大型放射光施設 SPring-8

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溶媒蒸気の識別が可能な新しい分子集合体材料を作成 ―取り込む分子に応じて蛍光が大きく変化する多孔性デンドリマー結晶―(プレスリリース)

公開日
2018年02月21日
  • BL02B1(単結晶構造解析)
  • BL02B2(粉末結晶構造解析)
  • BL26B2(理研 構造ゲノムII)

2018年2月21日
国立大学法人 筑波大学
国立大学法人 東京工業大学
国立大学法人 京都大学

研究成果のポイント
1. 溶媒蒸気や気体分子などの識別に応用できる新しい分子識別材料の作成に成功しました。
2. アモルファスな凝集を起こしやすい巨大分子(デンドリマー)の自己組織化によって作成された結晶性のファイバーの構造と物性を明らかにしました。
3. この結晶は高い多孔性を有し、気体分子や溶媒蒸気、昇華性分子など様々な分子を内部に取り込むことが可能です。

 国立大学法人筑波大学数理物質系 山本洋平教授、西堀英治教授、数理物質科学研究科大学院生中嶋紗英(物性・分子工学専攻 博士前期課程)は、東京工業大学 科学技術創成研究院 化学生命科学研究所 アルブレヒト建助教、山元公寿教授、京都大学工学研究科 植村卓史准教授、北尾岳史博士とハイデルベルク大学との共同研究で、π共役デンドリマー注1)から形成する多孔性マイクロ結晶注2)の作成に成功しました。
 デンドリマーは分子量が単一の巨大分子で、樹状高分子とも呼ばれています。その立体的な嵩高さから、デンドリマーはアモルファス注3)な凝集構造を形成することが多く、特に世代注4)の大きなデンドリマーにおいてその傾向は顕著です。今回、本研究グループは、第3世代のデンドロンを有するπ共役デンドリマーの自己組織化注5)について詳細に検討ました。その結果、このデンドリマーが極めて多孔質な結晶を形成することを見出しました。このデンドリマー結晶は、大きな細孔表面積と特異な電子状態を備えているために、溶媒 蒸気の曝露により蛍光強度が顕著に増大すると同時に大きな蛍光色変化を示すことを明らかにしました。蛍光特性と多孔性を併せもつデンドリマー集合体は、溶媒蒸気や気体分子などを識別する新しい蛍光プローブ注6)としての応用が期待できます。
 本研究成果は、2018年2月16日付で「Chemical Communications」にて先行公開されました。

* 本研究は、文部科学省科研費補助金 新学術領域研究 π造形科学「様々な励起プロセスを介したπ電子球体への発光閉じ込めと共鳴発光の変調」「非対称モノマーの配列を鍵とした巨大双極子π造形」、国際共同研究強化基金「発光性および強誘電性ポリマーナノ粒子による新しいフォトニック結晶の構築」、基盤研究A「光機能性ポリマー球体の高次連結による光学メタマテリアルの開発」、旭硝子財団研究助成 若手継続グラント「導電性高分子マイクロ共振器への電荷注入と共鳴電界発光」、筑波大学プレ戦略イニシアティブ「光と物質・生命科学のアンサンブルによる新現象の発掘と解明」などにより実施されました。また、放射光X 線回折実験は大型放射光施設SPring-8のBL26B2およびBL02B1BL02B2ビームラインを使って行われました。

掲載論文
【題 名】 A fluorescent microporous crystalline dendrimer discriminates vapour molecules
(蒸気分子を識別可能な発光性多孔質デンドリマー結晶)
【著者名】 Sae Nakajima, Ken Albrecht, Soh Kushida, Eiji Nishibori, Takashi Kitao, Takashi Uemura, Kimihisa Yamamoto, Uwe H. F. Bunz, Yohei Yamamoto
【掲載誌】 Chemical Communications doi.org/10.1039/C7CC09342J

