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ペプチドでシルク素材を高強度化 -石油由来の高強度材料の代替としての応用に期待-(プレスリリース)

公開日
2018年02月26日
  • BL45XU(理研 構造生物学I)

2017年2月23日
理化学研究所

 理化学研究所(理研)環境資源科学研究センター酵素研究チームの土屋康佑上級研究員、沼田圭司チームリーダーらの共同研究チームは、特殊構造を持つポリペプチド「テレケリック型ポリアラニン」をシルクフィルムに添加することで、フィルムの強度および靭性(タフネス)[1]を向上させることに成功しました。
 カイコやクモ由来のシルクはさまざまな形状に成形加工することができ、生分解性や低細胞毒性を示すことから、医療用材料として実用化されています。軽量かつ強靭という特性も併せ持ち、特にクモ糸シルクは鋼鉄に匹敵する高強度を示すことから、高い機械的強度が求められる構造材料への応用も期待されています。しかし、これらの優れた力学特性を決定づける天然シルクの結晶構造は、紡糸過程で複雑かつ精巧に形成されるため、そのメカニズムはほとんど明らかになっていません。このため、人工シルクを材料として加工する際に、結晶構造を制御して優れた物性を発現させることは困難でした。
 今回、共同研究チームは、テレケリック構造[2]を持つポリアラニンを化学酵素重合[3]により合成しました。このテレケリック型ポリアラニンを添加剤としてクモ由来シルクタンパク質へ混ぜてシルクフィルムを作成すると、フィルムの引張強度およびタフネスが向上することを見いだしました。原子間力顕微鏡(AFM)[4]を用いた観察により、テレケリック型ポリアラニンが通常の線状ポリアラニンに比べて高い自己組織化能[5]を持ち、ナノファイバー状の結晶形態を示すことが分かりました。さらに、作成したシルクフィルムを広角X線回折法(WAXD)[6]で構造解析した結果、テレケリック構造とシルクの結晶領域と相同性の高いポリアラニン配列の組み合わせにより、フィルム中にβシート結晶構造[7]を効果的に形成することが明らかになりました。
 本手法は、ペプチド添加剤でシルク材料をコンポジット化するという簡便な手法で材料の力学的特性を制御することを可能とします。また、フィルムだけではなくさまざまな形状のシルク材料に適用できます。得られるコンポジット材料は全てバイオ由来の物質で構成されることから、既存の石油由来の高強度材料の代替としての応用することで、地球環境保護への貢献が期待できます。
 本研究は、英国の科学雑誌『Scientific Reports』オンライン版(2月26日付け)に掲載されます。
 本研究は、革新的研究開発推進プログラム「超高機能構造タンパク質による素材産業革命」(プログラム・マネージャー:鈴木隆領、研究課題責任者:沼田圭司)の支援を受けて実施されました。

論文情報
タイトル Spider dragline silk composite films doped with linear and telechelic polyalanine: Effect of polyalanine on the structure and mechanical properties
著者名 Kousuke Tsuchiya, Takaoki Ishii, Hiroyasu Masunaga, Keiji Numata
雑誌 Scientific Reports
DOI 10.1038/s41598-018-21970-1

共同研究チーム

理化学研究所 環境資源科学研究センター バイオマス工学研究部門
 酵素研究チーム   
 チームリーダー 沼田 圭司 (ぬまた けいじ)
 上級研究員 土屋 康佑 (つちや こうすけ)
高輝度光科学研究センター
 研究員 増永 啓康  (ますなが ひろやす)


背景
 カイコやクモが作り出すシルクは、生分解性や低細胞毒性という特性に加えて、軽量かつ強靭な生体由来の素材です。さまざまな形状へ成形加工する技術が確立されており、従来の繊維としての利用に限らず既に医療用材料として実用化されています。さらには、再生医療材料や高強度構造材料など幅広い分野への応用が期待されています。特にクモ糸シルクは鋼鉄に匹敵する強度とよく伸びる性質を併せ持つことから、従来の材料にはない高い靭性(タフネス)を示す材料として注目を集めています。
 一方、これらの優れたシルク材料の特性は材料中に形成された結晶構造に大きく依存します。すなわち、加工の段階で適切な結晶構造が材料中に形成されないと十分な物性を得ることができません。このため、用途に合わせて形状を成形加工する際には、目的とする物性を達成するために材料中に形成される結晶構造を制御することが必要となります。

研究手法と成果
 共同研究チームはまず、ポリペプチドを合成する手法である化学酵素重合によって、特殊な構造を持つテレケリック型ポリアラニンを合成しました。今回は、アミノ酸配列としてクモ糸シルクのβシート結晶領域を形成するポリアラニンを選択しています(図1、模式図の赤色矢印で示す部分)。合成したテレケリック型ポリアラニンの結晶形成能について原子間力顕微鏡(AFM)を用いて評価しました。その結果、同程度の分子量を持つ一般的な線状のポリアラニンと比較すると、数~数十マイクロメートル(μm、1μmは1,000分の1mm)の長さを持つ、アスペクト比[8]の高いナノファイバーを形成することが分かりました(図1)。これは、特異的なテレケリック構造により、この化合物が高い自己組織化能を持つことを示しています。

