タンパク質結晶における動力学的回折現象の観察に成功 ~より高精度な構造解析法の確立に期待~(プレスリリース)
- 公開日
- 2018年03月22日
- BL38B1(構造生物学III)
2018年3月22日
横浜市立大学
高エネルギー加速器研究機構
高輝度光科学研究センター
横浜創英大学
研究成果のポイント
○ タンパク質結晶において、世界で初めて、結晶の完全性の指標となる動力学的回折現象の観察に成功した。
○ タンパク質の結晶構造解析において、従来は考慮されていない動力学的回折理論の必要性を示した。
○ 今後さらにタンパク質分子の構造解析の高精度化が期待される。
横浜市立大学 大学院生命ナノシステム科学研究科の鈴木凌(博士後期課程1年生)と橘 勝 教授、東北大学の小泉 晴比古 助教(現 名古屋大学 特任講師)、高エネルギー加速器研究機構(KEK)の平野 馨一 准教授、高輝度光科学研究センター(JASRI)の熊坂 崇 主席研究員、横浜創英大学の小島 謙一 教授らの共同研究グループは、世界で初めて、タンパク質結晶におけるX線の動力学的回折の観察に成功しました。 掲載論文 |
研究の背景
少子高齢化社会を迎え、病気の原因解明や新規薬剤の開発などを掲げ、タンパク質の立体構造の解明に関する研究が盛んに行われています。多種多様なタンパク質の構造を理解することは、生命現象を理解することにも繋がります。
タンパク質の立体構造の多くは、タンパク質の結晶[1]を用いたX線回折によって解明されています。しかし、その精度は、タンパク質結晶の品質に依存するため、構造が明らかにされていても、創薬に使用できるデータは未だ9 %ほどであると言われています。そのため、より高品質なタンパク質結晶を作製するために、国際宇宙ステーションを利用した微小重力実験をはじめとして、様々な研究が世界中で盛んに行われています。
最近では高品質なタンパク質結晶と放射光による高エネルギーX線とを用いて高分解能で高精度な構造解析や電子密度の解析が行われるようになりました。特に、電子密度の解析はタンパク質の重要な性質を決めている価電子状態とも深く関係しています。しかし、これらの解析では、依然として回折強度の測定値と理論値に大きな違いが見られます。より高精度の解析にはこれらの改善が必要になります。
結晶によるX線回折は、大きく分けると運動学的回折[2]と動力学的回折[3]の二つになります。運動学的回折は、欠陥を含む一般の多くの結晶で観察されます。動力学的回折は、半導体結晶のシリコン[4]のような高品質な完全結晶で起こります。したがって、動力学的回折の観察は、結晶の完全性の指標にもなります。しかし、タンパク質結晶では、これまで動力学的回折の明瞭な証拠が得られておらず、その結晶品質が依然としてシリコンなどの高品質な結晶に比べて劣るのか、そもそも観察されないのか、タンパク質結晶で動力学的回折が観察できるかは長年の課題でした。
研究の内容
本研究グループは、大型放射光[5]施設のKEK「フォトンファクトリー(PF)[6]」のBL-20Bおよび「SPring-8[7]」のBL38B1において、酵素タンパク質のひとつであるグルコースイソメラーゼ結晶を用いたX線トポグラフィ[8]測定を行いました。用いた結晶は、そのX線トポグラフ像より、欠陥がなく、等厚干渉縞[9]の見られる極めて高品質な結晶であることがわかりました(図1)。
図1 (a) グルコースイソメラーゼ結晶の光学顕微鏡像、(b) 結晶外形の模式図、(c) X線トポグラフ像(SPring-8, BL38B1にて撮影)
完全結晶に近い高品質な結晶でのみ生じる等厚干渉縞が観測された。
このような結晶を用いて、回折X線の強度のふるまいを測定するロッキングカーブ測定[10]を行ったところ、振動現象の観察に初めて成功しました。この振動現象は半導体結晶のシリコンのように完全結晶に近い、極めて高品質な結晶でしか観察されていません。今回、この振動現象が動力学的回折によるものであることを確かめるため、2つの依存性を確認しました。1つ目は、入射するX線の波長における依存性です。得られた回折強度の振動曲線は、波長が大きくなるほど振動の周期が短くなるという理論から予測されるふるまいと非常に良い一致を示しました(図2)。2つ目は、結晶の厚さにおける依存性です。実験では、結晶の厚さが大きくなるにつれて、回折強度曲線の振動の周期が短くなるふるまいが観測され、こちらも理論から予測されるふるまいと非常に良い一致を示しました(図3)。以上より、グルコースイソメラーゼ結晶で観察された回折強度の振動現象は回折物理学に基づく動力学的回折理論と非常に良い一致を示しました。これは、タンパク質結晶においても動力学的回折が起こることを示しています。
