エネルギー変換デバイスの高性能化に新たな道筋 層状結晶化合物の乱れた構造がもたらす機能発現のメカニズムを原子レベルで解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2018年03月15日
- BL04B2(高エネルギーX線回折)
2017年3月15日
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構
J-PARCセンター
公益財団法人高輝度光科学研究センター
一般財団法人総合科学研究機構
【発表のポイント】
● エネルギー変換デバイスとして期待される層状結晶化合物セレン化クロム銀(AgCrSe2)の機能発現のメカニズムを原子レベルで解明しました。
● AgCrSe2の機能発現のためには、結晶中の銀原子の層が液体のようにふるまうことで物質内部の熱伝導を抑制していることが重要であることを突き止めました。
● 本研究をもとに、層状結晶化合物の中から同じメカニズムで熱伝導を抑制する物質を探索することで、エネルギー変換デバイスとして社会に有用な熱電材料の高機能化に新たな道筋を開くことが期待されます。
国立研究開発法人日本原子力研究開発機構(理事長 児玉敏雄、以下「原子力機構」という。)、J-PARCセンターのリ・ビン博士研究員と川北至信 不規則系物質研究サイエンスグループリーダーらは、SPring-8のX線ビームやJ-PARCの中性子ビームなどを用いた実験的解析とコンピューターシミュレーションや材料情報科学に基づく理論計算を組み合わせたことで、層状結晶化合物註1セレン化クロム銀(AgCrSe2)の超イオン伝導体への相転移現象と熱電材料としての機能発現のメカニズムを原子レベルで解明することに成功しました。 論文情報 |
【研究の背景】
エネルギー変換デバイスとして期待される熱電材料は、物質内部の温度差によって電流を生みだし、逆に電流を流せば温度差をつくり出すことができる物質で、発電機やクーラー、冷蔵庫などに使われています。さらに、電気自動車や燃料電池などの次世代インフラ整備のために、熱電材料の高性能化が求められています。
今回、本研究グループは、SPring-8の高エネルギーX線全散乱装置やJ-PARCの物質・生命科学実験施設(以下「MLF」という。)に設置された非弾性散乱装置などを用いて、層状結晶化合物AgCrSe2の機能発現のメカニズムを原子レベルで解明するとともに、材料情報科学による理論的予想から、エネルギー変換デバイスとして層状結晶化合物の高性能化を目指しました。
【研究の成果】
高温環境下で超イオン伝導体となるAgCrSe2は、セレン(Se)とクロム(Cr)が作る層と銀(Ag)だけでできる単原子層がサンドイッチのように交互に積み重なった層状結晶化合物です(図1)。近年、この物質の持つ特性が、熱を電気エネルギーに変える熱電材料として適していることが分かってきました。
研究グループは、AgCrSe2結晶の粉末をSPring-8の高エネルギーX線回折計「BL04B2」と米国の中性子実験施設SNSの中性子回折計「NOMAD」を用いて、銀原子の動きに注目した構造解析を行った結果、次のことを発見しました。
- ①AgCrSe2の層状結晶構造の中で、銀原子はAg(I)もしくはAg(II)と名付けた2つの位置のどちらかに位置する。
- ②温度が低い状態では銀原子は一方の位置に固定された「秩序状態」である。
- ③450 K(177 ℃)で相転移が起き、それ以上の温度では銀原子の結合が弱まり、2つの位置の間を自由に行き来する。
- ④その結果、銀原子の単原子層が液体のようにふるまう2次元の液体層(2次元液体)を形成する。
さらに、J-PARCの冷中性子ディスクチョッパー分光器AMATERAS註4を用いて、AgCrSe2の「固有振動註5」を中性子非弾性散乱註6で解析した結果、次のことを突き止めました(図2)。
- ①低温状態では、熱伝導のもととなる原子振動の波が「縦波」と「横波」の両方の状態で伝わっていく。
- ②高温条件下で超イオン伝導体に相転移した後は、液体状になった銀原子の層で「横波」がさえぎられて、「縦波」でしか原子振動が伝わらなくなる。
例えば物質の中での熱の伝わり方を考えた時に、同じ物質であっても固体か液体かによって物理的な性質は異なります。原子が強く結合している固体の状態では、熱は「横波」と「縦波」の原子振動として伝わります。一方で、原子の結合が固体より弱い液体では、熱は波の進行方向と同じ方向に圧縮と膨張をくり返す「縦波」だけで伝わり、「横波」では伝わりません。このように、波の伝わり方は固体と液体を分ける主要な基準になっています。
