土壌中の酸素濃度を感知して植物に窒素栄養を供給するタンパク質の全体像を解明(プレスリリース)
- 公開日
- 2018年04月11日
- BL26B2(理研 構造ゲノムII)
- BL45XU(理研 構造生物学I)
2018年4月11日
公立大学法人兵庫県立大学
国立研究開発法人理化学研究所
英国リバプール大学
ダイズやエンドウなどマメ科植物の根には根粒という器官ができます。この根粒を形成する根粒菌[1]は、空気中の窒素N2を植物が利用しやすいアンモニアNH3に変換する重要な反応(窒素固定)を担っています。この反応は酸素濃度が高い時には行えないので、根粒菌は酸素濃度を感知するタンパク質システムを有しています。兵庫県立大学大学院生命理学研究科の澤井仁美助教を中心とした国際共同研究グループは、大型放射光施設「SPring-8」とフランスの放射光施設「SOLEIL[2]」を利用して、この酸素感知システムを構成するタンパク質全体の形状を世界で初めて解明しました。本研究の成果は、2018年4月10日(アメリカ東部標準時間午後2時)付で、アメリカ科学振興協会が発行する国際科学雑誌『Science Signaling』に掲載されました。 論文情報 |
研究の背景
私たちは、時々刻々と変化する環境因子(酸素・光・熱・栄養状態など)を敏感に感知し、それらに適応して生きています。このようなことができるのは、個々の環境因子を感知し、それに応答して身体を保持するための情報伝達システムを備えているからです。このような情報伝達システムはヒトだけでなくすべての生物が有しており、各生物が独自のシステムを駆使することで生命を維持しています。本研究では、マメ科植物に共生する根粒菌が土壌中の酸素濃度を感知するシステムに着目しました。根粒菌は、大気中の窒素を植物が利用しやすい窒素栄養(アンモニア)に変換する反応(窒素固定)を行う土壌細菌です。化学肥料に含まれるアンモニアは、1000気圧・500℃という超高圧高温下で工業的に生産されていますが、根粒菌は窒素固定により常温常圧下でアンモニアを作ることができます。根粒菌による窒素固定反応はニトロゲナーゼ[3]という酵素によって触媒されますが、この酵素は少しでも酸素があると機能しなくなってしまいます。そのため、根粒菌は周囲の酸素濃度を感知して、酸素のない環境で窒素固定酵素を合成することで効率よく窒素固定を行うシステムを有しています。このシステムにおいて、酸素センサーとして機能するタンパク質がFixL、FixLの酸素センシングに伴う情報を受けて窒素固定酵素の合成を制御するタンパク質がFixJです(図1)。FixL/FixJシステムのような2種類のタンパク質からなる情報伝達システムは「二成分情報伝達系」[4]と呼ばれています。二成分情報伝達系は、微生物や高等植物が普遍的に有するシステムで、30年以上前に初めて同定されました。現在までに65,000種類以上ものシステムが同定されています。また、二成分情報伝達系は、ヒトを含む動物にはないシステムであるため、副作用のない抗菌薬や植物の生長促進剤の開発ターゲットとして注目されています。このような背景から、二成分情報伝達系は、長年、たくさんの研究者が興味を持って研究してきた対象であるにも関わらず、いずれのシステムでもタンパク質全体の立体構造が解明されておらず「環境因子の感知をどのようにして伝達しているのか?」という分子メカニズムについて詳細に答えることは不可能でした。
本研究グループは、ダイズ根粒菌の酸素センシングで機能する二成分情報伝達系FixL/FixJについて、これまで未解明であったタンパク質の全体構造を決定し、酸素などの環境因子の感知に伴う情報伝達の詳細な分子メカニズムを解明することを目指しました。
酸素センサータンパク質FixLのセンサー部位に含まれるヘム[5]に分子状酸素(O2)を結合/解離させることにより、根粒菌内のO2濃度が感知されている。O2を結合していないFixLは、ATP[6]を加水分解しリン酸基を1つ脱離させる。FixLはFixJにリン酸基を付与することで、FixJが窒素固定酵素の遺伝子に結合し、窒素固定酵素が合成される(上の吹き出し)。一方で、FixLのヘムにO2が結合すると、これらの反応が進行せず、窒素固定酵素は合成されない(下の吹き出し)。
研究の手法と成果
本研究では、高純度に単離精製した全長のFixLならびにFixJタンパク質について、生化学的な手法により品質を評価した後、高純度高品質なタンパク質を用いたX線小角散乱法[7]ならびにX線結晶構造解析[8]により立体構造を決定しました。
X線小角散乱法では、溶液中の粒子の形状や会合状態が均一でないと解析可能なデータを収集することができません。しかし、FixLは凝集しやすいタンパク質であるため、均一な状態を長時間保つことができず、研究開始当初はX線小角散乱法による構造解析が困難でした。そこで、本研究グループはSPring-8の理研ビームラインBL45XUに、タンパク質精製で用いるカラムクロマトグラフィー[9]とX線小角散乱測定システムが一体化した装置を組み立て、カラムから溶出直後の新鮮で凝集物を含まないタンパク質試料のX線小角散乱測定を可能にしました。このような測定システムは、欧米諸国の放射光施設にはすでに導入されていましたが、アジア-オセアニア諸国には1つも存在していませんでした。本研究グループは、フランスの放射光施設SOLEILにおいても同じ試料を測定し、SPring-8に導入した装置の精度が良いことを確認しながら測定・解析を進めました。
