電子伝導性配位構造体を用いたエネルギー貯蔵機構の発見(プレスリリース)
- 公開日
- 2018年05月31日
- BL44B2(理研 物質科学)
2018年5月31日
国立研究開発法人 物質・材料研究機構
国立大学法人 東京大学大学院理学系研究科
国立研究開発法人 理化学研究所
国立大学法人 京都工芸繊維大学
掲載論文 |
研究の背景
遷移金属酸化物は、高エネルギー密度かつ高寿命な物質として、リチウムイオン電池をはじめとする蓄電池の正極材料として数十年に渡り使われてきました。しかしながら、より高性能な蓄電池への需要が高まるなか、資源的制約を受けずに高エネルギー密度・長寿命の特性を有する新たな正極材料の開発が求められています。そこで近年注目を集めてきているのが、配位構造体、いわゆる多孔性配位高分子(Porous Coordination Polymer;PCP)や金属-有機構造体(Metal-Organic Framework;MOF)と呼ばれる材料群です。配位構造体は、有機分子と金属イオンの組み合わせから構成される材料で、様々な有機分子や金属イオンの組み合わせ方から無数のバリエーションの構造を作り出すことができ、それによって発現する特性も種々多様です。例えば、配位構造体の内部空間を制御することで、選択的な分子吸着性やイオン伝導性を示すことが知られており、ガス分離材料やイオン伝導体としての応用が期待されています。また、配位構造体には酸化還元反応を示す物質が多く存在することから、イオンを内包できる多様な内部空間を持ちつつ酸化還元活性な材料群として、次世代の蓄電池用電極材料への応用研究が世界的に進められています。しかしながら、一般的に配位構造体は電子伝導性が低いという問題を抱えており、電子の移動を基本とする電極材料への応用への大きな障壁となっています。この課題の解決のために様々な工夫や努力が試みられてきたものの、物質本来の性質の問題を完全に解決するには至っていません。
このような電子伝導性の問題に対し、東京大学西原教授のグループは、配位構造体でありながら金属的な電子伝導性を示す新たな物質の合成に成功しました。この電子伝導性配位構造体は有機分子と金属イオンの二次元ネットワークが形成する原子層薄膜、または、その膜が積層した層状化合物として存在するという構造的特徴を持ち、高い電子伝導性の由来となっています。さらに、当構造体の一部は酸化還元反応において安定であることも知られており、蓄電池の正極材料として高い特性を示すことが予想されました。
研究内容と成果
今回の研究では、電子伝導性配位構造体の一種であるビスジイミノニッケルナノシート(NiDI)を合成し、その電気化学特性の詳細な調査や、SPring-8の放射光を用いた構造解析などを行いました。合成したNiDIの構造は放射光や透過型電子顕微鏡により同定し、その結果、NiDIは他の電子伝導性配位高分子と同様の二次元状の薄膜が積層した層状化合物となっていることが確認されました(図1)。
この物質を正極活物質とし、リチウム金属を負極としたコインセルを作製し充放電試験(4)を行った結果(図2a)、NiDIは3つ以上の酸化状態を安定して取り得ることを、世界で初めて発見しました。蓄電池の正極材料の性能評価では、NiDIは電流密度10 mA/gにおいて155 mAh/gという特性容量に達し、リチウムイオン電池の代表的な正極材料であるリン酸鉄リチウム(LiFePO4; 理論特性容量170 mAh/g)にも比肩する性能を示しました。さらに、充放電を300サイクル繰り返した後も初期のサイクルの容量の80%程を維持しており、配位構造体としては高寿命なエネルギー貯蔵材料であることが分かりました(図2b)。
このような優れた特性は、材料の高い導電性や化学的な安定性に由来すると考えられ、配位構造体の高い自由度の構造設計、及び、付随して発現する多様な性質が可能にした結果であると言えます。次に、NiDIのエネルギー貯蔵機構をより詳細に調査するため、それぞれの酸化状態における分光学的な測定を行ったところ、酸化還元反応においてNiDIの内部空間へリチウムイオンやヘキサフルオロリン酸イオンが脱挿入しているということが判明しました。さらに、SPring-8の放射光を用いた各酸化状態のNiDIの構造解析では、これらのイオンはNiDIの細孔空間に存在していることが示唆され(図3)、電子伝導性配位構造体へのイオンの脱挿入機構の初歩的な解析に成功しました。