こうした一般的な液体における波の伝わり方は、AgCrSe2結晶中の銀の原子層のような原子一層からなる2次元液体にも当てはまり、層状結晶化合物内での熱の伝播を阻害し、熱電材料の高機能化の鍵になっていることを、本研究により世界で初めて明らかにしました。
また研究グループは、単原子層を構成する原子が2次元液体に相転移する場合、原子番号の大きい原子の方が横波固有振動への寄与が高いことをコンピューターシミュレーションにより明らかにしました。
さらに、銀(Ag、原子番号47)をより原子番号の大きいインジウム(In、原子番号49)やタリウム(TI、原子番号81)に置き換えた場合や、セレン(Se)を周期表において同じ第16族に属する硫黄(S)に置き換えた場合でも、AgCrSe2と同様に安定した構造を持つ化合物になることをマテリアルズ・インフォマティクス註7の手法で理論的に予想しました。こうして予想した物質群から、より高機能な熱電材料が発見される可能性は高く、本研究により熱電材料の高性能化に新たな道筋を作ることができました。
B. 層間での銀原子とセレン原子の立体的な位置関係。銀原子はセレン原子の作る四面体の中心に位置しています。低温状態では銀原子は上向き四面体もしくは下向き四面体のどちらか一方の中心を占め、秩序状態にあります。高温状態では、銀原子は隣りあった2つのサイトを自由に飛び移りながら移動し(図中赤矢印)、超イオン伝導体となります。
低温条件の150 K(-123 ℃)、320 K(47 ℃)で見られる横波の固有振動を示すピーク(図中のTA phononで示した矢印)が、超イオン伝導体へ転移している高温条件の520 K(247 ℃)では見えなくなっている。
【今後の展開】
熱電材料は多様な用途が期待されており、熱電性能指数が高い物質の開発が世界中で試みられています。本成果では、層状結晶化合物内で銀原子層の液状化への構造変化(相転移)が、熱電材料として適した性質である低熱伝導性の起源であることを突き止めました。さらに、層状結晶に挟まれる原子が重いほど相転移の効果が大きくなることを理論的に示しました。これらの成果は、熱電材料の高性能化の方向性を示しており、本研究の結果により、熱電材料の開発がより効率的に進むことが期待されます。
【用語解説】
註1 層状結晶化合物
原子が層状に積み重なった結晶構造を持つ化合物。同一層内の結合に対し、層間の結合が比較的弱い。代表例;グラファイトなど。エネルギー変換デバイスや二次電池の電極など多様な方面で新規素材として期待される。AgCrSe2では、セレン(Se)とクロム(Cr)の作るかたい層状構造の間に銀の単原子層が入り込んだ構造になっている。
註2 超イオン伝導体
固体中をイオンがあたかも液体のように動き回る物質。熱電材料だけでなく、二次電池の電極材や固体電解質などへの応用が期待されている。
註3 熱電材料
熱エネルギーを電気エネルギーに(あるいは逆に電気エネルギーを熱エネルギーに)変換することのできる物質。
註4 冷中性子ディスクチョッパー分光器AMATERAS
J-PARC MLFのパルス中性子源BL14ポートに設置された中性子非弾性散乱分光器。新開発の機器や新しい測定手法を組み合わせて、高精度、低バックグラウンドで微細な非弾性シグナルも測定できる。
註5 固有振動
物質を原子レベルで見ると、原子同士が強い力で結ばれた構造を持っている。ここに振動を加えると、振動の周波数に応じて、特定の波長の振動が集団的に生じる。これが固有振動である。集団で生じた原子振動が波として伝わることで熱が伝わる。
縦波;波の進行方向と平行に原子が振動している状態
横波;波の進行方向と直行して原子が振動している状態
註6 中性子非弾性散乱
中性子が物質とやり取りするエネルギーの量を精密に測定することで、物質内の原子振動を観測する手法。
註7 マテリアルズ・インフォマティクス
材料の構造や特性などさまざまな情報をデータベース化し、スーパーコンピュータの計算処理能力を活かして、未知の材料の物性予測や材料探索などに利用する手法。
【本件に関する問い合わせ先】 (報道・広報に関すること) J-PARCセンター 一般財団法人総合科学研究機構中性子科学センター利用推進部 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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