図1 テレケリック型ポリアラニンの結晶形態
図1 テレケリック型ポリアラニンの結晶形態

ポリアラニンの構造式と模式図(左)、赤色矢印はβシート結晶を形成するポリアラニン部分を示す。原子間力顕微鏡(AFM)を用いて、ポリアラニンが構築するβシート結晶の形態を観察した結果、通常の線状ポリアラニンでは粒子状の凝集体しか得られていないのに対して(右上)、テレケリック型ポリアラニンでは非常に長い(アスペクト比の高い)ナノファイバーの形成が確認できた(右下)。

 次に、この特異な自己組織化能を持つテレケリック型ポリアラニンを添加剤に用いて、クモ由来のシルクタンパク質である、ニワオニグモのクモ糸タンパク質(ADF3)の部分配列を持つ組換えタンパク質を母材としたシルクコンポジットフィルムを作製しました。得られたフィルムの機械的強度を評価した結果、ポリアラニンの添加量に応じて引張強度が増加しました。また、添加量が1%程度のときに伸びも同時に向上し、結果としてシルクのみのフィルムに比べて高いタフネスを達成することに成功しました(図2a)。線状のポリアラニンを添加剤として用いた場合も、引張強度の増加がみられたものの伸びは低下したことから、テレケリック構造が高タフネス化に有効であることが示されました。
 また、広角X線回折法(WAXD)を用いた構造解析により、シルクコンポジットフィルム中に形成されている結晶構造を解析しました。その結果、テレケリック型ポリアラニンを添加するにつれて、シルクが本来持つβシート結晶に加えて、新たにポリアラニン由来のβシート結晶が増大していることが分かりました(図2b)。このことから、テレケリック型ポリアラニンは自己組織化能の高さに加えて、クモ糸タンパク質のβシート結晶を形成するポリアラニン配列と高い相同性を持つため、フィルム中において効果的にβシート結晶を形成することができたと考えられます。

図2 シルクコンポジットフィルムの結晶構造および機械的強度
図2 シルクコンポジットフィルムの結晶構造および機械的強度

(a) シルクフィルムにテレケリック型ポリアラニンを添加していくと、最大引張強度が添加量とともに増大した。また、適切な添加量(1%~2.5%)のときに伸びも向上し、シルクのみに比べて高いタフネスが得られた。

(b) テレケリック型ポリアラニンを添加したシルクコンポジットフィルムの結晶構造を、広角X線回折法(WAXD)により解析した結果、テレケリック型ポリアラニンの添加量が増えるにつれて、ポリアラニン由来のβシート結晶が増大していることが分かった(図中の(020)、(210)、(211)面に帰属されるピーク)。矢印で指した点線はシルクが本来持つβシート結晶に由来するピークを示す。

今後の期待
 本研究で確立したポリペプチド添加剤によりシルク材料をコンポジット化する手法は、さまざまな形状のシルク材料に用いることができます。添加するポリペプチドのアミノ酸組成や形状を工夫することで、シルク材料の物性を自在に制御することも可能です。本手法を糸や成形樹脂などのさまざまな材料へ応用することで、既存の医療分野などに限定されない幅広い応用展開が期待できます。また、得られたコンポジットフィルムは全てバイオ由来物質で構成されるため、既存の石油由来材料の代替とすることで、地球環境保護への貢献も期待できます。


補足説明
[1] 靭性(タフネス)
材料が力を受けたときに、破壊に至るまでに材料によって吸収されるエネルギーの大きさを表す。図2aにおいて、引張試験の応力-ひずみ曲線で囲まれた面積に相当し、材料が耐えうる強度が大きいほど、また材料が破壊までによく伸びる(ひずみが大きい)ほど高いタフネスを示す。

[2] テレケリック構造
分子鎖の両方の末端に反応性の官能基を持つ高分子の構造。本発表ではテレケリック型ポリペプチドは両末端方向へ2本のポリペプチド鎖が伸びた構造を指す。

[3] 化学酵素重合
タンパク質加水分解酵素(プロテアーゼ)を触媒として用いて、水溶媒中でアミノ酸エステルの重合を行い、ポリペプチドを得る合成手法。

[4] 原子間力顕微鏡(AFM)
プローブと呼ばれる探針を試料に近づけ、試料と探針の間に働く原子間力を検出して試料表面の構造を画像として得る手法。AFM はAtomic Force Microscopeの略。

[5] 自己組織化能
分子が、その構造に起因した分子内・分子間の相互作用によって、自発的に特異な秩序構造を作り上げる能力。

[6] 広角X線回折(WAXD)
高強度のX線を試料に照射し、試料中の微細な周期的構造に起因する干渉縞を検出し、試料の結晶構造を解析する手法。WAXDは、Wide-angle X-ray diffractionの略。

[7] βシート結晶構造
タンパク質が構築する二次構造の一つ。互い違いに隣り合ったいくつかのポリペプチド鎖が、水素結合により形成する平面状の構造のこと。クモ糸が特性として持つ高強度の由来となる、硬い結晶構造を形成する。

[8] アスペクト比
一般的には長方形の長辺と短辺の比率のことをいう。今回得られたナノファイバーについては、ファイバーの直径と長さの比を指す。



発表者・機関窓口
<発表者>
 ※研究内容については発表者にお問い合わせ下さい
理化学研究所 環境資源科学研究センター バイオマス工学研究部門
酵素研究チーム
 チームリーダー 沼田 圭司(ぬまた けいじ)
 上級研究員   土屋 康佑(つちや こうすけ)

<機関窓口>
理化学研究所 広報室 報道担当
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(SPring-8 / SACLAに関すること)
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