上下の環境が異なる特定元素のみをマッピングする基礎技術を実証 X線自由電子レーザーによる高調波発生を利用(プレスリリース)
- 公開日
- 2018年05月24日
- SACLA BL1
2018年5月24日
東京大学
理化学研究所
東京理科大学
分子科学研究所
発表のポイント:
◆軟X線自由電子レーザーを用いて元素選択的な非線形光学効果(注1)の観測に成功しました。
◆量子力学の計算によって、鉄と酸素の2重の内殻共鳴による非線形光学応答であることを実証しました。
◆軟X線自由電子レーザーを用いた新たな元素マッピング法としてさまざまな物質評価に役立てられることが期待されます。
東京大学物性研究所の松田巌准教授と赤井久純特任研究員らの研究グループは、理化学研究所の矢橋牧名グループディレクター、東京大学大学院 新領域創成科学研究科の有馬孝尚教授、東京理科大学の小嗣真人准教授、分子科学研究所の繁政英治技術課長、高エネルギー加速器研究機構物質構造科学研究所の組頭広志教授、高輝度光科学研究センターの登野健介チームリーダーの各研究グループと共同で、X線自由電子レーザー(注2)施設SACLA(注3)を用いた軟X線の非線形光学効果(第2次高調波発生)を観測することに成功しました。また光物性の量子力学計算によって、この信号発生は内殻共鳴効果(注4)が2重に発生することで増幅されることも明らかになりました。 発表雑誌: ※ 2018/5/24 論文タイトル、著者名を修正しました |
背景
近年のレーザー光源開発の進展により、これまでにない光学応答がさまざまな物質で観測されています。レーザー光源開発では特に短波長化が最近著しく進展しており、X線自由電子レーザー施設SACLAでは軟X線〜硬X線領域の光が利用できます。この波長領域は物質を構成する原子の内殻電子と共鳴するエネルギー領域と対応しており、この共鳴効果を用いると元素選択的に光物性実験を実施することができます。
他方、非線形光学効果は、物質中の特殊な秩序や物質界面など、従来の光学実験では視ることのできなかった信号を検出することができます。しかし現在主に使われている波長は可視光〜赤外線であるため、物質情報の一部を得るに留まっています。そのためX線自由電子レーザーを用いて非線形光学実験を行うと元素選択的に測定され、さらに物質内部に埋もれた界面などからの情報も得られることが期待されています。
研究成果
本研究グループは、軟X線自由電子レーザーを用いて代表的な非線形光学効果である第2次高調波発生について検証しました。実験は、X線自由電子レーザー施設SACLAの軟X線自由電子レーザービームラインBL1で行い、その非線形信号の検出に成功しました(図1)。
試料には、界面と同様に反転対称性の破れた結晶構造を持つGaFeO3結晶を用いました。その結果、入射した光(振動数ω)に対して第2次高調波(2ω)を観測し、GaFeO3結晶を構成するFe原子の内殻共鳴に波長を合わせると非線形信号が増強することも確認されました(図2)。また、量子力学計算を実施した結果、この軟X線の第2次高調波発生には内殻共鳴効果が鉄と酸素の2重で効いていることも明らかになりました。このような計算は従来複雑で困難でしたが、今回赤井特任研究員が開発したAkaiKKR法によって定量性高く観測データを再現できたため複雑な計算が実現し、光物性の理論研究としても大きな進展がありました。
今後の展開
X線自由電子レーザーから発生する軟X線はミクロな構造をイメージングするために利用されており、内殻共鳴を用いることで試料の元素分布も可視化することができます。非線形効果は界面など対称性の破れた環境から信号が発生するので、今回実証した元素選択的非線形効果で、界面における情報のみを元素選択的に取得することができるため、元素マッピングへの応用ができます。トランジスターなどのデバイス性能は界面で制限されており、今後その分析に本手法が活用されることが期待されます。
用語解説:
(注1)非線形光学効果:
物質を評価する光について、その強度が低い場合、物質は光に対して線形な応答、すなわち入射した光の強度に比例して透過や反射強度が得られます。しかし、光の強度が強くなると物質と光による相互作用も強まり、光の振動数が2倍になってその強度が2乗で増大したりします(第2次高調波発生)。このような線形とは異なる光学現象を「非線形光学効果」と呼びます。
(注2)X線自由電子レーザー:
光速の自由電子から発生するレーザーで波長領域が軟X線〜硬X線のものです。日本ではX線自由電子レーザー施設SACLAにて利用することができます。従来の半導体や気体を発振媒体とするレーザーとは異なり、真空中を高速で移動する電子ビームを媒体とするため、原理的な波長の制限がありません。
(注3)SACLA:
理化学研究所と高輝度光科学研究センターが共同で建設した日本で唯一のX線自由電子レーザー施設です。2011年3月に施設が完成し、SPring-8 Angstrom Compact free electron LAser の頭文字を取ってSACLAと命名されました。2011年6月に最初のX線レーザーを発振、2012年3月から共用運転が開始されました。米国や欧州の施設と比べて数分の1とコンパクトであるにも関わらず、0.1ナノメートル(nm、100億分の1m)以下という世界最短波長のレーザーの生成能力を有します。また、数フェムト秒(1フェムト秒は1,000兆分の1秒)の超短パルスを出力することが可能です。
(注4)内殻共鳴:
原子は原子核とその周りの電子から構成されており、核のそばに分布する内殻の電子は元素特有の結合エネルギーを有します。この内殻電子のエネルギーと光学過程のエネルギーが一致すると、共鳴効果によって応答が増大します。
図1 a) SACLAで実施した軟X線自由電子レーザーによる実験の様子。試料から反射してきた基本波(ω)と第2次高調波(2ω)を回折格子で分光して検出しました。入射光強度(I0)に対してb)の基本波強度(Iω)は比例しました(線形)が、c)の第2次高調波(I2ω)は2次曲線となりました(非線形)。信号はc)のようにFe元素の内殻共鳴エネルギーを示す55eVで顕著に観測され、そこからわずかに外れた53 eVではd)のように信号強度が極端に減少します。
図2 GaFeO3結晶における軟X線非線形光学効果の様子。入射した光(振動数:ω)に対して、その第2次高調波の光(2ω)が構成するFe原子の内殻共鳴で発生します。
問い合わせ先: 特任研究員 赤井 久純(アカイ ヒサズミ) 【報道に関すること】 理化学研究所 広報室 報道担当 東京理科大学研究戦略・産学連携センター(URAセンター) 分子科学研究所 研究力強化戦略室 広報担当 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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