大きな磁気相転移温度変化を示す“スポンジ磁石” ― 小分子の出し入れで磁石の磁気特性を変える―(プレスリリース)
- 公開日
- 2018年05月22日
- BL02B1(単結晶構造解析)
2018年5月22日
国立大学法人東北大学金属材料研究所
公益財団法人高輝度光科学研究センター
発表のポイント:
●小分子の吸脱着により多孔性分子(スポンジ)磁石の磁気相転移温度*1の変化幅が70 Kと大きく改善
●微小な構造変化のみで柔軟に電荷状態が変化する高性能な磁石骨格の創製に成功
●物理的刺激ではなく化学的刺激(分子吸脱着)により駆動する新規デバイス創製に期待
東北大学金属材料研究所の張俊(理学研究科化学専攻博士後期課程2年・日本学術振興会特別研究員)、高坂亘 助教、宮坂等 教授らは、(公財)高輝度光科学研究センター(JASRI)の杉本邦久 博士とともに、小分子を出し入れすることで、磁石になる温度(磁気相転移温度)が従来よりも格段に大きく変化する新たな多孔性の分子性磁石の開発に成功しました。 論文タイトルと著者 |
研究の背景
我々の身の周りにおいて、“磁石”は、玩具から駆動系(モーターなど)を有する大小様々な家電製品や機器、電気自動車、コンピューター、クレジットカードまで、広範囲に渡って使われており、快適な日常生活を送る上で必要不可欠な材料となっています。したがって、強力かつ磁気相転移温度の高い磁石の開発は、常に社会から要求される重要な課題の一つです。これは、上記の日常で使われる一般的な磁石のことを指しています。しかし一方、近年では違った角度からの“磁石の高機能化”も求められるようになっています。ここで言う“高機能化”とは、単に磁石本来の性能向上に留まらず、従来の磁性体では実現不可能であった機能の付加や磁石機能との協奏*3を指しています(以下、多機能性磁石)。そのような付加的な機能を設計するには、“分子のもつ柔軟性”が磁石設計に使えます。
本研究グループでは、金属イオンと有機配位子の複合化によって合成される金属錯体を基にした多次元格子“金属―有機複合骨格(Metal–Organic Framework、 略称: MOF)”と呼ばれる分子性材料に着目しました。MOFは、物質の種類の多様性、構成する金属イオンや有機物における付加的要素の高設計性、ナノサイズ制御の柔軟性、格子と空間の両者の特性を利用可能、などといった多くの利点を持つため、より戦略的に多機能性磁石の開発に利用できると考えられます。このようなMOFの特徴である“空間”という概念を付加して磁石を作ると、本研究で報告する“多孔性分子磁石(MOF磁石)”を設計することができます。この多孔性分子磁石は、その空孔内部に合成時に使用された有機溶媒や水などの“小分子”を含みます(吸着状態)が、その小分子をMOFの基本骨格を維持したまま脱離させることが可能であり(脱離状態)、その過程が可逆であることが“多孔性”の所以となっています。加えて、現在までに、溶媒分子の脱着に伴う構造変化に起因する磁性変化が観測されており、そのような多孔性分子磁石は“スポンジ磁石(magnetic sponge)”と呼ばれています。しかしながら、構造の変化だけでは磁気相転移温度を劇的に変える、磁石自体の性質を変えるといった、即ち磁性をOn/Off制御する明確な性質変化を誘導することは難しく、現在までに溶媒分子の脱着に伴う磁気相転移温度の変化は、大きくても20 K〜30 K程度でした。このような背景から、スポンジ磁石の高機能化には新たな磁気変化機構に基づく革新材料の開発が必要でした。
研究成果の内容
本研究グループは、電子供与性分子*4として振る舞うカルボン酸架橋水車型ルテニウム二核(II、II)金属錯体と、電子受容性分子*5として振る舞うテトラシアノキノジメタン(7,7,8,8-tetracyano-p-quinodimethane; TCNQ)誘導体からなる層状MOF磁石を開発しました(図1)。このMOF磁石は、合成直後は合成に用いた有機溶媒分子を層間に含む状態(吸着状態)であり、磁気測定の結果、TC (磁気相転移温度)= 101 K のフェリ磁性体*6でした(図2)。一方、このMOF磁石を減圧下に置く、あるいは80 ˚C 程度に加熱すると、層間の有機溶媒分子は脱離した状態(脱離状態)へと変わり、TC = 34 Kと、大きく減少することが分かりました(図2)。脱離状態の化合物を有機溶媒蒸気にさらすとMOF磁石は再び吸着状態へと戻り、以降、有機溶媒蒸気の吸脱着を繰り返すことで、温度差およそ70 Kという大きなTCの変化が可逆に観測される、高機能なスポンジ磁石を見出しました(図3)。
吸着状態および脱離状態の結晶構造等を大型放射光施設SPring-8*7のBL02B1にて精査した結果、MOFの構成分子であるルテニウム二核錯体とTCNQ誘導体の電荷状態が、小分子吸脱着の前後で変化していることが分かりました(図4)。つまり今回のMOF磁石では、小分子の吸脱着に伴い、構造変化だけでなく構成分子の電荷状態の変化も起こった結果、磁性層のスピン状態と長距離磁気相関*8に変化が生じたために非常に大きなTCの変化を示したと言えます。微小な構造変化で電荷状態の変化をも誘起できたのは、適切な電子供与能をもつルテニウム二核錯体と電子受容能をもつTCNQ誘導体の組合せを合理的に選択したためであり、MOF磁石の特徴である構造の柔軟性と、高い設計性が存分に発揮された結果だと言えます。