図2 (a) ロッキングカーブ測定により得られた回折強度の振動曲線(PF BL-20Bで測定)
(b) 動力学的回折理論より予測される理論曲線
入射X線の波長を変化させると、観測される振動の間隔が変化する。
図3 (a) ロッキングカーブ測定により得られた回折強度の振動曲線(PF BL-20Bで測定)
(b) 動力学的回折理論より予測される理論曲線
結晶の厚さを変化させると、観測される振動の間隔が変化する。
今後の展開
高品質なタンパク質結晶を用いた立体構造解析において、従来は考慮されていなかった動力学的回折理論を取り入れることで、回折強度の解析精度の改善につながり、より高精度な電子密度の評価、さらには理論化学計算との比較によるタンパク質の性質の原理的な理解が期待されます。
用語説明
[1] タンパク質の結晶
タンパク質分子が規則正しく配列した結晶。このタンパク質の結晶によるX回折の強度を解析することによりタンパク質分子の3次元構造を知ることができる。
[2] 運動学的回折
入射X線が結晶中で1回だけ散乱する回折。転位などの結晶欠陥を含んだ一般の結晶で観察される。従来のタンパク質のX線構造解析では運動学的回折のみを考慮している。
[3] 動力学的回折
入射X線が結晶中で多重散乱を起こす回折。シリコンなどの完全性の高い結晶(完全結晶)で観察される。
[4] シリコン
半導体結晶のひとつ。スマートフォンやパソコンなどに欠かせない半導体材料であり、1950年代後半に欠陥のない完全結晶の育成技術が開発された。
[5] 放射光
電子を光とほぼ等しい速度まで加速させ、電磁石を用いて進行方向を曲げたときに発生する高指向性の強力な電磁波のこと。X線の波長域を含む。
[6] フォトンファクトリー(PF)
「光の工場」という意味の名で知られる、KEKのつくばキャンパスにある放射光施設。1982年に運転を開始し、X線領域では日本で最初の放射光専用加速器である。数度の改造を経て放射光の高輝度化を図ってきた。国内外の大学等から年間3000人を超える研究者に利用されている。
[7] SPring-8
SPring-8の施設名はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設であり、その運転と利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っている。
[8] X線トポグラフィ
回折X線の強度の変化を用いて、結晶内の結晶欠陥を観察する非破壊の手法のこと。本研究では従来のX線トポグラフィだけでなく、デジタルイメージングを利用したデジタルX線トポグラフィを用いている。
[9]等厚干渉縞
くさび形の完全結晶がX線回折を生じたとき、動力学的回折効果によって透過するX線と回折するX線の波長にわずかな差異が生じる。それらが干渉しうなりを起こし、縞が生じる。
[10] ロッキングカーブ測定
入射したX線により回折が生じている結晶を、連続的に回転するときに得られる回転角に依存した回折X線の強度を測定する方法。回折強度の変化を追うことで、結晶の品質を定量的に評価することが出来る。
※本研究は、Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of Americaに掲載されまました。
※本研究は、JSPS科研費(25420694, 16K06708)およびJST 戦略的創造研究推進事業(ACCEL)(JPMJAC1304)の助成を受けたものです。また、X線トポグラフィ測定はKEKのフォトンファクトリーBL-20B(Proposal Nos. 2014G601, 2015G142, 2017G087)およびSPring-8のBL38B1(Nos. 2014A1850, 2014B1965, 2015A1994, 2015B1979, 2017A2562)にて行われました。
<お問い合わせ先> (プレスリリースに関するお問い合わせ、取材対応窓口、資料請求等) 大学共同利用機関法人 高エネルギー加速器研究機構 (プレスリリースに関するお問い合わせ、取材対応窓口、資料請求等) 公益財団法人 高輝度光科学研究センター 学校法人堀井学園 横浜創英大学 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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