以上の電気化学特性に関するデータを、密度汎関数法に基づく理論計算を用いた電子論的観点から更に考察したところ、NiDIのエネルギー貯蔵機構は、有機配位子と金属イオンの電子状態が密接に関わっていることが分かりました。このように、電気化学特性と関連付けて電子伝導性配位構造体の電子構造を明らかにした研究は本件が初めてであり今後、さらに高特性の電極探索を行う上で重要な知見を提供したと考えています。
図1. (a) 有機分子と金属イオンが反応しNiDIを生成する、合成のスキーム。(b, c) 上面および側面から見たNiDIの構造(緑:ニッケル、黒:炭素、青:窒素、白:水素)。NiDIは原子層薄膜が積層した層状構造を取り、シートの面内は六角形が配列したハニカム構造を形成している。
本研究は電子伝導性配位構造体が代表的二次電池正極材料系である酸化物と比肩する特性エネルギー密度を持つことを世界で初めて発見すると同時に、電子伝導性配位構造体の詳細な電気化学特性やSPring-8を用いた結晶構造の調査を詳細に行うことにより、初歩的ながらそのメカニズムも解明しました。
今後の展開
今後は、様々な電子伝導性配位構造体の電気化学特性と構造の相関を包括的に調査し、そのエネルギー貯蔵機構がどの様な原理によって駆動されているのか詳細を明らかにすることで、エネルギー貯蔵反応の微視的機構をより深く理解でき、また酸化物以外での有望な蓄電材料の探索を効率化するための知見を得ると期待されます。
用語解説
(1)蓄電池(二次電池):
充電を行うことで電気エネルギーを貯蔵し、繰り返し使用することが可能な電池。充放電は電池の正極と負極へそれぞれ用いられている活物質の酸化還元反応に基づいている。
(2)配位構造体:
有機化合物と金属イオンの逐次的な反応によって形成される、秩序立った構造を持つ物質。一般的に、多孔性配位高分子(Porous Coordination Polymer;PCP)や金属-有機構造体(Metal-Organic Framework;MOF)と呼ばれる。
(3)電子伝導性配位構造体:
配位構造体の中でも特に、二次元の原子層薄膜あるいは層状構造を持ち、金属的電子伝導性を示す配位構造体。これまでにビスジイミノニッケルナノシート(NiDI)を含む数種類の電子伝導性配位構造体が発見されている。
(4)充放電試験:
電池に一定の大きさの電流を流し電圧の変化を測定することで、電池の特性を調べることができる測定手法。正極や負極の活物質の電気化学特性を調査することもできる。
参考文献
(1) K. Sakaushi, “Two-Dimensional Organic and Hybrid Porous Frameworks as Novel Electronic Material Systems: Electronic Properties and Advanced Energy Conversion Functions” In Functional Organic and Hybrid Nanostructured Materials: Fabrication, Properties, and Applications, Q. Li (Ed.), Wiley-VCH, Weinheim, 2018, 419-444.
(2) T. Kambe, R. Sakamoto, K. Hoshiko, K. Takada, M. Miyachi, J.-H. Ryu, S. Sasaki, J. Kim, K. Nakazato, M. Takata, H. Nishihara, “π-Conjugated Nickel Bis(dithiolene) Complex Nanosheet ”, J. Am. Chem. Soc. 2013, 135, 2462-2465..
本件に関するお問い合わせ先 国立大学法人 東京大学大学院理学系研究科化学専攻西原研究室 (報道・広報に関すること) 国立大学法人 東京大学大学院理学系研究科・理学部 広報室 国立研究開発法人 理化学研究所 広報室 報道担当 (補助事業に関する問い合わせ先) (SPring-8 / SACLAに関すること) |
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