研究の背景
 蛍光プローブは、神経ガスや重金属イオン、蛋白質、遺伝物質など、さまざまな分子の識別に用いられます。蛍光センシングの方法は、蛍光消光(quench)、蛍光発現(turn-on)、蛍光強度変化(ratiometric)、励起エネルギー移動(FRET注7))型など、いくつかのタイプに分けられます。とりわけ、turn-on 型で、なおかつ固体状態で使用可能な蛍光センサーは実用的に重要です。さらに、発光色変化を伴う蛍光センシングは、複数の検体を識別可能であることから、そのような特性をもつ材料の探索が活発に進められています。特に、表面積が大きくてナノメートルサイズのチャネルを有する多孔性材料は、ガスや蒸気のセンシングに適していると考えられます。

研究内容と成果
今回、研究グループは、π共役デンドリマーとよばれる巨大分子から、多孔質の結晶性ファイバーを作成しました(図1)。デンドリマー1のコア部位には電子受容性のトリアジンが、シェル部位には電子供与性のカルバゾールデンドロンが用いられています。この分子1は、熱活性化遅延蛍光(TADF)注8)特性を示すことから、塗布型有機 EL 素子のホール輸送層/発光層としての応用が検討されている分子です[1]。分子1の溶液中における自己組織化挙動を詳細に検討した結果、蒸気拡散法注9)[2]により1はファイバー状の構造体を形成することを明らかにしました(図1c)。一方、蒸気拡散の際の初濃度を1/10にまで下げて同様の方法で自己組織化を行うと、アモルファスな球体が形成しました(図1b)。ファイバーの単結晶および粉末 X 線回折注10)測定から、このファイバーは長軸方向に1次元のナノサイズのチャネルを有することが明らかになりました(図2)。窒素ガス吸着測定より、このファイバーは 650 m2/g 以上もの BET 表面積注11)を示しました(図3)。そこで、この多孔性ファイバーを様々な溶媒蒸気に晒して蛍光観察を行った結果、ほとんどの溶媒蒸気に対して蛍光強度の顕著な増大(turn-on)が観測され、さらに溶媒の種類により蛍光色が大きく変化することが明らかになりました(図4a-c)。この分子は TADF 特性をもつことから、大気中では3重項酸素により蛍光の大部分が消光してしまいますが、溶媒分子が細孔内部に吸着し、酸素を追い出すことで蛍光が turn-on します。また、この発光は電荷移動(CT)発光注12)であり、励起状態のエネルギーは極性分子の吸着により大きく安定化するため、溶媒の極性に伴う大きな蛍光色変化が起こります。さらに、このナノ細孔には、気体や溶媒蒸気だけでなく、昇華した有機分子も導入可能であり、例えば電子受容性分子である TCNQ 注13)を昇華して導入することで、蛍光が完全に消光することも確認されます(図4d, e)。

今後の展開
電子供与性ー受容性デンドリマーを用いることで、揮発性ガスや有機分子を高感度に識別可能な多孔性結晶は、新しい分子識別材料としての応用が期待できます。また、爆発性のニトロ化合物や有毒な揮発性分子などの識別においても、この多孔性デンドリマー結晶は大きな威力を発揮することが期待できます。


図1.
図1.(a)コアにトリアジン、シェルに第3世代カルバゾールデンドロンをもつπ共役デンドリマー1の分子構造、
および1の初期濃度が異なるクロロホルム溶液に対しアセトニトリル蒸気を拡散することで得られる粉末の写真。

(b, c) 初期濃度 0.1 mg/mL および 1.0 mg/mL の溶媒条件からそれぞれ生成したマイクロ球体(b)およびマイクロファイバー(c)の電子顕微境写真と蛍光顕微鏡写真(内挿図)。


図2. 1からなるファイバーの単結晶および粉末 X 線回折測定により推定される結晶構造。
図2. 1からなるファイバーの単結晶および粉末 X 線回折測定により推定される結晶構造。

内挿図:ファイバー1本からの X 線回折パターン。


図3.
図3. 多孔性ファイバー(青)とマイクロ球体(緑)の窒素ガス吸着特性(a)、
およびその等温吸着線から見積もられるファイバーの細孔径 (b)。

 