図2は、本研究で新たに開発した装置を用いたX線小角散乱法ならびにSPring-8の理研ビームラインBL26B2でのX線結晶構造解析に基づく分子モデリングで決定したFixLならびにFixL-FixJ複合体の世界初の立体構造です。
FixLは青色と緑色のリボン図で示すようなホモ二量体[10]を形成していた。FixJはピンク色とマゼンタ色で示した。1分子のFixLに対して1分子のFixJが結合している。
これらの立体構造から、FixLは絡み合うようにしてホモ二量体を形成し、短いこん棒のような形状をしていることが明らかになりました。また、FixLではヘムに酸素を結合する/結合しないにかかわらず、全体構造に大きな違いがないことがわかりました。このことから、酸素などの環境因子の感知に伴う情報伝達は、局所的に起こる小さな構造変化によって伝播されるということが示唆されました。本研究では、これらの立体構造を参考にした機能解析により、センサー部位とリン酸基結合部位の間にある領域で生じる構造変化によって情報が伝達されることを提唱しました(図3)。FixL-FixJ複合体では、FixLとFixJのリン酸基結合部位が近づくようにして複合体を形成していました。この構造では、FixJのリン酸基結合領域だけがFixLと相互作用しており、その他の領域はFixLと相互作用せず揺らいでいることがわかりました。リン酸基の授受による情報伝達は、すべての二成分情報伝達系タンパク質に共通するメカニズムであるため、本研究で解明されたFixL-FixJ間の相互作用は二成分情報伝達系タンパク質に共通する性質であると考えられます。また、二成分情報伝達系に属する他のタンパク質では、FixL-FixJ複合体中のFixJに観測された揺らいだ構造に相当する部分には多種多様な生理機能を担うタンパク質のパーツが融合しています。このことから、二成分情報伝達系タンパク質はこのパーツの部分を進化の過程で多様化することにより、様々な環境因子に対応できるようになったと考えられます。
根粒菌内の酸素濃度が低い時にFixLとFixJは複合体化し、リン酸をFixLからFixJに渡すことで情報を伝達する。
この研究の社会的意義と今後の展望
本研究対象であるダイズ根粒菌のFixL/FixJタンパク質は、宿主植物であるダイズの生育に不可欠な窒素栄養の供給に必須のシステムです。ダイズは、その学名Glycine max(「アミノ酸の一種であるグリシンが最大」という意)に反映されるように、栄養価の高い有用植物です。現在の農業では、ダイズ植物に根粒菌液をスプレー摂取する方法が用いられていますが、環境によってはその効果が期待できない場合もあります。本研究で明らかにしたFixL/FixJタンパク質の立体構造に基づき、ダイズ根粒菌を改良することで悪環境でも効果を発揮できる菌株の開発が期待できます。また、FixL/FixJシステムが属する二成分情報伝達系は、微生物や高等植物が生きていくために欠かせない環境応答システムです。例えば、病原菌がヒトの体内に感染する時、この二成分情報伝達系が使われています。一方で、この情報伝達系は、ヒトを含む動物では全く見つかっていません。本研究グループが解明した立体構造の情報を用いることにより、二成分情報伝達系に特異的に作用し、その制御を停止する薬剤を作ることで、動物への影響のない新しいタイプの抗菌薬を開発できる可能性があります。
研究グループ
兵庫県立大学大学院 生命理学研究科 細胞制御学Ⅱ研究室
教授 城 宜嗣(しろ よしつぐ)
助教 澤井 仁美(さわい ひとみ)
大学院生 [研究当時] 佐伯 茜子(さえき あかね)、西園 陽子(にしぞの ようこ)
兵庫県立大学 理学部 生命科学科 細胞膜超分子複合体機能解析学講座
学部生 [研究当時] 鎌屋 美咲(かまや みさき)
兵庫県立大学大学院 生命理学研究科 生体情報学Ⅱ研究室
教授 西谷 秀男(にしたに ひでお)
大学院生 [研究当時] 貫名 康平(ぬきな こうへい)
理化学研究所 放射光科学総合研究センター 利用システム開発研究部門 ビームライン基盤研究部 生命系放射光利用システム開発ユニット
ユニットリーダー 山本 雅貴(やまもと まさき)
研究員 引間 孝明(ひきま たかあき)
専任研究員 久野 玉雄(ひさの たまお)
理化学研究所 放射光科学総合研究センター 城生体金属科学研究室[研究当時]
専任研究員 中村 寛夫(なかむら ひろお)
リバプール大学 統合生物学研究所
教授 サマー ハスナイン(S. Samar Hasnain)
准教授 スベトラーナ アントニューク(Svetlana V. Antonyuk)