研究の意義と今後の展開
「スポンジ磁石」は従来の物理的な刺激(電場・光・圧力など)とは異なる、化学的な刺激(分子吸脱着)により駆動する材料です。本成果は化学的情報と物理的応答を相互変換できる新システムの成功例であり、発見したスポンジ磁石は新たな磁気デバイス創製の重要な基礎物質です。本研究では、これまでの課題であった構造変化による小さな磁気変化が、“電荷状態の変化”を付加することにより克服できることを初めて示しました。これは、電荷状態の変化(即ち、スピン状態変化)は磁石としての性質に本質的に影響を与えるためです。
本成果はまだ100 K(–173˚C)付近という極低温状態で確認された現象ですが、物質の吸脱着で不揮発性磁石を劇的に変化させる材料を発見し、その化学的構造変化が与える電荷状態および磁性の変化を明らかにした点で、本成果は極めて有意義な結果と考えられます。
また、今回の研究では、化学的刺激として合成に用いた有機溶媒の蒸気を使用しましたが、他の有機溶媒や水、そして窒素、酸素、二酸化炭素など身の回りにあふれる気体分子なども小分子の候補として考えられ、その組合せは無限大です。さらには電荷状態の変化は磁気特性のみならず、物質の電気特性にも大きな影響を与えると考えられます。今後は多様な性質を持つ小分子を用い、本研究での“多孔性分子材料”というコンセプトを様々な物性制御へ応用し、研究を進めていく予定です。
<専門用語解説>
※1:磁気相転移温度
磁石になる温度。それよりも低い温度では“磁石”として振る舞い、高い温度では、消磁してしまいます。
※2:金属―有機複合骨格(Metal–Organic Framework、 略称: MOF)
金属イオンと有機配位子の複合化によって合成される多次元格子のことです。
※3:機能の付加や磁石機能との協奏
(本研究で扱う材料の他に)一例として、強誘電強磁性体をはじめとするマルチフェロイクス材料などが挙げられます。強誘電特性と強磁性特性を併せ持つ材料においては、外部磁場の印加により、磁気分極の方向だけでなく、自発電気分極の方向も制御できる可能性があり、磁気分極、電気分極の組み合わせにより、4通りの情報を読み書きできるメモリ材料としての応用が期待されています。
※4:電子供与性分子
ある種の分子は、自身の持つ電子を他の分子に与えることが可能です。このような性質を持つ分子を電子供与性分子といいます。
※5:電子受容性分子
電子供与性分子とは逆に、電子を受け取ることが可能な分子も存在します。このような性質を持つ分子を電子受容性分子といいます。電子供与性分子と電子受容性分子を組み合わせることで、分子間での電荷移動、電子移動を実現することができます。
※6:フェリ磁性体
磁気モーメントが反平行に揃った秩序状態の一種です。反平行に揃うスピンの大きさが異なる場合のことを指し、磁場を印加しなくても巨大な磁化の発生(磁石としての性質)が見られます。
※7:大型放射光施設SPring-8
SPring-8の施設名はSuper Photon ring-8 GeV(ギガ電子ボルト)に由来する。兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高性能の放射光を生み出す理化学研究所の施設であり、その運転と利用者支援などは高輝度光科学研究センターが行っている。
※8:長距離磁気相関
物質中の不対電子間に磁気的な相互作用がはたらき、それにより三次元的に長距離に相互作用が及ぶことを言います。個々の不対電子のもつ磁気モーメント(磁石の強さを表すベクトル量)が長距離磁気秩序により一方向に揃うことにより、大きな磁気モーメントが誘導され、磁石になります。
特記事項
本成果は、科学研究費基盤研究(A)(代表: 宮坂等No. 16H02269)、東北大学金属材料研究所・先端エネルギー材料理工共創研究センター(E-IMR)、文部科学省新学術領域研究「π造形科学」(代表: 宮坂等No. 17H05137)および日本学術振興会特別研究員奨励費(代表:張俊No. 17J02497)の助成を受けました。
図1.電子供与性分子(水車型ルテニウム錯体)と電子受容性分子(TCNQ誘導体)から合成される層状MOF磁石の模式図
図2.吸着状態(青)と脱離状態(赤)の磁化の温度依存性(外部磁場100 Oe)。
図3.小分子の吸脱着サイクルに対する磁気相転移温度(TC)の変化。小分子の吸脱着によるTCの変化は非常に良い可逆性を示している。
ルテニウム二核錯体の電荷状態も変化しているが、いずれの状態も不対電子が存在する(S ≠ 0)。一方のTCNQ誘導体は、脱離状態において半数が非磁性(S = 0)となり、不対電子が存在していない。この非磁性のTCNQ誘導体の所で磁気相互作用の繋がりが途切れてしまうため、脱離状態の磁気相転移温度(TC)は大きく低下する。
本件に関するお問い合わせ先 東北大学金属材料研究所 錯体物性化学研究部門 教授 公益財団法人 高輝度光科学研究センター ◆報道に関して (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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