図4. (a) 多孔性ファイバーへの各溶媒蒸気の曝露と除去に伴う発光色変化。(b) 多孔性ファイバーへの各溶媒蒸気の曝露に伴う蛍光強度変化のグラフ。
図4. (a) 多孔性ファイバーへの各溶媒蒸気の曝露と除去に伴う発光色変化。
(b) 多孔性ファイバーへの各溶媒蒸気の曝露に伴う蛍光強度変化のグラフ。

赤:大気下、青:アルゴン下。(c) 多孔性ファイバーへのメタノール蒸気の曝露/除去に伴う蛍光強度変化のプロット。(d, e) 多孔性ファイバーへの電子受容性分子(TCNQ) 蒸気の曝露前後における発色変化(d)と蛍光変化(e)。


【用語説明】
注1)π共役デンドリマー
デンドリマーとは、中心部位(コア)と周辺部位(シェル)からなる巨大分子で、樹木のような規則正しい分岐構造をもつ分子。π共役系をもつデンドリマーをπ共役デンドリマーと呼ぶ。

注2)多孔性マイクロ結晶
多くの細孔を有する結晶。金属有機骨格(MOF)や共有結合性有機骨格(COF)が代表的。

注3)アモルファス
非晶質とも呼ばれ、結晶のような周期構造を持たない凝集構造。

注4)世代
デンドリマーにおけるシェル部位のデンドロンの大きさを示す指標。樹状分子の分岐の回数(n 回)を使って第 n 世代と呼ぶ。世代が大きい程、分子量は大きくなる。

注5)自己組織化
分子などが自発的に集合化して構造形成するプロセス。

注6)蛍光プローブ
蛍光によりさまざまなセンシングを可能にする分子。

注7)FRET
エネルギー供与体から受容体へのエネルギー移動の一種。共鳴エネルギー移動とも呼ばれる。

注8)熱活性化遅延蛍光(TADF)
1重項励起状態と3重項励起状態のエネルギー差が小さい場合に、一旦3重項励起状態に落ちた状態から、熱エネルギーにより再び1重項状態に戻ることで観測される、寿命の長い発光。TADF 材料は有機 EL 素子における有力な発光分子の候補とされている。

注9)蒸気拡散法
良溶媒に溶解した分子の溶液に貧溶媒の蒸気をゆっくりと拡散することで、分子の析出や結晶化を促進する方法。

注10)X 線回折
物質中の原子や分子の周期構造を反映して X 線が回折する現象。この現象を利用して、物質中の原子配置や分子配列構造が推定できる。

注11)BET 表面積
Brunauer,Emmett,Teller により提案された、比表面積の計算方法。単分子層吸着説である Langmuir 理論を多分子層に拡張した理論で、分子は積み重なって無限に吸着し得るものとし、吸着層間に相互作用がなく各層に対して Langmuir 式が成立すると仮定して算出する。

注12)電荷移動(CT)発光
電子供与体から受容体へ電子が移動した状態(電荷移動状態)からの発光注

注13)TCNQ
7,7,8,8-テトラシアノキノジメタンの略称。代表的な電子受容性分子であり、分子性金属などの構成分子として用いられる。

参考文献
[1] K. Albrecht et al., “Carbazole Dendrimers as Solution-Processable Thermally Activated Delayed-Fluorescence Materials”Angew. Chem. Int. Ed. 2015, 54, 5677-5682.
[2] S. Kushida et al., “From Linear to Foldamer and Assembly: Hierarchical Transformation of a Coplanar Conjugated Polymer into a Microsphere”J. Phys. Chem. Lett. 2017, 8, 4580.



【問い合わせ先】
山本 洋平(やまもと ようへい)
筑波大学 数理物質系 教授
 TEL: 029–853–5030
 E-mail: yamamotoatims.tsukuba.ac.jp

(SPring-8 / SACLAに関すること)
公益財団法人高輝度光科学研究センター 利用推進部 普及情報課 
 TEL:0791-58-2785 FAX:0791-58-2786
 E-mail:kouhou@spring8.or.jp

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