博士研究員 ギャレス ライト(Gareth S. A. Wright)
研究サポート
本研究は、文部科学省科学研究費補助金の基盤研究(S)(課題番号26220807)、若手研究 (B) (課題番号25871213)の一環として行われました。さらに、公益信託山村富美記念女性自然科学者研究助成基金、理化学研究所の新領域開拓課題「分子システム研究」ならびに独創的研究課題「脂質の統合的理解」による支援を受けて進められました。
用語解説
[1] 根粒菌と窒素固定
マメ科植物の根に見られる数ミリメートル径の瘤のような器官(根粒)を形成して共生する土壌細菌。根粒菌は、大気中の窒素を植物が利用するアンモニアに変換する反応(窒素固定)を担うことで、宿主植物に窒素栄養としてアンモニアを供給している。宿主植物からは光合成産物をもらうことで、共生関係が成り立っている。
[2] 「SPring-8」「SOLEIL」
大型放射光施設「SPring-8」は兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8 GeV(80億電子ボルト)に由来。「SOLEIL(ソレイユ、フランス語の「太陽」の意) 」は、フランスのパリ近郊にある国立科学研究センターCNRSと原子力庁CEAが運営する比較的新しい放射光施設。放射光とは、電子を光とほぼ等しい速度まで加速し、電磁石によって進行方向を曲げた時に発生する強力な電磁波のこと。これらの施設では、放射光を用いてナノテクノロジー・バイオテクノロジー・産業利用まで幅広い研究が行われている。
[3] ニトロゲナーゼ
窒素固定を行う細菌が持つ酵素。大気中の窒素をアンモニアに変換する反応を触媒する。活性中心として、鉄やモリブデンなどからなる金属クラスターを有するため、酸素があるとすぐに失活してしまう。
[4] 二成分情報伝達系
微生物や高等植物が外部環境の変化を感知し、その変化に適応して生存するための環境応答システム。2種類のタンパク質「センサーヒスチジンキナーゼ」と「レスポンスレギュレーター」で構成されるため「二成分」情報伝達系と呼ばれている。センサーヒスチジンキナー
ゼが環境因子を感知すると、ATPのリン酸基を介して情報が対応するレスポンスレギュレーターに伝わる。レスポンスレギュレーターは、環境に適応するために必要な遺伝子発現や酵
素機能を制御するのに関わっており、その機能がリン酸基の授受によりなされる。本研究
対象では、FixLはセンサーヒスチジンキナーゼ、FixJはレスポンスレギュレーターに相当する。
[5] ヘム
ポルフィリンと呼ばれる環状平面分子の中心に鉄原子をもつ化合物。ポルフィリン環の修飾の種類や位置によっていくつかの種類に分類される。ヘムを分子中に取り込んではじめてその機能が発揮されるタンパク質をヘムタンパク質と呼び、通常、赤色を呈する。酸素運搬体であるヘモグロビン、電子伝達に関与するシトクロム類、酵素活性をもつペルオキシダーゼなどがヘムタンパク質の代表例。本研究対象の酸素センサータンパク質FixLもヘムタンパク質であり、ヘムを酸素センサーとして利用している。
[6] ATP(アデノシン三リン酸)
アデノシンに3つのリン酸基が結合した化合物で、加水分解により得られるエネルギーが生命活動に利用される。ATPの加水分解により、リン酸基を1つ放出した後の化合物がアデノシン二リン酸(ADP)である。多くの生物がATPをエネルギー源として利用していることから「生体エネルギーの通貨」と呼ばれることもある。
[7] X線小角散乱法
波長の短い光の一種であるX線を溶液中の物質に照射して、散乱されたX線のうち散乱角が数度の散乱X線を詳しく解析することにより、対象物質の構造を決定する方法。この手法は、一般に微粒子・液晶・合金の内部構造などの規則構造の分析に用いられる。最近では、タンパク質などの生体分子について、溶液中での形状を解析するためにこの手法が用いられることも多くなってきた。
[8] X線結晶構造解析
X線を物質が規則正しく並んだ結晶に照射し、回折されたX線の強度を詳しく解析することにより、結晶を構成する分子の構造を決定する方法。この方法により、多くの生体分子の立体構造が決定されている。
[9]カラムクロマトグラフィー
筒状の容器(カラム)に合成樹脂や多孔性ゲルなどを充填し、対象物を含む溶媒を流すと、充填剤との親和性や分子の大きさなどの違いにより対象物を分離することができる。タンパク質の精製では、タンパク質固有の等電点の違いによって分離するイオン交換カラムクロマトグラフィーやタンパク質の分子サイズによって分離するゲルろ過カラムクロマトグラフィーがよく用いられる。本研究では、ゲルろ過カラムクロマトグラフィーとX線小角散乱測定を融合させたシステムを構築し利用した。
[10] 二量体
2つの分子が物理的・化学的な作用によって集合した状態。同一分子の二量体をホモ二量体、異種分子による二量体をヘテロ二量体という。本研究におけるFixLの立体構造は、ホモ二量体である。
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