活性型ビタミンB12がラジカル酵素反応を制御する仕組みを世界で初めて発見 - 高品質衣料用繊維の原料生産への応用に期待 -(プレスリリース)
- 公開日
- 2018年05月29日
- BL26B1(理研 構造ゲノムI)
- BL38B1(構造生物学III)
- BL44XU(生体超分子複合体構造解析)
2018年5月29日
公立大学法人兵庫県立大学
国立大学法人岡山大学
国立研究開発法人理化学研究所
研究成果のポイント
・ビタミンB12の核であるコリン環のアミド側鎖の1つが、B12酵素ジオールデヒドラターゼとエタノールアミンアンモニアリアーゼの触媒反応に直接関わり、ラジカル反応を制御しつつ進行させる機構を解明
・ジオールデヒドラターゼは、丈夫さと高い伸縮性や肌触りの良さを併せもつ衣料用繊維ポリトリメチレンテレフタレートの原料である1,3-プロパンジオールの合成に利用可能
・コリン環アミド側鎖がその周囲にあるアミノ酸残基と連携してラジカル酵素反応を適切に制御する仕組みが明らかになり、1,3-プロパンジオールなどの有用物質の生産をより効率的に行えるようになる可能性
ビタミンB12の活性型の1つであるアデノシルB12は、化学的に達成が難しい反応を触媒するため、ラジカルという超活性種を利用して酵素反応を行います。酵素がラジカルを利用することによって、高い反応性が得られるというメリットがある反面、その代償として副反応を起こして不活性化され易くなります。これまでアデノシルB12酵素には副反応を起こりにくくする仕組みがあると考えられていましたが、酵素とアデノシルB12との複合体の精密な立体構造が不明であったためにその詳細は明らかではありませんでした。今回、兵庫県立大学大学院生命理学研究科の柴田直樹准教授(理化学研究所客員研究員(研究当時))と岡山大学の虎谷哲夫名誉教授を中心とした共同研究グループは、アデノシルB12酵素ジオールデヒドラターゼおよびエタノールアミンアンモニアリアーゼについて、アデノシルB12との複合体の原子レベルでの精密な立体構造を、大型放射光施設・SPring-8を利用して解析しました。その結果、アデノシルB12の核であるコリン環のアミド側鎖の1つが周囲のアミノ酸残基と連携し、アデノシルB12が活性化されて生成したアデノシルラジカルの構造を安定に保つことで副反応を起こりにくくする働きがあることを世界で初めて明らかにしました。 論文情報 |
研究の背景
ビタミンB12はサプリメントや目薬の成分としてなじみのある栄養素の1つですが、体内ではアデノシルB12やメチルB12に変換され、補酵素として酵素反応に関わります(図1)。アデノシルB12はラジカルという高い反応性を有する超活性種を発生し、化学的に困難な反応を行います。一般にラジカル反応は制御が難しく、副反応によってラジカルが消失したり、本来の生成物とは異なる物質が生じたりしやすいという欠点があります。アデノシルB12酵素にはそのような副反応を起こりにくくする仕組みがあると考えられてきましたが、これまでアデノシルB12が酵素内部に結合した状態での精密な立体構造が明らかではなかったためにその詳細はよくわかりませんでした。
一方、ビタミンB12にはその核となるコリン環にアミド基を有する側鎖が7つ存在しています(側鎖(a)~(g))(図1)。それらのうち、ヌクレオチドが結合した側鎖(f)以外の6つのアミド側鎖は、これまで酵素の内部に取り込まれて結合するための錨のように働いているとしか考えられていませんでした。いわばマイナーな脇役として陰から酵素反応を支えているような役割です。
a: アデノシルB12の構造
(a)~(g)はアミド側鎖(青色は側鎖(a))、赤はアデノシル基、コバルト(Ⅲ)、コバルト-炭素共有結合を表す。
b: ジオールデヒドラターゼが触媒する反応
c: エタノールアミンアンモニアリアーゼが触媒する反応
d: アデノシルB12による触媒反応の概略
研究内容と成果
今回、アデノシルB12酵素ジオールデヒドラターゼとエタノールアミンアンモニアリアーゼについて、アデノシルB12との複合体の精密なX線結晶構造(立体構造)を大型放射光施設・SPring-8を利用することで決定しました。その結果、触媒反応を受ける基質の有無に応じて、アミド側鎖の1つである側鎖(a)がアデノシルラジカルの動きと連携しながら構造変化することを見出しました(図2)。活性部位に基質が存在しない場合、側鎖(a)は周囲のアミノ酸残基と水素結合することでコリン環の外側を向いていますが、基質が結合するとコリン環の内側に移動し、アデノシルB12が活性化されて生成したアデノシルラジカル(図1)の構造を安定に保つように直接的に働きかけます。また、側鎖(a)は基質の通り道を開閉する役割があり、コリン環の外側に存在する場合は基質が活性部位に入ることが出来るように通り道が開いた状態になっているのに対し、基質が活性部位に結合すると閉じた状態になり、正常なラジカル反応を妨害する恐れのある物質が外部から侵入するのを防ぐと考えられます。このように側鎖(a)はマイナーな存在ではなく主役級の役割を果たしていることが分かりました。
