持つ可視光が一つの電子に当てると数電子ボルトのエネルギーを電子は受け取ります。
【お問い合わせ先】 福岡大学 理学部 化学科 大阪大学 大学院工学研究科 熊本大学 大学院先端科学研究部(工学系)および先進マグネシウム国際研究センター 高輝度光科学研究センター 利用研究促進部門 (報道に関すること) 福岡大学 企画部広報課 大阪大学 工学研究科総務課評価・広報係 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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