(左)側鎖(a)は基質が存在しない場合ではコリン環の外側に存在し、基質の通り道を開いた状態に保つ。この時、アデノシル基はコバルトイオン側(下方)を向いている。
(右)基質が活性部位に結合すると、アデノシルラジカルが基質に接近する。側鎖(a)はこれと同期してコリン環の内側に移動し、隣接するアミノ酸残基(Thrα172)と連携して、基質に接近したアデノシルラジカルの構造を安定に保つ働きを担う。同時に基質の通り道が閉じた状態となり、外部から反応を妨害する物質が侵入することを防ぐ。
この研究の社会的意義と今後の展望
ジオールデヒドラターゼはグリセロールとも反応し3-ヒドロキシプロピオンアルデヒドを生成します。これを還元すると、丈夫さと高い伸縮性や肌触りの良さを併せもつ衣料用繊維ポリトリメチレンテレフタレートの原料である1,3-プロパンジオールとなります。一方、グリセロールは植物油からバイオディーゼル燃料を製造する際に副生成物として大量に生成するため、その有効利用が求められています。今回の研究で、これらのアデノシルB12酵素には側鎖(a)と周囲のアミノ酸残基が連携して副反応を防ぐ仕組みがあることが世界で初めて発見されました。このような仕組みを理解することで天然の酵素よりも副反応による失活が起きにくい酵素を設計し、より効率的にグリセロールから1,3-プロパンジオールを生産できる可能性があります。
用語解説
アデノシルB12
ビタミンB12の生体内における活性型の1つで、アデノシルコバラミンとも呼ばれる。B12類にはコリン環と呼ばれるヘムに似たテトラピロール様骨格が含まれ、その中心にコバルトイオンが結合している。コリン環の外周には7つのアミド側鎖(側鎖(a)~(g))が存在する。これらのうち、側鎖(f)にはコバルトイオンに配位した5,6-ジメチルベンズイミダゾール基を含むヌクレオチドが連結している。アデノシルB12はリボ核酸(RNA)の構成要素の1つであるアデノシンに良く似たアデノシル基が含まれる。アデノシル基にはリボースという糖が存在し、その5’炭素原子がコバルトイオンに結合する(コバルト-炭素共有結合)。アデノシルB12が活性化されるとコバルト-炭素共有結合が開裂し、アデノシルラジカルが発生するが、ラジカルはリボースの5’炭素原子に存在する。
ジオールデヒドラターゼ
アデノシルB12が活性化されて発生したアデノシルラジカルを利用して、1,2-プロパンジオールの2位の水酸基(-OH)を1位に転位させた後、脱水反応が起こりプロピオンアルデヒドを生成する酵素である。グリセロールやエチレングリコールとも良く反応し、前者は3-ヒドロキシプロピオンアルデヒド、後者はアセトアルデヒドを生成する。類似酵素にアデノシルB12依存グリセロールデヒドラターゼがある。
エタノールアミンアンモニアリアーゼ
ジオールデヒドラターゼと類似の反応を触媒するが、2-アミノエタノールを基質としてアミノ基(-NH2)の転位・脱離反応によってアセトアルデヒドが生成する。2-アミノ-1プロパノールとも反応し、その場合、生成物はプロピオンアルデヒドとなる。
ラジカル
通常、原子や分子中の電子は2つずつペアになって同じ軌道上に存在するが、光や熱などのエネルギー吸収をきっかけに電子が移動したり、結合が開裂したりすることによって同一軌道上に電子が1つとなる(不対電子)状態を指す。一般にラジカルは反応性が高い反面、不安定で反応の制御が難しいという特徴がある。
ポリトリメチレンテレフタレート (PTT)
ポリエステルの一種で、飲料などのボトルの材料としてなじみの深いポリエチレンテレフタレート (PET)に似ているが、PETの原料の1つであるエチレングリコールの代わりに1,3-プロパンジオールを利用して生産される。PTTを衣料用繊維として利用すると、PETに比べて丈夫さと高い伸縮性や肌触りの良さに優れた製品が得られる。
1,3-プロパンジオール
グリセロールの中央(2位)に位置する水酸基(-OH)が水素原子に置き換わったものに相当する。ジオールデヒドラターゼやグリセロールデヒドラターゼは、グリセロールから3-ヒドロキシプロピオンアルデヒドを生成するが、これを還元すると1,3-プロパンジオールが得られる。
大型放射光施設SPring-8
兵庫県にある大型共同利用施設。光速にほぼ等しい速度まで加速された電子が、磁石などによってその進行方向を変えられた時に細く強力な電磁波を発生し、これを放射光という。電子のエネルギーが高く、進行方向の変化が大きいほど、X線などの短い波長を含むようになる。
問い合わせ先 岡山大学 名誉教授 虎谷哲夫 機関窓口 岡山大学 総務・企画部 広報・情報戦略室 理化学研究所 広報室 報道担当 (SPring-8 / SACLAに関すること) |
- 現在の記事
- 活性型ビタミンB12がラジカル酵素反応を制御する仕組みを世界で初めて発見 - 高品質衣料用繊維の原料生産への応用に期待 -(プレスリリース)